海戦型さんのつぶやき

 
つぶやき
海戦型
 
世界グングニル選手権推薦枠
世界グングニル選手権とは、グングニル使いによるグングニル使いの為だけの、グングニルの格好よさを競う選手権である。

グングニルとは?:
グングニルとは、かの北欧神話にて主神オーディンが持つとされる槍の事です。
ドワーフによって鋳造されたこの槍は、投擲すれば絶対命中。しかも自動で持ち主の手元に戻り、更にはなんとこの槍を持っているだけで持ち主の陣営は勝利を約束されるというチート武器。その恐ろしいまでの強さと名前の中二っぽさから人気は高く、その名は様々な作品で登場します。貴方も一度くらいは見たことがあるはずです。

参加資格:
使える技や持っている武器にグングニルと名の付くものがあるキャラクターであることが条件です。
ここで重要なのは、現物であるグングニルを所持している必要はないと言う事です。実際に槍である必要もなく、技名にグングニルを冠している場合でも一向に構いません。

何を競うの?:
格好よさです。あくまで格好よさであり、強さは競いません。

投票に際する注意事項:
グングニール、グーングニルなどの表記ゆれは許容されます。ただし、無理のあるこじつけで武器とキャラクターを結びつけている場合や、格好いい要素がほとんどない場合は例外的に除外されます。
紹介する際は、使用するキャラクター(若しくはロボット)、キャラの登場した作品、格好いいと思った理由の3つを必須記入事項とします。


……という長々とした茶番は全部ウソですよ?ええ、ウソです。

で、実際には何が言いたかったかというと、友達と話しているうちに、今週号の「ONE PIECE」に登場したエルバフの戦士(巨人族)、ハイルディンが使った技の「英雄の槍(グングニル)」が恰好良すぎるという話になったんですよ。

技としては何の事はない、拳を上に振り上げてマッハバイスを迎え撃っただけです。
グングニルって名前も大して珍しくもなければ特別変わっている訳でもありません。
でも、それほど豊富に出番があったわけでもないハイルディンをたった一話であそこまで化けさせ、しかもグングニルという技名をあそこまで恰好いいものに感じさせてくれるとは驚嘆に値します。
元々エルバフの戦士自体、その言動からして胸が浮くような高揚感を感じさせてくれる連中なのですが、それにしても格好いい。そしてたった数ページであの熱さ。
この熱さがあるから私はONE PIECEが好きなんです。
昔は夢中になって読み進めたワンピースですが、今になって読み返すと子供の頃には気付かなかった話の作り込みように感嘆の声を漏らしてしまったり。たまにONE PIECEが子供向けみたいな意見を見ますが、あの作品の本当にすごい所は作り込みを理解できる人にも出来ない人にも楽しめるところなんじゃないかと思うのです。 
海戦型
 
風邪は
鼻から喉に降りてきて、発熱するタイプ。
というわけで、今日明日くらいは執筆しない。 
海戦型
 
暇潰13
取り敢えず、試作三号機であるアビィ編を書き終ったら全部整理したうえで弄り直したいです。事務所の名前とか仮じゃなくてちゃんとし名前考えたい……そして、今日もちょっと体調が悪いので今日は短し。あゝ無念なり。

※ ※ ※


 その女性を見た通行人の殆どが、奇跡的なまでの美しさに見惚れていた。
 あるものは夢でも見たかのように口を半開きにし、あるものは手に持ったものを取り落しかけて慌てて正気に戻る。男は目の保養とばかりにその姿を追い、女性の殆どが嫉妬、若しくは羨望のまなざしを向ける。

 テレビのアイドルより1,2ランクは上にいるのではないかとさえ思える美貌と碧眼。
 風に揺られる長いブロンドの髪は太陽光を反射してきらきらと美しい光沢を放ち、否が応でも見るものを引きつける。
 恰好こそ黒いスーツ姿だったが、それも細身ながら女性的な膨らみを持った彼女が身につければドレスも同前。スカートの下から見える黒いストッキングがすらりとした美脚を余計に引き立たせ、歩き方さえも優雅に見えてくる。
 当の本人はそんなことは毛ほども気にしていないとでも言うように、勝手知ったるこの町の道路を足早に歩いていた。

 ナンパ師が声をかけることさえも躊躇うほどにその存在は美しく、まるで森の奥から妖精が迷い込んできてしまったかのような神秘的なオーラさえ感じる。時代が時代ならば傾国の美女と呼ばれたかもしれないほどの美しさを振りまくその女性は、こんな街中ではなく映画の中かミュージカルに参加していた方がよほど相応しいだろう。

 しかし、ここでそれらとは別に一つの疑問が生まれる。
 何故、彼女は足早なのか。
 もしもその答えを知るために彼女の思考を読み取ったベルガーがいたとしたら、外見とのギャップの大きさに口を開けて唖然とするだろう。

(デートっ♪デートっ♪法師とデートっ♪待ち合わせ場所とかどこになるんだろう?法師、どんな服着て行ったら喜ぶかな?ここ最近忙しかったりお金がなかったりでずっとデートしてなかったから……久しぶりに2人きりになれる!やったっ!)

 鼻歌を鳴らしながらスキップをしていないことが不可思議に思えてくるほどにピンク一色の思考が、現在の彼女の心の9割近くを占めてた。

 彼女はその名前をアレティア・エヴァンジェリスタという。
 親しいものからは略して「ティア」と呼ばれる、何でも屋「カルマ」の問題児の一人である。
 所長である法師との関係は、元同級生にして未だ初々しさの抜けない恋人関係。彼女自身も何でも屋として日夜労働に励み、少しでも上司兼恋人の財布を潤そうと頑張っているのだが――その結果はあまり芳しくない。

 現在「カルマ」に所属する従業員の内、収入が実質的にマイナスになっている人間は二人、ほぼフラットに近いプラスは2人、ちゃんと稼いでいるのが一人という状況であり、彼女はそのうちの「フラットに近いプラス」に属している。
 そのフラットに近くなってしまう理由こそが彼女が少し前まで川辺で落ち込んでいた理由でもあるのだが、今の彼女は法師とのデートに思いを馳せているためそれまでの悩みは消し飛んでいる。

(今回は一応ちゃんと依頼料受け取ったし、これで少しは事務所の懐も温まるかな?法師ったらお金がなくてもデートではちょっと無理して使っちゃうもん)

 事務所の意地が精いっぱいの状況であっても、法師はティアの前では見栄を張る。唯でさえ恋人同士なのに二人きりの時間が少ないので、出来るだけティアにお金の事で行動に制約を課すまいという思いやりが働いている。
 無能じゃないのにお金がなくて、依頼料が出ないような仕事ばかりが飛び込んでくる――そんなどこか抜けてる彼氏の思いやりがティアにとっては一番可笑しくて、そんなところが愛おしい。
 しかし、法師の為に金を稼ぐという趣旨のその思考を法師が知ったら、自分のふがいなさに部屋に籠って枕を濡らすかもしれない。

 だが、仮に脳内の9割を恋人への熱い想いに支配されていたとしても――残りの一割は恐ろしく冷静に状況を見極め続けている。
 BFより得た情報を基に試算した法師と依頼者の行動ルート。
 そこから導き出される、モノレール付近に待ち伏せの人間がいる可能性。
 そして、自分が先ほどまでいた橋がモノレールに限りなく近い事。
 それらを全て把握した上で彼女は足を速めているのだ。

 これから自らの異能を駆使して闘う事になるだろう場所を目指して。



 = = =



 虎顎という組織には様々な派閥がある。
 いま日本で活動しているのは「革新派」と呼ばれる技術専攻派閥だ。異能の力を科学技術によってさらに効率的に運用することを活動の中心にしている。
 その他にも戦闘行動と戦闘技術に特化した「武闘派」、裏工作と情報戦に特化した「隠密派」など様々な派閥が存在し、それらは虎顎の頂点に立つ「杜陽笙(ドゥタイション)」の後釜を巡って利権を争っている。

 そして、大風たちエージェントが「師父」と呼ぶその人物こそが革新派の最高幹部だ。
 彼等エージェントの半分以上が幼い頃に師父に拾われた大恩のある身であり、エージェントたちの親に対する忠誠は目を見張るものがある。

 なかでも大風(ダーフェン)・洪水(ホンシェイ)兄弟といえば他の派閥にも名を轟かせるほどの実力と名声を持っていた。
 二人が同時に任務をこなせば失敗などあり得ないとまで称される2人の絆と信頼は深い。

 その兄弟の弟に当たる洪水(ホンシェイ)は、モノレール駅へたどり着くまでに必ず通らなければいけないであろう橋の上で双眼鏡を片手に鼻歌を歌っていた。
 機嫌がいいからではない、待ち時間が退屈だからだ。
 どうせ待っていれば彼らはここにやってくる。
 一度は兄を欺いたようだが、それは単に場所の問題だろう。このような開けた場所ならば大風もその名の如く自在に空を舞って素体を攫って見せたに違いない。

 大風の異能に比べて洪水の異能は環境に影響され易い。
 だが、水場の近くならば有利に働くし、周囲に水場がなくとも小道具を使えばある程度補える。そしてここは川が真下にある橋上――洪水の名の通り水を操る彼にとってはこれ以上おあつらえ向きな場所はなかった。

「念の為に駅の周辺にも無能力者の手駒を置いておいたけど、要らぬ世話に終わりそうだ」

 洪水の口元が吊り上る。
 双眼鏡の先に、ターゲットである素体の乗った車が映った。他に行き来する車と同じくらいの速度で、慌てずに道路を走っている。

「さあ、鬼ごっこはおしまいにしようじゃないか、素体よ。だいじょうぶ、殺すなんて野蛮な事はしない」
だって君には、もっと素敵な役割があるのだから――そう心中で呟いた洪水は、双眼鏡を懐に仕舞って両手を大きく広げた。
 集中、集中、アイテール遠隔操作――制御開始。

「人間に、水の脅威は止められない」
  
海戦型
 
限りなくアウトな発言
好きな作品の二次創作はほぼ書きませんし、書けません。
好きでも嫌いでもない作品は、立ち読みくらいはするけど頼まれても買いません。
訳を語り出すと更にアウト過ぎる内容になるので言いませんが、そういうことです。 
海戦型
 
返信遅れました
体調崩したりなんなりでいろいろありまして。

私は本当に好きな作品の二次創作でも目を通します。ただ、原作愛がないと思ったら切り捨てて二度と読まないだけです。逆に、原作に対する愛を感じれば転生ものだったりしても普通に読めます。愛至上主義です。
愛があれば書きこみも増えるし、愛ゆえに作者も自分の文章に拘ります。そういうこだわったであろう所に確かな愛を感じるのです。

まぁ私が本気で好きな作品は、二次が書かれない物が多いのですが。あ、でもワンピースの二次は絶対読まないですね。個人的にですが、麦わらの一味に原作以上の人間は必要ないです。 
efh
 
無粋ですが返信を。
 本当に好きな作品の二次創作はほとんど読みません。たぶん自分の中で原作が好き過ぎるせいだと思います。
 自分の判断としては悪い意味で原作至上主義。我ながら遊び心が足りないと思いつつ、やっぱり読まないのです。

 例えば某奇妙な冒険。波紋やスタンドを他作品へ持ち込む作品は読みますが、ベース世界を某奇妙な冒険としたとたん、自分の中のハードルが上がりすぎてあまり楽しめないのです。
 某奇妙な冒険だってツッコミ所はあるのです。二次創作らしく、「もしもあの場面で違った選択をしていれば」等の妄想もしますが、自分で形にすることなく、他の人が形にした物にもろくに目を通しません。

 そういったこだわってしまう作品を心に持っても良いじゃない! 視野狭窄のようでも楽しんでいるんだから!


 言葉を選ぶなら「作品毎に楽しみ方が違うんです!!」と言う事で、お馬鹿な返信を終わりますorz 
海戦型
 
暇潰12
とりあえずレーバテインは一軍主力機体決定で。

※ ※ ※

 衛はそのまま懐から拳銃を取り出す。霊素銃(アイテールガン)と呼ばれるベルガーにしか使えない特殊拳銃だ。ベルガーの異能を操作する因子に反応して初めてその能力を発揮する、いわば疑似的な異能。

「ふむ、まずはアレの足を止めるところから始めなければなるまい。そのまま頭上を通り過ぎられては格好がつかん」

 相手はアビィの確保を最優先事項に据えている筈だ。その為ならば態々足止めだと分かりきっている人間になどかかずらってはいられない。だから向こうにしてみれば衛と戦わずに上を通り抜けてしまえばそれでいい。相手にするだけ時間の無駄という事だ。
 だからこそ、どのようにして相手の動きを釘付けにするかは最重要だった。

 今の状況で取れる手段を装備と照らし合わせて考慮すれば、取れる作戦は一つしかない。
懐から一つ、コーヒーの缶にレバーを取り付けた様な鉄製の筒を取り出した衛は、素早くレバーに刺さっていたピンを引き抜き、既に前方100メートルほどに迫っていた追跡者に向かって投擲した。



「――?あの女、確か素体と共にいた……一体何のつもりだ?」

 追跡者――大風はその行為に疑問を抱いた。
 こちらにその投擲物を命中させようといった投げ方ではない。進路上に添えるような山なりの投擲だ。目標を目視で確認するために高度30メートル前後を飛行している大風の進路上にまで投げ飛ばせる膂力には少々驚いたが、それでも行動の意図が読めない。

 だが、投擲された物体のシルエットを確認した時、大風は痛烈なまでの悪寒を覚えた。
 その形状、進路上に投げるという行為、その二つがあるものを大風に連想させる。
 かつて、一度だけ『それ』に酷い目に遭わされたことがある。日本で開発された対ベルガー装備の一つの中でも最も利便性が低く、だが短期間であれば異能に対して非常に有効な装備の一つ。

「まさか……!?不味いッ!!」

 轍を踏みたくないという本能が咄嗟に身体を動かし、確信もなく自身の飛行を断念して瞬時に地表へ着地する体制に移る。

 瞬間、耳を劈くような破裂音が響く。

 バランスを崩しながらその衝撃から逃れるように辛うじて地表へ、異能の力によって空気をクッションに着地した大風は、その顔を大きく歪ませて衛の方を向く。正面には狙い通りと言わんばかりに大風へと肉薄する衛の姿があった。

 衛の構えた霊素銃が計三発、立て続けに発砲。
 身体をかがめて一発目を避け、2発目を懐から取り出した小刀で弾きながら三発目を回避。掠めた高濃度アイテールの弾が着ていたコートを軽く引き裂いた。
 拳銃の銃口を避けるように疾走して銃を狙った蹴りを放つが、寸でのことろで身を引いて避けられた。
 一瞬の攻防を区切るように向かい合う2人の間に、ぴんと張りつめた緊張感が漂う。

「ABチャフとは味な真似をしてくれたな、女……!」
「それはこちらの台詞だ。事務所への侵入、備品の破壊、児童誘拐未遂に殺人未遂……おまけにこんな高価な装備を消費させてくれるとはな」
「ほざけ女!貴様も僕の邪魔をするか……つくづく不愉快だ!」

 ABチャフ――別名、霊素結合弾。
 ABとは「Aither Bonding」の略であり、この弾頭にはチャフのように空中に大量の金属箔を散布することを目的とした対ベルガー装備である。
 チャフと呼ばれてはいるが、それはあくまで仇名であり本来のチャフとは大きく用途が異なる。
ABチャフの金属箔は、大気中にばら撒かれることによって急激に大気中のアイテールと結合を起こすよう極めて特殊な加工が施されている。それを捲くことによって大気中のアイテール濃度は急速に減少し、アイテールを原動力とする異能の多くがこの環境下ではその効力を大幅に減退させる。

 大風は過去に、これを喰らい、高度を維持できずに落下したことがある。
 弟のフォローで任務は成功したものの、自分自身は膝や肋骨などを損傷して満身創痍。余りの無様に舌を噛み切ろうかとさえ思ったほどの苦い経験だった。故にあのタイミングで高度を上げたり旋回して避けるのではなく、すぐさま着陸するという対応を取れたのだ。

 だが、ABチャフの効果は長続きしない。
 今は上空の金属片が降り注いでいるために大風得意の異能は使えないが、少し時間が経てばアイテールと金属箔の結合も落ち着いて再び異能を行使できるようになる。今から走って範囲外に出れば直ぐにでも再び空を飛ぶことが出来た。屋内ならばこれほど有効な対ベルガー装備はないが、屋外ではほんの1分程度しか効果が無かった。

 しかし大風は直ぐに駆け出すような真似はせずに、ゆっくりと範囲外へ移動した。
 理由は先ほど仕掛けてきた衛にある。

(この女、隙がない。先ほどの射撃もさることながら、間合いの取り方と足運びが素人のそれじゃない)

 少々腕が立つだけの民間ベルガーとは決定的に違う、強い意志が見え隠れする眼光が大風を射抜く。
 殺気とも敵意とも違う使命感と、ひしひしと感じられる相手を打倒しようとする意志。
 貪欲にもこの状況下で何をすれば己が目的を達せられるかに神経を集中し、決して捉えた獲物は逃さない。蛇を連想させるその気迫が大風の警戒心を増大させた。

 小刀を逆手に構えたまま、相手との間合いを測る。相手も油断なく霊素銃を構えて間合いをゆっくり詰めてきた。
 唯でさえ一刻を争うと言うのに、もしこの女がABチャフをまだ隠し持っていたとすればかなり行動が制限されることになる。焦って背中を見せれば発砲され、ペースに乗って相手をすれば時間が削られる。
 それに、霊素銃が発射する高濃度圧縮アイテールはABチャフ散布下でもその威力をほとんど削がれない。そこまで作戦の内だとしたら――この女は間違いなく戦士だ、と大風は認識を改めた。
 この日本という国でただぬるま湯につかっていた人間ではない。
 こいつは、実戦を知っている。

「――俺の名は大風(ダーフェン)。貴様の名前を聞こう、日本人の戦士よ」
「……式綱衛(しきつなまもる)だ。虎顎のエージェントよ」

 自らの名を名乗り、相手の名を聞くのは大風なりの相手への敬意だった。
 エージェントとして以前に、大風は戦士としての誇りがある。例え、大風が内心では戦うべきでない存在だと考えている女性であっても、戦士としての誇りは重んじる。それが彼なりの美学だった。

 そして、その美学は一つの意思表示を同時に内包している。
 すなわち――

「マモル。我が戦士としての誇りにかけて貴様を打倒する。素体の回収は、口惜しいが他のエージェントに任せよう」
「いいだろう。そこまで熱烈な誘いならば、断るわけにもいくまい」

 ――それに、その方が好都合だ、と衛は内心でほくそ笑む。
 測らずとも時間稼ぎは成功した。
 後は、目の前の男を無力化するだけだ。

 ゆらり、と小刀を持った手をぶらさげるような独特の構えを取る大風。
 少々厄介な相手ではあるが――依頼主(アビィ)の為にも、ここは勝たせてもらう。
  
海戦型
 
暇潰11
フィクションってどこまで嘘を入れて良いのか分からないけど、警察のあれこれは適当。

 ※ ※ ※

「と言う訳でシ。要は今戦っているのは全員虎顎の息のかかった連中なんでシ。連中、地下から何かを持ち出そうと違法改造の二脚重機まで持ち出して、もう滅茶苦茶でシ」
「そんな滅茶苦茶な状況下でも動かないのが公僕の辛い所だな……お前ら、準備はいいか!?」

 急遽現場に駆け付けた大蔵は、自分の部下たちを一瞥する。
 いつも通りニコニコしている馬鹿に、いつも以上に楽しそうな馬鹿。どいつもこいつも共通しているのが、この乱戦に飛び込むことに一切の抵抗を感じていないことだけである。

 実を言うと異能課は公安五課とは摩擦が多い。
 同じベルガーが優先的に回される場所であるが故、現場がかち合うことも少なくない。かち合うのは大抵が大きなヤマで、その度に二つの部署はどちらの管轄なのかで揉めることになる。犬猿の仲とまではいかなくとも仲良しこよしとはいかない程度には険悪で、ライバル関係と言えなくもない。

 異能課はかつては公安五課以上の規模の集団だった。しかし、10年ほど前に起きたとある事件をきっかけに異能課は役立たずのレッテルを張られ、規模は縮小の一途をたどっていた。それを大蔵がどうにか公安五課と張り合える段階まで押し上げたのだ。
 ありていに言えば手柄が欲しい。その為なら摩擦が起きることを承知でも公安と捜査権をかけてぶつかる必要があるのだ。

「霧埼様の情報によれば捜索に入るのはまだ先だという話でしたが……?」
「カズ坊の話ではあそこに監禁されていた少女が逃げ出したことで大きな混乱が起きたらしい。黒幕が撤収するそぶりを見せだしたから慌てて突入したといった所か」
「確かにぃ!だって普段の五課なら撃ち合いになる前に要所は全部抑えちゃうもんねぇ?」
「だが好機でもある。見た所、五課も異能者の一部が突入に間に合わなかったらしい。瞬間転移による電撃奇襲を仕掛けるならば今の内ぞ!」

 やる気には満ち溢れているが、目的はあくまで限定的だ。
 廃棄されたビルの地下室の真相。
 少女の監禁容疑の有無。
 一先ずそれを証明する事実や証拠が手に入ればそれでいい。
 虎顎の行った犯罪行為に関しては、被害届や報告がこちらに来ていない以上は越権行為になる。取り敢えずその二つがこちらの管轄だとはっきりさせれば、あちら側も情報や証拠を独占する訳にはいかなくなる。最悪でも共同捜査ということになり、五課だけの手柄にはならないだろう。仲は悪くともいったん手を組めば仕事は早い。仕事は仕事、利権は利権。線引きはきっちり引かれている。

「さて、何が出てくるかは知らんが……取り敢えずこれでカズ坊のご期待に副(そ)えればいいんだがね」
「公私混同、よくないでシ」
「細かい事は気にするな。今日の帰りに一杯奢るから、な?」
「……警部って、やる気あるんだかないんだか分かんない時がありまシ」

 部下の一人である玉木(たまき)にジトっとした視線を向けられつつも、大蔵は目の前の建物に集中した。



 = =



 モノレール駅まであと数分にまで迫っている現在、周囲に虎顎らしい存在は確認できない。だが、他のBFの報告によると、既に相当数の怪しい集団が町の大通りなどを監視しているそうだ。信号に捕まらないルートを選んだのが幸いしてまだ発見されてはいないようだが、モノレールに乗るのは時間との勝負になるかもしれない。

「俺、あの事務所から脱出した男が高速接近している。空力系の能力者か、それとも念動力の類か……ともかく空を飛んで、だ。いずれ追い付かれるぞ」
「そうか……衛!悪いが足止め頼んでいいか?」
「任されたよ、法師。悪いがここから先の敵は自力で片づけてくれ」

 車の後部席でアビィと一緒にポテトスナックを齧っていた衛はティッシュで指を拭きながら頷き、そのまま横の窓を全開にした。
 おかげでポテトの匂いが車の外に放出されたが、別に換気を意図しての事ではない。
 こんな時までカロリー補給に余念がないというか、食いしん坊というか。しかしこれからの戦いを考えれば法師も止める事は出来ないし、アビィも人生初めてのスナック菓子に感動していたため口は挟まなかった。

「では、俺は少し行って来るよアビィ。残りのスナックは全部食べて良いから、ちゃんと法師の言う事を聞くんだぞ?」
「食べていいの!?やったぁ!」
「アビィ……きみ、自分が逃走中だって忘れてない?」
「え?………わ、忘れてません」
「ならいいけど。今回の件が片付いたら色々なお菓子をあげるから、ポテチに気を取られ過ぎないようにね?」
「……オカシってもっといっぱいあるの!?」

 スナックの袋を受け取ったアビィからは既に緊張感の欠片も感じられない。既によそよそしい敬語も崩れつつあるようだ。それはそれで少々先行きが不安ではあるが、その分こちらが頑張ればいいと考え直すことにした。衛もそんなアビィを可笑しそうに笑った。

「ふふ……現金な子だ」

 ちらっとミラー越しにそちらを見たが、女の姿の衛の笑顔を見ると、素直にきれいだと思う感情とだがあいつは男だという感情の間に激しい葛藤が生まれている気がする。顔立ちは元がいいだけあって美人なのだが、あれを素直に美人と呼んでよいものか。
 俺も緊張感が足りてないかも、と反省した法師は頭を振って心持ちを整理し直した。

「では、あの男はきっちり足止めしておくからそちらもしくじるなよ!」
「当然!何年の付き合いだと思ってやがる!」
「来年で十周年だ!」

 言葉には出さず首肯した法師をミラー越しに確認した衛は――そのまま車の窓を抜けて車の屋根に乗った。普通なら危険極まりない行為だが、衛にとってはよくある事だ。車を止めて降ろしているのではタイムロスが生まれるがゆえのこの方法、使った経験は一度や二度ではない。

「え?ま、マモルさんはどこに……?」
「もう外に出たよ。ま、気にしない事だ」

 車内からは衛の一瞬の動きについて行けなかったアビィの困惑の声が聞こえる。普通なら風切り音で耳まで届かない筈だが、身体改造(モディフィケーション)で五感を人体の極限まで強化している衛ならばその程度は朝飯前だ。
 周囲を眺めつつ、衛は車の後方約1キロを飛ぶ影を目視で確認した。

「……さて、と」

 そして、極限まで強化されたその肉体は、例え形こそ女性のままであっても超人的な身体能力を発揮する。衛は車の上でしゃがみ、脚を踏ん張らせ――凄まじい瞬発速度で車を蹴って進行方向とは反対に跳躍した。
 車はその衝撃に少々揺れ、車体表面にくっきりと衛の履いたシューズの跡が残る。もっとも、車体表面に使用されるナノコーティング済みの形状記憶プラスチックならば電力さえあれば元通りに修復できるので傷などどうでもいいが。

 車の現在の走行速度が時速80キロ。
 そして衛が瞬間的に加速した速度が――時速80キロ。
 結果、慣性の法則による移動エネルギーが打ち消されて、衛は『ごく自然に』コンクリートの路上に着地した。

 それを人間の所業と呼んでいいのかは甚だ疑問だ。だが現に衛はそれを実行できる能力がある。身体強化系の能力ならばあるいは真似できるかもしれないが、それを車の上という不安定な場所で平然と行える人間はそういない。

 最強に強化された肉体。
 最強を維持する精神。
 最強を支える経験。
 その3つが複合的に絡まった存在――それが衛という男……もとい、今は女だ。

 衛はそのまま懐から拳銃を取り出す。霊素銃(アイテールガン)と呼ばれるベルガーにしか使えない特殊拳銃だ。ベルガーの異能を操作する因子に反応して初めてその能力を発揮する、いわば疑似的な異能。

「ふむ、まずはアレの足を止めるところから始めなければなるまい。そのまま頭上を通り過ぎられては格好がつかん」
  
海戦型
 
暇潰10
ここに呟かれてる文章は、実はただの執筆中なので変更も追記もある。

※ ※ ※
 
 シャッターが全て降りて全ての光が遮断された暗闇の中で、その男は呼吸を止めたままゆっくりと集中力を高めた。たとえどれほどの怒りに身を包まれようとも、その怒りをぶつけるべき男を追うための理性がその集中力を繋ぎとめる。

 大気分析。即効性の高い麻酔ガス――見たこともない構成の薬品だ。ハタロンかクロロホルムだと踏んでいたが、おそらく物質製造系の異能によって新たに作られた新薬の類だろう。異能の力を使えば安全に酸素を補給することが可能なレベルだ。発火性はない。
ならば――多少派手に動いても問題はない。

(空力制御(エアリアル)、室内大気強制圧縮開始)

 異能の解放とともにアイテールを大気から吸収する最中、室内に不審な高濃度アイテールを感知。近くの机にあったペンを無造作に掴み上げ、圧縮空気の加速を上乗せしてそちらに投擲する。ボゥッ、と噴出音を立てて加速したペンは事務所内の戸棚の奥にいたBFを一撃で破壊し、壁に突き刺さった。
 また分身か、と辟易する。
 一度は騙されたが二度目はないと思っていたが、あの短期間に三体もの分身を作り出していた事を考えると、この事務所の外にもこちらの動きを監視する分身がいるかもしれない。

(面妖な……だが戦闘能力は特筆すべき点も無し。裏方で鼠のように嗅ぎまわるのが関の山だろう。残るは素体と、あのモノクルの女のみ)

 この上で女にまで遅れを取るほど醜態を晒す気は更々ない。
 否、彼の誇りがそれを許さない。

(俺は風。虎顎のエージェント、『大風(ダーフェン)』。人間に、吹き荒ぶ風は止められない)

 大風(ダーフェン)――それだけが自分を表す記号。
 師父に頂いた、自らの能力に対する誇りそのもの。
 自分が自分であることの証。
 弟の洪水(ホンシェイ)と共に師父の夢を助け続けると誓ったあの日から、俺は風になったのだ。

 部屋の中の空気が急激に圧縮されたことで事務所のシャッターや窓が軋む。その中心――アイテールによって強制的に圧縮された空気を左手に握った大風は、右手で室内にあった炊飯器を掴み上げ、左手と重ねあわせた。

「手頃なものが無かったのでな。弾丸として使わせてもらう」

 円形に空気を圧縮していた力場が正面から崩壊し、膨大な空気が一気に吐き出される。吐き出された圧縮空気の運動エネルギーを余すところなく受け継ぎ、さらに弾丸として飛ぶように大風にコントロールされた炊飯器は、音速を超えた弾丸となってシャッター方向に飛来し――

 まるで本物の大砲が発射されたような地を打つ衝撃が建物を揺らした。

 ひしゃげ千切れ、無残にも窓枠ごとシャッターが吹き飛んだ穴から素早く外に脱出した大風は通信機を取り出して報告する。

「洪水(ホンシェイ)、奴らを取り逃がした。素体と一緒にいるのは男と女が一人ずつ――男の方は分身の類を作り出してこちらを欺いてくる。現在、車に乗って北東方面に車で逃走中だ。捕まえられるか?」
『任せてよ、兄さん。アライバルエリアのインフラにはすべて監視を走らせている以上、どのみち奴らは逃げられない。それに狙いは読めてる。恐らく奴らはモノレールに乗って『天専』へ向かうつもりだ』
「成程な……さしもの虎顎もあの魔窟が相手では下手に手出しが出来んからな」

 『天専』――正式名称、日本国立天岩戸異能者専門学校。
 かつて日本政府が異能者(ベルガー)という存在を化物ではなく人間の域に留めるために、日本のベルガーに関する一切を執り行う特殊機関として創設した特殊機関である『岩戸機関』の現在の姿にして、職員の5割と生徒の10割がベルガーで構成された国家的学校だ。
 日本国民として生まれたベルガーは必ず異能者としての教育をここで受ける必要があり、その全ての異能者が反乱を起こしたとしても制圧できるだけの設備も兼ね備えた一種の要塞。世界でも最高レベルの規模を誇る施設だ。

 素体の秘める能力は高い。そして、あれには国籍など存在しない。ならば当然、日本政府は高位能力者である素体を手に入れようとするはずである。日本政府と岩戸機関を同時に敵に回せば、いくら虎顎でも手出しできない。
 あの男か、それとも女の方かは知らないが、それなりの知恵はあるようだ。
 だが、そんなものは天専に逃げ込む前に素体を捉えてしまえば全てが無意味になる。

「俺はこのまま追跡を続ける。必ずや素体を捕え、師父へと持ち帰ろう」
『愚問だね。だって――』

 二人は示し合せるでもなく、声を揃える。

「僕ら兄弟に失敗はあり得ない」
『僕ら兄弟に失敗はあり得ない』

 不敵に微笑む兄弟が宿す執念と覚悟は、その全てが師父の為に。

 が――

「オカン、あの人なにしてるの?」
「窓の外に足をかけて電話なんて、いったいどういう教育受けてるのかしら。真似しちゃ駄目よ?」

 通りすがりの少年とその母親から無遠慮に向けられる目線と、日本の常識に照らし合わせれば余りにも尤もな台詞。他の通行人たちもいぶかしげな目線を向けたり、「またあの事務所だよ」とつぶやいたりしながらじろじろと大風を見る。
 その急激に現実に引き戻されたような空気に、大風は任務に対する気概がごっそり削られた気がした。自分に酔っているつもりはなかったのだが、なんとなくそのままのポーズでいるのが情けない事のように感じてすごすごと外に降りる。

「…………………はぁ」

今更任務のために見栄など張ることはしない大風だったが、ほんの少しだけあの親子の所に行って弁明したい気分になった。



 = =



 同刻、民間警備会社『ボーンラッシュ』の本部ビルは悲鳴と怒号に塗れていた。
 アビィの脱走に伴うパニックは予想外にも深刻であり、社の裏の人間だけでなく表の人間にまで大きな影響を及ぼしていた。それによる社内の備品の破壊やデータロスト、実験室でけが人が出るなど社内は最初から騒然としていた。
 だが、事態がさらに悪化したのはそれからだった。

「公安五課だ。突然で悪いが、この会社を捜索させてもらう」

 通常の業務を行っている社員にとっては寝耳に水の事態だった事だろう。
 公安五課。ベルガーの誕生以来、従来のシステムによる監視方法の想定範囲を大きく超える方法で国内に侵入してくる海外の危険ベルガーや組織を取り締まるために特設された公安第五の課だ。世界でも最高水準の対ベルガー装備と最高峰の練度と能力を秘めた人材で内部を固めたエリート中のエリート部隊でもある。
 その行動は大胆にしてすり抜ける隙がない。今までも幾度となく国内に入り込んでいた危険組織を摘発したり、大規模なテロを未然に阻止したりという警察の活躍の陰には、常に彼らの姿があったとされている。

 そんな組織になぜ目をつけられるのか――そう思っていた矢先に、事態は急転した。

 ボーンラッシュの社員の一部が警備用の装備を持ち出して公安相手に発砲したのだ。そこからはあっという間だった。
 何所に隠れていたのかも分からない公安実働部隊に加え、双方が最新型の二脚重機まで持ち出しての銃撃戦が社のフロントで勃発。公安は戦闘員、非戦闘員に関わらず全員を無力化、拘束する姿勢で激しく攻め立てる。

 対し、ボーンラッシュ社員も自社の装備をフルに活用して応戦。
 しかし戦闘に出ているのは社員の半数程度に加え、同じ社員も顔を知らない正体不明の人間までそれに協力して迎撃を行っている。何も事情を知らない社員たちは混乱と恐怖におびえ、ただ事態が収束するのを待つしかなかった。

「と言う訳でシ。要は今戦っているのは全員虎顎の息のかかった連中なんでシ。連中、地下から何かを持ち出そうと違法改造の二脚重機まで持ち出して、もう滅茶苦茶でシ」
「そんな滅茶苦茶な状況下でも動かないといかんのが公僕の辛い所だな……お前ら、準備はいいか!?」

 急遽現場に駆け付けた大蔵は、自分の部下たちを一瞥する。
 いつも通りニコニコしている馬鹿に、いつも以上に楽しそうな馬鹿。どいつもこいつも共通しているのが、この乱戦に飛び込むことに一切の抵抗を感じていないことだけである。
  
海戦型
 
暇潰9
なーんか忘れてると思ったら、アレです。この話の衛くんはむかーしN.Cさんが呟いた「可逆性TS」っていうアレからアレして着想を得たものと自分のアイデアを悪魔合体しようとして失敗した残骸から使えるパーツを拾い集めて再利用した奴なんですよ。

※ ※ ※

 既に敵の目が事務所を発見している可能性を考慮した、『とあるトリック』は成功した。
 刺客の心理をまんまと読み取った3人は事務所の裏口から退避していた。念には念を入れて、と『仕込み』をしておいたのが幸いしたな、と法師はほくそ笑む。だが刺客が一人とも限らないので気は抜けない。むしろ襲撃する相手の方が行動の自由度は高いだけに油断は禁物だった。
 今、3人は事務所外の駐車場に止めてあった法師の軽自動車で既に町に出ている。運転席に法師、後部席に衛とアビィだ。(なお、衛は未だに女性のままである。)なるべく車の渋滞が起きにくく信号に引っかかりにくいルートを選んでの走行になるが、それでも歩きよりは遙かに効率的だ。
遠ざかっていく事務所を振り向いて眺めながら衛が呟く。

「ふぅむ、上手く閉じ込められたようだな。とはいえ無力化が成功したとも限らんが」

 遠隔操作もさることながら、シャッターも滞りなく閉まったのは衛としては幸運だった。というのも、実はあの仕掛けはまだ作ったばかりであり、碌にテストもしていなかったのだ。何事もぶっつけ本番というのは不確定要素が絡む物である。

「ノリカズ、このくるくる回るのなぁに?」
「それはドアのロック。赤い色が出てるときは下のレバーを引いてもドアが開かないの」
「じゃあその上にあるつまみは?」
「窓を開閉するためのものだよ。ためしにちょっと下に押してみて?」

 言われるがままにつまみを下に押したアビィは、それに呼応して解放された窓から吹き込んできた風に驚いて小さな悲鳴を上げた。が、すぐにその隙間から流れ込む風圧に興味を持ったのか、その風に手を翳して風の心地を無邪気に楽しむ。

「すずしい……なんだか風に手が押されてるみたい!」
「そりゃよかった。危ないから窓の隙間に手を出したりしないようにね」

 はーい、と元気な返答が帰ってきて法師は苦笑した。この姿こそが彼女の本来の在り方なのだろう。
 アビィは人生で初めての乗車経験が余程新鮮なのか、他にも窓を触ったり座席下のレバーを触ったりしては助手席の法師に興味津々に用途を尋ねている。こんな状況下にあっても少しは落ち着きを取り戻したために、その子供らしい無邪気な好奇心が復活したようだ。

「……ん?」
「どうしたよ?」
「いや、事務所に置いてきている『俺』が、室内でのアイテールの収束を感知したっぽい」

 法師の質問に、『法師』は軽く返事を返した。

 運転席に法師。
 助手席に法師。
 そして先ほどの事務所にも、実はこっそり隠れて法師が潜伏している。
 更に言えば、既に法師が車を走らせる前から無数の法師が町に駆け出して不審者の情報を集めていたりする。

「でも、やっぱり不思議……ノリカズさんの力って」
「世にも奇妙だよな、法師の能力――『同時存在(バイロケーション)』は」
「うるせー。好きでこんな力手に入れたわけじゃねえっつーの!」

 不貞腐れたように、けっ、と漏らす法師をたしなめるように、助手席の方の法師がまあまあと声をかけた。

「そう言うなよ、『俺』。自分が沢山いるんだぞ?面倒なことも押し付け放題だし、俺達の行動を知りたいときは聞けばちゃんと答えてる。こうして役に立っているからいいじゃないか」
「よくない!何でよくないか分かるか!?」
「ん?どのことだ?俺は常にきわめて紳士的かつ社交的で先を見据えた行動が出来るよう心がけているつもりだが?……とはいえ、自分が多数存在し、自分の与り知らぬ場所で自分のように振る舞っている、といった感覚に対する不快感や忌避感は俺も承知している。そのうえでも頼ってもらえることは嬉しく思ってるよ、『俺』」

 相も変わらず歯が浮くようなお世辞を言いやがる、と法師は内心で吐き捨てた。自分の顔で、自分の声で、その癖して自分の言いそうにもない事を平気でのたまう自分のしもべ。助けられることは多いが、それでも法師はその自分を自分としては許容できない。
 へらへらと笑う助手席の『もう一人の法師』の笑みに、法師は苦々しい顔を見せた。

「そういうお前らの『俺っぽくない所』が嫌いなんだよ、『BF』……!!」

 『同時存在(バイロケーション)』。
 世界中を探しても現在の所は法師のみが保持している希少度Sランクの異能にして、法師が世界で一番気に入らない異能。
 能力は言葉通りの意味で複数個所に法師が同時に存在出来るという能力だ。本体と同時存在(Bilocation Figure)は明確に区分され、BFはアイテールによって構成される。

 この能力の最も奇怪で不思議なところは、分身とも表現できるこのBF達が本体である法師のコントロール下にある訳ではないという点に尽きる。

 彼等BFは法師によってこの世界に生成された瞬間から本体である法師の意識を読み取り、法師が求めている、若しくは求めているであろう行為を各々勝手に行う。より正確には、法師の望む理想的な展開を実現させるための一種の自己犠牲精神を以って行動するのだ。
 一度形成されれば原動力となるアイテール外殻が崩壊するまで行動をし続ける。何事もなければ凡そ3時間程度、力を多くこめれば丸一日、そしてナイフに刺されるほどのダメージを受ければ外殻を保てず崩壊。行動中のBFの記憶は法師には知ることが出来ないが、BF同士の情報は交換される。

 簡単な例を挙げよう。
 例えば法師がその相手をぶん殴りたいほどに怒っているが、流石にそれはまずいと自制を利かせている時にBFを生成すれば、BFは相手を法師に代わってぶん殴る。それは、法師が本当に求めているのは怒りの抑制ではなく解放だからだ。だからもし殴ることによって後で面倒な事態に陥ると分かっていても、BFは相手を容赦なく、躊躇いなく殴る。
 例えば目の前に落ち込んでいる女性を見た法師がその女性を慰めたいと考えた際にBFを生成すれば、BFは法師の持つ知識と語彙を総動員してその女性を慰めて見せる。法師自身に口説きや女心をつかむテクニックがなくとも、法師というオリジナルを元に一定の法則に従って行動するBFならば女性の心をつかむことも可能だ。

 彼らは法師の能力を基に生成され、彼に1%以下であってもそれを実現出来る可能性がある行為ならば何でも行えるのだ。BFは法師の能力を100%いかんなく発揮した存在だ。はっきり言えば、法師より優れている。まるで自分以外の人間が、自分の分身をコントローラで操って助けているようだ。

 それゆえに、法師は昔から自分の能力が生み出すBFが好きになれなかった。
 そして、BFはそのことを承知の上で、それでも献身的に法師のために行動するのだ。
 なお、BFは自分以外の存在も生成が可能だが、他人のBFは自我が薄く、自立行動はほぼできない。虎顎の刺客を騙すのに使ったのはそれだ。ほんの目くらまし程度ではあるが、それでも一瞬騙せれば囮としては上等だ。

「……『俺』。まずいことになったぞ」

 不意に、BFの声に深刻なニュアンスが籠った。

「何事だ?」
「まず一つ。事務所に閉じ込めた虎顎の尖兵が自力でシャッターを突破した」
「あの人……諦めてくれればよかったのに、なんで私を放っておいてくれないの……?」

 スカートを握りしめて俯いたアビィが、震える声で漏らす。そんな彼女を励ますように優しく頭を撫でた衛は、BFに報告にさして驚いた様子も見せずに質問する。

「そうか。それなりに頑丈には作ったが、異能の力でこじ開けられたか?」
「はっきりしたことは言えない。事務所内の俺は確認する前に崩壊したし、脱出の瞬間は別の俺が確認したから……ただ、十中八九異能だろうな」
「で、他はどうなんだ、BF?」
「二つ目として、虎顎らしき怪しげな人物を発見した。場所がモノレール駅の近くだから、下手をするとこのままかち合うかもしれん」
「ちっ……どっちも有り難くない報告だ」

 苛立たしげに車のハンドルに人差し指をこつこつとぶつけてしまう。ひょっと知ればこちらの動きが読まれているのかもしれない。だとしたら、迎え撃つ必要がありそうだ。腰にいつも持ち歩いている自分の獲物に意識をやりながら、法師は不意にBFの言い方に引っかかりを覚えた。

「……ちょっと待て。今の言い方じゃ、まさ三つ目の報告があるのか?」
「ああ。……その、ティアがまた依頼者と喧嘩したらしくて橋の麓で落ち込んでいた。メールも見ないほどの落ち込みぶりだったから、励ますために勝手ながらデートの約束をしたらようやく立ち直ってくれた」
「この忙しい時に勝手に人の予定を増やしてるんじゃねぇぇぇぇぇッ!!」

 もし法師がその事務所の同僚――ティアを間近で見ていれば法師はそんな方法で彼女を励ましたかもしれない。そんな可能性を勝手に実現させたBFに、理不尽だとは思いながらも腹の底から怒鳴ってしまう法師だった。

 ――まあ、ティアとのデート自体に不満がある訳ではないのだが、その予定を取り付けたのがBFな気がしてならない。それがなんとなく癪に障る。
  
海戦型
 
暇潰8
あー寒くなったせいか体調が……今日は早めに寝よう……

※ ※ ※



 アビィを助けるために法師たちがやるべきことは大まかに分けて3つ。

 ひとつ、虎顎の連中にアビィを諦めさせる、若しくは諦めざるを得ない状況に追い詰めること。
 彼女を殺すために必要な手間が、放置することのリスクを大幅に上回るような状況を作ってしまえば、向こうも無理して彼女を殺そうとはしない筈だ。つまり彼女が大きな勢力の庇護下にあることを証明してみせたり、逆に相手側の勢力に壊滅的な打撃を与えてしまえばいい。

 ふたつ、アビィを住民登録して日本国籍にし、日本国民としての地位をはっきりさせること。
 彼女はほぼ確実に国籍や戸籍がないだろう。だが虎顎が国籍を偽装して彼女を中統連の国民であるという嘘をでっち上げてしまえば、警察としても不法入国者であるアビィを中統連に送り返さざるを得ない。それより前に日本政府側でこの子を抱え込む。何せ強度3に到った能力者だ。事情を離せば頼まれなくたって日本人にしたがるだろう。

 そしてみっつ、これが一番重要なのだが――

「他の条件を満たすための前提条件として、アビィを守り通す必要がある。最優先事項だ。衛、今日ばかりは食費を気にする必要はないぞ」
「それはそれは、良い事を聞いた。さて、ついでに散り散りになってる事務所の他のメンバーにもメールで伝えておくか。確かティアは都内での仕事だったはずだし、葉菜子もその気になれば1時間で戻って来れるだろう。公太郎は流石に無理だろうが頭数は多い方がいい」
「だな。さて、住民登録は市役所でいいか?」
「いや、いっそ『天専』に駆け込んだ方がいいのではないか?あそこなら顔見知りもいるし色々と都合がいい」
「お、その案いただき!確かにあっちなら政府より確実だ!」

 大蔵の兄さんと電話を終えた俺達は早速行動を開始していた。
 彼女の護送ルートの確保。彼女と意識結合(ユナイテッド)をした際に割り出した敵本拠地情報のリーク。その他諸々の手回し。アビィは特にすることがない上に話について行けないのかしきりに頭の上にクエッションマークを浮かべている。

「『天専』行きのモノレールの発進時刻は確か今からそう時間がない。相手もおおっぴらに動いてるわけでもなさそうだし、さっさと乗って天専までいっちまおう」

 財布などの簡単な手荷物をポケットに放り込んで立ち上がり、アビィの手を引く。

「……っと、念のために仕込んでおくか」
「こちらは準備いいぞ。天専の方にも簡単にだが事情を送っておいた」
「それじゃ、さっさと行きますか!」

 俺はアビィの手を引いて事務所のドアを開けた。



 = =



 通常の人間には知覚しえない微量の匂いが、この世界には溢れている。
 排ガス、埃、土、草木、体臭、etc……それらの臭いを追跡するのは昔から警察犬などの特権であった。だが、ベルガーの中にならばそのような能力を持った人間がいても不思議ではない。例えば、大気を操る能力者は、能力強度が2に達すると、副次的に大気の分析能力を得るとされている。

 嗅覚に頼るのではない。大気の成分をデータ的に分析、知覚して、そのなかでの特定臭気を割り出し、追跡を続ける。虎顎に所属する異能使いのエージェントとして今まで散々続けてきた習慣と彼のが師父と敬愛する上司の指示に従い、彼は当の昔に素体(アビィ)の追跡を開始していた。
 命令では素体を「必ず生け捕りにする」ようにきつく言われている。
 それが師父の望みならば、それを遂行する。そしてそれを邪魔する人間は存在する意味がないため排除する。

 彼は今までそうやって任務をこなしてきた。
 全ては己の恩師の夢のために。
 毒素まみれの鉱山から命からがら逃げだして、家族も何もかもを失ったあの日から、彼は野良犬だった。その野良犬を人間にまで押し上げ、ベルガーとしての才能を見出してくれたのが師父なのだ。

 だから彼は人間の首を撥ねる事を躊躇わない。

 足音が聞こえ、ドアノブが回るその瞬間を、男はずっと建物の外で待っていた。
 銃は使わない。素体を傷付けるリスクが大きくなる。
 故に愛用の小刀で確実に致命傷を負わせ、速やかに素体を回収する。
 それで彼の任務は仕舞だった。

「それじゃ、さっさと行きますか!」

 呑気な日本人がドアの外に、素体を連れてのこのこ現れる。その瞬間を――男は、天井にある金具を掴んで天井に張り付きながら待っていたのだ。ご丁寧に、彼女の能力の有効範囲外ギリギリで。
 油断した男は余りにも隙だらけで、素体を傷付けるリスクなど微塵も感じられない。男は音もなく手を金具から離し、口に咥えていた小刀を落下しながら握る。顔が映り込むほどに研ぎ澄まされた無銘の刃が煌めいた。

 左足のつま先を器用に金具にひっかけ、それを軸に振り子のように体を下す。
 落下の瞬間がスローモーションのように見えた。
 小刀は狙いすましたように、丁度、男のこめかみを貫くように振るわれて――

(――死ぬがいい)

 一閃。

「あ、え……??」

 そのまま、男のこめかみを綺麗に貫通した。
 最早生死を確認するまでもないし、部屋の内部にいたもう一人の『女』を警戒する必要もない。
 軸にした足を金具から離し、無理なく余暇に着地したと同時に素体を見る。目の前の光景が信じられないように瞳孔を開いた素体の首筋に鋭い手刀を叩きこみ、瞬時に意識を飛ばす。これで素体は無力化できた。後はこれを連れ帰るだけだ。

こ れで師父の夢がまた一つ叶う――そう思って頬をほころばせた顔が、凍りつく。

「これは……そんな馬鹿な!?」

 彼の異能がつい先ほどまで感知していた、先ほど殺したはずの男の臭いが、その場から消失している。
 冷静でいた筈の彼がほんの一瞬だけ冷静さを失った。
 あり得ない、確かに小刀を射しこんだ手応えがあった。
 あれは殺したはずだ。瞬間移動の異能であろうが肉体を再生させる異能だろうが、瞬時に脳を破壊されれば何も出来ずに死ぬはずだ。
 なのに、何故――

 そこに至って男は、大気に乗って微かに聞こえた物音に気付いた。
 足音、3つ。場所はおそらく建物の裏口。
 一体何者だ。この建物には3人しか人間はおらず、一人は殺し、もう一人はこの手に捕えた筈では――

「……………まさかッ!?」

 男は素体を抱えたままに建物内に土足で侵入し、窓の外を見た。
 窓の外には殺したはずの男と、室内にいたであろう女。
 そして、素体と全く同じ姿をした少女が走っていた。

「なんだ、あれは……?では、こちらの素体は!?」

 声を荒げて確保した素体を見た彼は、自らの顎をかみ砕かんばかりに歯を食いしばって憤怒の感情をむき出しにした。
 確保した素体が、目の前で淡い薄緑のアイテールと化して大気に崩れ去っていく。
 殺したはずの男の方を改めて見やれば、その場には一滴の血すら残らずに自分の小刀が転がって光を反射するばかり。

 幻覚か、分身か、若しくはそれに類似する異能によって造られたダミー。
 まんまと引っかけられた――その事実に気付いた男は、頭に血を登らせて吠えるように叫ぶ。

「おのれ……この僕を嵌めたな……!師父の夢に立ちはだかったな!?この、日本人がぁぁぁーーーーッ!!!」

 瞬間、事務所の全ての出入り口がシャッターで封鎖され、室内に睡眠ガスが噴射された。

「馬鹿が見る逃走者(ブタ)のケツ、ってね。日本を舐めすぎだぜ?」

 以前にトラブルが起きた際に衛が同僚と共に事務所に仕掛けたトラップの遠隔起動スイッチを握りながら、法師はしてやったりと笑った。
  
海戦型
 
暇潰7
 
 その組織は、表向きは海外から進出してきた警備会社の体を取っていた。
 数年前に立ち上げられ、民間警備会社として必要な資質を有し、今現在も通常の警備業務を執り行っている。今や最も競争が激しい分野になった警備会社の界隈でもよくやっている方だと言えるだろう。
 そんな会社に警察が疑いの目を向けたのは、つい最近の事だった。

 次世代エネルギーとされたアイテールとそれを利用した霊素機関の登場による目覚ましい好景気の、光と影。都市の再開発によって乱立しては潰されていく鉄筋コンクリートの建造物たちのなかに、ある日奇妙なものが発見された。
 老朽化が進んで解体されることになったビルの地下に、見取り図には存在しない部屋が発見されたのだ。中に転がっているのは放置された用途不明の機材に、建物内で焼かれたと思われる紙媒体。さながら秘密の研究所のようなその部屋は、出入り口から通気口まで完全にコンクリートで塞がれて地下に眠っていた。
 解体業者が偶然にも足元から伝わる振動の違和感に気付かなければ恐らくそのまま100年は眠っていたかもしれないその部屋に、警察はきな臭いものを感じた。

 調査を進めるうちに、そのビルを建設した会社は10年以上前に倒産した医療器具メーカーであることが分かった。
 そこで警察は当時の社員を探してこの謎の部屋に関する情報収集を開始したのだが、元社員は口をそろえて「そんな部屋は知らない」と証言。元社長や重役たちはその多くが事故や病気で死亡しており、結局部屋の真相は分からずじまいだった。

 だが、この部屋には何か秘密がある筈だ。
 そう考えた警察は更なる調査を進めた。その結果、行きついたのがその会社……ということらしい。調べたのが自分ではないので、これから報告を受けるところなのだ。

「しかしこの件、異能課までお鉢が回ってくるってどういうことなんだろうねー霧埼ちゃんや」
「そりゃ、あれですよぉ。私たちって基本的に何でも出来ちゃう課だからぁ……『同じ警察の癖に権限強くて生意気だっ!』ってな風に厄介事押し付けられてるみたいなっ!」

 キャピっ♪と変なポーズをとった頭が悪そうな自分の後輩に辟易しながら、大蔵警部はため息をついた。
 異能課とは警察内でもベルガーを主として構成された課であり、ベルガーの異能が必要と判断された事件事故に駆り出されるのが日々の仕事の基本である。
 だが、相手の心を覗けるベルガーは当然ながら何の事件だろうと取り調べに駆り出されるので出番が多い。身体能力を強化したり拳銃なしに強力な異能を行使できる人員は危険な事件に引っ張りだこ。つまり、彼等は警察所内の何でも屋扱いという訳だ。

「だからこっちが何もしなくても手柄を立てるチャンスが次々舞い込んでくる。やっかみを受けるのは当然と言えば当然なんだけどねー。俺だってほら、まだアラサーなのに課長なんてポジに置かれてさ。正直、あと3,4年は現場で仕事したかったよ」
「もぉ、愚痴っぽいですよぉ?それよりホラ、報告書見てくださいよぉ!ワタシ、張り切って色々調べちゃったんですからぁ!」
「へー……ふむふむ……」

 目の前の後輩にして自分の部下である霧埼巡査部長の報告書を流し読みした大蔵は、その内容に目を細める。

「事故や病気で死亡した社員たちの足跡……死亡した12人の内、社長を含めた9人の戸籍が偽装……残りの3人は事故死か。この9人の家族は?」
「事故で本人が亡くなった後は行方知れずですぅ。えぇ、『誰一人』見つかりませんでしたよぉ?ホントに家族なんていたのかなーって思うくらいにですぅ」

 気の抜けるマイペースな喋り方に反して、霧埼は非常に有能な人間だ。情報に間違いはないだろう。会社の存在が一気にきな臭くなってきた。社の上層が社長も含めて偽装戸籍など、犯罪の香りしかしない。あの地下で何をしていたのか、余計に気になってきた。

「そこから更に裏のルートを沢山梯子して調べてたら公安とかち合っちゃってぇ……そこからイロイロ聞けちゃいました!その結果繋がったのがこの会社でぇ、なんとココは公安の皆さんがマークしてたんですぅ!」
「公安の連中が?よく話聞けたなお前。さては意外と交渉上手?」
「オンナの交渉には色々あるんですよぉ?課長もワタシとベッドの上で夜の交渉、試してみますぅ?」

 無駄に旨と太ももを強調するポーズで煽ってくる霧埼だが、そんな色仕掛けに引っかかる馬鹿は異能課にはいない。……別の部署や課の奴には有効だが。

「最近の若い子は下ネタ好きだねー……謹んで遠慮しておこう。それより公安から何を聞いたんだよ?」
「ぶーぶー!どーせ未だに独り身なくせにぃ!」
「モーだのブーブーだのと……次はコケコッコーか?」
「ワタシは家畜じゃありませんー!……まぁいいや。えーとですねぇ、戸籍を偽装してた9人は生きてたみたいですぅ。調べてビックリ、9人の死体はご本人じゃなくてホームレスを殺してそれっぽく仕上げただけぇ!しかも9人とも葬儀をしてないからお墓すらありませんでしたぁ!」
「何だと?つまりそいつらまだ生きてるってことか!!」
「はい!公安からずうっとマークされてる中統連のマフィア、『虎顎(こがく)』の人間と接触していることからそっち方面の人間と思われますぅ!そしてその人たちが再集結して立ち上げたのがぁ……?」
「ここ。民間警備会社『ボーンラッシュ』ってことか」
「あぁん、台詞取らないで下さいよぉ!」

 虎顎と言えば中国の非合法組織でも3大勢力の一角とまで言われる大組織だ。日本へのちょっかいも多く、日本警察も散々苦杯を嘗めさせられた難敵でもある。それが日本で堂々と会社まで設立していたとなると、公安どころか
 驚愕する大蔵だが、霧埼は更に話したいことがあるのか、親に嬉しかったことを報告するようにウキウキしている。

「それでですねぇ!実はなんと、連中の目的と現在の居場所まで判明してるんですぅ!もうすぐ検挙して国内の虎顎をぜーんぶお縄頂戴するって話があるので尻馬に………」

 と、彼女の話を遮るように大蔵の携帯端末がけたたましい音を立てる。安っぽい電子音楽を漏らす端末を取り出した大蔵は、発信者の名前を見るなり直ぐに通話に出る。霧埼が不満そうな目でこちらを見るが、少し我慢してもらおう。

「――よう、カズ坊。何か用か?」

 カズ坊――本名、梅小路法師。都内で何でも屋を営むベルガーの一人で、何かとトラブルに巻き込まれやすい男だ。
 彼は何気に恩師の息子だったりするので子供の頃から付き合いがあり、子供の頃は一緒に遊んだりもした可愛い弟分でもある。
 ただ、この弟分からの電話というのは厄介なもので――

『大蔵さーん……いやさ、今ちょっと紆余曲折あって『虎顎』っていう中国系マフィアに追われてるんだけど、助けてくんない?』
「………は?」

 電話がかかってくるときは大抵の場合が予想の斜め上、かつ急を要する厄介事である。



 = =



 郊外にあるビルの一室を、初老の男がゆっくりと歩いている。上等そうな白いコートに身を包んだ男は柔和な微笑みを絶やさないまま、同じく部屋にいる男の周囲をゆっくりと回っていた。
 初老の男の態度に反してもう一人の男性の顔面は蒼白であり、血の気の失せた表情からは脂汗さえ滲み出ている。

「大変なことになりましたねぇ……ああ、いやいや。責めてはいませんよ?むしろ喜ばしいじゃないですか。アビィがあれほどの力を持っていたなんてねぇ。彼女の能力は訓練された戦士さえも同情させる可能性があったがためにベルガーは周囲に置きませんでしたが……なるほど、このような使い方がありましたか」

 まるで子供の活躍を聞いたかのように頬をほころばせる男は、手に持った書類を感慨深げに眺めながらつぶやく。

「Ability Validating for Impel Ecad(異能を有効的に発動させる適応生体)……頭の文字を取ってAvie(アビィ)。組織が数多の素体の屍を築いた末に完成したシステムです。あとはコアユニットであるあの子を取り込めば……アビィは完全な姿になる。これが完成された暁には、我々『虎顎』が日本の勢力図を塗り替えることも可能になるでしょう」
「………」
「して、捜索は?」
「……目下、現在回せる全ての人員を出動させて捜索しています。で、ですので――」
「大丈夫、貴方の事を責めてはいませんよ」

 初老の男の手が、ぽんと男の方に置かれた。気遣うような柔らかさを持った手だった。
 だが、それでも男の顔色は悪化するばかりか、触れられた片さえも震えだしてしまった。初老の男は、そんな様子を心苦しそうに見つめる。

「この失態で君の責任を追及する気はないさ。君は速やかに、用事を済ませればそれでいい」
「ひっ!?」

 肩に置かれた掌がゆっくりと動く。万力のように、ゆっくりとゆっくりと男の方にめり込んでいく。

「見つけて、生きて連帰って、システムが完成する。その成果は失態を補って余りあるだろう。このような日本人だらけの地で、顔の形まで作り変えて研究を進めた君たちの苦労も報われるさ」
「ああ、あがぁ……ッ!?」

 指先が脂肪の層を突破し、筋肉と骨を鷲掴みにしながらも、なおもゆっくりとめり込む。着てきたスーツごとぶちぶちと神経や血管が千切れる音が鳴り響き、掴まれる男の口から激痛に耐えきれず嗚咽と唾液が漏れる。
 初老の男は組織の大幹部の一人であった。悲鳴を堪えきれなくなりつつあるその男の直系の上司で、日本進出とベルガーの異能を戦略的利用するための研究を行う研究者の側面も持つ。そんなインドアで人当たりのいい性格をしている彼はしかし、部下からは他の幹部にもまして恐れられている。「このような光景」を何度も見せられる羽目になるからだ。

 だが、それをやっている筈の男はその様子を気にするそぶりも見せずに手を男の肩に押し込んでいく。気遣う言葉と相手を安心させるような笑顔はそのままに。

「大丈夫、あの子は世間知らずだ。目撃証言を探ればそう遠くない未来に見つかるさ。警察の方は別の人間が張っているんだろう?なら漁夫の利を狙うのも悪くない。私の部下にも手伝わせるよ――」
「あああ、あぎゃああああぁぁぁッ!?」
「――おや」

 ばり、と音を立てて男の方の皮膚が裂け、皮膚の内側が露出した。血管は破裂し、筋肉はズタズタに裂けて血を噴きだし、鎖骨までもがへし折れる。想像を絶する猛烈な痛みに男の全身が痙攣し、口から泡を吹きながら絶叫した男は、そのままがくりと崩れ落ちた。
 倒れた男を見て、初老の男はそこで初めて自分の掌に握られた彼の肩の肉に気が付く。倒れた際に、千切れたそれを見て、初老の男はその目に深い悲しみを宿した皺を寄せた。

「あ、ああ……ああ、いけませんね。また力加減を間違えてしまいましたよ。何年付き合っても異能という奴は嫌なものです。おかしいなぁ、ちゃんと苛立ちは抑えていた筈なんだけど……おーい、春々!春々、すまないがこの男の肩を治してやってくれないか!」
「師父、またですか……いい加減ご自重ください」

 握力で肩を握りつぶされた男は、大量の血を流しながら辛うじて残る意識の中で「だからこの人は怖いんだ」と呟いて、意識を失った。
  
海戦型
 
決断する勇気
ブレイブリーデフォルト、ノーマルエンドクリアしました。
無料体験版から入ったものの、普通に面白かったので結局お金払っちゃいました。おのれスクエニ。

※ここからはちょっとネタバレ要素あり。
                                   
                                  

不沈のカウンター騎士イデア。
スピード狂の泥棒忍者ティズ。
歌って踊れる狩人リングアベル。
光と闇が合わさり最強に見えるアニエス。

4人とも本当によくやってくれました。そして、皆ゴメン。特にリングアベルゴメン。何でゴメンって……本当は8章プラス終章まであるストーリーで、それまでにちょっとずつリングアベルの記憶が戻っていくイベントがあったらしいんですけど、ほぼ迷いなく5章から直で最終章へ行ってしまいました。

最終章へ行く条件は4つのクリスタルのうちどれかの破壊なのですが、私は自称クリスタルの精霊エアリーが疑わしくてしょうがなかったのでかち割りました。土のクリスタルあたりから「次は割ったろう」と思ってましたし、クリスタルを割ることができるという話は聞いていたので……ついちゃっかり。
だってクリスタルの解放をアニエスに吹き込んだのはエアリーだし、オリヴィアが「クリスタルの精霊?なにそれ」みたいな顔してたし、アンチクリスタリズムの根拠が見えなかったし、クリスタル解放をやたらゴリ押しするしで前々から不信が溜まっていたんですよ。クリスタルの解放加減もエアリーが全部コントロールしてましたしね。
こいつ、実は黒幕かその手下じゃね?と疑った私は悪くない筈。結果的にその予想は両方当たってましたけど。黒幕にして真の黒幕の手下でした。みんな虫キラーは持ったかー。

もう一つ真エンディングがあるそうなのでこれからやります。攻略情報も解禁じゃーい。 
海戦型
 
暇潰6
「俺達、何でも屋だからね。君の望むものを言ってごらん?」

 アビィは出てこなかった。ただ、扉の向こうから感じるアイテールの流れが乱れたのは直ぐに分かった。まさか気づかれておるとは思わず動揺したのかもしれない。
 しばしの沈黙を置いて、もどかしいほどにゆっくりと扉が開いてアビィが顔を出した。
 戸惑いがちなその表情には、信用と不信の間で激しく天秤が揺れ動く。今日初めて出会い、まだほんの数分しか行動を共にしていない相手だ。信を置くには尚早すぎるが、のんびり事を構えるには余りにも余裕がなかった。彼女は今、選択を迫られているのだ。

「これから言う内容、信じてもらえるかどうかは君次第だ。何ならその能力で俺と意識を結合して真偽を確かめたっていい」
「俺もだ。もとより嘘などつく気はないがな」

 笑顔を崩さず自然体で、でも伝えるべきことはしっかりと。依頼者は切羽詰まっていることもある。だからこそ、冷静でも優し過ぎてもいけない。自然に考えられる雰囲気が、相手に論理的な思考を行わせるのに重要だ。

「君は今、3つほど選択肢がある。一つ、何でも屋『カルマ』に正式な依頼を申し込んで埒を開けること。一つ、治安維持組織である警察の庇護を受けること。一つ、……諦めること」
「…………」

 アビィは何も言わずに、半開きの扉から身を隠すようにこちらを見ている。

「俺達は君の依頼を受けてもいいと思っている。ここで君が助けを求めないというのならばそれまでだが、困ってる人間を放っておくってのは俺達の流儀にそぐわない。それが子供なら尚更だ」

 座っていたソファから立ち上がり、ゆっくりとアビィの方へ歩み寄る。アビィは少し身を引いて扉の向こうに後ずさりしたが、逃げはしなかった。
 選択しなければ未来はない。だからこの選択から逃げてはいけない事を本能的に察知しているのだろう。

「警察に逃げ込めば、ひょっとしたら俺達より安全かもしれない。但し、君はその異能の力を警察に求められるだろう。生活は保障されるが、何かと制限を受けるだろうね」

 警察はまず間違いなく彼女を自分の組織に取り込もうとするだろう。ここ数年の警察によるベルガーの人材スカウトは、その能力が有用であればあるほどに強引になってきている。特に意思決定能力が弱く親のいない孤児は、洗脳の域に達するほどだ。
 当の本人たちはやりがいを感じているのだろうが、傍から見れば思想の強要によって出来上がった操り人形にしか見えない。それが幸せだとは、少なくとも俺には思えない

「諦めたら……それまでだ。君にはなんの可能性も残されない。やりたいことを口に出す事さえしなければ、望む結末なんて得られはしないだろう。でも、アビィ。君は諦めるにはまだ若すぎる」

 諦めるのは、逃げて逃げて逃げ切れなくなったその時だけだ。でも彼女はまだ逃げてはいない。
 求める目的がある。願望もある。命にしがみつくガッツがある。
 彼女の目の前まで移動して、床に膝をついて彼女の目線に合わせ、俺は再度問いただした。

「アビィ、君はどうしたい?」
「………ノリカズさん。最後に、確かめさせてください」

 扉が開きアビィがこちらに向かって両掌を伸ばす。両掌は俺の頭を掴むようにそっと包み、近付いてきたアビィと俺の額が触れる。


 アイテールの淡い緑の光と共に、頭に膨大な情報が流れ込み、同時に流出する。
 意識結合(ユナイテッド)だ。彼女の力の最も基本的な部分、意識の共有。


 その中で、俺は感じ取った。


 アビィは他人と意識を結合させることをとても恐れていたんだ。

 彼女は軟禁状態にあった施設で、自分が殺されることを知った。死ぬ――全思考と生命活動の停止。その恐ろしさを彼女は知っていた。今までに意識を共有してきた全ての人間がそれを普遍的に抱いていたからだ。

 死ぬのは嫌だ、死ぬのは怖い。
 そんな当たり前の感情を――彼女は食事を運んできた大人の頭に意識結合(ユナイテッド)で送り込んだのだ。
 ただ送り込んだのではない。自分の異能が届く範囲全ての人間の意識を強制結合させ、自分の送り込んだ恐怖のイメージを次々に伝染させた。
 イメージは彼女の感じたその感情のままに相手に伝わる。子供心であろうとも、感じる恐怖の度合いはアビィの抱いたそれと等しくなる。
 突然脳裏に飛び込んできた『死』のイメージに大人がパニックになった瞬間を縫ったからこそ、彼女は建物から脱出できたのだ。

 恐怖は他の人間の頭に飛び移り、強制的に恐怖させられる感情が更なる恐怖を産む。増大された恐怖は連結させられた意識の中で加速度的に膨れ上がり、彼女を捕まえるだけの余裕を残す大人は残されていなかった。
 その阿鼻叫喚の光景を見て、感じて、アビィは否応なしに思ってしまったのだ。

『大人の言うとおり、私は化け物だったんだ』

 全部はこの能力の所為だ。
 これがあったから閉じ込められて、これがあったから生かされた。
 これのせいで化物呼ばわりされて、これが原因で殺されかけた。
 こんな能力を持っている私がたとえ外に脱出できても、どうせまた同じことが繰り返されるだけなんじゃないのか?こんな能力でしか相手の本心を確かめられないのに――相手から感じる心はいつだって自分への拒絶。

 そんな無情な現実が――彼女の意識が生み出した壁が、彼女の意識結合(ユナイテッド)を緩ませた。追いかけてきたあの黒服は、その時に恐怖の連鎖から解放され、慌てて追いかけてきたのだ。黒服のあの大人が抱く感情は――やはり、能力を持った相手への恐怖と拒絶だった。

『でも、能力を持っている人ならひょっとして』

 その力の存在を知っても拒絶しない2人の大人に出会った。
 自分なんかよりよほど変わった力を持っているのに、世の中で普通に暮らしている人だった。そんな人たちに――内心では、とても憧れていた。

 だからこそ、これ以上期待を裏切られるのが嫌で疑ったんだ。もしも能力を使って確認を取った時にやはり2人に拒絶されたら、と、その確認を取るのがどうしようもなく怖かった。これほどまでに他人の意識を確認するのが怖いのは初めてだった。逃げてしまいたかった。

 でも、羨望は捨てられない。

 まだ、外の町をちゃんと見ていないのに。
 着たことのない服を着て無邪気に喜ぶ暇が欲しいのに。
 まだ、「普通」ってどんな事かさえ学んでいないのに、この自由が終わるなんて嫌だ。

『私を助けて。私に見たことのない世界を教えて。私、もっといろんなことを知りたいし死にたくない。渡せるものなんて何もないけど、この切なる願いを―――ノリカズ、私の我儘を叶えてください』

 意識が共有されているのならば、ここに問答は必要ない。既に俺の答えも彼女には届いているから。

『助けを求めて困っている女の子がいる。関わるのはきっと危険で、金欠なのに依頼料は出ない。でも俺はその女の子に俺が与えうる限りの力を貸して、行きたいところに行かせてあげたい。一方的で自分本位な欲求だが―――アビィ、俺に助けを求めてくれ』

 意識結合(ユナイテッド)が切断される。

 意識を共有していた俺とアビィの瞳からは、同時に涙が零れ出ていた。
 アビィの流した涙が俺にも、俺が零した微笑みがアビィにも。
 もう2人の間にこれ以上交わす言葉は必要ない。後ろで腕を組み傍観していた衛が、止まった2人を現実に呼び戻すように声をかける。

「交渉は終わったか、法師?」
「ああ。……依頼、承ったよ。アビィ」
「……お願いします」

 異能者はいつの時代も業(カルマ)を背負う。
 業の重さを知っているのは――同じ業を背負った者しかいない。
 だからこの店の名前は「業(カルマ)」なのだ
  
海戦型
 
どうしようか
最近暇潰しで投稿しているあれ、一通り書き終わったら繋げて見直して改めて投稿しようかと思ってるんですが、何所に放り込もうかちょっと悩んでます。

一応は「現実だってファンタジー」のパラレル未来世界なのでそこにいれるという手もあるんですが、あそこに入れるには長くなりそうだし、ぶっちゃけ現ファンに見向きもしてない人はそれが更新されようがされまいがどうでもいいわけで。ある種、死んでるタイトルなんですよ。
ならいっそ新しいタイトル立ち上げようかとも思うんですが、そこまでして投稿する意味あるのかなって……みんな興味なさそうだし。 
海戦型
 
むう
需要は一応アリですか……。
今はこれといって意味もなく1日約3000字ペースで書いてる内容ですが、個人的には連続更新=大量にストックを溜めてからやるもの、って認識なんですよね。一話に付き最低でも5000字くらいは欲しい、となれば今の所溜まっているストックは単純計算で3話分。まだまだ連載には程遠い量ですね。

ご意見参考になりました。ありがとうございます。


……ん?ひょっとして、暇潰シリーズ読んだんですか? 
八代明日華/Aska
 

暁の環境は異能アクション受けるので、連続更新出来るなら新タイトルでも行けると思いますよー 
海戦型
 
暇潰5
 
 衛の見る法師の顔が見えてくる。
 法師の言葉もまた、聞こえてくる
 そして、衛の言葉も自分の声のように聞こえてくる。これで、盗み見の準備は整った。

『ティアか葉菜子がいれば風呂の面倒まで見れたんだがな』
『俺ならいけるぞ?一応実家で男でも女でも生きて行けるよう訓練させられたからな』
『俺のお前を見る目が決定的に変わりそうだからやめてくれ』

 衛の見る法師の頭を抱えた姿がイメージで伝わってきた。
 網膜ではなく脳そのものに情報として伝わるが故に、この『覗き見』には視覚的な過程が存在しない。近くにいさえすればその人間が見る景色がすべて見える。大人たちに押し込められていたあの建物では射程距離が屋外まで届かなかったが、この事務所全体くらいの範囲は読み取れる。

『そう引くな。ちょっとしたジョークだ』
『常に真顔だからジョークかどうか伝わらないんだよ、お前の場合!』

 先ほどまで優しく接してくれていた人の本性が、そこには見え隠れする。疲れた顔でこちらに指を差している法師は、先ほどまでアビィが接していた彼とは全く違う面が浮き彫りになっていた。彼のその一面を見たというそれだけでは人物を判断する材料にはならない。だから、じっと見つめる。アビィの目の前では見せなかったその姿の中に、自分にとっての真実が隠されている。
 大人たちに閉じ込められていた頃はこれしかやることがなくて、この『覗き見』で得た情報しか話の種が無かった。しかし、孤独に耐えきれずに大人に話しかけては適当にあしらわれ、後になって大人たちはアビィが『覗き見』をしている中で気味悪がるのだ。何も情報を与えていないのになぜそこまで知っている、と。

 その頃は、人の表層意識をのぞき見れることをそれ程特別な事だと思っていなかった。いや、自分の力の特異性は知っていたけれど、実感として抱いてはいなかった。だから、何故話をしたら大人たちがこちらを気味悪がるのかが理解できていなかった。

 頭の中を覗かれる不快感を知ったのは、それから暫くしての事だった。それは自分の感じたものではなく、共有した相手の思考の中から読み取ったもの。怯えと不快感の入り混じる濁った煙のように頭に纏わりついた。あんな思いを伴う行為をしていたのかと理解した頃には、もう自分の本心を外に出すことはしなくなっていた。

 嫌われるのが怖いから。
 ただ、それだけのシンプルな理由。
 独りぼっちの子供には十分すぎる理由だ。
 それでも、こんなことをしないと私は相手の事を理解できないから――

(他の人は、こんな能力なしにも生きていけるのかなぁ)

 いつだって、アビィを動かしていたのはそんな浅はかな羨望だ。



= =



「しかし、どうだったんだ?依頼内容は」
「や、これから話すべきことを話そうって時にお前が帰ってきたから、まだだ」
「事情くらいは聞いたんだろ?」
「まぁな………大陸の方では未だによくある、ベルガーの拉致と不法労働……で済む話でもなさそうなんだよ、これが」

 衛の瞳から見えている法師の顔はいたって深刻だった。
 短い間の会話ではあったが、得られた情報は意外に多い。仮にもアライバルエリアで何でも屋をやっている身なのだから、察しが悪くてはやっていけない。

「ベルガーを利用した大規模犯罪。か、それの類似だろうな。単純に交渉相手の頭を覗いてうそ発見器みたいなこともやらされてたみたいだが、ともかく彼女はそういうダーティな仕事に付き合わされたんだろう」
「なるほど……中統連あたりの非合法組織だな。身寄りがないのをいいことにベルガーを下らん理由で支配下に置く。あの下衆な連中のやりそうなことだ」
「全くもって胸糞悪いな。でも、そういう連中に限って厄介だ。彼女の周囲にベルガーがいなかったのも、多分ベルガー同士で手を組んで反逆されるのを避けるためだろう」

 世界人口に対してベルガーの絶対数は圧倒的に少ない。世界中のベルガーをかき集めても、おそらく1万人程度しかいないはずだ。
 そしてベルガーは仲間意識を持ちやすい傾向にある。
 そもそもベルガーは、より正確に言い表せば「アイテール特別適応能力者」。数十年前に発見された、大気中を漂う再生可能な新世代エネルギー『アイテール』を取り込んで異能として利用することが可能になった人間を指す。故にアイテールの流れには敏感であり、互いの纏うアイテールの流れを感覚的に捉えていることがある。
 法師にとってそれは、一応乗り越えたとはいえ未だに忘れる事の出来ない過去を思い出させるものだった。

「まぁ、今はそれはいいや……それよりアビィだ。警察に渡そうかとも思ったが、話を聞いてて事情が変わった」
「というと?」
「彼女、『強度3』に至ってるぞ。自分と他人ではなく、他人と他人の意識を複数繋げるところまでコントロールできるそうだ」

 これには衛も驚いたのか、顎に手を当ててふむ、と唸った。
 日本の警察は優秀だ。だが、法師達から言わせてもらえば人材確保に関してはグレーゾーンに位置している。つまり、公権力を利用した強引な手を使う。特にベルガー、それもテレパスなどの感応型能力は慢性的に人不足であり、そんな警察に取って彼女の能力は喉から手が出るほど欲しい筈だ。

「なるほど、それは警察には渡せない。そこまで利用価値のある孤児など、連中なら嬉々として自分の手駒に出来るような教育を施すだろう」
「彼女がとにかく安全に過ごしたいって言うなら、正直警察の方がいい。でも、一度警察に渡せば教育内容をあっちに掌握される。子供は親に従って、あっという間に警察以外の将来が見えなくなるだろう」
「………かつて、親父が俺の将来を護衛者として決定付けようとしたように、か」

 衛の父親は皇家に仕える護衛者の家系だった。だが彼はたった一度の失敗から護衛者の任を降ろされ、家名を汚した。そしてその泥を拭い一族が力を失っていない事を示すために、衛を護衛者として育て上げた。
 衛は今でこそ護衛という仕事にやりがいを感じているが、学生時代は自分が何のために護衛の技術を持っているのかさえあやふやに思っていた。そんな彼としては、警察に受け渡して将来の視野を狭める事はさせたくなかった。

「だから、そんな思いは後の世代にさせたくないだろ?衛もさ」
「年寄り臭い事を……だが、そうだな。散々縛られてきた人生なのだろう?そろそろ世間を学んで将来を考えるくらいの自由は持っていていい。俺達にはそれを手伝う力と伝手がある」
「そうだな――だから」

 法師はいったん言葉を切って、バスルームの方を向いた。

「聞いてるんだろう、アビィ?後は君の選択次第だ」

 アイテールの流れで、彼女が衛に干渉しているのは直ぐに分かった。衛も気付いていて、今まで黙っていた。何故なら隠す必要はないからだ。依頼者に判断材料を十分に与えたうえで、判断を求め、その判断が一度下ればそれを全力で遂行する。

「俺達、何でも屋だからね。君の望むものを言ってごらん?」
  
海戦型
 
我、時の牢獄を破り天の獄へと至れり
まだ決定ではありませんが、ほぼ間違いないでしょう。
第三次スーパーロボット大戦Z天獄篇……と思われるゲームの新作発表会が今月12日に行われるそうです。
遅かったじゃないか……遅かったじゃないか!遅すぎてPSVitaが埃を被っちゃいましたよ。スパロボ以外のソフトは一切買ってませんからね。

買いますよ。ええ買いますとも。スパロボがなけりゃ人生なんてしんどくてやってられません。

今年の時獄篇と魔装機神以来ずうっと音沙汰のなかったバンプレストが満を持して持ち出す最新作の内容や如何に?今まで隠し過ぎなほどに隠し続けてきた根源的な災厄の正体とは?新規参戦作品の顔ぶれは?密かに呟かれるフルメタシナリオの噂の真偽は?今回もゲス顔スズネ先生は活躍するのか?などなど色んな疑問の答えを知るために、12日は予定を空けておかねば。

あと、この前カラオケに行ったら「鋼の戦神」が追加されていて思わず全力で歌ってしまいました。水木節全開だったので引かれましたが。 
海戦型
 
私は
取り敢えず全ストーリー回収と、気になる隠し要素を一通り確認できればそれでいいって感じです。
一番熱くなれるのは一週目だけ。ゲームの宿命です。 
sk1012
 
周回は...。
資金とか機体改造には困らないけど、いかんせん途中で飽きちまうのがねw しかし周回特典をフルで受け取るには5周する必要が...。ぐぬぬ...,。 
海戦型
 
周回プレイは
3週やれば上等な方だと思いますよ、私は。
4週以上したスパロボは精々2つくらいしかありませんし。しんどいですよね、あれ…… 
sk1012
 
やっとかー。
やっと発表来ましたか....。自分のVITAも埃被ってますよ、時獄篇3周目だか4周目途中で投げちゃったからなぁ...。流石に破界篇の時みたく、20周もやる気力がないw 
海戦型
 
暇潰4
 
(その辺りは本人に聞いてみるしかないな)

 便利屋はあくまで依頼者の意志を尊重すべし。
 俺は、彼女に俺の知りうる限りの判断材料を与えたうえで依頼内容をはっきりさせるため、彼女の方に向き合った。だが、そこで間がいいのか悪いのか事務所のドアが開く。入ってきたのはアビィは知らないが俺にとっては見覚えのある女性だった。

「服と下着、買って来たぞ」
「おーおーご苦労さん。これで漸くアビィにまともな服を着せられる」

 事務所に上がり、近所の呉服店の買い物袋を机の上に置いた女性は、ふう、とため息をつくと冷蔵庫の中から安物の日本酒を取り出してラッパ飲みを始める。真昼間から子供の目の前で堂々と飲酒とはとんでもない奴だが、それ以上にたった今空けたばかりの一升瓶を一気飲みしてしまったことの方が驚きだ。俺が真似すれば急性アルコール中毒で死んでるかもしれない所である。

「あ、あの……ノリカズさん?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。急性アルコール中毒とか食中毒とか、あいつとは一番縁のないものだから」
「いや、アルコールとかはよく分からないんですけど……あの人」
「あの人がどうかした?」
「………誰ですか?」
「誰って……」

 一拍置いて、俺はさしたる疑問も感じずにあっさり答えた。

「さっき服を買いに行った衛だけど」
「…………へ、え?」

 アビィが女性を見る。そして、自分の記憶の中にある衛の姿を必死に思い出し、もう一度2本目の一升瓶に手をかけようとしている女性を見る。――よく見たら、女性は衛と同じ服で同じモノクルをしていた。

「あ、ああ!そういえば説明してなかったな。衛の力は自分の身体を造り替える事だから――女になれるんだよ。多分、男の姿で女の子の服は買いにくかったんだろうな。今は女になった時に消費したカロリーを補給中な訳だ」
「そういうこと。つまり俺は男であり女でもあるのだ」
「要はオカマだ」
「勝手に固有のカテゴライズをするな。プライベートゾーンだってちゃんと変わっている」

 アビィは俺の言葉にきょとんとし、もう一度だけ女性の姿になった衛を見て、改めて自分の頬をつねった。ちゃんと痛いので幻聴や幻覚ではないという事実を確認したアビィは――

「え、ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 その驚嘆の声は隣のビルまで届いていたことが、翌日の調べによって判明する。



 = =



「私の力って、実は全然大したことない力だったんだな……」

 シャワーを浴びて火照った体が外気に触れる。バスルームの外には衛の買ってきた服と下着が置いてあった。
 元々来ていた服はない。『覗き見』で衣服に発信器が仕掛けられている事を知って、全て脱ぎ捨てた。あのシャツは逃げる途中の建物内で偶然発見した部屋にあったものだ。漸くまともな人間らしい姿になれる。

 建物の外にあんな力を持った人がいるなんて、驚きの連続だ。つくづく私の知っていた世界は本当に狭かったのだと思い知らされる。これなら本当に普通の生き方が出来るかもしれない。そして、大人たちは私の事を諦めて帰っていき、私は――

「私は、どうしよう……」

 外での生き方なんて知っている訳がない。じゃあどうやって生きて行けばいい?命の危機を乗り切ることで頭がいっぱいだったが、そんな事さえも今になるまで気付かなかった。
 あの時は誰かに助けを求めなければ逃げ切れないのは明白だった。そもそもこちらは常に狭い建物に閉じ込められている身。体力も足の速さも到底大人に敵うものではない。
 周囲の大人たちはケイサツという人たちと対立していることくらいは知っていたからその人たちなら、とも思ったが、ケイサツというのがどんな存在でどんな格好なのかも分からない。この事務所に辿り着いたのは、辛うじて「何でも屋」という文字が解読できたからに過ぎない。
 何でも屋なら何でもしてくれる、助けてくれるかもしれないと思ってここに来た。

 でも、何かを得るには代価を支払わなければいけない。部屋の外に出ていなくとも、『覗き見』をすればそれ位の知識は入ってきた。そして、今の私に払える代価など存在しない。いま着たこの服でさえ、その代価は払うことができない。あるとしたら精々自分の身くらいだ。
 なら、あの人たちは何故私をここに置いてくれているのだろう。

 バスルームと事務所の部屋を区切る扉にこっそりと耳を欹てる。なにか話をしているらしいが、言葉までは聞こえない。それが急に不安になった。あの笑顔の裏で、本当は自分を突き放す算段をしているのではないかと思えたから。
 同じ不思議な力を持っていても、また裏切るかもしれない。彼等には私を助ける理由もない。罪悪感と懐疑の狭間に揺られながら、許しを請うように呟く。

「『盗み見』……させてもらいます」

 大人たちにもずっと黙っていた力の使い方。
 息を吸い込んで、異能の源となる大気中のアイテールに意識を集中させる。集中、集中……部屋の向こうにいる2人の人間を強く意識する。より近い方――衛に意識を集める。

 法師が意識結合(ユナイテッド)と呼んだこの特別な力は、本来は自分と他人、もしくは他人同士の意識を結合させる。今まで私はこの力で人が嘘をついているかどうかを調べたり、隠し事の内容を調べたり、大人同士の意識を繋げる実験をやらされてきた。その過程でふと思いついた能力の応用――『盗み見』。
 衛と意識を結合しつつ、意識のやりとりを意図的に遮断する。すると、意志のやり取りは行われないまま、相手に気付かれないように精神リンクだけを繋げることができる。本来ならこれには全く意味がない。繋がっていても意識の送受信が行われていないのだから、電源が通っているのにスイッチが入っていないようなものだ。

 でも、私はそこから更に情報を一方的に受けとれる。
 他人と他人の意識を繋げる際、私の力がその中継点になっている。だからこそ、ほんの表面的な意識ならばやり取りされる意識を感覚的に自己の情報として読み取ることも可能になる。リンクを繋げているのは自分だ。情報は自分の手の上で執り行われている。だからこそ、本来ならば知覚できないような意志というものを、感覚的に情報として理解することができる。
 だから、これを使えばリンクを繋げた相手の視覚や聴覚といった表面的な情報を受信することができる。私はこれを『盗み見』と呼んで、大人の見ていない所でいつも使っていた。自分の周囲にいる人にしか出来なかったが、それでも少しは知識を得られたからだ。

 衛の見る法師の顔が見えてくる。
 法師の言葉もまた、聞こえてくる
 そして、衛の言葉も自分の声のように聞こえてくる。これで、盗み見の準備は整った。
  
海戦型
 
どうでもいい話が好きでして
IS二次創作スレまとめ@ウィキに「【IS】例えばこんな生活は。」が載りました。
見た所では、暁の小説としては初めてらしいです。わーい一番乗りだー。 
海戦型
 
暇潰3
 私の住んでいた世界はとても狭くて、窓の外はまるで宇宙みたいに手が届かない遠い所だった。
 いつも周りには怖い顔をした大人がいて、服を着るのも食事をするのも全て人の手を借りずには出来ないくらいに徹底的に管理されていた。みんな私の目の前では感情の変化を見せる事がなく、まるで人として見られていない気分だった。
 外の事は殆ど教えられなくて、今でも文字が書けない。『盗み見』する知識にも限界があるし、出してと頼んでも許されない。大人たちの言いなりだった。それでも、そこにいればご飯は食べられるし寝床にも困らない。だから何年も何年も、私はそんな狭い世界で生きてきた。

 それに、正直に言うと外への好奇心より恐れが勝った。
 『盗み見』の途中でよくその感情を発見してしまうからだ。

『気味の悪いガキだ』
『近寄りたくない』
『ボスに頼まれなければ、誰があんな奴の世話をするか』
『子供の姿をした化物だ』

 私は、誰にも好かれていなかった。そして好かれない理由はいつだって大人に求められている筈の力の所為だった。なんで、どうしてこんな力を持って生まれてきてしまったんだろう。力がなければ今頃私は外の世界で、同じ年頃の人間と一緒に過ごしていたかもしれないのに。こんな狭い世界でさえ化物なんて呼ばれる世界に私が踏み出したら、果たして居場所なんてあるのだろうか。
 外への憧れはある。
 でも、私の持つこの力のせいで出してもらえない。
 そして、力を持ったまま外に出ても、また化物呼ばわりされるだけ。
 だから今までずっと、私は『盗み見』で得られる知識だけを楽しみに、勝手に外の想像を膨らませる毎日を過ごした。それがずっと続くと思っていた。でも――聞いてしまった。

『もうすぐあの子供の不完全性に煩わされる必要もなくなる』
『だって、もうシステムそのものは完成するんだからな』
『残った方はひん剥いて物好きに売るか?』
『いや、あの能力が別の組織に渡ったら面倒だ』
『次の食事に毒を盛って、その間にやるぞ』
『手を下すのは床が汚れて面倒だ』

 それがどういう意味なのか、全ては理解できなかった。でも、『覗き見』ではっきりと分かった。
 私は大人に必要とされなくなった。だからこのままだと――殺されてしまう。
 怖かった。突然の裏切りで、周囲に頼れる人がいる筈もない。それでも大人に捨てられて死ぬのが怖くてここまで捨て身の思いで逃げて来たんだ。
 こんな力を持ってしまった自分を助ける人間なんていない、とつぶやく大人たちの言葉が嘘だと信じて。


「……じゃあ、外の世界には私みたいな人もいるんだ」
「絶対数は少ないけどね。この辺も俗にいうアライバルエリア……異能者(ベルガー)の密集地帯だから、探せばそこそこいる筈だよ」

 用意されたホットココアをふうふうと息で冷ましながら、わたしはノリカズさんの話に耳を傾けた。外の世界では私みたいな力を持った人が当たり前に生活しているのも常識的な事なんだという。
 初めて出会う、自分以外の特別な力。
 とても不思議な力だった。こんなのは、『覗き見』の知識にも存在しなかった。

(なら、私の居場所はここにあるの……?)

 もう閉じ込められるのは嫌だ。死ぬのも嫌だ。
 力に縛られずに、普通の生き方というのをしたいのだ。

「……俺も、君の話を聞いてちょっと事情が見えて来たよ」
「え?」
「つまりこうだ。君は周囲の大人たちに、その特別な力の所為で外に出してもらえなかった。でもそこで……なにかしらの事情や心境の変化があって逃げ出した。でも大人が追いかけてきたから、君は捕まりたくない一心で誰かに助けを求めてこの事務所に来た。……違うかい?」
「ち、違いま……せん」

 悪戯っぽい顔でびしっと指を指してきたノリカズさんに、戸惑いながら頷いた。

「でも、どうしてそんなことが分かったんですか?まさか、ノリカズさんの力には心を読む物が……!?」
「いやいや、話を聞いてたらそれ位わかるからね?」
「………そ、そうなんですか」

 やっぱり『覗き見』の知識だけでは人とうまく接することが出来ないのかな、と少しだけ不安になった。



 = =



 俺は一通りの話をアビィから聞いて、顎に手を当てる。
 彼女を抱え込んでいた組織は、恐らく最近日本まで勢力を伸ばし始めた中統連のマフィアと考えるのが妥当だろう。あの人口だけは有り余っている国は、ベルガーの出生率が世界でも断トツに高い。その分政府と非合法ベルガー集団との対立が激しく、治安は悪化の一途をたどっているが。

 そしてアビィはどこぞの国で偶然発見された孤児のベルガー。それを拾ったマフィア連中は彼女の異能の力に利用価値を見出して軟禁。その能力を解析しつつ、実用試験を行っていたと思われる。実験場所は自分の国ではなく、比較的治安の安定した日本。海外にわざわざ人を連れ込むリスクはあるが、中国本土の荒れ具合を加味すれば確かにリスクは大差ない。

 しかし、先ほど彼女の能力を聞き出したが、能力自体はさほど珍しいものではなかった。

 感応系異能、『意識結合(ユナイテッド)』。自分と他人の意識を結合させ、その時に考えているすべての思考や感覚を完全共有するという異能だ。しかし、能力には強度(レベル)が存在する。その強度の大きさによって異能の価値が大きく揺れる。それによると彼女の力は――

(恐らく、強度3に届いているな。強度2でもベルガー全体の10%前後しかいないのに、強度3ともなると――世界中探しても30人ほどしか存在しない。周囲に知れたら大騒ぎかもな)

 いまはまだ追手の姿が見えないが、既にこの町に入り込んでいると考えるのが妥当だろう。だが、奴らもはっきりと彼女の姿を発見するまではあまりおおっぴらに動けないはずだ。

 少し前にもアビィに言ったが、この近辺は「アライバルエリア」と呼ばれるベルガー人口が集中した場所なのだ。一般人と同じ人権を持っているとはいえ、やはりベルガーは未だに偏見を受ける事もある。そうなると、自然にベルガーは同じベルガーがいる場所へと集まってくる。そうして国のあちこちにポツポツと出来上がったのがアライバルエリアという訳だ。
 そして、ベルガー集まるところ犯罪ありといった具合に異能犯罪者も同時に町にやってくる。しかもケチな金取りではなく異能道士の戦いに興奮するような性質の悪い奴が、だ。そうすると行政や民間警備会社もこれを取り締まろうとまたアライバルエリアに力を入れる。

 つまり、アライバルエリアには様々な組織や思惑が混ざり合って微妙なバランスを保っている場所なのだ。例え大きな後ろ盾を持ったマフィアであっても、この町の中では迂闊に行動できない。アライバルエリアのベルガーは町に害をなす存在には容赦がないからだ。それも踏まえればまだ時間があるという訳だ。
 この場合、一番確実な選択肢は彼女を警察に受け渡すことだ。明確な国家権力が相手となればマフィアもさすがに諦めざるを得ないし、彼女の能力を応用したというシステムも完成間近である以上は意地を張って責める必要性もない。

 しかし――そうなればアビィは一体どんな扱いを受けるのだろうか?
 国籍なし、戸籍なし、異能は高位。警察がこの少女にマフィアがそうしたような対応を取らないと言い切れるだろうか。全く同じにはならずとも、似たような状況になる可能性は十分にある。

(その辺りは本人に聞いてみるしかないな)

 便利屋はあくまで依頼者の意志を尊重すべし。
 俺は、彼女に俺の知りうる限りの判断材料を与えたうえで依頼内容をはっきりさせるため、彼女の方に向き合った。
  
海戦型
 
暇潰2
 
「金より大事なものがあるなら、やっぱり人間だと思わないか?」
「ふ……お前も中々に問題児だな」

 この何でも屋の信条は、たとえ依頼人が文無しだろうが子供だろうが、いつでも門を開けること。俺は迷いなく、事務所のドアを開け放った。

「ようこそ、何でも屋『カルマ』へ。ご依頼は何かな?」

 こっそり練習中の営業スマイルを浮かべた俺の眼前に待っていたもの。それは依頼者と思われる女の子――の背後に佇む黒スーツの男が付きつける銃口だった。取り敢えず、安物のリボルバーではなくオートマチック。パッと見ただけで気付けたのはそれだけだった。

「……ッ!駄目!伏せてぇ!!」
「へ?」

 黒服は既に拳銃に指をかけていた。
 引き絞られるトリガー、振り下ろされる撃鉄。
 弾丸は乾いた発砲音と共に発射され――

「っとぉ!?」

 辛うじて回避が間に合った俺の頭上を通り抜けて、弾丸が事務所の花瓶を叩き割った。
 まるでヤクザのカチコミだが、この事務所が今までカチコミを受けたことがなかったかというとそうでもない。金食い虫第3号が客とよくトラブルを起こすので、経験はあるのだ。そして、俺の予想通りなら親友が既にアクションに入っている筈である。

「やれやれ……あの花瓶は良い花瓶だったんだがな。取り敢えず、その拳銃は没収だ」

 ひゅっと風を切る音が聞こえたと思った時には、衛は既に俺と少女を庇う形で黒服の目の前に立っていた。黒服が予想外の速度に驚いた瞬間、鋭く伸びた衛の左手が拳銃を掴み上げ、そして右手が鋭く黒服の腕を打ち上げる。痛みにゆるんだ黒服の掌から拳銃が抜き取られた。その移動速度に対応でき無かった黒服は弾かれた腕を抑えて狼狽える。その隙が見せてはいけないものだと理解せずに。

「な、貴様!いつの間に……ガッ!?」
「素人が。この程度の芸当など、対人戦闘訓練を受けた者ならできて当然だ」

 武器を失った黒服の顎に素早く拳を一発。脳を揺さぶられた男は糸が切れたように失神して崩れ落ちた。抜き取った拳銃を一瞥した衛はふん、と鼻を鳴らす。

「なんだこの粗悪品は……中国製か?こんなもの今どき暴力団でも持っていないぞ」
「だよなぁ。日本も今や半分銃社会になっちまったから、態々海外からから密輸する必要もないもんなぁ」

 もう今から3,40年も前の話になるが、日本は異能者を示す記号である「ベルガー」の犯罪者対策としてベルガー法を制定した。それに伴い、生身の人間でベルガーに対抗するには特殊な武装が必要であるとして銃器の所持規制を緩和したのだ。
 今では民間警備会社も国のチェックさえ受ければ武器を所持できるし、銃器メーカーもいくつかある。それなりの組織力を持っていれば拳銃を手に入れるのは難しくない。尤も、流通している弾丸の7割がゴム・スタン弾なので実弾を手に入れるのは難しいが。

 だが、今はそれは置いておかなければならない。何故ならば、俺達にはこの謎の黒服野郎よりも先に扱わなければいけない大きな案件が残っていたからだ。
 そう――先ほどから事務所の床にへたり込んで不安そうにこちらを見ている少女から依頼内容を聞きだす、という重要な案件が。


 = =


先ほど拘束して事務所の「おしおき部屋」に閉じ込めた黒服の男を見ても、少女と犯罪が絡んでいることは明白だ。ちなみに彼は後で衛によるマンツーマンの「取り調べ」が待っているが、それはいったん意識の隅に追いやる。

 少女はサイズの合わない大きなワイシャツを着た10歳前後の子供だった。

 下着はつけているように見えずシャツの隙間からは肌の色が見え隠れしていたので、取り敢えずもう1枚上着を羽織らせ、衛には適当な子供服を買いに行かせている。足は靴も履いておらず裸足で随分汚れていた。あどけない顔は憂いを帯び、長めの前髪が顔に垂れ下がっている。
 暴行された形跡は見当たらないが、日本の都内でこんな格好の子供がうろついているという事態は普通はない。つまり彼女は普通ではない経緯でここに縋ったと考えるべきだろう。

 浅黒い肌の色からして中東あたりの人間にも見える。少なくとも日本人には見えないが、はっきりとした事は本人に聞いてみなければ分からないだろう。不法入国かとも思ったが、流石にこの年齢で自発的にやったとは思えない。かといって組織的にかと言われるとどうもしっくり来ない。風俗業や労働をやらせるには小さすぎる。
 改めて、来客用ソファの上で大人しく座っている少女に声をかけた。
 相手と自分の距離感を測るにはまず名前から、だ。

「……さて。君、名前は?」
「アビィ、って呼ばれてます」
「アビィちゃん。君がこの事務所に助けを求めてきたのは、あの事務所を散らかしてくれた黒服のおじさんと関係あるのかな?」
「……………」
「いや、別に君に対して怒ってたりはしないよ。割とよくあることだし、気にしないで」
「………はい」

 不安そうに上目づかいでこちらを伺っていたアビィは、何といえばいいのか分からないのか俯いて黙り込んでしまった。ひょっとしたらこちらに邪険に扱われると思っているのかもしれない。
 それもと、助けてほしいその理由を言い出せずに困っているのか、と彼女を見ながら黙考した。
 彼女はどう見ても訳ありだ。どんな風に聞き出せばいいか考えた俺は、取り敢えず当たり障りのない部分から触れる事にする。

「アビィちゃん、日本の人には見えないけどどこの出身なの?」
「……分かりません。物心ついた頃には日本にいました」
「なるほど。日本語が上手だと思ったら、日本育ちなのか。親御さんは?」
「オヤゴ?」

 親御という言葉に馴染がないのか不思議そうな目でこちらを見るアビィ。
 これはちょっとしたミスだ、と苦笑してもっと分かりやすく喋ろうと意識を改める。

「お父さんとお母さんの事だよ」
「……分かりません」
「つまり、両親は一緒じゃなかったってこと?」
「だと、思います。私の周りにいるのは東洋人ばかりでした。同じ肌の色の人、見たことがありません」

 恐らくは孤児なのだろう。非合法組織が人さらいまがいのことをするのはいつの時代もあることだ。彼女もそのようなものか……もしくは貧しい家であるがゆえに親に売られた可能性もある。どちらにしろ身寄りはなさそうだ。
 そして周囲は東洋人ばかり、という言葉が引っかかる。
 日本に長くいたらしいが、東洋人という表現をしたという事は、彼女の周囲にいる人間は日本人ではない可能性が高い。隣の大国である中華統一連邦……通称『中統連』系列の組織かもしれない。

「今まで何所にいたの?お友達は?」
「分からない……外の事は教えてもらえなかったです。いつも狭い部屋にいました。周りは私の世話をしたり連れ回す大人しかいませんでした……」
「ふぅん……それは、寂しかったね。何か、無理やりやらされている事とかあったの?」
「それは………」

 少女は躊躇いがちに、こちらの顔色を伺うような目線を向ける。
 その目はまるで何かを恐れ、その恐れを打ち明けて良いかどうか分からないままこちらを量っているようだった。その疑心と不安の入り混じった表情に、俺は既視感を感じた。
 これは――この顔は、昔に何度か見たことがある。ベルガーと一般人の境で揺れる、拒絶を恐れる特別な感情。
 ――もしかしたら、彼女は。
 ひとつの可能性に思い至った俺は、もしやとその疑問を口にする。

「君はもしかして……ベルガー、いや、人とは違う不思議な力を持っているんじゃないか?」
「え………?な、なんで……」

驚きの余りに目を見開いて怯えた表情を見せるアビィ。
その態度の変わり様を見て、俺は自分の仮説が正しかったことを確信する。

「ああ、実はね――俺も持っているんだ、不思議な力」

俺は彼女を安心させるように微笑んで、特別に彼女に自分の異能を見せてあげる事にした。

「みせてあげるよ。これが俺の――」



彼女はそれに驚き、怯え、それに害がないことを確認すると興味深そうにそれに見入った。
そして心の底から安堵したような声で、「私だけじゃなかったんだ」と呟いた。
  
海戦型
 
暇は潰されなければならない
 
 都内にあるくたびれたテナントの一つに構えられた事務所。
 その中のソファに寝そべって頭を押さえている男が一言漏らした。

「金がねぇ……」

 従業員は彼を含めて計5名。一応ながら全員が特別な力を持っている。
 今やこの世界で超能力や異能と呼ばれるものは珍しくもない存在だ。何十年も前に起きた異世代エネルギー「アイテール」の発見による技術革命と、それに伴って発見されたアイテール特別適応能力者――通称「ベルガー」。それらは当の昔に一通りの問題を乗り越えてこの世の中に溶け込んでいる。

 しかし異能使いとなると、どうしてもその異能を何らかの形で活かしたいと考える人間は出てくる。そんな人間が好んで立ち上げたり就職する場所。それは警察であったり、自衛隊であったり……そして最もその数が多いのが民間警備会社や護衛会社だ。
 尤も彼の営む仕事はそれではなく、所謂「便利屋」の類なのだが。住民の仲裁をしたり、猫の捜索や浮気調査をしたり、ストーカーからの護衛を受けたりとそんな具合だ。
 実を言うと、お金はないがそれなりに依頼はある。周囲でもそこそこ評判の店だし、従業員もこんなちんけな事務所にいるのが不思議なくらい有能な人間が揃っているので問題解決能力も高い。それなりに金のある相手から依頼が来ることもある。
 しかし、それでもこの便利屋にはお金がない。それは何故か。
 がちゃり、と音を立てて事務所のドアが開き、上等な革靴の足音がコツコツと部屋に入ってきた。その姿を確認しながら呻く。

「今戻ったぞ、法師(のりかず)」
「帰って来たな、ウチの金食い虫第1号め……!」

 今時珍しいモノクルをかけた美形の男が、無表情な鉄面皮をぶら下げてのこのこと帰ってきた。
 便利屋№2にして親友の式綱衛(しきつなまもる)。俺、こと梅小路法師(うめこうじのりかず)とは学生時代からの付き合いである。というか、この事務所の従業員は全員が全員そうなのだが。
 衛は非常に有能だ。異能も汎用性が高いし本人の体術や機械、武器類への造詣がとても深い。情報通で頭脳も明晰な上にルックスもいいという欠点らしい欠点がないデキる男なのだ。デキる男なのに、こいつには致命的な欠点が2つほどある。

「依頼は完遂したぞ。極道の跡取り息子の護衛任務、完遂だ。依頼料の1000万円は振り込み済みだ」
「ほうほうふむふむ……で、そのうち幾らを使い込んだんだ?」
「貯金の3000万に今回の報酬から900万を上乗せして、漸く最新の量子プリンターに手が届いた」
「ああそうかそうかいそうですか……ってアホぉぉぉーーーッ!!幾らなんでも使い込み過ぎだろーが!!」

 この男、依頼料を勝手に使い込むスーパー浪費野郎なのである。
衛は元々さる筋では有名な武家の出であり、伝手もあれば高額の依頼も多く舞い込んでくる。だが、その悉くを――酷い時は9割以上どころか全て使い込んで何かしらの新しい機材を買い込むのだ。しかも、その機材の管理費も馬鹿にならない、プラス電気代が馬鹿にならない、プラス改造費で更に諭吉を飛ばす。
 一応利益は出ているものの――今回のように高い買い物をすると手元に殆ど金が残らない。

「移動費が電車バスタクシー合わせて3万円前後。護衛に際して消耗した装備品類諸々合わせて20万円。そして食費が……」

 領収書をつまみ上げて眺める自分のこめかみがヒク付いているのを自覚しながら、俺は深いため息をついた。それこそがこの男のもう一つの欠点にして事務所のエンゲル係数を跳ね上げる要因なのだ。

「食費が、40万円……なあお前。もう少しこう……何とかならんのかその大食い体質は?」
「俺の異能がとんでもなくカロリーを消費するのはお前も知っているだろう?今回はかなりハードだったからな………」
「変異型異能『身体改造(モディフィケーション)』……傷を負っても肉体を改造して修復可能、おまけに骨格体格皮膚の色から髪の長さまで変え放題。その代償が莫大なカロリーか……40万ってことは、お前さてはかなり死にかけたな?」
「ふっ……関東の極道も捨てたものではない。一人の人間にあそこまで殺られたのは久方ぶりだよ」
「お願いだから無茶は止めろ。うちの事務所の金庫のために!」

 スーパー浪費野郎に加えてミスター大食い野郎の称号が上乗せされるのがこの男の凄い所。
身体改造の異能は、使えば使うほどに消費カロリーが跳ね上がっていくという何とも言えないリスクがある。その分カロリーを大量に溜めこむことが可能で、かつ太らない神秘の体質にはなっているのだが……例えば、ナイフで刺されるとその再生に必要な食費は軽く1万円、内臓まで傷付けていたら3万円といった具合に、傷が深ければ深いほど再生にバカみたいなカロリーが必要になる。
 そして、護衛が本業の彼は機動力を重視して身を守る防具を殆ど身につけないために体をバンバン傷付けていく。病院の入院代よりは安くつくが、それでもこれだけバカスカ万札を飛ばされてはたまったものではない。おまけに、いつ傷ついてもいいように彼は普段から大食いなのでさらに頭が痛い。

「えー……引いて37万円。そっからさらにあれを引いてこれを引いて……はぁ。浪費癖の方はまだ許せるんだよ。あれは生産性があるし、俺達も使う機会があるからまだ許せる」
「そこで900万円を許せてしまうお前も大概だぞ」
「たわけ。お前じゃなけりゃ東京湾の底に沈めてる所だ」
「……それは怖いな。更に精進を重ねて怪我の数を減らさねば、鬼社長に殺されてしまう」

 何が面白いのか先ほどまでの無表情が崩れてくつくつと笑う親友だが、その笑顔はあることを思い出してその笑顔を消して真顔になる。

「しかし、この事務所に金がないのは事実だな。俺の持ち帰った僅かな利益も『あいつ』が食いつぶす気がしてならん」
「あー、あいつか……ホント困った奴なんだよなーあの金食い虫第2号め。金が溜まったと思ったら何かしらぶっ壊して金庫をすっからかんにしちまうんだから」
「はぁ……もうちょっと、どうにかならんかな」
「ふぅ……せめてもう少し穏便な依頼が多ければな」

 他の社員が全員仕事に出かけている現状、この事務所を空にする訳にはいかない。かといって余った1人には今は依頼がない。導き出される結論は、憂鬱なる打算計算の継続である。事務所の中にかび臭いどんよりとした空気が立ち込める。

 そう、ちょうどそんな時だった。
 こんこんと事務所のドアをノックする音と共に、子供特有の高い声が2人の耳に飛び込んだ。

「すいませぇん!助けて下さい!お願いします、助けてぇ……!!」

しばしの無言と共に、俺は衛と目を合わせた。

「どう思う?」
「多分、『よくある金にならない依頼』だろうな」
「では?」
「ああ」

 金にならない依頼などにかまけていられるほど、彼らの生活は裕福ではない。
 ならば答えは決まっている。

「金より大事なものがあるなら、やっぱり人間だと思わないか?」
「ふ……お前も中々に問題児だな」

 この何でも屋の信条は、たとえ依頼人が文無しだろうが子供だろうが、いつでも門を開けること。俺は迷いなく、事務所のドアを開け放った。

「ようこそ、何でも屋『カルマ』へ。ご依頼は何かな?」
  

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