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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  柵 その2

 
前書き
 今日は短めです。
 

 
 東独首脳の日本訪問の狙いは、G7サミットばかりではなかった。
議長の狙いは、東独への日本企業の誘致であり、そしてその交渉であった。
 議長たち首脳陣は、東京に残り、めぼしい企業への訪問に出かけていた。
東ベルリンの再開発を進める大手ゼネコンの他に、自動車メーカー、半導体を扱う電機メーカーなどである。
 軍の方は、土浦航空隊に試験配備されているF‐14の確認だった。
その為、シュトラハヴィッツ中将以下の随行武官は、議長と別れて、東京を発った。
国防省の用意したマイクロバスで、利根川を越えて、茨城県に向かった。
 シュタージ工作員の多くは、議長一行の周囲に残っていた。
彼等の多くは、素知らぬ顔をして、訪問先に行き、様々な事を念入りに調べたりしていた。
 そういった中で、ただ一人だけ別行動をとる人物がいた。
中央偵察総局のダウム中佐である。
 彼は鎧衣と共に、都内のさびれたスナックで今後の事を話し合っていたのだ。
「例のESP発現体を殺したのは木原博士だろう。
これは不味いことになった」
「どういう事だね」
「実はソ連では、実験用の改造人間を作成する計画を進めていたのだ。
穂積という男の会社は、新概念の人造人間の開発協力をしていた」
 ダウムの問わず語りが始まった。
 ソ連では、戦前より人体機能の回復手術がソ連医学アカデミーの支援の下、行われていた。
1936年の世界初の生体腎移植や、人工心臓の研究などである。
 米ソ両国は科学技術でもしのぎを削っており、この事は医療分野にもつながることだった。
1961年、ケネディ政権下で完全置換型人工心臓の開発を進める国家計画が始まった。
月面着陸の成功を収めた米国が、医療分野でも世界をリードしようとするためである。
そのことを受けて、ソ連科学アカデミー内でも秘密裏に完全置換型人工心臓計画が始まった。
「ソ連科学アカデミーでは、強制収容所から心臓病の患者を集めて、心臓手術が行われてました。
米国の完全置換型人工心臓計画に対応するためのものです」
 アレクサンドル・コロトコフKGB第一総局長から聞いた話と断ったうえで、核心部分を明かし始めた。
コロトコフは、心臓発作で死去する1961年までシュタージ付属のKGB連絡部代表を務めた人物だ。
「コロトコフは、よく私にこう話しかけてくれていたんです。
これからの時代は、宇宙開発が世界を制する。
極低温の宇宙空間で問題なく活動し、隕石や放射線の影響を受けない存在でなくては月面で生活できない。
その為には、生身の兵士ではなく、人体を鋼鉄の機械に改造したサイボーグ人間が必要だ。
米国の電子工学に勝つためには、それしかないと……」
 シュタージにはKGBの連絡員と呼ばれる監視役が、多数いた。
ダウムは何かにつけて、ヴォルフらとともにKGBが主催する幹部会合に呼ばれたという。
「そこでソ連の科学者は、非炭素、早く言えば機械の肉体に人間の脳や内臓を埋め込む案を思いついたようです。
それがソ連のサイボーグ人間計画で、2メートルの強化外骨格の中に脳を埋め込む段階まで進んだらしいのです」
 ダウムは言葉を切ると、フィリップ・モリス社のタバコ、マルボーロに火をつけた。
マルボーロのココアを混ぜたタバコ葉と燃焼補助剤の塗られた巻紙の匂いが、一面に広がる。 
「サクロボスコ事件の前の話だから、今は終わった話だと思っていたが……」
 鎧衣は、紫煙を扇ぐように手を振った。
彼はタバコ葉の匂いは好きだったが、燃焼補助剤の入った巻紙の匂いが嫌いだった。
だから紙巻きタバコを吸う時は、麻紙で巻き直すか、バラシてパイプに詰めることが多かった。
「脳髄と神経系統が、超々ジュラルミンとチタンの合金の体に収められていると考えてもらえばいい」
「そのサイボーグとは、早く言えば人間の脳を持ったロボットという感じかね」
「そうなりますな」
 立て続けに、マルボーロの箱から新しい煙草を出して、火をつける。
ダウムは努めて冷静になるべく、紫煙を燻らせることにした。
「ソ連では、脳以外の機能を人工物に置き換える計画を進めていました。
ゼロ号計画、ナーリと呼んでいた物です」
 ナーリとは、ロシア語の数字のゼロを指す言葉で、一般的にНоль(ノーリ)として知られる単語である。
何故ゼロ計画なのかというと、人体由来ゼロ、炭素素材ゼロという改造人間を作る計画だったからだ。
「ただし、ソ連の技術では脳髄と神経系統を電子計算機に繋ぐ技術がありませんでした。
そこで、穂積という男に近づき、最新鋭の演算処理能力をもつ電子計算機を手に入れようとしているのです」
 鎧衣は、その話を聞いていて思い当たる節があった。
霧山教授から聞いた、非炭素構造疑似生命体の話である。
 霧山は、京都大学で非炭素構造疑似生命体の研究をしている人物だった。
ソ連での戦術機の損失を調査している内に、国連のオルタネイティヴ計画に関係していることに気が付いた。
 BETAが戦術機を操縦する衛士に拒否反応を示すという、仮説を立てていた。
そこでBETAは炭素生命体に敵対するので、高性能の電子計算機を用いた人造人間の開発を進めるべきである。
そのように表明した学者であった。
「だからソ連科学アカデミーでは、ゼオライマーの秘密を欲しがっていたと」
 ゼオライマーに積まれたスーパーコンピューターは、日本政府でも解析不能だった。
実は検査する際に、ゼオライマーの頭脳である高性能電子計算機が外されていた為である。
 マサキが秘密の漏洩を畏れ、氷室美久がアンドロイドであることを隠していたからだ。
美久は人間の成人女性の姿をしているが、全身が成長記憶シリコンで覆われており、推論型AIが搭載されていた。
 彼女こそ、ソ連科学アカデミーが求めていた物であり、霧山教授が言うところの非炭素構造疑似生命であった。



 再び視点を、篁亭に招かれたマサキ達の元に戻してみよう。
篁の関心は、先ほどのハイネマンの一件ではなかった。 
F‐14の秘密を知りたくて、ミラに会いに来たアイリスディーナの事だった。
 ユルゲン・ベルンハルトの事は、男である自分が見ても白皙の美丈夫であることは一目瞭然だった。
白雪のような肌をした、こんな可憐で、清楚な妹がいたとはと、感心するばかりだった。
 篁の何時にない不思議な顔色に、ミラは何とも言えない感情の波につつまれた。
きっと夫はこういう美人に気が引かれることがあるのだろうと、ちょっぴり嫉妬めいた気持ちを抱いた。
 そういう事を知らないマサキは、茶菓子の羊羹(ようかん)を食べ終えると篁の妻が持って来た麦茶に口を付ける。
氷で冷えた麦茶を上手そうに飲み干すマサキを見て、アイリスディーナは変な質問をした。
「何で木原さんは砂糖やミルクを入れずに、おいしそうに飲むんですか」
 マサキは変わったことを言う娘だと思って、最初相手にしなかった。
ミラが気を利かして、冷たい麦茶を用意したのだと。
 ドイツ人のアイリスディーナにとって、大麦を煮出して作る麦茶は非常識な飲み物だった。
 大麦の代用コーヒーは、ドイツで貧困の代名詞とされ、客に出すのは失礼なものだった。
薄い出がらしのコーヒーを出すのと同じ意味合いで、場合によっては喧嘩になることもあった。
 アメリカ人の女学者とは、風変わりな人が多いのだろうか。
そのことに関して怒ることはなかったが、ミルクと砂糖がないことが気になったのだ。
 彼女の理解では、マサキが飲んでいるのはブラックのアイスコーヒという認識だった。
その為、机の上に置いてあるスティックシュガーとコーヒーミルクを入れ始めた。
「アイリスディーナ、お前は何をしている?」
 アイリスディーナは顔を起こし、マサキの方を見る。
困ったような表情だった。
「アイスコーヒーですよ?何か問題でも」
 何かが吹っ切れたのか。
アイリスディーナは、砂糖とミルクを入れた麦茶で唇を濡らした。

「どう、感想は?」
 困惑しきったアイリスディーナの表情を、ミラが見て満足そうに聞いた。
彼女にしてみれば、生半可に知ったかぶりをされても可愛げがない。
だがアイリスディーナのように正直に告白したり、表情に表してくれると、同じ外人女性ではありながら母性本能が刺激され、色々と導いてあげたくなる気持ちになるのだ。
「少しは、感想があると思うんだけど……」
 返事をうながすと、アイリスディーナは感じ入ったように答えた。
「困りました。
何が何だか、さっぱりわからなくて……」
「確かにそうよね。初めて麦茶を目にした人は驚くわよね。
私もそうだったから……」
 マサキはその言葉が引っ掛かった。
ミラはアイリスディーナの事を揶揄うために麦茶を出したようだった。
 アイリスディーナの事をなめるように見る篁の視線が、気に入らなかったのだろう。
 マサキは、それにしても女とは貪欲なものだと思った。
その貪欲さが、ミラの雰囲気にはふさわしくないだけに、動物的なものを感じ取っていた。
 厚化粧をし、薄絹の服を着た、如何にも商売人という成りの女ならば、理解できる。
だがミラは、どう見ても淑やかさや清楚さを感じさせる深窓の令室である。
 こと男女関係になると、男がたじろぐほど欲張りになるのだろうか。
そういう物は理解するのではなく、頭からそういうものだと割り切ることも必用なのだろう。
 マサキは、自分自身が、人間関係に不勉強であることを恥じるのであった。 
 

 
後書き
 ご意見、ご感想お待ちしております。
何か書いてほしい話があったら、リクエストください。
 年末は変に忙しいので、下手したら来週も投稿が遅れるかもしれません。
大変身勝手な事ですが、その辺はご海容いただければ幸いです。

 リクエストの例ですが、例えば東西陣営によるG元素争奪戦とか、BETA再侵攻などですね。
或いは、原作キャラですと、テオドール米国移住やユルゲンのハーレム展開などでしょうか。
冷戦期定番のソ連の北海道侵攻や日本の共産クーデターでもいいかもしれませんね。
 一つ二つ、リクエストがあれば、採用するつもりです。
何かやってほしいことがあったら、気兼ねなくお書きください。
 非会員からも受け付けておりますので、例にないものも、どうぞご自由にお書きください。
作者自身もこの先どうするかなッと、悩んでおりますので……  
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