ソードアート・オンライン ~呪われた魔剣~
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神風と流星
Chapter2:龍の帰還
Data.31 本番の幕開け
「まだまだッ!」
アインクラッド第一層の上空で踊るように飛行する竜の背を、一迅の風が吹き抜ける。
敏捷値によるブーストを遺憾なく発揮し、駆け続けるシズク。その顔には些か疲労の表情が読み取れるが、疾走の勢いは俺との交代直後から一切落ちていない。
《赤黒の道化竜》の翼がはためくのに合わせシズクは《黒の槍剣竜》に向けて大きく跳躍。それまでの運動エネルギーは殺さずに、着地と同時に再び駆け出す。
怒れる道化竜が吐き出すブレスは上手く槍剣竜を誘導することで回避し、剣を肩に担ぐようにして構える。
「セイ…ヤアアッ!」
まさに音速と呼ぶに相応しい速度で放たれた《ソニックリープ》が槍剣竜の翼に直撃し、硬い鱗を数枚弾き柔肉を抉る。
痛みに悶えるように錐揉み飛行する槍剣竜にしがみつき、やや落ち着いた頃合を見計らって再び道化竜の背に飛び乗ったシズクは、依然、竜たちのコントロールに努めるつもりのようだ。
本音を言えば少しでも疲労を感じているならば交代してもらいたいのだが、本人にまったくその気がないのでそうもいかない。そも、俺の疲労も回復し切っている訳ではないのだ。
HPバーを確認してみれば槍剣竜はそろそろ倒れそうだ。どのみちそこまで行けば降りてこなければならないので、シズクにはそれまで頑張ってもらおう。
「なんだか想像してたより楽に勝てそうだな、ルリ」
傍で待機しているクラインがそう言ってくる。確かに、戦況は始まる前の予想より遥かに良い。
シズクの作戦がうまく嵌ったのが大きいのだろう。拍子抜けなのは分かるが、このデスゲームでは一瞬の油断が命取りになる。
「それに、お前らの出番はまだ半分しか終わってないんだぞ」
「うっ。そ、そりゃあそうだけどよ……」
そう、クラインたちのパーティの仕事は俺たちの撤収の補助だけではない。
視線をクラインから空へと戻す。度重なるダメージにより残り1%を切っている槍剣竜とは違い、道化竜のHPは未だゲージ二本を丸々残している。
槍剣竜を落とした後、これを俺たちだけで削りきらなければならないのだ。
パターン自体は前に俺とシズクが使ったもので問題ないだろうが、なんせ今回はナイフの数が絶望的に足りない。前回より一度のチャンスで削らなければならない量が多いので、クラインたちにも戦闘に参加してもらう必要がある。
そして一番の問題は――――
「道化竜のバーが残り一本になったとき、どうなるか……」
ヤツがフロアボス級のMobである以上、コボルドロードのようにHPバーが最下段に突入したときに何かが起きるだろう。
安全マージンを充分以上に取っている俺とシズクはともかく、クラインたちに致命的な被害が及ぶ可能性は少なくない。前線に出てダメージを稼いでもらう以上、彼らの安全は絶対に確保しなくてはならないし、それは俺の役目でもある。
注意深く観察し、どんなことが起きても冷静に対処しなくては――――
「おいルリ!黒い竜が倒れるぞ!」
クラインの言葉に顔を上げると、道化竜のブレスで槍剣竜のHPがゼロになりその身体をポリゴンに変えて砕け散った。
「よし!クライン、シズクの降下準備だ!俺は道化竜を引き付ける!」
「了解っ!」
クラインたちが足元に干草をばら撒き、シズクが飛び降りる。当然タゲを持ったシズクを追撃するように道化竜が下降してくるが、俺の投げたなけなしのナイフでそれを阻まれる。
ボフッ。
「ただいまー疲れたールリくんギュッてさせてー」
「アホなこと言ってないでさっさと構えろ。来るぞ!」
俺の牽制で崩れた態勢をを立て直し、再びシズクへ向かって急降下してくる道化竜。そのまま地面に激突でもしてくれればいいのだが、当然そう都合よく行くはずもなく道化竜はその巨大な尻尾でなぎ払ってくる。
「よ…っと!危ない危ない!じゃあこれ、お返しね!」
シズクはすんでのところでその攻撃をかわし、逆にソードスキルで反撃を試みる。が、
「あらら、流石にかったいねぇ……」
ガキン、という音と共にシズクの剣が弾かれる。見れば道化竜の方には僅かな傷がついただけで、HPバーはミリ単位しか減っていない。速さ特化のシズクの剣は、装甲の硬い敵とは相性が悪いのだ。もちろん、俺のチンケなナイフも通らない。
だが、硬い鱗に覆われていない部分なら――――
「せい、やああッ!」
技後硬直から解放されたシズクは道化竜の側面へと回り、大きな翼へ向かって再びソードスキルを発動する。
「グルゥォオオッ……!」
クリティカルヒットとは行かないまでも、先ほどに比べれば強烈な一撃が入る。
流石に翼を破られるのはマズイからだろう。道化竜はすぐに飛翔し、ブレス攻撃の予備動作に入る。
赤と黒の禍々しい炎が竜の口内で大きく揺らめき、こちらを焼き尽くそうとする。が――――
「当然、俺がそれを許すわけねえだろ……ッ!」
《シングルシュート》で投擲された投げナイフが一条の流星となり道化竜の口元へ飛来し、狙いを寸分も違わず炎を貫く。ナイフが当たり判定のある箇所に触れたため、ブレスはその場で暴発し道化竜は耐え切れずに暴れながら落ちてくる。
途中でバランスを取り戻すが、タゲを持っているシズクが地上にいるので結局ヤツは地上へ向かってくる。ブレスを連発できるならそのまま空中から攻撃すればいいのだが、そうしないところを見るにどうやら冷却時間が設定されているらしい。
道化竜がある程度の高さまで降りてきたところで、今度はきちんと体勢を整えていたシズクが跳躍し、その勢いのまま再び翼へ攻撃を仕掛ける。
飛んでいる最中に翼を傷つけられれば当然バランスを崩し、今度こそ道化竜が墜落する。
轟音と共に地面と激突し悶える道化竜。その隙を俺たちが見逃すはずがなく、シズクとクラインたちのパーティが次々にソードスキルを叩き込む。
弱点の翼や顔を重点的に狙ったためかHPバーの半分ほどを削ることに成功したところで、落ち着いた道化竜が身体を一回転させ尻尾を用いた範囲攻撃を行う。
「うおっ!?」
だいたいのメンバーは回避できたが、僅かに撤退が遅れた二名が浅く攻撃を喰らい吹き飛ばされる。一撃で全損させられたわけではないが、それでも四分の一ほどが持っていかれている。浅く入ってこれならば直撃すればどうなるかは想像に難くない。
「HPが減った奴はすぐにPOTで回復!無事な奴は万が一のためにそいつらをカバーできる位置で構えてろ!」
「わかった!お前ら、なるべく距離取るぞ!」
戦場がまた空中に移動したのでクラインたちは一旦待機だ。天高く飛翔し懲りずにブレス攻撃をしようとする道化竜へもう一度ナイフを投げて暴発を試みるが、今度はやや狙いが逸れ頬の辺りで弾かれる。
範囲ダメージでさえ非常に強力な道化竜のブレス。HPに余裕があるならともかく、先ほどダメージを負ってしまった二人には致命傷になりかねない。
それはシズクも承知しているのか、クラインたちと距離を空けるように駆け出し、攻撃を反対側の壁へと誘導する。
結果、赤黒の炎は壁に当たって霧散した。そしてシズクはそのまま壁を駆け上り、道化竜へと向かって飛ぶ。
「落ち、ろぉッ!」
逆手に持った剣を鱗の薄い首元に深々と突き刺す。仮想データ上のMobとはいえ首は弱点だったのかHPバーが一気に二割ほど減り、今までより遥かに大きな悲鳴を上げた道化竜はシズクを乗せたまま墜落してくる。
再度地面と激突する道化竜。濛々とたつ土煙の中飛び出してくるシズクの姿を確認し、クラインたちに攻撃するように叫ぶ。
ダメージを負った二人の回復は間に合わなかったのか一度目より人数は少なかったが、それでも大量のソードスキルでの攻勢は確実に道化竜のHPを減らし、ついに最後の一本に突入した。
「全員退避!全力で逃げろ!」
俺に言われるまでもなく全員が足早に駆け出し、未知の攻撃へと備える。
(ここまで順調だ。だが、本番はここから……!)
敵の出方を注意深く観察しようと俺が気を張った瞬間。
HPバーの残りが一本になってから沈黙していた道化竜が、動き出した。
――――持ち前の俊足を生かして大きく距離を取っていたはずのシズクの後方に転移し、その巨爪で背中を切り裂いた。
「……ッ!?」
ダンプカーと接触したかのような勢いで跳ね飛ばされるシズク。
そのHPバーは急速に減少し、緑を過ぎ黄色を経て、ついには赤へと――――
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