一人のカタナ使い
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SAO編 ―アインクラッド―
第二章―リンクス―
第18話 夕暮れの死闘
――何でだ……!?
どれだけ考えても答えは出ないと頭ではわかっているのに、同じ言葉が反芻される。
そんな不安定なメンタルに陥っていても、トッププレイヤーとして今まで戦ってきた戦闘経験が勝手に発揮され、今も連続で振り続けられている相手の剣をほぼ自動的にカタナで防いでいた。
だんだんと切り替わりつつある思考回路を必死に駆使しながら、冷静に状況を分析する。
今、自分は襲われている。理由は一切不明。目の前で一心不乱に僕に向かって剣を叩きつけているプレイヤーに見覚えはない――というか、どんなプレイヤーか判断できなかった。
何故なら着ているコートについているフードを目元まで深く被り、顔が見えないからだ。これでは知り合いかどうか以前に男か女かすらも判別できない。まあ、SAOのプレイヤーの八割以上は男性だから、このプレイヤーも男なのだろうが。
しかもこのプレイヤー、フードを被るだけでなく、コートもきっちりと締めているから、体格やどんな防具を身につけているのかすらもわからない。唯一わかるのは、身長と武器だけ。
身長は僕と同じか少し高いぐらい。身長から考えるに、僕と同年代なのかもしれない。
そして、装備している武器の種類は片手剣だ。僕の見たことのない種類の片手剣だった。恐らくは武具店に売ってあるものではなく、モンスターからのドロップ品。しかも装飾の緻密さ、剣身の光沢からしてかなりの一級品だ。攻略組の持つ武器とランクやステータスは大して変わらないかもしれない。
「ぐっ……ぅあ……⁉︎」
何より、この連撃。スピードはアスナよりも当然遅いが、それでも速いと言える速度、そしてこの一撃の重さだ。
普通、スピードが高いなら威力は反比例するように軽くなるのだが――もちろんレベルが高ければ、その問題はなくなるが――、このプレイヤーが繰り出す連撃はどちらが劣るということもなかった。速いし、重い。いったいどういう風にポイントを振り分ければ、こんなステータスを得ることができるのか。まったくわからなかった。
しかも、今朝のアスナとのデュエルのときとは違い、多彩な攻撃を仕掛けてくる。アスナは武器である細剣の性質上、突きをメインとした攻撃を行っていた。
しかし、今回の相手は片手剣。縦斬り、横斬りはもちろんのこと、突きや斬り上げも使ってくる。こうも多くの方法で攻撃されるとなると、防御が厳しくなってくる。ガードするためにどんな軌道かを判断する必要があるからだ。今朝のときよりワンテンポ反応が遅れてしまう。今は何とか防ぎ切れているが、そろそろ保ちそうにない。
「こ……のぉお……!」
状況を打破するべく、さっきまでよりも力を込めてカタナを薙ぐ。剣を振ろうとしていた相手は中断し、後ろに跳ぶことでそれを回避した。
僕は少し荒くなった息を整えながらカタナを相手に突きつけ、口を開く。
「……目的は、何だ……? 何で僕を狙う……?」
少し掠れた声になってしまったが、そんなのを気にしている場合ではないし、余裕もない。
相手はフードが少し下がっただけで何も答えようとはしなかった。……まあ、予想通りといえば予想通りだ。
――相手について考えられることがいくつかある。
一つは、僕個人に恨みのあるプレイヤーだ。だが、正直に言うと僕は何かをしてしまった記憶がない。というよりも、基本的にソロ活動することが多いため、他のプレイヤーと関わったりすることがないのだ。したとしても人見知りのせいで言葉数はかなり少なくなるし、もちろん迷惑をかけるような行為はしない。僕が忘れている、もしくは無意識にやっていた可能性もなくはないが、限りなくゼロに近いだろう。
もう一つは、犯罪行為をするプレイヤー――通称オレンジプレイヤーの可能性だ。暴力やカツアゲ、略奪や強奪などの犯罪にあたる行動をすることを目的とした彼らに襲われるという可能性は、少なからず存在する。特に僕は一応攻略組と呼ばれるプレイヤーだ。他のプレイヤーたちよりも知名度は――最近二つ名がついたこともあって――高いし、標的にされることはこれまでも何度かあった。
だが、それらの全ては僕を複数人で取り囲むという方法だった。今回のように一対一の、変な言い方になるが、フェアな感じではない。確かにそういう例も聞いたことはあるが、数多く存在する彼らの実績――もっと言うなら、彼らの起こした事件の中でもかなり稀有なケースだ。
しかし、それはオレンジプレイヤーでも最も危険な存在――殺人を目的とする、通称レッドプレイヤーだった場合だ。もし、今の状況が当てはまるのならば、これから僕たちは最悪殺し合わなければならない。
そして最後の一つは相手が軍の人間、もしくは軍と繋がっているプレイヤーだ。第二十五層のボス攻略戦での一件以来、僕と軍はすっかり犬猿の仲になってしまっている。僕を憎んでいる、嫌っているプレイヤーは少なからず――いや、それなりに多く存在しているはずだ。そういうプレイヤーがオレンジプレイヤーに依頼したということは否定できない。実際、少し前に数回あったのだ。時間が空いて今、ということもあるのかもしれない。
これら三つの中で一番可能性が高いのは、最後のだ。時系列的にも最新のもので、まだ一ヶ月以内に起こったことだ。やはり、収まるのはもうしばらく先か……。
などと思っていると、チッと小さく音がした――何かが擦れたような……。
その音の正体が舌打ちだと理解したとき、正体不明のフードマンは僕の目の前まで迫っていた。
――はやっ……⁉︎
反射的に目を見開くのを感じながら、わかっていたことを心の中で呟く。僕がカタナを振るうのと相手が片手剣を振り下ろすのは、ほぼ同時だった。
ギャリィイ! と硬質な音がし、空気が、カタナを持つ手がビリビリと振動する。相手が間髪入れずに第二撃を繰り出す。僕もそれに対抗する。同じ音がもう一度鳴り、鍔迫り合いの形になった。
全力で力をカタナに入れているのに、まったく前に動こうとしない――筋力値は同等以上ということか……。少しでも気を抜いたら、逆にこっちが負ける確信があった。
「…………ふざけたことを、言うな……!」
怒気がふんだんに含まれた絞り出すような声が眼前で聞こえる。低く、そして威圧のあるトーンに思わず背筋にぞくり、と来るものを感じつつ、力が抜けかけた両手に力を入れ直す。カチャ、カチャ、とお互いの武器の重なり合った部分で音が鳴る。
「ふ、ふざけたこと……?」
思わず声が少しだけ震えながら聞き返してしまう。その言葉を聞いて、わずかに……しかし確かに僕にかかっている力が増した。数センチほど後ろに押し込まれる。負けじと押し返そうとするが、やはり前に動かない。さっきの状態に戻せない。
僕の疑問には、もう答えてくれるつもりはないらしく、剣にさらに力を加えるだけだった。僕はカタナを倒して相手の片手剣の軌道をズラし、ようやく鍔迫り合いから解放される。
カタナを相手に向けて牽制しながら、僕の後ろにちらり、と視線を移す。そこには、呆然と立ち尽くしているソラがいる。
ソラだけは何とかして逃がさなければいけない。もし、僕からソラにターゲットが移ってしまったら、絶対に守り切れない。モンスターと違ってプレイヤーには意志があるのだ。どれだけ僕が妨害しようとも、その気があれば相手は僕のことなど気にせずソラを襲うだろう。
視線をソラに移した直後、視界の端で片手剣の切っ先が迫っているのが見えた。反射的に頭を左に大きく傾ける。
「ぐっ……⁉︎」
躱し切れず、頰に紅い線が走った。左上に浮かんでいるHPゲージがわずかに減った。同時に視界に映る相手のカーソルが緑からオレンジに変色する――犯罪を犯したプレイヤーへと変貌する。
「くそぉお……!」
毒づきながら、僕の隣にある剣を握っている手首を右手でしっかりと掴む。相手は一瞬戸惑ったような素振りを見せ、解こうと強引に引き抜こうとするが、そう簡単に逃すわけにはいかない。両足の膝を曲げ、その場で踏ん張る。
「ソラ! 今の内に!」
僕の意図を察してくれたようで、僕の後ろで慌ただしく足音が小さくなっていく。
内心安堵し、僕は左手にあるカタナを腰だめに構えた。
次の瞬間には、相手の腹を水平に斬っていた。その威力で吹き飛ぶタイミングと一緒に右手を開く。アスナのときと同様峰打ちのため、相手へのダメージは期待できないが――むしろ、与えすぎないようにしたのだが――初撃のインパクトととしては十分だろう。
数メートル飛んでいった片手剣使いを見続けながら、技後硬直から解けた身体を動かしてカタナを構え直す。
――さて、次は僕の番、か……。
どうにかして僕もこの場から離脱したいけど、正直厳しい。転移結晶を使えればいいのだが、あれは転移するまで一、二秒時間を要する。それだけあれば、相手が僕を斬る方が早いに決まっている。
となると、やはり逃げるんじゃなく、何とかして拘束する方が得策だ。あれだけ強いとなかなかそれも難しそうだが、やらなければこちらが殺られる。最悪、隙を作って転移すればいいし。
「っと……⁉︎」
そこまで考えたところで、斬り降ろされた片手剣をカタナで受け止める。一歩踏み込み、タックルをかますようにして弾き返す。これだけ間近に接近しているというのに、顔が見えない。どれだけ深く被っているというのか。よく僕がわかるな。
今度は僕が攻める番だった。また連撃され続けたらたまったものじゃない。されないためには僕から積極的に押していくしかない。
脊髄反射的にそう考えたあと、僕は強く地面を蹴り、カタナを振り被った。
*
「はあっ……はあっ……!」
いったいどれだけ走ったことだろう。
ソラは息を切らし、必死に木々の中を走っていた。
一緒にいたユウから一人だけ逃れるようにして、彼に背を向けたことにソラの胸を刺されたような痛みを感じる。それは一分一秒と時間が経てば経つほど大きくなっていった。
本当の気持ちを言えば、一緒に闘いたい――でも、無理だった。
あれだけハイレベルな戦闘は、自分には無理だとすぐに判ってしまったのだ。レベルだけではない、ひとつひとつの動作や次の行動へ移す迅速さ、そして勝つための戦略。それら全てが言葉には表せなくとも、ソラは感覚的に理解したのだ。自分にはできない、と。
「ごめん、ごめんなさい……ユウ兄ちゃん!」
零れ出るのは、謝罪の言葉。大きな両目からは涙がとめどなく溢れてくる。
途方もない罪悪感がソラの心を満たしていた。まだ二桁に突入したばかりの年月しか生きていない彼からしたら、それはあまりにも強烈で巨大すぎる感情だった。
心が壊れるような感覚をしながらも、ソラは走る足を止めない。ユウから言われたから、罪悪感を紛らわせるからというのもあるが、もう一つ彼の心を支配している感情がある。
それは《恐怖》である。
自分よりも身長の高く、自分よりも圧倒的に強いプレイヤー。何よりフードを被っていたことにより、顔が――表情が見えないし、感情が読めない。
それらの要素は、まだ齢十歳のソラにとって恐怖を与えるのには十分過ぎた。はじめて見たとき、そしてユウに剣を向けたときにソラに一気に襲ってきた――自分に剣を突きつけられたわけではないのに。
ユウに言葉をかけられたことで、ようやく動けるようになったほどなのだ。それから、ソラはユウの言葉に素直に従い、彼に背中を向けて走った。剣戟の音を背中で聞きながら。
荒く息を吐きながら、そして時折躓きながらも少年は走る。
さらに進んでいくと、ようやく木々の中を出た。走り越え――というより飛び越えるように抜けたソラは、もう限界だ、と思い、膝に手をついて息を整える。顔は汗やら涙やらでぐしゃぐしゃだ。
本当は、このSAOでの肉体は無意識の呼吸を行わないため(意識的な呼吸は可能である)、《息切れ》という概念は存在しないが、そこはまだ小学生であるソラには理解できないし、馴染めないものだった。つまり、率直に言うと思い込みで息が切れているのだが、それは今はどうでもいいことだ。
数十秒かかってようやく息を整え終え、ソラは目元を擦り、目の前を見上げる。
そこに広がっているのは、夕暮れ色に染まった湖だった。
ついさっきもユウと一緒に歩きながら見ていたはずなのに、ソラは一瞬目を奪われる。
湖水に映る夕日、そよ風になびく草原。その他を含むすべては、彼が現実世界でも見たことのない幻想的な景色だった。
だが、見とれるのも本当に一瞬で、ソラはハッと我に帰り、パニックに陥る。
(ど、どうしよう……⁉︎ け、警察に……い、いや、ここに警察はいないから、えっとぉ〜……)
あたふたしながら、ウインドウを開いたり閉じたりと繰り返す。さっきまで逃げることに徹していて、それだけしか考えていなかったため、それから先のことは頭になかったのだ。
そして、パニクっていたソラは、今目の前までプレイヤーが来ていたことすらわかっていない。
「あの、君……」
「わひゃあ⁉︎」
「うおっ⁉︎」
いきなり声をかけられたことで、ソラは奇妙な声を上げる。声をかけたプレイヤーもソラの声に驚いた。
「な、なになになに⁉︎」
ソラは反射的にウインドウを閉じて短剣を抜き、目の前に突きつける。ソラは肩で息をしながら見ると、そこにはソラよりも身長の高い――まあ、ソラよりも小さい人などそうそういないのだが――両手を挙げた黒ずくめの男プレイヤーがいた。
年齢は、ユウと同じぐらいだろうと判断できる。ソラから見ても男性なのに女性にも見える中性的な顔つき。何より特徴的だったのは、黒のコート、黒のシャツ、黒のズボン……どこを見ても黒だった。背中に背負っている片手剣だけは違う色だが、まだまだ未熟なソラでも、その剣はかなりの業物だと理解できた。
黒ずくめのプレイヤーは苦笑いをしながら、
「お、落ちついて……まず、剣を下ろしてくれないか? こちらは攻撃する気はないんだ」
「ほ、ほんとうに……?」
「本当だよ」
その証拠として、彼は装備していた片手剣をアイテムストレージにしまった。それを見て、ようやくソラも息を深く吐きながら短剣を下ろす。黒いプレイヤーも安堵の息を吐く。
「信用してもらえたみたいでよかったよ」
「うん、ごめんなさい。きゅうに武器を向けたりして」
「いや、俺の方も不注意だった。いきなり声をかけたらそりゃ驚くよな」
黒いプレイヤーは申し訳なさそうに言ったあと、首に手を当てた。その表情や言動でソラは、この人は悪い人じゃない、と確かに認識する。
少し不自然に笑ったプレイヤーは、多少真剣味を帯びた表情をして、ソラに訊ねる。
「ところで、ずいぶん慌ててたようだけど、何かあったのか?」
「うん……あ、そ、そうなの! いま本当にたいへんなことが起こってて!」
ソラは手をバタバタさせながら、再び混乱に陥りそうになる。黒のプレイヤーも困ったような顔をしてどうしたものか、と頰をかいた。
だが、次の一言を聞いた黒のプレイヤーは、目を見開く。
「ゆ、ユウ兄ちゃんが、大変なことに!」
「――ユウ……?」
口元を引き締め、眼を鋭くしながらソラの目の前にいるプレイヤーは、さらに真剣味が濃くなる。ソラもそんな彼を見て、落ち着きを多少なりとも取り戻した。
「そのユウっていうプレイヤーは、どんな見た目をしているんだ?」
「え? えっと〜……男なのに髪が長くて、少し目がつり上がってて、カタナを使ってるよ?」
ソラのたどたどしい言葉を聞いて、さらにプレイヤーは顔が険しくなる。その様子に思わずソラは疑問を感じたが、言葉にする前に目の前のプレイヤーは口を開いた。
「……そうか、詳しく教えてくれないか?」
ソラは小さく頷き、さっきまでの出来事を身ぶり手ぶりを交えて説明する。もちろん、焦りも手伝い色々と不十分な点も多々あったが、黒いプレイヤーは静かに頷いていた。
一分後、すべてを説明し終えたソラは胸の内を明かしたことへの解放感を感じつつも、見知らぬプレイヤーに言ってしまったことに罪悪感を覚える。
(い、言っちゃったけど、良かったのかなー……)
本来ならば心から信頼できるプレイヤーに言うべきなのだが、今回だけは本当に運が良かったと言えるだろう。
今ソラの目の前にいるプレイヤーは、正真正銘ユウの知り合いだったのだから。
「――わかった。君は安全な場所まで避難してるんだ。ここから左にまっすぐ行くと小さな村がある。そこで待っていてくれ」
「え……? でも、ユウ兄ちゃんが……」
「そっちには、俺が行く。ユウ兄ちゃんは絶対に連れて行くから」
「えっ⁉︎ で、でも危ないよ!」
ソラの言葉に黒いプレイヤーは、ニヤリと笑う。
「俺なら大丈夫さ。それより、ちゃんと村に行くんだぞ」
何でもない風に言うと、黒のプレイヤーは片手剣を装備し直したあと、ソラが来た道を恐ろしいほどの速度で駆けていった。
ソラは思わず呆然と立ち尽くし、その後ろ姿を見続けた。
*
「うおぉぉおお!」
無意識に口からこぼれた叫び声を出しながら、僕はカタナを全力で振るった。
しかし、今回もまた片手剣でガードされる。硬質な音を無関心に聞きながら、第二撃。これも弾かれる。
――強いな。
この戦闘が始まってから何度も思ったことだが、何度も思わざるを得ない。
相手に攻撃をさせないために、数分以上攻撃を続けているのに、なかなかヒットしない。スピードは僕の方が上のはずだが、これだけ回避されていると、その自信もなくなってくる。
――しまっ……!
つい大振りの攻撃をしてしまい、わずかな隙が生まれた。相手が逃してくれるわけがなく、僕の攻撃を体を逸らして回避したあと、右手に持つ片手剣を僕の首に向かって薙いだ。
ほとんど反射的にすばやく踏み込んでいた片足から重心をもう片方に移動させて、後ろに跳ぶ。ギリギリ首を斬られることを避けれたが、首元に小さな赤い線が走るのを感じた。同時に七割を切っていたHPゲージが、また数ドット減少する。
「っぐ……⁉︎」
右手で斬られた部分を押さえながら、さらにもう一歩分下がる。そして、それを待っていたかのように相手が反撃を開始する。攻撃をさせないように攻撃を仕掛けていたのに、予想よりも続かなかったことを内心舌打ちしながら、カタナを構える。
この戦闘が始まって、もう体感的には三時間以上経っているような気がする。だけど、きっと本当は一時間も経っていないだろう。だが、長時間の戦闘で向こうの癖やパターンがわかってきた。最初の頃よりも回避はできるようになってきている。
――とはいえ、だ。すでに日は落ち始め、辺りは暗くなりつつある。足場も良いとは言えないし、暗くなればなるほど不利になるのは確実だ。索敵スキルを取ってはいるが、あれはプレイヤーやモンスターを見ることはできても足場やフィールドを見渡せるわけじゃない。
だけど――。
一歩分下がったことにより、すぐ後ろにある僕よりも太い木の背後に回って斬撃を防ぐ。ガスッ! という音と背中越しに強烈な振動が伝わってきた。
筋力値では明らかに及ばないが、こうして周りに生えている木々を利用すれば何とか防ぐことができる。これまでの攻防をする中で大体どこに木があるのか把握できた。この防御をうまく使えれば戦闘を有利に動かせるかもしれない。
しかし、それは向こうも同じことだ。向こうだって僕の攻撃を木の後ろに隠れて防ぐことができる。だが、僕の攻撃を受け止めきれる自信があるからか、同じことをしてくることはない。少し悔しい気もするが、ステータスを覆すことは無理だからぐっと堪えるしかない。
片手剣から繰り出される通常の連続攻撃をカタナで叩き落として軌道をズラしたり、どうしても無理な場合は、木の後ろに逃げたりしながら避けていく。
木の後ろに隠れるたびに荒くなっている呼吸を落ち着かせながら、また相手の様子を伺う。向こうの対処も大体感覚的にもわかってきた。これなら――。
僕は勢いよく木から飛び出て、カタナを上段の構えから思い切り振り下げた。しかし、また片手剣で受け止められ、弾かれる。これは予想済みだ。カウンターとして繰り出された突きを瞬時に中段に構えていたカタナで弾き上げる。
――いける……!
確かな手応えを感じ、斬り上げた状態からそのまま上段の構えを取った。フードの奥から息をのむ音が聞こえた。
さらに強い自信がみなぎるのを感じながら、僕は渾身の力を込めて斬り下ろす。
だが直後、予想もしない出来事が発生した。
刀の刃が届く寸前に、フードマンは左手を素早く動かした。すると、彼が右手に持っていた片手剣が消え、代わりに短剣が出現する。
その一瞬の出来事に、僕は無意識に目を見開く。次の瞬間、驚くべき速さで戻ったきた右手に握っている短剣が僕のカタナとフードマンの体の間に割り込み、硬質な音が響き渡った。さらに横に流され、カウンターをもろに喰らう。
「が、は……⁉︎」
鳩尾の辺りから鋭い衝撃を味わいながら、何があったのかを頭で冷静に分析する。そして、一つの結論に至った。
恐らく瞬時に武器を変更したあのスキルは、《クイックチェンジ》だ。片手用の武器を瞬時に入れ替えることができる、割と序盤で手に入れることが可能なスキル。カタナが両手武器だとわかってから、僕は全く関心がなかったスキルなので、あまり詳しい知識はない。だけど片手武器を使うプレイヤーにとっては、かなり重宝するスキルだろう。
しかし、マズいな……。
衝撃のあまりの強さに体が宙を浮きそうになるのを抑えながら、焦りを感じる。何とか地面から足が離れることはなかったが、さっき受けた攻撃で、ついに残り六割を切ってしまった。いよいよ危ない。
何より片手剣だけでも相当対処がキツかったのに、短剣まで使われたらどうなるというのか。本能的に先を想像することを拒み、思考がストップする。
普通、というかほとんどのプレイヤーは武器スキルを一つしか取得しない。理由は簡単なことで、複数取ってしまったらスキル熟練度が上昇しにくいからだ。
そもそも熟練度は、かなり根気よく頑張らないと上昇しない。最前線で一日中モンスターを倒していったとしても、よくて三十上がるか上がらないかぐらいだろう。しかも、上がるたびに上がりにくくなっていくので、本当に気が滅入る作業だ。僕の今のスキル構成も戦闘系のものがほとんどだし、戦闘系のがダントツで熟練度が高い。
咳き込みながら前を見ると、いつの間にかまた短剣から代わっていた片手剣が目前まで迫っていた。勢いよくしゃがんで回避したかと思ったら、今度は蹴りが顔面に飛んでくる。カタナでの防御が間に合わず、両腕をクロスさせて何とか防御。耐えきれずにすぐ後ろにあった木に背中を打った。
いて、と毒づく暇もなく、振り下ろされた片手剣をカタナの端々を両手で支え、受け止める。が、筋力値の差により、少しずつ剣が近づいてくる。
「……このぉおっ!」
歯を食いしばり、カタナを倒して軌道をズラし、膝立ちの状態から瞬時に立ち上がる。そして、距離を離すためにカタナを薙いで威嚇する。向こうはジャンプして後ろに下がり、また片手剣を僕に向けた。戦闘による疲れのせいか、深く息を一つ吐き出す。
吐き出すと同時に、今までで最高の速度で相手に踏み込む。
「あ……」
フードマンのはじめての驚愕した声を聞きながら、僕は容赦なくカタナを銀色に輝く一閃。片手剣で防ごうとしたようだったが、ギリギリで間に合わず、脇腹に直撃。まだ片手で数えるぐらいしかないクリーンヒットした手応えを感じると同時に、フードマンが吹き飛び、その方向に生えていた木にぶつかる。峰打ちだが、多少のダメージは与えられたはずだ。
実はさっきの速度でデュエルをしたのははじめてで、コントロールできずに追い越すかも、と思ったのだが、何とか上手くいった。でも、正直これぐらいしないともう絶対に負ける自信があった。
あれだけの衝撃を受けたというのに、フードは外れていなかった。外れないように手で掴んでいたのかもしれない。余程顔を見せたくないのだろうか。
そんなことを考えながら、再び同じ速度で接近、そして間髪入れずにカタナを振る。今度はしっかりと受け止められるが、特に気にせず攻撃を繰り返す。頭の中では、ただ速さだけを求めた。
自分すらも思うほど無慈悲な高速の連撃に、さすがについてこれなかったのか、コートをなびかせ、大きく後ろにジャンプ。当然、僕もやすやすと逃がすつもりはない。着地点を予測し、駆ける。が、向こうの着地の方が速かった。
着地と同時に、向こうは片手剣を持つ手を後ろに引き絞る。まだ、僕との距離は空いている。片手剣では届かない距離だし、二つ目の武器、短剣ならなおさらだ。
――まさか……。
頭をよぎった嫌な予感は、残念なことに的中した。
片手剣が光に包まれて消える。次いで現れたのは、細長い形状をしたものだった。
先端は鋭く尖っていて、片手剣よりもリーチの長い武器――その見慣れた形の正体を判別すると同時に、僕の左肩を中心に重い衝撃と不快感が走り、一歩二歩後ずさる。
HPゲージがさらにガクンっと一割ほど削れる。ついに半分を下回り、ゲージがイエローに変色した。
左肩に刺さっているのは、目立った装飾は施されていないシンプルな鉄色の槍だった。しかし、長さはカイの持っているものよりも短い。両手武器にカテゴライズされない槍――片手槍だ。
しかし、片手とは言っても片手武器の中ではトップと言っていいほどのリーチである。二メートルとはいかないだろうが、百五十センチメートルはあるだろう。
左手に入っていた力が抜け、カタナを落としそうになるが、意識を集中して何とか防ぐ。反対の右手で槍の柄を握り、抜こうと試みるが、抜けない。それどころか、力をより入れられて、貫通せんとしているぐらいだ。少しずつ、また僕のHPゲージが減少していく。
「くっそ……!」
やはり、どれだけ力を入れても抜けない。
片手剣、短剣、片手槍。三つの武器を扱うプレイヤーなんて、攻略組にもいない。しかも、それぞれリーチの長さが違うため、どんな状況にも対応できる、まさに万能プレイヤーだ。攻略法が掴めない。
そんなことを考えている間にも、僕のHPゲージは減っていっている。残りは三割ほどになっていた。
――こうなったら、イチかバチか……。
死に近づきつつあるというに、まだ冷静さを保っている思考回路を全力で駆使して編み出した博打を実行しようと、槍から右手を離す。そして行動に移そうとしたとき――
トス。
という奇妙な音が聞こえた。次に槍に込められていた力がいきなりふっと抜ける。
何事か、と思い目の前のプレイヤーをあらためて見ると、右手は槍から離れていて左手で掴んでいる。――掴まれていた右手の甲には、十センチほどの釘のようなものが貫通していた。
「――悪いけど、邪魔させてもらうよ」
声のする方向を見ると、右手に剣を携えた黒衣の剣士が立っていた。その姿を見て、僕は今日でもう何度目かわからない驚愕に襲われる。
「あ、キリトだ」
「『あ、キリトだ』じゃなくてさ……何でこんなことになってるんだ、ユウ」
キリトは僕の方へ駆け寄り、槍を強引に引き抜いたあと、結晶を使って僕のHPゲージが右端まで全回復する。ここまでで要した時間は一、二秒ほどだ。
「ごめん、助かったよ」
「貸し一つってことで、よろしくな」
「はいはい、わかりましたよ」
カタナを構えながら、キリトとやり取りをする。向こうは、右手に刺さっていたのを抜き取り、僕らの方を見ていた。フードの奥から射る目線は、さっきまでよりも鋭いものになっている、気がする。
「なあ、ユウ。さっきも聞いたけど、何がどうなってるんだ? お前、誰かに襲われるようなことしたのか?」
「わかんないよ、聞いても答えてくれないし。僕が聞きたいぐらいだよ」
「そりゃあ、また厄介なことで……」
そこまでキリトが言ったところで、フードマンは槍を使って僕の方を突いてくる。体を捻らせ、回避してカタナで弾き返す。そのあとにキリトの元に近寄り、囁く。
「キリト、麻痺毒持ってる?」
「まあ、そんなにレベルは高くないけど、あるぞ」
「なら、それで相手を痺れさせてくれない? 僕が引きつけるから」
「わかった」
数秒間会話を交わしたあと、僕はフードマンに突撃する。前よりも体が軽かった――一人じゃないからかな。
アスナのモーションを頭に思い浮かべながら、勢いよくカタナを突き出す。フードマンは槍で上で弾き返す。瞬間、カタナを逆手に持って振り下ろす。フードマンは左手を動かし、槍から短剣に切り替えた。……あ、キリトにこのプレイヤーの情報教えるの忘れてた。
そう思いながら、軌道をズラされて体のバランスが崩れ、前に倒れる。
「う、おぉあ!」
カタナを地面に突き立て事態を防いだあと、それを軸に右足で蹴りを繰り出した。フードマンは短剣を持ってない方の腕でガードする。失敗、わかったあとすぐに跳び退き、体制を立て直したあと、もう一度突撃。
キリトはどこに行った、と思って一瞬探すが、どこにも見当たらない。
すでに辺りは薄暗いし、キリトは《ブラッキー》などと茶化されるほど黒ずくめだ。簡単に見つからないのは当然かもしれないが、こうもすぐに視界から消えると不安になる。あの剣士の性格からして、受けた頼みをスルーするとは考えにくいけど……。
フードマンに向かってカタナを振ろうとしたところで、不意にフードマンの動きが止まり、その場に崩れ落ちる。彼の頭上には、彼の持つものとは別のナイフがあった。
「後ろがガラ空きだよ」
そんな声のあとに、フードマンの後ろにあった木の後ろから黒衣の剣士が現れる。持っていた短剣をアイテムストレージにしまい、僕のところへ戻ってくる。僕はカタナを下ろして、ようやく緊張の糸を解いた。
「対面してたのに、まったく気づかなかったよ。キリト、アサシンか何かなの?」
「そんなんじゃないさ。《隠蔽》スキルを使ったんだ。上手くいってよかったよ」
「あー、僕取ってないもんな。便利だね、それ」
取ってたら、こんなことにならなかったかもしれないのに。
まあ、今更言っても仕方ないけど。
「ユウも取ったらどうだ? 割と使えるぞ」
「ん〜、考えとく〜。――さて、と……」
ウインドウを操作して、アイテムストレージに入っていた丈夫な縄を数本取り出す。そして、目の前で麻痺状態のフードマンを縛っていった。
当たり前だけど、あんまり人を縛ったことがないから、なかなか難しい。多少時間がかかったが、手首、足首、腕と胴体をまとめて括りつける。……ふう、結構大変だな。
――てか、これ端から見たら僕たちの方が犯罪者だよね?
「……どうするんだ? 黒鉄宮に送るのか?」
「いや、その前に聞きたいことがあるんだ。ちょっと質問してから、考えるよ」
近くにあった木に縛られたオレンジプレイヤーをさらに縛りつける。これで逃げられないはずだ。
数分後、麻痺毒が解けて話せるようになったフードマンに向かって口を開く。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
「……何?」
はじめて会話が成立したような気がした。
フードを被っているため相変わらず表情は見えないが、絶対に怒っているのは声質からして明らかだった。
しかし、顔を見ないと会話しにくいな。
「すみませんけど、フード外させてもらいますね」
「はっ⁉︎ や、やめろ!」
何か声が急に高くなったな。
なんて思いながら、言われたことを無視してフードを外す。
「えっ⁉︎」「なっ⁉︎」
僕とキリトは同時に声を上げる。
フードを外すと、出てきたのは薄い暗闇でもわかるほどのなめらかな髪をしたミディアムスタイル、そして大きな黒い目。
――そう、僕を襲っていたプレイヤーは、女性だったのである。
あまりの衝撃に呆然としていると、目の前のプレイヤーは、ふん、と悔しげに口をへの字にしたあと、さらに大きな衝撃を僕にもたらした。
「お前にも聞きたいことがあるかもしれないけど、こっちにも聞きたいことがある。あたしの弟――ソラをどこへやった?」
後書き
戦闘描写、もっと上手くなりたいです…。
それでは、次は早く出せるように精進します!
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