一人のカタナ使い
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SAO編 ―アインクラッド―
第二章―リンクス―
第17話 木ノ芽風と花風
前書き
4/27 一部加筆修正しました。
ギャラリーだったプレイヤーから群がるように囲まれていた状態から解放されるまで、十分ほどかかった。
自分に押し寄せてくる人の数に圧倒され、もみくちゃにされる僕をカイは、隠すことなく爆笑して見続けていた。肩で息をする僕と別の理由で、肩で息をしているカイの姿がそこにあった。涙が出るほど笑ったのか、目元を腕で乱暴に拭っている。そんなこいつに僕から言えることは、バカ、アホなどやけくそ混じりの言葉しかない。
「な、何で助けてくれなかったのさ……」
デュエルのときよりも重い疲労感を体全身で感じながら、僕はカイに訊ねる。目の前にいる槍使いは深く深呼吸をしたあと、僕以外の人からは爽やかに見える笑顔を作った。
「いや、せっかくのヒーローインタビューを邪魔しちゃ悪いと思ってな。どうだった、感想は」
「嬉しくなくはないけど、とにかく疲れたよ……。僕が人から注目されるの苦手だって知ってるでしょ?」
「おう、だから敢えて助けなかった。色んなやつからやられ放題にされてるお前は、マジ最高だったぜ!」
「この鬼畜‼」
閃光の方を見ると、鞘に細剣を戻しているところだった。その表情は僕に負けた悔しさからか、それとも休むことになのかわからないが、険しい。
そんな彼女のもとに、カグヤが歩み寄った。
「無茶しすぎだよ、アスナ。私、前から言ってたでしょ? 休もうよって」
「まだ大丈夫だもん……」
「だもんって……そんなわけないでしょ? さっきのデュエルもソードスキルのブーストミスなんて、普段のアスナならしないはずだよ? これに懲りたらちゃんと休んで、ね?」
「うっ……わ、わかったわよ」
嫌々言うことを聞く子どものような顔をしながらうなずく閃光に、カグヤが満足そうに笑う。そんな二人のもとへ何かよくわからないが一段落した僕とカイも集合する。
「えっとさ、二人のやり取りをそばで聞いてて思ったんだけど、二人って友達なの?」
「うん。仲良くなったのは、結構前だよ? 多分五層ぐらいからじゃないかな」
「そうね。お互い数少ない攻略組の女性プレイヤーということもあって、すぐに仲良くなったわ」
「そ、そうなんだ……なら、わざわざデュエルしなくてもカグヤが説得してくれればよかったんじゃないの?」
「何言ってんだよ、ユウ。この頑固な閃光様が自分の意見曲げるわけねーだろ……うおっ! こえぇ!?」
余計なことを口走ったカイを閃光がすごい形相で睨む。こんな視線されたら、きっとボスモンスターもたじたじだよぅ……。
「あはは、カイの言う通りだよ。アスナ、私が何回言っても聞かないから、やっぱりデュエルすることになってたよ」
「ちょっと、カグヤまで!」
「実際、私は前から言ってたし~。頑なに首を横に振ったのは、どこのどなたでしょうかね~?」
「うう……反論できない……」
「まあ、とにかく閃光。約束通りゆっくり休んでね」
「……その閃光って言うの、止めてください」
その言葉に、きょとんとする。
閃光は僕の方に視線を移したあと、
「嫌なんです。呼ぶなら名前で読んでください」
「え、あ、そ、そうなんだ。じゃあ、僕のことも名前で呼んでよ。敬語もなしってことで」
「なら、ついでに俺もそーしてくれぃ」
「わかりまし……わかったわ」
少しだけ嬉しくなり、僕は思わず口許が緩む。カイも歯を出して笑い、カグヤも嬉しそうに微笑む。気のせいかもしれないが、閃光……もといアスナも僕やカイに対する表情が、ちょっとだけ柔らかくなった気がした。
「さて、と……攻略会議も終わったけど、カイはどうする?」
「俺ぁいつもだけど、予定決めてねーからな~。どーするも何もねーよ」
「カイらしいね、それ。カグヤは?」
「私も今日は特に何もないかな」
「アスナは……もちろん暇だよね?」
「えぇ、誰かさんのおかげでね」
「そういうこと言わないでよ、約束でしょ? ということは、三人とも時間あるのか……」
数秒考えた結果、あることを思いついた。こうすることが、色々と良いだろう。
「あのさ、これから僕予定あるんだけど、三人とも付き合ってくれないかな」
「いやいや、ユウさん。さすがに三人と付き合うとか、どんなプレイボーイ「そういうのいいから」……俺は問題ねーぞ」
「私も大丈夫だよ」
「わたしも」
「そっか。なら、今から行くとこについてきて」
僕はこれからの展開に胸を踊るのを覚えながら、メッセージウインドウを開いた。
第十五層は、ファンタジー要素の強いのが印象的なフィールドだ。草木の生い茂る平原にはモンスターがうろつき、村や街が至るところで存在する。そして、主街区はきれいなお姫様や王子様がいるイメージのある城がそびえ立つ城下町である。
そんな第十五層ののどかな草原に、とある小さな村が存在する。家自体も十件ほどしかなく、店も道具屋と武具屋、あとは宿屋ぐらい。しかも、売ってあるのはどれも普通のものばかりだ。唯一長所があるとすれば、その層のなかで一番宿屋の値段が安いぐらいだ。
村の名前は《シャイラル》。――昨日一緒に戦った戦友、ソラとの待ち合わせ場所だ。
「なあユウ、こんなド田舎に連れてきて何のつもりだよ?」
武器である両手槍を肩に担いでいるカイが我慢できずに僕に聞いてくる。カイの隣では、カグヤとアスナも同じ疑問を抱いているようで僕の方を見ていた。
「まあ、ちょっと会ってほしいプレイヤーがいるんだ」
「へぇ~、人見知りのお前が珍しいな。どんなプレイヤーだ?」
「そうだな~……短剣を使ってたよ。レベルはまだ低い、かな」
「ほーぅ、中層プレイヤーか。なら、なおさら珍しいな」
「どこで知り合ったの?」
「このカタナの素材を集めてたときだよ。……あ、ほら、見えてきた!」
僕は前方を指差す。三人が一斉に指先の方向を向いた。そこにいるのは予想通り、一人の少年――というよりも、男の子だった。
手を振ると向こうも気づいたらしく、僕に手を振りながら走ってきた。
「ユウ兄ちゃん! おはよう!」
「おはよう、ソラ。あのあとは大丈夫だった?」
「うん! 大丈夫だった!」
にぱっ! とあどけなさの残る笑顔を僕に向けてくる。僕の笑みもさらに深くなる。
「あれっ、ユウ兄ちゃん。うしろにいるの、だれ?」
「うん、今から紹介するね」
ソラが僕から覗くように三人の顔を見る。僕も見ると、三人はポカーンとした顔をしていた。……いいね、僕はその反応を見たかったんだ。
「この槍を持ってる人がカイって言うんだ。そして、黒髪でポニーテールの方がカグヤ、長い茶髪の方がアスナって言うんだよ」
手で指しながら説明する。それを聞くたびにソラがうなずく。ちなみに三人はまだ固まっている。
だが、次にソラが笑顔で放った言葉に三人はついに起動した。
「じゃあ、カイ兄ちゃんとカグヤ姉ちゃんとアスナ姉ちゃんだね!」
『!?』
ズキューン‼
そんな擬音がぴったりな表現だった。カイ、カグヤ、そして何とアスナが目を見開いたあと、だらしない笑みを浮かべる。攻略の鬼とは何だったのか、というぐらいだ。
何か、もう若干引きながら三人の様子を見ていると、ニヤニヤしたままカイが僕の肩に腕を回しながら、
「いやぁ……ユウ……」
「どーよ、カイ」
「兄ちゃんって響き……いいな……」
「……でしょ?」
同じタイミングで突き上げ、拳をぶつけ合う。お互い家族の中で一番下だから、わかり合えると思っていた。いい酒が飲めそうだ。飲めないけどね。
女性陣の方を見ると、もう屈んでソラの頭を撫でたりしていた。それを気持ち良さそうにソラが受けている。構ってもらってる猫のようだ。
女子二人が落ち着くのを待ってから――正確には、あまりにも触られ過ぎて、いじられ過ぎてソラが僕のところに避難してきたのだが――四人でフレンド登録をする。今更な気もするが、アスナともフレンドになる。攻略時に顔を合わせていたが、フレンドにまではなってなかったのだ。
「アスナ、遅い気もするけど寝なくて平気?」
フレンドリストに登録しながら、僕は尋ねる。
アスナは「本当に遅いわよ……」と肩をすくめてから、
「大丈夫。最近は、寝ようとしても眠れなくて……」
「それって不眠症っていうやつ?」
「うん、多分……」
「寝たくても寝れない……なら、リラックスできたらいいのかもしれないね」
「そうね……それより、ユウ。わたし、あなたに聞きたいことがあったんだけど」
「何?」
アスナは少し迷うように視線をそらす。少しだけ嫌な予感がして、ないはずの心臓が跳ねる。だが、どうしても聞きたかったのか、軽く首を左右に振って口を開いた。
「よく戻ってこれたわね……あんなことがあったあとに……」
「…………そうだね。僕もそう思うよ」
あんなこと、というのは第二十五層のボス攻略のことだろう。どうやら僕はアスナにも心配してもらっていたらしい。
「あのとき、わたしは何もできなかった。何もしてあげられなかった。でも、あなたは戦場に帰ってきてくれた。……正直、尊敬するわ。あなたの強さに」
「……別に僕は強くなんかないよ。強かったら、きっと抜けることはなかったんだから」
「それは違うわ」
「いいや、違わないよ」
「……っ!」
断固として否定する。今までとは違ってはっきりとした僕の言葉に、アスナが小さく息を飲む。
――強くなんかない。強いわけが、ないんだ。
「強かったら、きっと受け止めきれたはずなんだ。でも、僕には無理だった。もしかすると、ずっと無理なのかもしれないな……」
「ユウ……」
「僕が最前線に戻ってきたのも、もうあそこが僕の居場所のひとつみたいになってるからだよ。悲しいけど、攻略組なんて呼ばれる場所にずっといたから、あそこにいない自分を考えられなくなってしまってる。あそこに立ってないとダメだって思ってる。僕が戻ってきたのは、そういう……エゴからだよ」
もちろん、レベルが高いから、というのも偽りのない理由だ。だけど、この理由もないわけじゃないのだ。自分がこんなにも醜悪で嫌な人間なんだ、と思わずにはいられないが、これも紛れもない事実である。
疾風という僕についた二つ名。あれは、僕にとって呪いだ。爽やかに思える言葉だというのに、僕の心にはまったくそんなものはない。どちらかというと、小虫や砂利など不快なものが入ったような風が心を吹き抜ける。呼ばれる度に、あのときの光景が無理矢理、勝手に頭のなかでリフレインされる。
だが、僕もそろそろ愚痴愚痴言わずに受け止めなければいけない。付いてしまった――憑いてしまったからには、仕方がないのだから。ソラのような中層プレイヤーたちに広まっていくのも時間の問題だ。言われることにも慣れなければいけない。まだまだ先は長そうだけど。
鼻から静かに息を吐いたあと、雰囲気を変えるべくにっと口許をつり上げる。
「まあ、そういうわけだから僕のことなんか尊敬なんてしないでいいよ。アスナの方が断然すごいからね」
「別に、そんなことないわ」
「いやいや、アスナのたてた作戦のおかげでここまで攻略できたんだ。いつも感謝してたんだよ。ありがとうね」
アスナがどう返したらいいのかわからない、という風に戸惑っているのを少しニヤニヤしながら見ていると、カグヤがやって来た。
「ちょっと、ユウ。私の友達をいじめないでよ」
「僕お礼言っただけなんだけど」
「アスナ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよカグヤ」
「あーるぇー?」
お礼言っただけなのに、悪者扱いされたー。
理不尽だ、なんて思っていると、カグヤと軽くハグしていた――女子のスキンシップは過剰だ――アスナが僕の方を振り向く。
「そうだ、ユウ。もうひとつ聞きたいことあるんだけど」
「……何?」
「あなた、デュエルの最後のとき、ソードスキルを出したでしょ?」
「うん、そうだよ?」
「あのとき、わたしが受けたダメージは一割も満たなかったわ。あれはどういうことなの?」
アスナの疑問に対する答えを言ったのは、聞かれた僕ではなく、彼女の腕の中から出てきたカグヤだった。
「あれはね~《峰打ち》だよ」
「峰打ち?」
「うん。マンガとかでもよくあるでしょ? あれだよ」
カグヤの言葉に僕も続く。
僕はわかりやすいように腰にあるカタナを抜いて、アスナに見せながら、
「ほらっ、この峰の部分で攻撃をすると、相手に与えるダメージがもともとのダメージの三~四割ぐらいになるんだ。これはカタナだけの特別らしいよ」
「へぇ~、知らなかったわ」
「まあ、カタナ使ってる人ってまだそんなにいないもんね。多分攻略組で一番最初だったカグヤが最初に取得しただろうし」
元となる曲刀スキルを育てていた人もそんないなかったから、という理由もあるんだろうけど。
と後付けしながらカタナを鞘に戻していると、カイとソラも集まってくる。
「なあ、腹減らね? どっか飯食いにいこうぜ」
「おれもご飯食べるー!」
カイのリクエストにソラがぴょんぴょん跳ねながらソラが同意する。そんな様子に僕と女性陣は思わず笑いをこぼす。
「食べるのは確かにいい時間になったしいいけどさ、どこで食べるのさ? 言っとくけど、僕美味しい場所なんて知らないよ?」
アルゴと入った店も美味しそうだったが、雰囲気が暗かったし、大人数で行く場所じゃないだろう。リズと食べたところも正直美味しくなかったし。
「私もカフェみたいなところしか知らないな~」
「わたしもあんまり……」
「何だよ、お前ら。しょーがねーなー……なら、俺についてきなっ!」
ニヤリ、と片頬を上げながら付き合いの長い槍使いは歩き出した。
カイがつれてきた場所は、何ともカイらしい場所だった。
アルゴがつれてきた静かな場所とは違い、今回のは対照的と言ってもいいほど賑やかな場所だった。
とは言っても、別にお客さんが多いわけじゃない。どちらかと言えば少人数だ。穴場、というやつなのだろう。店の規模も小さくてプレイヤーの数こそ少ないが、それぞれの集まりで楽しく飲み食いをしている。実にカイが好きそうな雰囲気の場所だった。
しかも、驚いたことに経営しているのは、NPCではなくプレイヤーだ。
短くカットされている髪は赤く染められていて、顎には無精髭というのか、うっすらと髭が生えている青年だった。しかし、その顔は穏やかですごく優しそうな雰囲気をまとっている。イメージとしては床屋のお兄さん、といった感じだ。
なかに入ったときに扉についていたベルが鳴り、青年がこちらを見て歯を出して笑う。カイも手を挙げて応えた。
「おっ、カイ。今日も来たか」
「ども、ラドさん。今日はダチもつれてきたんだ」
「へぇ、カイが複数人で来るなんて珍しいな。かわいい女の子までいるじゃん。どっちか彼女か?」
「「違います‼」」
「……そんな頑なに否定しなくていーじゃんかよ……」
拗ねて口を尖らせるカイを見て、《ラドさん》と呼ばれた青年は声を出して笑った。
「まあ、適当に座れよ。今はまだ空いてるし、どこでもいいから」
「じゃあ、カウンター席でいっか。お前らもそれでいいだろ?」
カイの言葉に僕たちは各々うなずく。ちょうどカウンター席は五つ空いており、座っていく(身長的な問題でソラが座りにくそうだっから手伝ってあげたりもする)。
僕たちが座り終わる頃に手元にお冷やが配られた。
「カイ、お前の友達をオレにも紹介してくれよ」
「そうっすね。えっと、俺の近くにいるやつからユウ、アスナ、ソラ、カグヤって名前です。全員攻略のために頑張ってる仲間で友達だよ」
カイに簡単な紹介をされて、僕から順に会釈していく。青年は僕たちを見て、笑顔で理解するように頭を上下に軽く動かす。
「で、みんな。この人はラドフォードっていうこの店の経営者だ。俺はラドさんって呼んでる」
「よろしくな、四人とも。気安く接してくれ」
じゃあ、僕もカイと同じようにラドさんって呼ぼうかな。
なんて半分思いながら、お冷やに口をつけながらもう片方で別のことを考える。
戦闘しかしてないイメージがあったが、カイにもカイのネットワーク、コミュニティができていることに僕は意表を突かれた、というか少しだけびっくりした。
だけど、あらためて考えてみると小さい頃からカイは誰とでも気軽に話すコミュニケーション能力が高い人間だった。もしかすると、僕が思っているよりもネットワークは広いのかもしれない。半年たった今でも容易に数えることができる程度しか知り合いがいない僕からしたら素直に尊敬する。
「さて、じゃあ今日は何を頼むんだ? ほら、友だちにも教えてやりな」
「ういっす。お前ら何頼む? 言っとくけど、ここの飯は全部ウマイぜ」
「おいおい、褒めたって安くしたりしないからな?」
そうは言いつつも、ラドさんは嬉しそうに笑う。そんな彼に注文が飛び、僕たちに手刀を切ったあと他のお客さんの方へ行ってしまった。
「ここで働いてる人ってラドさんだけなの?」
「じゃね? この前もバイト入ってくれないかな、みたいなのぼやいてたし」
「ふ~ん」と適当に相槌をうちながらメニューに視線を傾ける。メニューには料理の画像はなかったが、名前からして美味しそうだ。しかも、洋食和食限らず色々な料理があることには驚きだ。特にこの肉汁たっぷりジューシーハンバーグとかヤバそう。
よだれが垂れそうになる口許を引き締めて隣を見ると、ソラは必死に頭を抱えて悩んでいて、アスナもソラほどではないにせよ真剣な顔持ちで考え込んでいる。……ご飯のときでもそんなに必死になるなら、休めるわけがないじゃん。息抜き下手そうだな~。
一番奥に座っているカグヤはもう決めたのか、メニューを閉じていた。ちょうど僕と目が合う。
「いい人そうだね、ラドフォードさんって」
「そうだね。何か、エギルみたいだって思ったよ」
「あはは、ちょっとわかるかも」
少し前に顔を見かけた厳つい褐色の巨漢が頭のなかで思い起こされていると、カイの声が聞こえた。
「おーい、お前ら決めたか?」
「僕は決めたよ」
「おれも!」
「わたしも、決めたわ」
「私も~」
「うっし、なら頼むぜ。お~い! ラドさーん!」
離れた場所のお客さんと話していたラドさんがこっちを見て小さく手を挙げたあと、僕たちのもとへ小走りでやって来る。
「決めたのか?」
「はい。俺から言っていくんで」
カイから右に自分の選んだ料理を言っていく。ラドさんは、僕たちの言葉に合わせて何もない場所でタイピングした――自分以外の人間には不可視のウインドウだ――あと、注文を繰り返す。僕たちが同意すると、ラドさんは腰に巻いているエプロンの紐をきゅっと結び直した。
「ちょっと待っててくれよ。すぐにつくるからな」
「早くしてくださいよ~」
「わかったって。ったく、カイはせっかちだな~」
なんて笑いながら、赤髪の青年は厨房へ入っていった。同時にアスナがカイに訊ねる。
「ねぇ、カイ。ラドフォードさんは、料理の材料はどうしてるのかしら」
「何か、料理人だけのラインがあるらしいぜ。あと、ラドさんは普通に武器持って戦闘もするから、自分で調達もすんじゃね?」
「へぇ~」と思わず声を出してしまう。ますますエギルみたいだ。まあ、エギルは料理人じゃなくて商人なんだけど。
「てことは、ラドさんも私たちと同じぐらい強いのかな?」
今度聞いているのはカグヤだ。隣で「おなかすいた~」とグズっているソラの頭を優しく撫でている。
「いや、ラドさんが言うには、そんなにレベルは高くないらしい。多分中層プレイヤーの中の上ぐらいじゃねーかな。たまに俺や知り合いに素材取ってきてって頼んでるしな」
「お前が人からの頼み聞くのか……」
「お前ぇは俺を何だと思ってんだよユウ! まあ、めんどくさがりなのは否定できねーけど……」
カグヤとアスナが小さく笑う。
「カイはどれぐらいここに来てるの?」
「ん~、どれぐらい、か……結構な頻度で来てるぞ。少なくとも週に四回は来てるな」
「本当に結構来てるんだね」
「まーな。ここの飯うまいし。だから、ハマったら俺と同じようになると思うぜ、カグヤ」
カイがニッと笑う。ここまで言うということは、よほどうまいんだろう。俄然興味が湧いてきた。期待値もぐぐっと上がる。
「カグヤ姉ちゃん、ごはんまだ~?」
「もうちょっとかな。すぐ来るからね~」
地面に届かない足をバタバタさせるソラを優しい笑顔でカグヤがなだめる。本当の姉弟のようだ。見ていると、きっと向こうでも同じように昼食をとっているはずの僕の姉――夏菜姉ちゃんが頭をよぎった。元気にやってるんだろうか。
焦燥感や悲しみが混じった何とも言えない気持ちになりそうになる心を切り替えるべく、後ろを振り向き、数ヶ所のテーブル席を見渡す。そして、思わずぎょっとする。全員……いや、全員とは言えないが、ほとんどのお客さんが僕たちの方を見ていたからだ。
すぐにその理由を悟る。ここには、数少ない女性プレイヤーが二人もいるのだ。しかもどちらも負けず劣らずのド美人である。視線が集まらないわけがないのだ。
特にアスナなんて《閃光》という二つ名までついている有名人だ。それは攻略組だけでなく、下の層にいるプレイヤーにも届いていることだろう。
アスナの方を見ると、視線に気づいていないのか、そっちのけでお冷やに口をつけながらメニューをもう一度見ている。
「あんなの、気にするだけ無駄よ。もう慣れたわ」
僕の視線に気づいたらしく、メニューから目を離し、僕の方を目だけ動かしてみながら、呟くように言う。
「そ、そうなんだ。何か、大変だね。女の子って……」
「別に。慣れたから、もう何でもないわ。気にしてたら何もできないし。多分、カグヤも一緒だと思うわ」
「……そっか。僕だったら絶対に気にしちゃうな」
僕の言葉にアスナは少しだけ笑ったあと、またメニューに視線を戻す。
女の子じゃなくてよかった、というよくわからないことを思っていると、ラドさんが料理を運んできた。本当に早かった。NPCと同じかそれ以上だ。
「おまちどおさま。他の客の分までつくってたから、少し遅くなった」
何と僕たち以外の料理もつくってこの早さだという。料理の腕は相当なものだろう。
「ちゃんと男子の分は大盛りにしといたからな」
腰に手を置いて、ラドさんがニッと笑う。ウインクも完璧に決まっていた。少し離れた位置に座るソラが嬉しそうに声を上げる。
ラドさんの料理は、実際すごく美味しかった。僕の食事をする場所がひとつ増えた。
昼ごはんを食べたあと、どこで遊ぼうか、という話になった。仮想の身体では、食べたあとすぐに動いても横腹が痛くなったりしないから、まったく問題ない。
話し合った結果、それぞれのオススメの場所に行ってみよう、ということになった。もちろん僕たちよりも年下のソラがいることを考慮した場所だ。
まず、僕の提案で第十五層の小さな村にあるポニーのような小さな馬型のモンスターに乗馬できる場所へ行った。ソラのため、という意味合いが大きかったのだが、意外なことにカグヤとアスナといった女性陣にも好評だった。カイはもっとでかい馬に乗りたい、とぼやいていたが、まんざらでもなさそうだった。
次に行ったのはカグヤの提案した場所で、二十二層にあるふれあい広場のようなところだった。自然がきれいな階層だとしか思ってなかったから、完全に盲点だった。どうやら隠れスポットらしく、プレイヤーは僕たち以外誰もおらず、存分に堪能することができた。
触れ合えたモンスターは、ウサギや、犬、猫、タヌキやキツネといったものだ(もちろん完全に現実世界のものと同一ではなく、所々異なっていた)。驚くべきは、小さな水色の竜までいたことだ。
経営しているNPCが言うには、第二十二層まででテイムできるモンスターたちらしい。ふれあい広場にいるモンスターは絶対にテイムできないが、同種のモンスターなら低確率でテイムできるのだとか。まあ、テイムできる確率はかなり低いらしく、テイムできたという情報も今のところ片手で数える程度しかまだないらしい。
ここのモンスターは通常の彼らとは異なり、攻撃してきたりすることはなく、むしろ人懐っこくプレイヤーに寄ってきた。入場料とは別料金の餌をあげることもできたりして、文字通りすごく触れ合うことができた。
こちらも女性陣とソラには大好評。僕も新鮮な体験で楽しむことができた。あんなにふにゃふにゃした顔の《攻略の鬼》を見たときは衝撃的だ。別人でしょ、と思うぐらいに。
つまらないとか言いそうだったカイも予想とは違い、楽しんでいるようだった。おー、などと関心の声をあげながら寄ってきたモンスターの頭を撫でていた。
そんなこんなでふれあい広場を出るころには、もう夕暮れ刻だった。動物に触れ合ってばかりの一日だったが、すごく充実していた。明日からまた頑張れそうだ。
夜ご飯を一緒に食べることはなく、ふれあい広場を出たあと解散することになった。カイとアスナと別れる。カグヤも帰ろうとする。が、何かを思い出したように僕のところへやって来る。
「これ、ユウにあげる。きっと似合うと思うよ」
「えっと、何これ?」
もらったアイテムをオブジェクト化する。出現したのは、羽織だった。
薄い緑色が基調で、装飾らしい装飾はほとんどされていない。生地が高級なものなのか、触り心地がいい。その辺に売ってあるものじゃないことがすぐにわかった。
「え、悪いよ。こんなのもらえないって」
「いいの、もらって」
「でも……」
「いいからいいからっ!」
有無を言わさぬカグヤに、思わず僕は曖昧にうなずく。その反応を見て、和服のカタナ使いはニコッと笑った。
「……私、ユウが戻ってきてくれて本当に嬉しかったんだ。だから、これはそのお祝い。また一緒に頑張ろうね」
「…………カグヤ。……うん、わかった。大切に使うよ、ありがとう」
さっそく装備を変更して羽織った。バサッと音がして新たな衣服に包まれる。
「うん、似合ってるよ」
「ありがとう。でも、何か屋台とかやってる人に見えない?」
「大丈夫、大丈夫。裾が長いから、コートみたいだって」
「そっか、なら、いいんだけど……」
「じゃあ、またね。また遊ぶとき誘ってよ」
「うん、もちろん誘うよ。今日はありがとうね」
ソラと一緒に手を挙げると、カグヤはもう一度笑って今度こそ去っていく。残ったのは、僕とソラだけだった。
「……ソラ、楽しかった?」
「うん! おれ、こんなにたのしい場所知らなかった!」
ソラが笑顔で応える。夕日を受けて、その顔はいっそう輝いて見えた。
「ソラ、どこを拠点にしてるの?」
「えっとねー、第十七層だよ」
「そっか、なら送っていくよ」
「ありがとう! ユウ兄ちゃん!」
二人して、湖のほとりを歩き出す。湖では、たまに魚が水面を跳ねていた。
しばらく二人とも静かに帰り道を歩いていた。先に沈黙を破ったのは、ソラだった。
「……ねぇ、ユウ兄ちゃん」
「ん?」
「おれも、攻略組っていうのになれるかなあ」
「……どうだろうねぇ」
僕は曖昧に応えてしまう。正直な気持ちとしては、ソラには僕たちと同じ場所に立ってほしくない――あんな危険で殺伐としたところにいてほしくない。
だけど、きっとソラがしたいというのなら応援すべきなんだろう。どういう理由で攻略組に入りたいのかはさておき、強くなりたいのなら僕もできる限りのことはしてあげたい。それにもともとソラのレベリングに協力すると決めていたのだ。攻略組に興味を持つことも、結果として攻略組になることも仕方のないことかもしれない。
「まあ、まずはレベルを頑張ってあげなくちゃね。今の時点で最低でも35はないと辛いし」
「うわぁ~、やばい~……」
ソラがお手上げというように両手を高くあげる。僕は思わず笑いをこぼしながら、言葉を続けた。
「昨日も言ったけど、僕もできる限り手伝うからさ。まずはレベルを上げることを頑張ろうよ。攻略組とかはそのあとでもいいんじゃないかな」
「そうだね! ユウ兄ちゃんが一緒ならすぐに上がるよね!」
「あはは、すぐに上がるように僕も頑張るよ。あとすることは、そうだな~……」
少し考えたあと、人差し指を振る。
「あとはデュエルに慣れておくこと、かな。人とのバトルにも慣れておかないと色々と不便かも」
「そうなんだ。モンスターとのバトルとは違うの?」
「うん。意思がある人間と意思がないモンスターだと、やっぱりちょっと違うかな」
何と説明したらいいやら、と考えていると、さっきの僕の説明を聞いてソラが頭を左右に捻ったあと、
「わかんないっ!」と叫ぶように言った。そりゃそうだ。
「実際にやってみた方が早いかもね。今からやってみる?」
「うん! やってみたい!」
まだそんなに暗くはないし、少しレクチャーするだけだから大丈夫だろう。
そう思いながら、辺りを見渡す。夕方は魚が空腹の時間なのか、釣竿を持ったプレイヤーがちらほらといる。ここで闘うと大胆なPK行為だと誤解されそうだ。
「ちょっとあそこの森のなかでしてみようか」
「うん!」
二人して森のなか――正確には、木がたくさん生えているなか――に移動する。そして、お互いに武器を抜いた。すると、ソラの緊張が手に取るように伝わってきた。
この時点でソラも気づいたのだろう。プレイヤーとモンスターとの違いに。それは明確な敵意があるのか、ないのかだ。
ただのデータの塊でしかないモンスターは、感情というものがない。だが、プレイヤーにははっきりとした意思が、感情がある。こいつを倒す、といった気迫のようなものがダイレクトに来る。だから、デュエルでは、どれだけ武器を振れるかではなく、プレイヤーの敵意を受け止めるところからはじまるのだ。
今のソラは、明らかに焦っていた。僕も本気とは言えないが、確かな雰囲気を放っている。
ちょっと、やり過ぎちゃったかな。
そう思ってカタナを下ろそうとした。
――だが、それは叶わなかった。
それどころか、カタナを思いきり振ることになった。硬質な音が木々のなかで響き、左手には確かな手応えが伝わる。
何故ならば――
「――――ッ!?」
僕の背後から突如現れた人影が、僕を明確な敵意を持って襲ってきたからだ。
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