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海戦型さんのつぶやき
つぶやき
海戦型
2014年 12月 04日 01時 38分
暇潰3
私の住んでいた世界はとても狭くて、窓の外はまるで宇宙みたいに手が届かない遠い所だった。
いつも周りには怖い顔をした大人がいて、服を着るのも食事をするのも全て人の手を借りずには出来ないくらいに徹底的に管理されていた。みんな私の目の前では感情の変化を見せる事がなく、まるで人として見られていない気分だった。
外の事は殆ど教えられなくて、今でも文字が書けない。『盗み見』する知識にも限界があるし、出してと頼んでも許されない。大人たちの言いなりだった。それでも、そこにいればご飯は食べられるし寝床にも困らない。だから何年も何年も、私はそんな狭い世界で生きてきた。
それに、正直に言うと外への好奇心より恐れが勝った。
『盗み見』の途中でよくその感情を発見してしまうからだ。
『気味の悪いガキだ』
『近寄りたくない』
『ボスに頼まれなければ、誰があんな奴の世話をするか』
『子供の姿をした化物だ』
私は、誰にも好かれていなかった。そして好かれない理由はいつだって大人に求められている筈の力の所為だった。なんで、どうしてこんな力を持って生まれてきてしまったんだろう。力がなければ今頃私は外の世界で、同じ年頃の人間と一緒に過ごしていたかもしれないのに。こんな狭い世界でさえ化物なんて呼ばれる世界に私が踏み出したら、果たして居場所なんてあるのだろうか。
外への憧れはある。
でも、私の持つこの力のせいで出してもらえない。
そして、力を持ったまま外に出ても、また化物呼ばわりされるだけ。
だから今までずっと、私は『盗み見』で得られる知識だけを楽しみに、勝手に外の想像を膨らませる毎日を過ごした。それがずっと続くと思っていた。でも――聞いてしまった。
『もうすぐあの子供の不完全性に煩わされる必要もなくなる』
『だって、もうシステムそのものは完成するんだからな』
『残った方はひん剥いて物好きに売るか?』
『いや、あの能力が別の組織に渡ったら面倒だ』
『次の食事に毒を盛って、その間にやるぞ』
『手を下すのは床が汚れて面倒だ』
それがどういう意味なのか、全ては理解できなかった。でも、『覗き見』ではっきりと分かった。
私は大人に必要とされなくなった。だからこのままだと――殺されてしまう。
怖かった。突然の裏切りで、周囲に頼れる人がいる筈もない。それでも大人に捨てられて死ぬのが怖くてここまで捨て身の思いで逃げて来たんだ。
こんな力を持ってしまった自分を助ける人間なんていない、とつぶやく大人たちの言葉が嘘だと信じて。
「……じゃあ、外の世界には私みたいな人もいるんだ」
「絶対数は少ないけどね。この辺も俗にいうアライバルエリア……異能者(ベルガー)の密集地帯だから、探せばそこそこいる筈だよ」
用意されたホットココアをふうふうと息で冷ましながら、わたしはノリカズさんの話に耳を傾けた。外の世界では私みたいな力を持った人が当たり前に生活しているのも常識的な事なんだという。
初めて出会う、自分以外の特別な力。
とても不思議な力だった。こんなのは、『覗き見』の知識にも存在しなかった。
(なら、私の居場所はここにあるの……?)
もう閉じ込められるのは嫌だ。死ぬのも嫌だ。
力に縛られずに、普通の生き方というのをしたいのだ。
「……俺も、君の話を聞いてちょっと事情が見えて来たよ」
「え?」
「つまりこうだ。君は周囲の大人たちに、その特別な力の所為で外に出してもらえなかった。でもそこで……なにかしらの事情や心境の変化があって逃げ出した。でも大人が追いかけてきたから、君は捕まりたくない一心で誰かに助けを求めてこの事務所に来た。……違うかい?」
「ち、違いま……せん」
悪戯っぽい顔でびしっと指を指してきたノリカズさんに、戸惑いながら頷いた。
「でも、どうしてそんなことが分かったんですか?まさか、ノリカズさんの力には心を読む物が……!?」
「いやいや、話を聞いてたらそれ位わかるからね?」
「………そ、そうなんですか」
やっぱり『覗き見』の知識だけでは人とうまく接することが出来ないのかな、と少しだけ不安になった。
= =
俺は一通りの話をアビィから聞いて、顎に手を当てる。
彼女を抱え込んでいた組織は、恐らく最近日本まで勢力を伸ばし始めた中統連のマフィアと考えるのが妥当だろう。あの人口だけは有り余っている国は、ベルガーの出生率が世界でも断トツに高い。その分政府と非合法ベルガー集団との対立が激しく、治安は悪化の一途をたどっているが。
そしてアビィはどこぞの国で偶然発見された孤児のベルガー。それを拾ったマフィア連中は彼女の異能の力に利用価値を見出して軟禁。その能力を解析しつつ、実用試験を行っていたと思われる。実験場所は自分の国ではなく、比較的治安の安定した日本。海外にわざわざ人を連れ込むリスクはあるが、中国本土の荒れ具合を加味すれば確かにリスクは大差ない。
しかし、先ほど彼女の能力を聞き出したが、能力自体はさほど珍しいものではなかった。
感応系異能、『意識結合(ユナイテッド)』。自分と他人の意識を結合させ、その時に考えているすべての思考や感覚を完全共有するという異能だ。しかし、能力には強度(レベル)が存在する。その強度の大きさによって異能の価値が大きく揺れる。それによると彼女の力は――
(恐らく、強度3に届いているな。強度2でもベルガー全体の10%前後しかいないのに、強度3ともなると――世界中探しても30人ほどしか存在しない。周囲に知れたら大騒ぎかもな)
いまはまだ追手の姿が見えないが、既にこの町に入り込んでいると考えるのが妥当だろう。だが、奴らもはっきりと彼女の姿を発見するまではあまりおおっぴらに動けないはずだ。
少し前にもアビィに言ったが、この近辺は「アライバルエリア」と呼ばれるベルガー人口が集中した場所なのだ。一般人と同じ人権を持っているとはいえ、やはりベルガーは未だに偏見を受ける事もある。そうなると、自然にベルガーは同じベルガーがいる場所へと集まってくる。そうして国のあちこちにポツポツと出来上がったのがアライバルエリアという訳だ。
そして、ベルガー集まるところ犯罪ありといった具合に異能犯罪者も同時に町にやってくる。しかもケチな金取りではなく異能道士の戦いに興奮するような性質の悪い奴が、だ。そうすると行政や民間警備会社もこれを取り締まろうとまたアライバルエリアに力を入れる。
つまり、アライバルエリアには様々な組織や思惑が混ざり合って微妙なバランスを保っている場所なのだ。例え大きな後ろ盾を持ったマフィアであっても、この町の中では迂闊に行動できない。アライバルエリアのベルガーは町に害をなす存在には容赦がないからだ。それも踏まえればまだ時間があるという訳だ。
この場合、一番確実な選択肢は彼女を警察に受け渡すことだ。明確な国家権力が相手となればマフィアもさすがに諦めざるを得ないし、彼女の能力を応用したというシステムも完成間近である以上は意地を張って責める必要性もない。
しかし――そうなればアビィは一体どんな扱いを受けるのだろうか?
国籍なし、戸籍なし、異能は高位。警察がこの少女にマフィアがそうしたような対応を取らないと言い切れるだろうか。全く同じにはならずとも、似たような状況になる可能性は十分にある。
(その辺りは本人に聞いてみるしかないな)
便利屋はあくまで依頼者の意志を尊重すべし。
俺は、彼女に俺の知りうる限りの判断材料を与えたうえで依頼内容をはっきりさせるため、彼女の方に向き合った。
2014年 12月 04日 01時 38分