冥王来訪
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第三部 1979年
戦争の陰翳
柵 その3
前書き
原作キャラの、くどい色恋描写も飽きるでしょう。
という事で、今回は視点を変えて、米ソの動きを追ってみることにしました。
米国に月面におけるソ連の報告が入ったのは、現地時間6月29日の深夜だった。
最初にその詳報を知ったのは、青森県三沢基地にある姉沼通信所の通信アンテナだった。
通称、象の檻と呼ばれるもので、通信設備を囲う様に円形上のアンテナが設置されていた。
また稚内分屯地にいた国家安全保障省分遣隊も、同様の通信を傍受していた。
東京から帰国した米大統領は、深夜3時という遅い時間にもかかわらず、国防長官から電話を受けた。
「大統領閣下、かかる夜分に申し訳ありません。
今しがた三沢からの秘密電報によれば、ソ連の月面攻略隊が失敗したそうです」
国防長官は、開口一番そう告げてきた。
「ソ連がどうしたって?」
大統領の頭は、まだ寝ぼけている様子だった。
国防長官は、男の状態など関係なしに続ける。
「どうやら核弾頭を使用した模様ですが、その際、BETAの反撃にあい、撤退した模様です」
「そうか……緊急閣議の準備をしたまえ」
一方のソ連政府も、事態の重大さに驚いていた。
虎の子の第7親衛空挺師団の大半を失い、貴重な宇宙空間の戦力を減らした結果だったからだ。
ウラジオストックの共産党本部で行われた秘密会議では、その責任の所在が問題となっていた。
「同志ウスチノフ、今回の責任はどうなさるおつもりか。
君の誇大妄想の為に、貴重な宇宙艦隊の戦力が3割も失われてしまった」
ソ連第二書記のミハイル・スースロフが、口を開いた。
彼は、ソ連政権の中で、スターリンに次ぐ長期政権を維持したブレジネフの懐刀だった。
「今や我が国に残された戦力は、太平洋艦隊と蒙古駐留軍のみだ」
スースロフは、言葉を切ると、口つきタバコに火をつけた。
「お待ちください、同志スースロフ。
本作戦を軍の反対を無視して推し進めたのは、貴方ではありませんか!」
ウスチノフは、スースロフの後釜的存在とクレムリン界隈では見られていた。
実際、史実ではスースロフの死去後、ウスチノフが政界のキングメーカー的役割を担っていた。
「私が今作戦の責任を認めるというのかね」
ソ連最高検事総長のルジェンコが、スースロフに書類の束を渡した。
それはスースロフを失脚させるべく、KGBと最高検察庁が書き上げた調書だった。
「同志スースロフ、単刀直入にも仕上げます。
今回の作戦の結末は、どういたしますか」
ルジェンコは、スースロフの進退をあえて問いただした。
彼はニュルンベルク裁判で、ソ連側の検察官を務め居ていた経歴の持ち主だった。
戦争中、ドイツ人がスモレンスク郊外のカティンの森で2万3000人のポーランド兵の遺体を発見する事件が起きた。
ドイツ軍や国際赤十字、カトリック教会などはソ連の犯行と推定していた。
だがルジェンコは、カティンの森事件はナチスドイツによるものであると告発した人物だった。
後に露見することになるが、カティンの森事件はソ連NKVDによる虐殺だった。
1940年3月5日にNKVD長官べリヤの提案で虐殺が建議され、スターリンを含む政治局全員が承認したものであった。
長らくこの秘密命令は隠されていたが、1980年代末に自体が動く。
国際的な批判の流れに沿って、ゴルバチョフはしぶしぶNKVDの犯行であることを認めた。
そしてソ連崩壊後の1992年に文書が公開され、NKVDの悪行が白日の下にさらされたのだ。
「この私が辞任すると思うのか。
もし、共産党第二書記長の私が辞任をすれば、ソ連という国家は崩壊する」
スースロフの言に、ルジェンコはたじろいだ。
脇で黙って聞いていた赤軍参謀総長も、困惑の色を浮かべる。
「……と言いますと」
検事総長は、第二書記に問うた。
スースロフは、紫煙を吐き出しながら答える。
「このスースロフが辞職に追い込まれ、政界を退いた場合、ソ連はどうなると思うのかね」
それまで黙っていた参謀総長が、口を開く。
「現在の若手党員らの提唱する世界融和が進むと思いますが」
「絵空事だ!」
スースロフは、途端に嚇怒の色を表した。
「起こるのは、有象無象の輩による新たな権力闘争だけだ」
その場が、まるで雪山のように冷え冷えとした空気に包まれる。
シーンとした静謐の中、スースロフは口を開いた。
「いいかね。
政界に限らず、社会のシステムという物は大きな権力があってこそ、はじめて機能する。
今の小童どもに、そこまでの権力を維持する力はない……」
スースロフは確信をもって、なお続けた。
自分の様なキングメーカーが、ソ連を密々に政治局会議を動かしているということをである。
検事総長は、顔色を変えだした。
「すなわち、このスースロフの失脚はソ連共産党そのものの混乱と瓦解を意味するのだ!」
スースロフは愛用する口つきバタコを取り出すと、火をつける。
およその時間を計りながら、2、3服煙草を吸って、次の話を進める機会をうかがっていた。
スースロフは吸いつけたその煙草を斜めに持って、参謀総長の方を向く。
「同志参謀総長!貴様がちょろちょろと動き回っているのをこの私が知らんと思うか」
そのとき、彼は語気つよく参謀総長へ言い放った。
小賢しい奴めと、腹のそこから怒ったとすら聞えるほどな語気だった。
「それほどまでに権力が欲しいか」
第二書記は、目の前に立つ男に、まず、訊ねた。
「い、いえ」
参謀総長は、濁りのない声で、言いきった。
「欲しいなら、くれてやってもいいぞ」
「エッ!」
「だがな、お前のような尻の青い小僧っ子に国家が動かせるか」
蒼白な顔の内に、スースロフは、抑えがたい怒りを燃やしていう。
「世界の現状を見ろ!
今からのソ連は、誰が書記長になっても、安穏としていられる情勢ではない」
BETA戦勝利のためとはいえ、ゼオライマーに肩入れする参謀総長。
味方とはいえ、ソ連の秩序を乱すものに対し、スースロフは必然な憤怒をおぼえるのだった。
「近い将来に戦争が終わった後、必ずや世界的な大不況にソ連も飲みこまれる」
じっと、参謀総長は、第二書記の顔色を見つめた。
「その中で、お前は何ができる!
ソ連という国家を、ロシア民族を存続させる明確な意思を持っているのか!
政権を握るものとして、強固な理念や自信があるか。
明確な意思表示ができるか」
スースロフは一旦言葉を切って、立ち上がる。
参謀総長の顔を蔑むごとく、恨むごとく、じっと見てから答えた。
「政権を、ただの甘い役職と思うんじゃない!」
そういって、スースロフは政治局会議の場を後にした。
第二書記がいなくなったのを見計らって、検事総長が言い放った。
「老醜か、見識か……」
「いずれにせよ、有象無象がどう戦うか、でしょう……」
参謀総長は、勤務服の内ポケットから愛用する口付きたばこの白海運河を取り出した。
「私たちの様な青二才の小僧も、あの老獪な第二書記に……」
そして言葉を切ると、タバコに火をつける。
混紡サージ生地製の、深緑色の夏季勤務服を着た顔から、香りのある煙がゆるく這った。
場面は変わって、米国バージニア州ラングレーにあるCIA本部。
一人の分析官が資料を携えて、長官室を尋ねていた。
「長官、見てください」
分析官は、さきほどNASAから届いた資料を長官に見せた。
「先日、NASAがバーナード星系方面から、太陽系への怪電波を観測しました。
詳しく解析したところ、ソ連の月面攻略作戦とほぼ同時刻でした」
長官は、話のあらましを聞いて、表情が変わった。
「なるほど、とても偶然とは思えんな」
彼は米国の首脳陣の中で、ゼオライマーがもたらしたひと時の平和に惑溺しない人物だった。
「バーナード星系は、たしか地球と似た環境の星が存在する惑星だ」
「地球と似た星?」
「そうだ。
地球から6光年先にあるヘビつかい座にあるバーナード星系からは、生物が発生する条件がそろっているという。
フォン・ブラウン博士が進めていた、例のバーナード星方面への移住計画で、そういった分析結果が出されている」
「まさか、6光年の距離を?」
当然そうだという口調で、長官は続けた。
「火星にいたBETAは、こともなげに2億3000万キロの距離を侵攻してきた。
彼等の恐るべき能力なら、バーナード星系が拠点と考えてもおかしくはないだろう」
長官の横にいる補佐官の推測は、鋭かった。
彼はハーバード大在籍中にCIAにリクルートされた人物だった。
「もしや、今回のバーナード星系からの奇妙な通信は……」
「増援部隊の要請かもしれない」
長官は言葉を切ると、セーラムの箱からタバコを取り出した。
紙巻煙草に火をつけると、薄荷の匂いが部屋中に広がる。
「数光年の距離を自在に移動してくるとなると、手ごわい相手になる」
長官は、そう言葉を結ぶ。
意外な話に、分析官はビックリしていた。
太陽系外、ましてや数光年先から生命体が飛来するなどとは信じられなかったからである。
後書き
21日の投稿が出来なかったので、22日にしました。
年末も忙しいので、投稿日時が前後するかもしれません。
返信が遅れるかもしれませんが、頂いたものは全て目を通しています。
ご意見、ご感想、リクエスト等、お待ちしております。
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