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海戦型さんのつぶやき
つぶやき
海戦型
2014年 12月 10日 00時 36分
暇潰9
なーんか忘れてると思ったら、アレです。この話の衛くんはむかーしN.Cさんが呟いた「可逆性TS」っていうアレからアレして着想を得たものと自分のアイデアを悪魔合体しようとして失敗した残骸から使えるパーツを拾い集めて再利用した奴なんですよ。
※ ※ ※
既に敵の目が事務所を発見している可能性を考慮した、『とあるトリック』は成功した。
刺客の心理をまんまと読み取った3人は事務所の裏口から退避していた。念には念を入れて、と『仕込み』をしておいたのが幸いしたな、と法師はほくそ笑む。だが刺客が一人とも限らないので気は抜けない。むしろ襲撃する相手の方が行動の自由度は高いだけに油断は禁物だった。
今、3人は事務所外の駐車場に止めてあった法師の軽自動車で既に町に出ている。運転席に法師、後部席に衛とアビィだ。(なお、衛は未だに女性のままである。)なるべく車の渋滞が起きにくく信号に引っかかりにくいルートを選んでの走行になるが、それでも歩きよりは遙かに効率的だ。
遠ざかっていく事務所を振り向いて眺めながら衛が呟く。
「ふぅむ、上手く閉じ込められたようだな。とはいえ無力化が成功したとも限らんが」
遠隔操作もさることながら、シャッターも滞りなく閉まったのは衛としては幸運だった。というのも、実はあの仕掛けはまだ作ったばかりであり、碌にテストもしていなかったのだ。何事もぶっつけ本番というのは不確定要素が絡む物である。
「ノリカズ、このくるくる回るのなぁに?」
「それはドアのロック。赤い色が出てるときは下のレバーを引いてもドアが開かないの」
「じゃあその上にあるつまみは?」
「窓を開閉するためのものだよ。ためしにちょっと下に押してみて?」
言われるがままにつまみを下に押したアビィは、それに呼応して解放された窓から吹き込んできた風に驚いて小さな悲鳴を上げた。が、すぐにその隙間から流れ込む風圧に興味を持ったのか、その風に手を翳して風の心地を無邪気に楽しむ。
「すずしい……なんだか風に手が押されてるみたい!」
「そりゃよかった。危ないから窓の隙間に手を出したりしないようにね」
はーい、と元気な返答が帰ってきて法師は苦笑した。この姿こそが彼女の本来の在り方なのだろう。
アビィは人生で初めての乗車経験が余程新鮮なのか、他にも窓を触ったり座席下のレバーを触ったりしては助手席の法師に興味津々に用途を尋ねている。こんな状況下にあっても少しは落ち着きを取り戻したために、その子供らしい無邪気な好奇心が復活したようだ。
「……ん?」
「どうしたよ?」
「いや、事務所に置いてきている『俺』が、室内でのアイテールの収束を感知したっぽい」
法師の質問に、『法師』は軽く返事を返した。
運転席に法師。
助手席に法師。
そして先ほどの事務所にも、実はこっそり隠れて法師が潜伏している。
更に言えば、既に法師が車を走らせる前から無数の法師が町に駆け出して不審者の情報を集めていたりする。
「でも、やっぱり不思議……ノリカズさんの力って」
「世にも奇妙だよな、法師の能力――『同時存在(バイロケーション)』は」
「うるせー。好きでこんな力手に入れたわけじゃねえっつーの!」
不貞腐れたように、けっ、と漏らす法師をたしなめるように、助手席の方の法師がまあまあと声をかけた。
「そう言うなよ、『俺』。自分が沢山いるんだぞ?面倒なことも押し付け放題だし、俺達の行動を知りたいときは聞けばちゃんと答えてる。こうして役に立っているからいいじゃないか」
「よくない!何でよくないか分かるか!?」
「ん?どのことだ?俺は常にきわめて紳士的かつ社交的で先を見据えた行動が出来るよう心がけているつもりだが?……とはいえ、自分が多数存在し、自分の与り知らぬ場所で自分のように振る舞っている、といった感覚に対する不快感や忌避感は俺も承知している。そのうえでも頼ってもらえることは嬉しく思ってるよ、『俺』」
相も変わらず歯が浮くようなお世辞を言いやがる、と法師は内心で吐き捨てた。自分の顔で、自分の声で、その癖して自分の言いそうにもない事を平気でのたまう自分のしもべ。助けられることは多いが、それでも法師はその自分を自分としては許容できない。
へらへらと笑う助手席の『もう一人の法師』の笑みに、法師は苦々しい顔を見せた。
「そういうお前らの『俺っぽくない所』が嫌いなんだよ、『BF』……!!」
『同時存在(バイロケーション)』。
世界中を探しても現在の所は法師のみが保持している希少度Sランクの異能にして、法師が世界で一番気に入らない異能。
能力は言葉通りの意味で複数個所に法師が同時に存在出来るという能力だ。本体と同時存在(Bilocation Figure)は明確に区分され、BFはアイテールによって構成される。
この能力の最も奇怪で不思議なところは、分身とも表現できるこのBF達が本体である法師のコントロール下にある訳ではないという点に尽きる。
彼等BFは法師によってこの世界に生成された瞬間から本体である法師の意識を読み取り、法師が求めている、若しくは求めているであろう行為を各々勝手に行う。より正確には、法師の望む理想的な展開を実現させるための一種の自己犠牲精神を以って行動するのだ。
一度形成されれば原動力となるアイテール外殻が崩壊するまで行動をし続ける。何事もなければ凡そ3時間程度、力を多くこめれば丸一日、そしてナイフに刺されるほどのダメージを受ければ外殻を保てず崩壊。行動中のBFの記憶は法師には知ることが出来ないが、BF同士の情報は交換される。
簡単な例を挙げよう。
例えば法師がその相手をぶん殴りたいほどに怒っているが、流石にそれはまずいと自制を利かせている時にBFを生成すれば、BFは相手を法師に代わってぶん殴る。それは、法師が本当に求めているのは怒りの抑制ではなく解放だからだ。だからもし殴ることによって後で面倒な事態に陥ると分かっていても、BFは相手を容赦なく、躊躇いなく殴る。
例えば目の前に落ち込んでいる女性を見た法師がその女性を慰めたいと考えた際にBFを生成すれば、BFは法師の持つ知識と語彙を総動員してその女性を慰めて見せる。法師自身に口説きや女心をつかむテクニックがなくとも、法師というオリジナルを元に一定の法則に従って行動するBFならば女性の心をつかむことも可能だ。
彼らは法師の能力を基に生成され、彼に1%以下であってもそれを実現出来る可能性がある行為ならば何でも行えるのだ。BFは法師の能力を100%いかんなく発揮した存在だ。はっきり言えば、法師より優れている。まるで自分以外の人間が、自分の分身をコントローラで操って助けているようだ。
それゆえに、法師は昔から自分の能力が生み出すBFが好きになれなかった。
そして、BFはそのことを承知の上で、それでも献身的に法師のために行動するのだ。
なお、BFは自分以外の存在も生成が可能だが、他人のBFは自我が薄く、自立行動はほぼできない。虎顎の刺客を騙すのに使ったのはそれだ。ほんの目くらまし程度ではあるが、それでも一瞬騙せれば囮としては上等だ。
「……『俺』。まずいことになったぞ」
不意に、BFの声に深刻なニュアンスが籠った。
「何事だ?」
「まず一つ。事務所に閉じ込めた虎顎の尖兵が自力でシャッターを突破した」
「あの人……諦めてくれればよかったのに、なんで私を放っておいてくれないの……?」
スカートを握りしめて俯いたアビィが、震える声で漏らす。そんな彼女を励ますように優しく頭を撫でた衛は、BFに報告にさして驚いた様子も見せずに質問する。
「そうか。それなりに頑丈には作ったが、異能の力でこじ開けられたか?」
「はっきりしたことは言えない。事務所内の俺は確認する前に崩壊したし、脱出の瞬間は別の俺が確認したから……ただ、十中八九異能だろうな」
「で、他はどうなんだ、BF?」
「二つ目として、虎顎らしき怪しげな人物を発見した。場所がモノレール駅の近くだから、下手をするとこのままかち合うかもしれん」
「ちっ……どっちも有り難くない報告だ」
苛立たしげに車のハンドルに人差し指をこつこつとぶつけてしまう。ひょっと知ればこちらの動きが読まれているのかもしれない。だとしたら、迎え撃つ必要がありそうだ。腰にいつも持ち歩いている自分の獲物に意識をやりながら、法師は不意にBFの言い方に引っかかりを覚えた。
「……ちょっと待て。今の言い方じゃ、まさ三つ目の報告があるのか?」
「ああ。……その、ティアがまた依頼者と喧嘩したらしくて橋の麓で落ち込んでいた。メールも見ないほどの落ち込みぶりだったから、励ますために勝手ながらデートの約束をしたらようやく立ち直ってくれた」
「この忙しい時に勝手に人の予定を増やしてるんじゃねぇぇぇぇぇッ!!」
もし法師がその事務所の同僚――ティアを間近で見ていれば法師はそんな方法で彼女を励ましたかもしれない。そんな可能性を勝手に実現させたBFに、理不尽だとは思いながらも腹の底から怒鳴ってしまう法師だった。
――まあ、ティアとのデート自体に不満がある訳ではないのだが、その予定を取り付けたのがBFな気がしてならない。それがなんとなく癪に障る。
2014年 12月 10日 00時 36分