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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第210話:蛇に縛られた心

 テレポートジェムを用いて、一早く病院の屋上から逃れたヴァネッサ、ミラアルク、エルザの3人。ジェネシスの連中とは別に設けている彼女達のアジトに帰り付いた瞬間、限界がきたミラアルクはその場に崩れ落ちた。ただでさえ淀み始めていたパナケイア流体が、戦闘で能力を酷使した事で汚染が進んでいたのだ。これ以上無理に力を使えばそれこそ本当に命に係わる。

「ぐ、ぅ……」
「ミラアルクッ!?」
「エルザちゃん、急いでッ!」

 ヴァネッサとエルザは即座にミラアルクをベッドに寝かせ、手慣れた様子で人工透析を行っていく。稀血が体内の淀んだ血を洗い流していくにつれて、ミラアルクの顔色も回復していった。

「これでもう大丈夫ね」
「ふぅ……」
「ヴァネッサ……エルザ……悪かったんだゼ」

 苦痛が和らぎ、呼吸も安定してきたミラアルクは開口一番に2人に迷惑を掛けてしまった事を謝罪した。それに対して、真っ先に応えたのはエルザの方であった。

「とんでもないでありますッ! 寧ろ私めが埠頭でケースを回収し損ねていなければ……」
「はいそこまで。この件はどちらが悪いと言う事も無いわ。いいわね?」

 このままだと謝罪合戦になってしまいそうな雰囲気を察したヴァネッサの鶴の一声により、エルザもミラアルクも渋々引き下がった。2人が大人しくなったのを見て、ヴァネッサは小さく息を吐くと改めて現状と彼女達の目標を口にした。

「今はまだ耐える時よ。彼らが手に入れた神の力、それを使って私達は人間に戻るんだから」
「ガンスッ!」
「……」

 彼女ら、ノーブルレッドの目標は改造され人ならざるものとなってしまった肉体から、本来の人間としての肉体を取り戻す事。その為であれば、どんな悪事にすら手を染める事も厭わなかった。もしあの時ベルゼバブ達が来なければ、ヴァネッサは周囲の電子機器を停止させて病院の患者全員を人質にする事すら視野に入れていたのである。例え外道畜生と罵られる事になろうとも、本質的に力の弱い彼女達には手段を選ぶと言う贅沢は存在しなかったのだ。

 後に後ろ指をさされる事になろうとも、何をしても人間としての肉体を取り戻す。その覚悟を持ってこれまで戦って生きてきた。ミラアルクもそうだったのだが…………

「……なぁ、2人共……」
「ん? なぁに?」
「もし……もしもだゼ? もしも、もっと別の方法で人間に戻れるとしたら……どうする?」
「え?」

 ミラアルクが考えていたのは、先程の戦闘の最中2人のシンフォギア装者である切歌と調が放った言葉。あちらには彼女らの治療が出来る錬金術師が居るというもの。
 もしその言葉が事実であれば、彼女達は悪事に手を染める必要もなくなる。人間に戻れた後、後ろ指をさされる日陰者の人生を歩まなくても済む。それはとても魅力的なものとしてミラアルクの目に映っていた。

 叶う事なら、平穏で穏やかな日常に戻りたい。結社に体を改造される前の人生に戻りたいと願うのは、ミラアルクだけではなかった。故に、ミラアルクの言葉にはヴァネッサだけでなくエルザも興味を引かれ、期待を込めた目を向けていた。

「どういう、事でありますか? ミラアルク、一体連中と何を……」
「実は――――」

 ミラアルクは正直に話した。S.O.N.G.には腕の立つ錬金術師が居る事、その錬金術師であれば彼女達の治療が出来るだろうと言う事。その話にミラアルクも確かな希望を抱いていた。それが真実なのであれば、あんな連中の小間使いとして見下されながら動いたり、訃堂の顔色を伺いながら動く必要もなくなる。

「それが誠なら、私めらもこんな生活とはおさらばに……!」
「待って」

 だがヴァネッサは違った。彼女は2人に比べて元々錬金術師であった事も関係してか、警戒心が強い方であった。なのでミラアルクの言葉に多少心を揺り動かされはしても、即座に動くほど単純でも純粋でもなかったのだ。

「確かに、S.O.N.G.と錬金術師が連携しているのは間違いないのでしょう。でもそれって、元をただせば結社の錬金術師なんじゃないの?」

 S.O.N.G.が瓦解した結社の後釜となる組織である錬金術師協会と手を組んでいる事は彼女達も知っている。そう考えるとS.O.N.G.が錬金術師の手を借りられる事は何らおかしな事ではない。そして、であるとするならば、ヴァネッサの目からは切歌と調の発言は淡い期待に縋る机上の空論の様にも思えたのである。要は自分達には何の知識も無いけれど、もしかしたら3人の治療が出来るかもしれないと言う餌をチラつかせている様に思えてしまったのだ。
 尤も餌をチラつかせていると言う点に関してはジェネシスも同様であり、どちらが信用に値するかはヴァネッサの中でも判断に迷うところではあるのだが。

「それは……確かにそうかもしれないけど……、でも! それでも、あのいけ好かない魔法使い共や風鳴 訃堂に比べたら……」

 それでも尚希望に手を伸ばそうとするミラアルクであったが、ヴァネッサはそれを無理矢理落ち着かせる事で宥めた。

「言いたい事は分かるわ。でもね、ミラアルクちゃん? それを判断するには、私達は連中の事を知らなさすぎるわ」

 本当はヴァネッサだって、平和的に解決できるならばそうしたい。だが今まで虐げられてきた事、そしてS.O.N.G.が実質的にはバックに訃堂が控えていると言う状況が決断を迷わせていたのだ。

「とにかく、今は回復を優先させて。その間に私の方で少し探りを入れてみるから」
「ヴァネッサ……すまないんだゼ」
「いいのよ。エルザちゃん、ミラアルクちゃんの事はお願いね」
「了解であります」

 ミラアルクの事をエルザに託すと、ヴァネッサは1人アジトを後にした。そして2人の気配が十分に遠くなると、それを待っていたかのように暗がりから1人の魔法使いが姿を現した。

「……危ない所だったわね?」
「……!」

 姿を現したのはメデューサであった。彼女はこっそり身を潜めて3人の事を監視し、もし彼女達が自分達を裏切るようならばその場で始末する為に動いていたのだ。それを知っているヴァネッサは、敢えてミラアルクの言葉を否定し決断を先延ばしにさせた。

「分かっているとは思うけれど、裏切ろうなんて考えない事よ? 弱いお前達なんて、その気になればすぐに始末できるのだからね」
「分かってるわッ! 私も、あの子達も裏切らない。だからその代わり……」
「えぇ、大丈夫よ。ちゃんと、お前達が元に戻る方法を見つけてあげる。だからお前達も、私達の為に遮二無二働いてもらうからね?」

 伝えたい事を伝え終えると、メデューサは現れた時同様静かにその場から姿を消した。その場に残されたヴァネッサは、月が煌々と輝く夜空を見上げていた。

 その頬に一筋の涙が流れたように見えたが、それを指摘するものは誰も居なかった。




***




 所変わって先程の病院の屋上では、ベルゼバブとオーガ率いるジェネシスの魔法使いと颯人達S.O.N.G.が激しく戦いを繰り広げていた。

「デースッ!」
[切・呪りeッTぉ]

 切歌がお得意の切・呪りeッTぉで離れた所に居るメイジを切り裂こうとする。今までの戦いであれば、琥珀メイジならこの攻撃で戦闘不能にすることも難しい事ではなかった。
 しかし、練兵され腕を上げた魔法使い達は、最早今までの様に簡単に倒されてはくれなかった。

〈〈〈バリヤー、ナーウ〉〉〉

 切歌の放った一撃に気付いたメイジが3人、フォーメーションを組みながら障壁を張った。すると3人分の障壁が一つに合わさり驚異的な防御力を発揮。本来であれば切り裂かれる筈のそれは、驚くべき強度を誇り切歌の一撃は逆に鈍い音を立てて弾き返されてしまった。

「くっ! コイツ等前より断然強くなってるデスッ!」
「だったら切ちゃん、2人で一緒に!」

 1人分の力で敵わないのであれば、何時もの如く2人で組んでユニゾンで力を増せばいい。簡単な事だと攻撃を重ねようとした調であったが、ジェネシスの方も2人の連携が如何に恐ろしいかは十分に理解していた。
 2人が近付こうとしたのを、メイジ達は全力で妨害しユニゾンさせない様にした。

「うぁぁっ!?」
「切ちゃんッ!?」

 メイジの集中攻撃が切歌に襲い掛かる。激しい魔法の矢による集中砲火を受けて、切歌は堪らず後退を余儀なくされた。徐々に孤立しつつある切歌を見て、調が彼女を助けようと手を伸ばすもその前には別のメイジが立ち塞がり2人の合流を阻止してきた。

「くっ! 邪魔ッ!」
[Δ式 艶殺アクセル]

 スカートを巨大な丸鋸に変形させ、アイススケートのトリプルアクセルなどの様に跳びながら斬りかかる。これは流石に障壁で防ぐのは難しいのか、どのメイジも防御ではなく回避の為に動いていたが、回避をしながらも2人の合流だけは防ぐつもりのメイジ達は攻撃の手を緩める事をしなかった。

〈チェイン、ナーウ〉

 1人のメイジが魔法の鎖を調に向けて伸ばす。当然調はそれを迎え撃ち、自身を拘束しようとしてくる鎖を逆にスカートが変形した丸鋸で切り裂いた。
 だがそれは罠であった。メイジ達の目的は、調の意識を伸びてくる鎖へと向けさせることにあったのだ。
 それに気付いたのは、今尚無数の魔法の矢による攻撃に晒されている切歌であった。

「調、上デスッ!」
「えっ!?」
「チクショウッ!」
〈コネクト、ナーウ〉

 切歌からの警告に僅かに反応が遅れた調。この時彼女の頭上には、別のメイジがスクラッチネイルを振り上げて彼女を切り裂こうとしていたのだ。Δ式 艶殺アクセルは真横方向への攻撃力は高い反面、頭上と真下に対しては隙が大きい。メイジは魔法の鎖を囮とする事で、彼女の上下に対する注意を散漫にさせたのである。

 これに気付いた颯人は、オーガとの戦闘の最中であるにもかかわらずコネクトの魔法で調の頭上からウィザーソードガンを出してメイジを迎撃し彼女の窮地を救った。だがそれは同時に、オーガに対して無防備を晒してしまう事にも繋がってしまう。

「馬鹿がよぉッ!」
「ぐっ!?」

 調の方に意識を向けた結果、颯人はオーガの一撃を喰らう事となってしまう。大剣による斬撃が颯人の鎧を切り裂き、その勢いのままに彼は病院屋上の壁に叩き付けられてしまった。
 そこはよりにもよって病院の変電設備が置かれている場所だった。颯人が叩き付けられた事で設備に不具合が発生し、忽ち階下の電源が落ち病院から光が消える。

「ッ!? テメェッ!」
「はっはっはっ! ん~、大変だなぁ?」

 颯人には分かった。コイツは態と彼をここに叩き付けたのだ。大勢の入院患者を人質に取る事で、颯人達の集中力を乱す為に。
 これにはガルドもベルゼバブの相手をしながら仮面の奥で顔を顰めた。

「くっ! 卑怯な奴……!」
「何を甘っちょろい事を言っている! そらッ!」

 卑劣な戦いをするオーガのやり方に嫌悪感を示すガルドを、ベルゼバブが切り裂こうとサーベルを振るう。迫る刃を彼が受け流している間に、叩き付けられた颯人は壊れた設備に手を掛けながら震える膝に鞭打って立ち上がった。

「へっ……やってくれたなぁ」
「くくっ! さぁどうする? 暢気に俺らと戦ってる暇あるのか? まぁ、なくても俺らはお前らを逃がしはしねえがなッ!」

 大剣を構え直し、颯人に斬りかかろうとするオーガ。颯人はそれを紙一重で回避すると、オーガが大剣を振り下ろすのに合わせてウィザーソードガンの銃口を自身の背後……即ち半壊した変電設備に向け引き金を引いた。

 銃弾が命中すると同時に大剣が変電設備を切り裂いた。するとその瞬間、大剣が触れた所から激しい電流がオーガの体に流れて彼を内側から焼いた。

「ぐぉぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ばーか。自分で自分の首を絞める事になってたら世話ねえな?」

 そう言いながら颯人は左手の指輪をインフィニティーに取り換えスタイルチェンジを行った。

〈イィィンフィニティ! プリーズ! ヒースイフードー! ボーザバビュードゴーーン!!〉
「くっ!」

 輝く銀色の鎧を颯人が身に着けている間に、オーガは電流から抜け出し痺れる体を動かして斬りかかった。だがインフィニティースタイルの鎧はその程度の攻撃ビクともしない。逆にオーガの大剣は弾き返され、大きく隙を晒した彼の腹を颯人が蹴り飛ばした。

「来い、ドラゴンッ!」

 そのまま颯人はアックスカリバーを召喚すると、もう一度左手をハンドオーサーの前に翳して超高速移動でオーガや周囲のメイジ達を叩きのめし始めた。

〈インフィニティ―!〉

 目にも留まらぬ速度で動き回る颯人を捉える事は難しく、オーガもメイジもその速度に翻弄され次々と倒れていった。

「うぐぉぁっ!?」

 すれ違いざまに切り裂かれ、その瞬間見えた颯人に向けて反撃を繰り出すも大剣は虚空を切り裂くのみで手応えは感じられない。
 その間に颯人は待ちに待った瞬間の訪れを確認し、指を一つ鳴らして見せた。

「良いタイミングだぜ、お2人さん」
「何ッ!?」

 実は颯人の行動は全て自身に相手の意識を集中させる為のパフォーマンスであった。彼は派手に動く事で周囲のメイジやオーガの視線を集め、同時にそれまで危機に晒されていた2人の少女が万全の体勢を整えられる状況を作り出していたのだ。

「調ッ!」
「うんッ!」

 見ると切歌が調をおんぶし、更には2人のギアが合体してチェーンソーの翼にブースターを付けた回転鋸が発射体制を整えていた。合体し二つの刃を重ねる事で、イガリマとシュルシャガナというザババの刃は何倍にも強くなる。その代わりこういった攻撃をする為にはどうしても準備が必要となる為、颯人はその時間を稼ぐ意味でもインフィニティースタイルとなって周囲を翻弄したのだ。

 オーガが2人の姿を見てマズいと思った時には既に遅く、発射された切断兵器は真っ直ぐオーガへと向け飛んでいく。危険を察したオーガはライドスクレイパーを取り出し上空へ逃げる事でその攻撃を何とかやり過ごそうとした。

「冗談じゃねえッ!」

 一瞬あれも喰らう事を考えたオーガだったが、今その魔法を使おうとすれば間に合わず逆に切り裂かれてしまう。咄嗟に上空に逃れてやり過ごし、その後に2人の少女ごとザババの刃を取り込んでしまおうと画策した。

 だがザババの刃は狙った獲物を逃がさない。回避された切断兵器は空中に飛び上がると反転して再びオーガへと向けて飛来したのだ。思わず目を見開くオーガだったが、これだけの時間があればスペシャルの魔法を使うだけの余裕はある。

 オーガは悠然とスペシャルの魔法を発動しようとして、しかし肝心の指輪が手元にない事に気付いて愕然とした。

「な、あっ!? ど、どこに……はっ!?」

 ふと颯人の方を見れば、そこでは颯人が一つの指輪を親指で弾いて手でキャッチする姿が見える。その指輪は間違いなくオーガから掠め取ったスペシャルの指輪に他ならなかった。あの超高速移動での攻撃の最中、颯人は抜かりなくオーガから指輪を盗んでいたのだ。

「テメェ……!?」

 瞬時に怒りを感じるオーガであったが、次の瞬間彼に切歌と調の合体技が炸裂。避ける間もなく攻撃を喰らったオーガは、空中で激しい爆発を起こしそのまま屋上へと落下したのであった。

「やったの?」
「寧ろ、やり過ぎてしまったかもしれないのデス」
「いんや、アイツら相手にはどちらかというとそれくらいの方が……」

 流石に魔法使い相手とは言えこれはやりすぎたかと不安になる切歌に対し、颯人は逆にこれくらいがちょうどいいと考えていた。と言うのも、魔法使い……特にジェネシスの幹部レベルになると中途半端に死に掛けると却って危険な場合があった。

 3人が見守っていると、煙の中からオーガがふら付きながら出てきた。数歩歩いたオーガは、そこで力尽きたように倒れる。その様子に颯人はこっそり安堵の溜め息を吐いた。と言うのも、幹部クラスの魔法使いは中途半端に死に掛けると逆にファントムを生み出すリスクがあるからだ。魔力を封じてしまえさえすれば問題無いが、そうでない場合そのままファントムとの第2ラウンドへと突入してしまいかねない。病院の機能が低下し一刻を争う状況の中、これ以上の戦闘は出来れば御免被りたかった。

 幸いな事に颯人が危惧したような事態にはならず、倒れたオーガを見てベルゼバブも潮時と感じたのか残りのメイジを率いてオーガを連れてその場を撤退する事を選んだ。

「チッ、ここまでか……退くぞッ!」
〈テレポート、ナーウ〉

 次々と姿を消す魔法使い達。ガルドは一瞬彼らを追いかけようとしたが、直ぐに階下の入院患者達への対処が先と思い留まると、休む間もなく患者たちの救助活動へと取り掛かる。

 後続の奏達と協力しながら、颯人達は入院患者を機能を停止した病院から運び出す。その最中、颯人はミラアルク達が自分達に歩み寄って来てくれるかどうかを考えるのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第210話でした。

ノブレとの和解はまだまだ遠そうです。少なくとも誰か1人を完全に切り崩さないと、あの3人を助ける事は叶わないでしょう。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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