| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

XV編
  第223話:燻る叛意

 不当な査察目的で占拠されていた本部は、輝彦の活躍により完全に奪還された。日本政府から送られてきた人員の全員を、揃って発令所に集めていた事が幸いしたのだ。一部の人間は艦内のあちこちに居たが、それも弦十郎が携えてきた正式な書類を元に黙らせる事が出来ていた。

 そして戦いが終わり、弦十郎等この艦の本来の持ち主が本部を取り戻すべく発令所に続く扉を開ける。この扉は輝彦により開かないように封印されていたが、それも今は解かれており扉は本来の主達を快く出迎えた。

 耳慣れた音を立てて開かれた扉。その向こうに広がる光景は、弦十郎も思わず言葉を失う程の有様であった。

「う、うぉぅ……」

 査察官を始め、日本政府の赤い制服に袖を通した男女が見るも無残に口から泡を吹き鼻水や涙で顔をぐしゃぐしゃにした状態で気を失っている。予め輝彦から何をしたかは聞いていたが、実際にこの光景を目にすると流石にあれ程傍若無人な行いをした連中と言えど同情をせずにはいられない。

「く、クサッ!?」
「うぅ……!?」

 だがその同情も直ぐに感じる余裕は無くなった。輝彦が用いた悪臭の魔法の残り香が外まで漂い始めたのだ。部屋に入ろうとしていた朔也とあおいは、鼻が曲がる程の臭いに慌てて廊下に戻り発令所への扉から離れる。

 データ処理と指揮の為にはここに入らなければならない訳だが、その前にこの気絶した連中をここから運び出さなければならない。しかしこうも悪臭が立ち込めていては、その作業も難しいだろう。
 とりあえず取り急ぎまずは発令所を始めとした艦内の喚起から始めるべきか。弦十郎も鼻を押さえながらそんな事を考えていると、遅れてやって来た輝彦が同じように鼻を押さえながら現れた。

「あぁ、スマンスマン。まだ臭いが残ってたか。直ぐ何とかするからちょっと待ってろ」
〈クリーン、ナーウ〉

 輝彦が魔法を使うと、魔法陣が周囲を優しく照らす。するとそれまで視覚的にも淀んで見えた空気が澄んで悪臭のしない、それどころかすがすがしい空気が辺りに漂い始めた。ひどい悪臭から解放され、朔也達も安堵し大きく深呼吸をする。

「ふはぁ~、助かった。あのままだったらどうしようかと……」
「スマンな。あの大人数を一度に死なない程度に無力化しようと思ったら、ああするのが一番手っ取り早かったのでな」
「あぁ、いや。別に責めるつもりは……」

 この惨状を生み出した張本人とは言え、本部奪還に一役買ってくれた相手に文句を言う事は出来ないので朔也は慌てて前言を撤回しようとする。だが直後に輝彦の口から出た言葉に、彼は納得と呆れを感じずにはいられなかった。

「とは言えまぁ、あの連中が慌てふためく様はなかなかに見ものではあったかな」

 ちょっぴり面白そうに呟く輝彦の姿に、朔也は颯人との血の繋がりを確かに感じてそれ以上何も言えなくなった。やっぱりこの2人は間違いなく親子である。
 きっと颯人も敵認定した相手には、死んだりしない程度であれば情け容赦なく行動するであろう。あおいは輝彦の笑みにそんな確信を抱いた。

 その後、発令所で気絶していた査察官達は残らず拘束され八紘が送ってきた別口の政府からの人員に引き渡された。長時間呼吸も難しい悪臭の中に晒されたからか、目覚めても抵抗するだけの気力を持つ者は誰1人としておらず全員大人しく連行されていった。

 そうして色々な意味で綺麗になった発令所に、颯人達は情報共有の意味も込めて集まり今後に関する話し合いが行われていた。

「集まったな。まずは颯人君、響君、翼。ご苦労だった。手放しに喜べる状態でない事は分かっているが、それでも君達の活躍もあって被害は最小限に抑えられた」

 弦十郎からの労いの言葉に、しかし当然ながら表情を和らげる者など一人としていない。仲間である奏と響にとて大事な親友である未来、そして未だ目覚めないハンスを連れ去られてしまった事は颯人達にとって痛恨の痛手であるからだ。

「司令、その後ジェネシスからは何らかの声明は出ているのですか?」
「今のところは大人しいものだ。だがアリス君の話から、少なくとも連中の目的がキャロル君なのだろう事は分かる。今回連れ去られた奏とハンス君はその為の人質と考えて良いだろう」

 つまりは後で人質との交換を申し出てくるという事か。それはともかくとして、同じように連れ去られた筈の未来が人質の中に含まれていないかのような弦十郎の物言いに颯人達は首を傾げた。

「奏とハンスは人質なのに、未来ちゃんは違うのかい?」

 颯人からの指摘に弦十郎の眉間に皺が寄り言葉に詰まる。咄嗟に彼の視線が輝彦に向くと、輝彦は帽子を被り直し仕方がないという様に小さく頷いた。その頷きに弦十郎も覚悟が決まったようで、またこの事態に対し必要な情報の開示として若干重い口を開いた。

「……そろそろ話すべきかもしれんな。皆、先のパヴァリアとの戦いで響君が神の力の依り代となった事は覚えているな?」
「忘れる訳がありません。それが何か関係が?」
「……ちょっと待って? 響と未来って、前のフロンティアの時に神獣鏡の光を受けてるわよね?」
「あぁ、響ちゃんの中のガングニールを吹き飛ばす為にな」

 体内のガングニールの侵蝕で危うく命を落とすところだった響を救う為とは言え、かなりの無茶をした事は未だ颯人達の記憶に残っている。しかもその直後に、今度は洗脳された奏が離反したのだ。その二つがセットとなっている為、特に旧二課組は今もその時の事を鮮明に覚えている。
 だが何故今になって、マリアはその事を口にしたのか分からずクリスが怪訝な顔をしていた。

「それがどうしたってんだよ?」
「私も概要を知ってる程度だけれど、神獣鏡は浄化の力を持つと言われてた。その浄化の力で、ガングニールとダイレクトフィードバックシステムを除去したのも分かるわ。でも、あの光の力がそれ以上だとしたら……!」

 限られた情報から真相へと辿り着いたマリアに、壁際で話を聞いていた輝彦は内心で舌を巻く。彼女の洞察力に、輝彦だけでなく弦十郎も感心した様子で頷きながら結論を口にした。

「概ね、マリア君の予想通りだ。そう、神獣鏡の浄化により響君は現在を浄化され、それにより神の力をその身に宿す事が出来た。つまり……」
「! 未来さんも、響さんと同じように神の力の依り代となれる……!」
「じゃあ、連中の狙いは……!?」

 透も真相に辿り着き、それにつられてクリスも敵の狙いに気付いた。ここまでくると颯人達だけでなく、比較的難しい話が苦手な切歌や調も何故未来が攫われたのかに察しがついてしまっていた。

 そう、敵の狙いは未来を依り代にして奪った聖骸の力を利用しようとしている。このままだと未来の身が危険に晒されてしまうと気付き、響の中に焦りが生まれた。
 だが取り乱しそうになるのを寸でのところで抑えられたのは、未来と一緒に奏が連れ去られたからであった。

――颯人さんだって、本当は今すぐにでも飛び出して奏さんの所に行きたいはずなのに落ち着いてる。なら私も、今は……!――

 見れば颯人は頻りに左手の薬指の所を擦っている。そこにあるのは、奏とお揃いのデザインのシンプルな指輪。まだ挙式を上げることはしていないが、将来を誓い合った2人だけが身に着けている婚約指輪だった。
 それを何処か落ち着かない様子で触っているという事は、彼だって気が気ではないのだろう。だが彼は逸る気持ちを抑えて、奏を助け出せる時を待ち続けている。将来を誓い合っている相手を連れ去られた彼の不安と焦りはいかばかりだろう。そう思うと、響も冷静さを保つ事が出来ていた。冷静さを保ちながら、しかし心には未来の救出を熱く固く誓う。

 そこで徐に颯人が、思い出したようにキャロルの事を口にした。

「そういや、キャロルはどうした? ハンス取り戻そうとして飛び出していったんだろ?」

 そう訊ねながら颯人が輝彦を見れば、響達の視線も彼の方へと向かう。結局あの後、アリスは翼の救援に向かってしまったし颯人も奏と合流していたからキャロルがどうなったのかは知らない。だが輝彦の落ち着き具合を見れば、大体どうなったかは察する事が出来た。

「何とか大人しくさせたよ。何せ、行き先なんてあってないような物だからな。闇雲に駆けずり回っても見つかる訳がないと言えば、渋々とだが大人しくしてくれたよ」

 とは言え、あれは油断できないと輝彦は警戒していた。アリスの話で、キャロルは徐々にだが記憶を取り戻しつつあるという話だ。まだ世界の分解とかそう言う危険な所までは思い出していないようだが、錬金術と言う存在そのものへの知識が緩やかにだが蘇りつつあるらしい。
 今はまだいいが、このまま中途半端に記憶が再生したら、勢いに任せてハンスの元へと飛んでいってしまうのではと考える時が気ではなかった。一応そんな事にならない様にと、アリスが目を光らせてくれてはいるが。

「そもそも、奴らは今どこにいるのか…………」

 輝彦の小さな呟きは、誰の耳に入る事も無く虚空へと消えていくのだった。




***




 颯人達が今後の対応で迷っていた頃、ジェネシスとヴァネッサ達がアジトとしているチフォージュ・シャトーではちょっとしたトラブルが起こっていた。

「これはどういう事ッ!」

 そう声を荒げるのは、褐色肌に黒髪が映えるヴァネッサであった。彼女はエルザを後ろに庇う様にしつつ、ベルゼバブの傍に控えているミラアルクの事を見ながら険しい顔で問い詰めた。

「ミラアルクちゃんに何て事を……! 今すぐ元に戻してッ!」

 ベルゼバブと共にミラアルクが戻ってきたくれたのを見た時は、ヴァネッサとエルザも素直に彼女の帰還を喜んだ。だがどこか心此処に在らずといったミラアルクの様子と、明らかにベルゼバブに付き従う姿から直ぐに彼女が普通の状態ではないと気付き事の真相をベルゼバブに問い質そうとした。それに対してベルゼバブは、鬱陶しいと言いたげに鼻を鳴らしながら答えた。

「お前達木端な役立たず錬金術師を、私が有効活用してあげたんですよ。お陰で少なくとも、神の力の依り代となり得る少女は手に入れる事が出来た」

 未来を手に入れることは神の力を制御する上で必要不可欠。だからこの結果自体はヴァネッサ達にとっても喜ばしい結果ではあるのだが、しかしその代償がミラアルクの心の自由となると話は別である。例え人間に戻れたとしても、魔法使い達の奴隷となってしまうのであれば意味は無い。

「お、お願いであります! ミラアルクを、ミラアルクを返して欲しいでありますッ!」

 ヴァネッサの後ろに隠されていたエルザも必死に懇願する。彼女はヴァネッサと違い、自分達では下手に突っかかっても彼ら相手に勝ち目などないと分かりきっている為あまり強く主張する事は出来なかった。だがそれでも、大切な家族であるミラアルクがこのまま彼らの傀儡となってしまうのだけはどうしても避けたかった。

 2人からの懇願を、しかしベルゼバブは勿論メデューサ達も聞き入れるつもりは無く一蹴する。

「悪いが、コイツはなかなかに利用価値がある。連中は甘ちゃんの集まりなのでね。コイツをダシにすれば、奴らは大人しくなってくれる」
「安心しなさい、事が成った暁にはちゃんと人間の体に戻してあげるわ。それまでの辛抱よ」

 そう言うとメデューサとベルゼバブは、ミラアルクを伴ってその場を離れた。ヴァネッサがミラアルクの背に向け手を伸ばすが、操られているミラアルクは伸ばされたその手に反応することなくやや覚束ない足取りで2人の魔法使いの後に続いて行った。

 離れていく3人を見送ったヴァネッサは、滲み出る涙を拭う事もせず悔しそうに近くの壁を殴った。渾身の力を叩きつけられた壁は罅割れ、何度も拳を叩きつけられるとその部分にぽっかりと穴が開いた。

「く、そ……!? チクショウッ!? チクショウッ!?」
「何で……何で、こんな事に……!?」

 何をどこで間違ったのかと、2人は自分達の運命を嘆いた。自分達はただ、普通の人間としての生活を取り戻したかった、ただそれだけなのに。

 或いはあの時、伸ばされた手を取ってさえいれば、こんな事にはなっていなかったのかと後悔した。少なくともジェネシスや何を考えているか分からない訃堂などに比べれば、響達の方が余程…………

「……そうだ、まだ遅くない」

 そこでふと、ヴァネッサは妙案を思い付いた。このままでは自分達は遠からず使い潰される。ミラアルクを洗脳して意志を奪い使役しているのがその証だ。きっと連中は自分達を自由にするつもりなどない。
 向こうがそのつもりならば、こちらだってそれに合わせてやるとヴァネッサはある場所へと向かった。そこは半壊したチフォージュ・シャトーの中で、幾つかある無事な部屋の一つ。

 そこには連れ去られた後未来と別れさせられ、監禁された奏の姿があった。天井から伸びる鎖で両手を縛られ吊るされた状態で、床に腰を下ろし壁に背を預けている。

「ん? 何だ、お前らか」

 扉が開いたのを見て、奏が心を落ち着けようと閉じていた目を開いた。よく見ると、唇の端が少し切れて血が滲んでいる。

 ベルゼバブが言うには、奏は颯人と言う特にジェネシスにとって厄介な魔法使いを牽制する為の駒とする為に連れてきたのだという。恐らくは人質交換と言う名目でキャロルと交換で返す際に、ミラアルク同様隠れて洗脳し後になって暴れさせるつもりなのだ。ミラアルクでさえ情に流され大人しくなった彼らにとって、奏はある意味で特攻を持つ存在になり得る。自分達が卑怯卑劣に手を染める存在であると自覚しているヴァネッサであったが、そんな彼女の目から見てもジェネシス、そしてベルゼバブの考えは反吐が出る様なものであった。

 故にこそ、ヴァネッサはそれを利用する。そうする事がミラアルクを助け、自分達にとっても利益となる事を理解しているからだ。

 ヴァネッサは一度周囲を確認して他の魔法使いの目がない事を確認すると、素早く奏に近付き彼女を拘束している鎖に手を掛けた。
 突然のヴァネッサの行動に、奏も思わず目を瞬かせる。

「な、何だ? お前何して……?」

 奏が見ている前で、ヴァネッサは彼女を拘束している鎖を外した。突然自由の身になり、困惑する奏にヴァネッサはテレポートジェムを差し出しながら話し始める。

「取引しましょう」

 突然のヴァネッサからの交渉。最初目を白黒させてそれを見ていた奏だったが、彼女は扉の方を一瞥すると一つ息を吐いて心を落ち着け真剣な表情でヴァネッサの目を見つめ返した。

「……話、聞かせてもらおうか?」

 交渉に応じる姿勢を見せた奏に、ヴァネッサは手応えを感じた様に唇の端を僅かに吊り上げるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第223話でした。

当然ですが、ミラアルクが洗脳された事に対してヴァネッサ達は納得していません。それどころか、これが元となって彼女達も魔法使い達を見限る方向で動き始めました。
奏が連れ去られたのは、後でキャロルとの交換と序でに奏も洗脳して後で暴れさせることが目的でした。目論見通りいけば、キャロルを手に入れた上で不意打ちで颯人を仕留める事も出来たかもしれません。
ヴァネッサがジェネシスを見限った事でその計画もご破算になりそうですが、ワイズマンがそれに気付いていないかどうかはまだ何とも言えませんね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧