ソードアート・オンライン ~呪われた魔剣~
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神風と流星
Chapter2:龍の帰還
Data.32 End of Act
ボロ雑巾のように吹っ飛ぶシズク。マトモに受身も取れずに地面に激突し、勢いそのままに転がり続ける。
彼女の余命を示すHPバーは安全圏の緑を突破し、警戒域の黄色を通過し、危険域の赤に到達し――――
「……ッ!」
――――数ドットを残し、静止した。
思わず安堵の息を吐くが、すぐにそんな暇はないと気付く。道化竜のタゲは、未だにシズクのままなのだ。
急いで道化竜へと視線を戻すが、ワンテンポ遅れてしまったのが致命的だった。
既に道化竜はその翼を震わせ、シズクへ追撃しようとしている。ナイフを取り出している時間はなく、俺にはそれを止める手段がない。
まさか、ここまでか――――本気でそう絶望したとき。
「でやあああああああッッ!!!!!」
やや気の抜ける叫びと共に一閃された曲刀が竜の鼻先を捉えた。
「ガルぅっ……!?」
曲刀カテゴリ単発ソードスキル《ピーク・バッシュ》。
峰で攻撃するため威力は他のソードスキルより劣るが、その真価は相手を一時的な行動不能状態にすることにある。
かなり序盤に覚えるスキルのためその時間はごく僅かだが、飛行などのアクションの初動にぶつければその行動をキャンセルさせることができる。
それを知ってか知らずか――――いや、きっと知っていたのだろう。何故なら彼は、一つパーティを率いそのメンバーの命を預かるリーダーなのだから。
「ルリ!」
「わかってる!」
道化竜の攻撃をなんとか弾きながら援護を要請する救世主に応えるべく、懐からナイフを七本取り出し構える。
「ぅらアッ!」
投剣スキル七連撃技《ベアーテール・セブンス》。
七つの輝きが道化竜へと向かい、その顔面に突き刺さる。
「ガウルオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!」
「そのナイフは高級品でな!金の重みをその身で思い知れ!」
二層主街区《ウルバス》の誰も通らないような裏路地にひっそりと存在する店の、さらに大金を積んでフラグを出さないと購入できないという鬼畜な入手難度だが、本来は遥か上の階層でしか見ることの出来ない真銀で作られたナイフだ。当然その威力は折り紙付きで、道化竜の憎悪値を大量に稼ぎ、タゲをシズクから俺へと移すことなど造作もなかった。
「クライン!悪いがシズクを連れて一旦離脱してくれ!コイツは俺がひきつける!」
「わかったぜ!死ぬなよ、ルリ!」
「当たり前だ!」
一通り言葉を交わすとクラインはシズクを担ぎ、洞窟の入り口へと向かう。負傷していた仲間を回収しに向かったメンバーも同様に撤退していってるようだ。
「さあて、これで一対一だなクソッタレ」
憎悪に染まった瞳を向けてくる道化竜を負けじと睨み返す。
一度冷静になったせいか、俺の中でふつふつと怒りが沸いてくる。たかがイベントMobの分際で、コイツは――――
「――――俺の相棒に手ェ出したんだ。あっさり殺してもらえると思うなよトカゲ如きが……ッ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
俺の挑発に呼応するかのように雄叫びを上げる道化竜。どうやらあっちもデカいダメージを受けて相当怒っているらしい。
見れば道化竜のHPバーの最後の一本は既に二割ほど減っていた。強いだろうとは思っていたがまさかここまでとは。酒を奢った程度でこの情報を教えてくれたアルゴには後でちゃんと礼を言っておこう。
少しでも身軽になっておくためにナイフが尽きたポーチを背後に投げ捨て、すぐに動き出せるように構える。
しかしここまで強がってみたはいいものの、この勝負、俺の勝てる確率は限りなく低い。生存率ですら10%にも満たないだろう。
それはひとえに――――
「……ッ!」
ふと、俺の視界から道化竜が消えた。
その事実を脳が認識するより先に、俺はあらん限りの力で地面を蹴りだし横に大きく跳ぶ。
一瞬前まで自分がいた空間が道化竜によって喰いちぎられるのを見届け、体勢を整えようとした。が、相手の方がやや上手だったらしい。着地した瞬間に尻尾でなぎ払われ吹き飛ばされる。全身の骨が砕け散るような激痛に意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、急速に変わっていく景色をバックに自らのHPを確認する。視界の端で急速に減少していくHP。勢いを見るに半分ほどはもっていかれそうだ。
(即死じゃないだけマシだな……)
とはいえたった一撃で半分である。こっちは七本で二割だというのに。流石にフロアボス級と一プレイヤーでは基本ステータスに差があり過ぎる。
そしてなにより、あの転移能力が厄介だ。
(連発してこないってことは冷却時間はあるんだろうが、それにしたって反則だろオイ……!)
任意のタイミングで自分の位置をコントロールできるというのは、戦闘においてそれだけで絶大なアドバンテージになる。攻撃も回避も自由度が遥かに増すからだ。
それに加えて相手には――――
「クソッ!やっぱそっちもまだ使えるよな!」
ようやく呼吸が落ち着いてきたと思った辺りで、道化竜の口から赤と黒の炎が放たれる。たとえ万全の状態であっても危ないというのに、HPが半分しかない状態であんなものを喰らったら確実にアウトだろう。
迎撃は出来なくもないがこの距離でやってもダメージはさほど変わらないだろう。なら――――
「だらっしゃあああああああっっっ!!!!!!」
姿勢を低く、つま先を垂直に立てるようにし、ひたすら蹴りだす。
シズクを真似てやってみたが、案外イケるもんだな、壁登り。
ブレスは岩壁に激突して霧散し、俺は適当なところまで登った後、地面に下りる。そして反撃としてそろそろ本気で数が心許なくなってきたナイフを投擲。
今度は普通のナイフだったため鱗に弾かれただけで終わった。ちゃんと体勢を整えてから目とかを狙って投げるべきだったなチクショウ。
真銀製のナイフは残り一本。他のナイフじゃマトモにダメージを与えられない。
(さぁて、どうしたものか)
シズクたちの離脱はとっくに完了している。運よく俺が今いる位置は洞窟に程近く、全力で駆け出せば逃げ込めるだろう。だが、
(それじゃ何も変わらない。最悪、クエストがリセットされてまた最初からだ)
それだけは避けねばならない。俺の武器は着実に減り、近接組の装備の耐久値も減っている。ここでやり直しになればこの渓谷からの脱出は諦めるしかなくなる。
無論、俺にそんなつもりはない。
となればやるべきことはただ一つ。
「シズクたちが戦線に復帰するまで時間を稼いで、少しでも多くの情報を手に入れる」
まず攻略すべきはあの転移だろう。せめて予兆の一つでも見つけられれば対処はかなり楽になる。
何か、何かないか。なんでもいい。どんな些細なきっかけでも見つけられれば――――
(ん、いや待てよ。あれは、ひょっとして――――)
そのとき、俺の視界があるものを捉えた。
(まさか、そういうことなのか。でもそれならアレがあそこにあるのにも説明がつく)
俺の中で、ある仮説が確信に変わっていく。
(一か八か、試してみる価値はある、か)
覚悟を決めたなら、後はチャンスが来るのを待つだけだ。
そして、そのときが来た。
「お、らああッ!」
前方にあった道化竜の姿が消えるのを見届けるより早く、俺は後ろへ振り返って空間が微妙に揺らいでることを確認し、その揺らぎへ跳んだ。
一瞬視界が歪み、それが明ければ――――
――――やや離れた位置で爪を振り下ろす、道化竜の姿が見えた。
「ハッ!確かに道化の名に相応しいチンケなトリックだな!」
ここで一つ、情報を整理してみよう。
何故、道化竜は相手の背後にしか転移しないのか――――それは、転移する先に相手に見られては困るものがあるから。
何故、道化竜は転移を使い始めてから、上空へ飛翔しないのか――――それは、上空で転移を発動すると困ったことになるから。
何故、俺が背後に投げ捨てたはずのポーチが、初めに道化竜のいた位置にあったのか――――それは、そのポーチがそこへ転移させられたから。
つまり、道化竜の転移能力は――――
「――――転移じゃなくて置換!自分のいる空間と指定した空間を入れ替えてるだけだ!」
おそらく入れ替える空間には前兆として揺らぎができるのだろう。それを見られて何かに感づかれては困るから道化竜はプレイヤーの背後にしか転移しなかった。飛ばないのも似たような理由で、転移した後に空間に違和感が出るからだ。地表近くは砂っぽいし、逆に上空は何もない。入れ替えてしまえばどうしても周りの空間になじめない。今まであった砂埃がそこだけ綺麗になくなっていれば、いくらなんでも気付かれる。
そして俺がこのことに気付いた最大の理由は、俺のポーチの位置が変わっていたこと。
その空間に存在するアイテムごと置換してしまうため、後ろに投げたポーチは空間置換に巻き込まれて道化竜のいた空間に落ちたのだ。
そして、ここまでわかってしまえばなんてことはない。
「俺はお前が消える瞬間に後ろに向かって飛べばいいだけだ。そうすれば俺とお前のいる位置が変わるだけで何の被害もない。俺の後ろ以外に転移するならそこに向かってあらかじめ攻撃を仕掛ければいい」
プログラムで動くポリゴン体にすぎないはずのその顔が、奇妙に歪んだように感じた。
それがこの渓谷の主のものだったのか、それともその行動プログラムを司るカーディナルシステムのものだったのかはわからない。
だが、これで俺の優勢は決まった。タネの割れた手品は怖くないし、あとはブレスにだけ気をつけて攻撃していればいい。
しかし、愚直に転移と攻撃を繰り返してくる道化竜の急所を的確に攻撃し、いよいよ残り一割となったところで問題が発生した。
「あ、れ……?」
ナイフを取り出そうとポーチへ向けた手が、虚しく宙を切る。
「このタイミングで品切れかよッ!」
振り下ろされた尻尾は辛くもかわすが、さて困ったどうしよう。
仕方ない。こうなったら最後の手段だ。いいとこ取りされるのは癪に障るが、まあいつものことだ。気にしないことにしよう
実は少し前から洞窟の入り口でこっそり観戦してる奴らに目線を配りつつ、俺は大きく息を吸って全力全開の大声で叫ぶ。
「出番だシズク!美味しいところはくれてやるから決めてこい!」
「さっすがルリくん!愛してるぜ!」
タンッ。タタンッ。タタタタタタタタタタタタタンッ。
徐々に早く、数秒で最高速度へ。
どうやら先ほどボロボロにされたのが悔しかったらしいシズクはその目に闘志をみなぎらせ、一迅の風となって駆け抜ける。
自慢の愛剣を肩に担ぎ、繰り出すソードスキルはもちろん十八番の《ソニック・リープ》。
その剣の切っ先が道化竜の首を捉え――――
『赤黒竜の渓谷』の主は、地に墜ちた。
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