冥王来訪
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第三部 1979年
戦争の陰翳
柵 その1
前書き
連載開始から3年が過ぎました。
時間が経つのが早い。
マサキが、アイリスディーナとの進展した関係にならなかったのは訳があった。
それは自分の遺伝子情報を秘匿するためである。
マサキはゼオライマーを含む八卦ロボを建造する際、自身の持つY染色体をマシンの起動システムに加えた。
つまり、マサキ自身の遺伝子が鍵となって、八卦ロボが稼働するという物である。
マサキ自身のクローン人間である鉄甲龍の八卦衆と秋津マサトが作られたのは、以下の目的の為だった。
八卦衆と秋津マサトが戦って、いずれかが生き残り、勝ち残ったものが世界を冥府に変える。
それが冥王計画の最終目標だった。
そして、それはゼオライマーではなくても実行できるように、準備されていた。
国際電脳が全世界の7割に設置した海底ケーブルや地下通信網、原子力発電所や核ミサイル施設に仕掛けられてた。
マサキがこの世界に来る直前、鉄甲龍の首領、幽羅は全世界に設置された通信網と共に死を遂げようとしていた。
その事を察知した秋津マサトは、鉄甲龍の野望を打ち砕くためとゼオライマーと自分の存在を消すべく、幽羅と共に自爆したのだ。
秋津マサトは、木原マサキの人格と知能をゼオライマーの中にある次元連結システムから吸収し、二重人格に苦しんだ。
そして、木原マサキに何時肉体を乗っ取られることを懸念して、彼はゼオライマー事、自爆して果てたのだ。
そういう経緯があって、この世界に転移してきたマサキ。
彼にとって、ゼオライマーの秘密ともいうべき自分の遺伝子情報を、簡単に渡すようなことが出来なかった。
惚れた女を抱けば、たとえ避妊具やピルなどを併用しても、1000分の1の確率で妊娠することもある。
万に一つの可能性を回避するために、性機能を切除する手術を受ける手法もあるが、論外である。
自身の性的な不満を解消する方法は別なものがあるが、見目麗しい美女を前に耐えられる彼でもなかった。
人知れず行き詰まって、懊悩に苦しむ日々を過ごすことも多くなっていたのである。
この世界に2年ほどいて、マサキの考えはだんだんと変わり始めてきていた。
一切のしがらみから逃れて、ただひたすら世界征服の道を突き進むという当初の目的も、煩悩の前に揺らぎ始めていた。
女性を遠ざけていたマサキの心の隙にいち早く気が付いたのは、東独軍のハイム少将だった。
彼は、軍内部の高級将校と婦人兵の結婚の仲人をしていた関係で、男女の色恋に関しては一際敏感だった。
かつて、シュトラハヴィッツに自分の部下を紹介し、結婚させた経験があった。
シュトラハヴィッツは、ソ連の抑留中に東西ドイツが分割した関係で、前妻とその家族と生き別れていた。
その為、東独軍に入って以降、二つの祖国の間で苦しむという不遇をかこつ生活を送っていたことがあった。
その事を不憫に思ったハイムが、エルネスティ―ネという若い婦人兵を紹介したのだ。
シュトラハヴィッツは若い妻を得たことで、活力を得て、持ち前の明るさを取り戻した経緯があった。
そういう経験から、マサキの中にある不平不満の中に性的欲求があるのではないかと見抜いていたのだ。
マサキの不満に気付いていたのは、ハイムだけではなかった。
老獪な政治家である御剣雷電も、また、マサキの弱点として単身者であることを恐れていたのだ。
今のまま放っておけば、マサキは精神に異常をきたし、やがては自分たちに牙をむく存在となるのではないか。
古来より凶悪犯罪者や大量殺人を行うものは、えてして性的不能者が多い傾向がある。
どんな形を用いても、マサキに普通の人間の性生活を送らせれば、自分たちへの反乱は防げるはずだ。
反抗心は防げずとも、それ自身がマサキの弱みになると考えていた。
そういう経緯があって、今回のマサキとアイリスディーナの京都旅行が許されたのだ。
色々な柵を恐れるマサキの性格上、進展した関係にならないと見ての判断だった。
マサキたちは、夕方になるまで京都市内を観光していた。
少し早い昼食を都ホテルで取った後、すぐ側にある八坂神社や知恩院を尋ねた後、清水寺に来ていた。
本当は銀閣寺として有名な東山慈照寺に連れて行こうと考えていたのだが、時間の関係で取りやめていた。
京都市内の交通事情の悪さから、タクシーで行けても、渋滞にはまって予定した時間に帰れないケースがあるからだ。
田舎からの観光客でごった返す清水の舞台などを一通り見た後、五条大橋のたもとに来た時のことである。
アイリスディーナの方から、声をかけてきた。
「不思議ですね……
こうしているとずっと昔から貴方と恋人だったみたいで……」
アイリスディーナは顔を赤く染めて、そっとマサキの方を振り向いた。
紫煙を燻らせていたマサキは、頬を緩め、屈託のない笑みを浮かべる。
「アイリスディーナ。俺はこうして女と京都を歩くのが初めてのように思える。
お前といると、目に入るもの全てが初めて見る様に感じる。
だが同時に、かつて見たことのあるものばかりなのに……」
そうだ……この世界は俺にとって異世界なのだ。
元居た世界と違う道筋をたどったもう一つの世界にしか過ぎない。
俺は、どう過ごしても異世界人なのだ。
この世界との、縁も柵もない根無し草なのだ。
いつしかマサキの顔から笑みは消え、いつもの如く無表情に戻っていた。
怏々と過去への追憶に浸っていると、アイリスディーナが声をかけてきた。
「暗くなっちゃ、駄目です」
その言葉とと同時に彼女がマサキの二の腕をつかんだ。
一瞬マサキは、驚きの表情を浮かべたが、腕越しに温かい体温に触れたら、口元が緩んだ。
だが足音が聞こえてくると、表情を引き締めた。
近づいてきたのは白銀で、マサキ達を迎えに来たのであった。
渋滞を予想して、洛中の篁亭に向かったのだが、予定よりも15分早く着いた。
マサキは屋敷に着くと、時間調整を兼ねて、庭でタバコをふかし始めた。
身近な人物に喫煙者のいないアイリスディーナは変に思わなかったが、白銀には不思議がられた。
この時代は、今の様な嫌煙権などという狂った思想もなく、副流煙の害という物も研究途上だったからだ。
マサキは、乳児のユウヤとミラに、受動喫煙の害が及ばないように考慮しての行動だった。
乳幼児期に副流煙を原因とした副鼻腔炎にかかれば、後の知能発達に悪影響を及ぼす。
そう考えての行動だった。
アイリスディーナは、マサキが屋外でタバコを吸っているのは単に軍の規則に従ったものだと思っていた。
国家人民軍は、当時では珍しく喫煙の規則が非常に厳しい軍隊だったからだ。
社会保障費の増大を防ぐ観点から禁煙を進めており、タバコは軍の配給品に含まれていない軍隊だった。
当時の米ソ軍では、糧食と共に紙巻煙草が支給されてるのが一般的だった。
西ドイツ軍では第三帝国時代と同じ軍用煙草や、日本軍でも旧三級品が配給された。
米軍では、一食ごとに箱に入った4本のタバコが支給された。
ただし銘柄は選べず、欲しい銘柄を交換したり、現金の代わりに重宝された。
ソ連の場合は、然るべき申請の手続きを踏めば、一日50グラムほどの葉タバコ・マホルカが支給された。
軍だけではなく、警察やKGBも同様で、政治犯収容所でも申請すれば、マホルカが配給された。
白銀は、喫煙習慣がなかったが、タバコは戦場で身近なものだった。
湿度100パーセントの密林の中で過ごすのに、野戦服をタバコの葉と共に煮ることが良くあったからだ。
ニコチンの溶液を吸った野戦服は、一定の防虫効果があり、蛇除けにもなるという迷信があったからだ。
ただし、下着を付けずに直に肌に着ると、接触性の皮膚炎に悩まされたものである。
もう一本の煙草に火を付けようとしたとき、甲高い男の声が聞こえた。
篁とも違う声で、話す内容は米国英語だった。
マサキは煙草をしまうと、その声のする方に向かった。
話し声が聞こえた場所にいたのは、背広を着た小柄な白人の男と着物姿のミラだった。
「なあ、ミラ。私と一緒に国に帰ろう。
タダマサのとの件は忘れるから、アメリカに帰って、私の研究を手助けしてくれ。
お父上も今回の件は許してくれるはずだ」
背広姿の男は、フランク・ハイネマンだった。
日本海軍がF‐14の試験導入をしたことを受けて、技術者として来日していたのだ。
東京とF‐14が配備される土浦海軍航空隊基地を訪問した後、京都にわざわざ出向いたのであった。
ハイネマンは、ミラに未練を感じて、一人篁の屋敷を訪れていたのだ。
その様子を見ていたマサキは、とんでもないことに遭遇したと思った。
思わず火のついていない煙草を口にくわえて、物陰から様子をうかがうことにした。
「どうしても君が嫌だと言っても連れて行く。
最新鋭のステルス戦術機の開発には、君のアイデアが必要なんだ」
ミラはその細面に悲憤を湛えると、何時になく興奮した様子で返した。
「私は、もう篁家の人間です。
それにブリッジス家から勘当された身……今更なんで戻れましょうか」
ハイネマンは、嫌がるミラの両腕を握った。
「そんな事は私がどうにかする。
なあ、アメリカに帰って、私と共に国防総省のために働こう!
人類の一日も早い平和の為に、一緒に働こう!」
その瞬間、ミラの美しい青い目が見開かれ、凍り付いた。
ハイネマンの後ろに、顔を真っ青にした篁が立っていたからである。
愛妻の元に、かつての同僚が来て、連れ出そうとした。
普段は大人しい篁が、激昂したのは言うまでもない。
そして静かに、右手に握っていた刀を左手に持ち替えた。
いつでも切って捨てることが出来るぞという、篁なりの警告である。
修羅場に遭遇したマサキは、いつの間にかタバコに火をつけていた。
余計なことに巻き込まれたなと思って、内心呆れていたのである。
篁とハイネマンが、無言のままにらみ合っていると、白銀が脇から出てきた。
刀を左手に持ち替えたのを見て、大慌てで仲裁したのだ。
「た、篁中尉、待ってください!」
白銀の事を、篁は必死の形相で睨み付ける。
その表情は、法隆寺にある金剛力士像そっくりに見えた。
二人が微動だにせず、睨み合っている内に、事態は動いた。
建物から、赤ん坊の泣く声が聞こえるとミラが部屋の奥に消えていったからだ。
ハイネマンは一瞬、驚いた顔をすると篁亭から足早に去っていった。
後書き
連載開始3周年を記念して、ひさしぶりにリクエストを募集します。
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