ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
平穏な日々
紅色の策略 04
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、本格的に馬鹿だよね、キリトは」
「いや、あいつがお前まで血盟騎士団に入れるって言うから……」
「それが嘘だって気づかなかった辺りが馬鹿だって言ってるんだよ。 そんな重荷をキリトに背負わせると思う? 咄嗟のことだったから仕方ないって言っても、そこまで信用されてないってちょっとショック」
「別に信用してないとかじゃなくてだな。 ただ、お前が巻き込まれたって聞いたらカッとなったと言いますか……」
ヒースクリフとのデュエルにボロ負け(観客の目線で言えばいい勝負だっただろう)したキリトから事情は聞いたけど、それでも納得ができなかったので、今は絶賛お説教中だ。
二刀流を使ってまで勝ちにいったのは、ヒースクリフに『お前が負けたら弟も血盟騎士団に入れちまうぜ』と挑発されたかららしい。 今回のデュエルの始まりがそもそも挑発に乗った結果だと言うのに、いくらなんでも学習しなさすぎだろう。 まあ、僕のために怒ってくれたキリトの優しさには思うところがあるけど、それはそれだ。
まったくもう、とため息を吐いてから視線を下にずらすと、僕の膝の上でアマリがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。 どうやらデュエルが終わって興味がなくなったのか、はたまた単純に眠かったのか、今は完全に熟睡モードである。
微妙に逆立った神経をアマリの髪を撫でたり頬をツンツンしたりで紛らわせてから、僕はキリトに視線を戻した。
「あれだけ大々的に使ったんだから、もう隠しようもないね。 《二刀流》。 明日辺りになったらキリトのホームに情報屋やら剣士クラスの連中やらが大挙として押し寄せるよ?」
「あー、あり得るな」
「キリトはもう完全に自業自得だけど、サチ姉が可哀想だね、ほんと。 目立つの苦手なのはキリトだけじゃないって言うのにさ」
「わかってるよ。 サチには黒猫団のギルドホームに避難してもらうつもりだ。 俺はエギルの店にでも押しかけるかな」
若干遠い目をしながらキリトが言ったところで、僕たちの間に流れていた空気が一気に弛緩した。
すわ兄弟喧嘩か⁉︎ と心配してくれていたのだろう。 アスナさんが詰めていた息を吐いて口を開く。
「とりあえず、ギルドの入団手続きとか諸々の作業は私が進めておくけど、それでいいわね?」
「そうしてくれると助かるな。 けどいいのか? そんな雑用を副団長様に任せて」
「いいわよ、別に。 今回は団長が迷惑をかけたんだから、その分はこっちでフォローします」
心なし固い口調ではあるけど、どうやらギルド加入関連の面倒な事務処理はアスナさんがやってくれるらしい。
小規模ギルドであればギルドマスターと直接やりとりをするだけで済むけど、そこはさすがの最強ギルド。 部隊の配置やキリトの配属先など、調整する箇所は多いだろう。 ヒースクリフはカリスマ性があるくせにその手の実務に手を出そうとしないので、そう言う面倒ごとはアスナさんが全て捌くようになっているそうだ。
まあ、攻略組でもトップクラスの実力を持ったキリトのことだ。 さすがにいきなり幹部待遇とはいかないだろうけど、それでもこのままいけばそれなりの自由は保証されるだろう。 そうでなくとも鬼の副団長様がキリトを縛り付けることを良しとしないのは明白で、その点キリトはやっぱり恵まれている。
「さて、じゃあそろそろいこっか?」
大体の話しが纏まったようなので切り出すと、キリトは何も察していないのか、頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げる。
「キリトの残念会。 サチ姉が準備してくれるって言ってたよ」
「サチが?」
「本当は祝勝会のつもりだったらしいけどね。 ねえ、アスナさんはどうする?」
「私は……いえ、色々とやることがありますので」
「んー、それって後に回せない? ほら、バタバタしちゃってちゃんと紹介できなかったし、それに、黒猫団のメンバーにも紹介したいしさ」
食い下がる僕が珍しいのか、アスナさんは怪訝そうな顔で僕を見て、それから察してくれたらしい。 コクリと小さく頷いた。
「わかりました。 それではお邪魔します」
「お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」
「どっかの黒いののせいだよ。 フォローする身にもなってほしいよね、まったくもう」
盛大に吐いたため息の意味がわからないキリトは、アスナさんに説明を求める視線を送るけど、それは黙殺された。
22層は結構好きな層だ。
面積の殆どが森林や湖で構成されているここは、僕のホームがある層とは別種の居心地の良さがある。
フィールドにモンスターは出ないし、迷宮区自体の難易度も低く、フロアボスも弱かったので、攻略はたったの3日で終わった。 故に攻略組からすれば記憶に薄い層だろう。
面積の殆どを占める森林の奥地では良質な素材が取れるため、《伐採》スキル持ちの木工職人が、あちこちに点在する湖で釣りをするために《釣り》スキル持ちの趣味プレイヤーが時折訪れるくらいで、それ以外のプレイヤーはあまり見かけない。
そんな人の少ない層だからこそ、目立つのが苦手なキリトとサチ姉がホームに選んだのがこの層だった。
アインクラッド22層の南西エリア。 ただでさえ森と湖ばかりの22層の中でも殊更にそれらが多い穏やかな村。 その外れにあるログハウス。 そこが2人のホームだ。
「こんなところにプレイヤー用の物件があるなんて知りませんでした」
「そうなの? 28層の攻略が終わった頃に出た新聞に載ってたよ、確か。 覚えてない?」
「……そんな昔の記事を覚えていられるのはフォラスさんくらいです」
「え、サチ姉は覚えてたよ。 だからここを買ったんだよね?」
「らしいな。 フィールドにモンスターが出ないってのは確認済みだったから、あいつが住むにはうってつけだしな」
ヒョイと肩を竦めると、キリトはそのまま気負いなくホームの扉を開けた。
途端、優しい木の匂いと一緒に、色々な料理の香りが鼻孔をくすぐる。 どうやら、サチ姉が気合を入れて作っているらしい。
ただいまも言わずにズカズカと入っていくキリトの後ろ姿をぼんやり眺めていると、僕の隣に立ったアスナさんが躊躇いがちに口を開いた。
「あの、本当に私がいても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。 アスナさんの気持ちに気付いてないってことはないだろうけど、だからって意地悪するような人じゃないし、そもそも浮気してるわけでもないでしょ?」
「ですが……」
「大丈夫」
ニコリと笑ってから玄関を潜ると、ようやく決心がついたのか、あるいは抵抗を諦めたのか、アスナさんも続く。
暖炉の焚かれた暖かな部屋に踏み入った僕たちに気がついたのか、キリトを弄り倒していた黒猫団の面々がこちらに目を向ける。
「おー、なあなあ、フォラ、ス?」
黄色の髪が特徴的なダッカーさんの声がフェードアウトして、同時にその場の空気が変わったのは僕の後ろに立ったアスナさんに気付いたからだろう。 もしかしたら、僕が背負っているアマリに気付いたからなのかもしれないけど、まあ、どちらだとしても同じことだ。
「ア、アスナ、さん? 《閃光》のアスナさんじゃないですか⁉︎」
「KoB副団長がどうしてここに⁉︎」
「て言うか、フォラスの背中にいるのって、《惨殺天使》のアマリちゃんかよ⁉︎」
「フォラス! どう言うことだよ!」
うわーめんどくさーい。
負けたキリトを弄っていた黒猫団のメンバーが、今度は僕たちに照準を合わせたようだ。
この状況をアスナさんに丸投げするわけにもいかないし、かと言って未だに寝ているアマリは戦力外。 となると、僕が説明するしかないだろう。
「とりあえずみんな落ち着いてよ。 キチンと紹介するからさ」
「お、おう」
「えっと、まあ知ってるみたいだけど、こちらは血盟騎士団副団長、《閃光》のアスナさん。 僕の友達だから粗相のないように」
ええー‼︎ と、『友達』と言う紹介に対しての驚愕の四重奏には嫌気がさすけど、ここでこのまま紹介をやめるわけにもいかないので続行。
「それでこっちがアマリ。 《惨殺天使》で僕の妻。 可愛いでしょ?
ええー‼︎ と、2度目の驚愕の声は完全に悪ノリだ。
僕が結婚していることをサチ姉が知っていたように、黒猫団の他のメンバーだって当然知っている。 その相手がアマリだと言うことだって特に秘密にしているわけでもないので教えてあるし、まして、僕と同様にアマリも有名人だから、容姿を含めて知らないはずがない。
今の今まで紹介しなかったのは単純に時期が合わなかったことと、意外に思われるかもしれないけど別行動が多かったからで、むしろ顔合わせ(まあ、アマリは寝ているけど)の場を設けるのが遅かったくらいだろう。
そんな仲間たちの叫び声に反応してキッチンから出てきたサチ姉は、まず僕を見て、それからアスナさんを見て、一瞬だけ複雑な表情を浮かべたけどすぐに笑った。 そう言う物分かりの良さはサチ姉の美点であり、サチ姉の欠点でもある。
いっそ、感情を素直に出して怒ってくれた方がこちらとしても、何よりアスナさんとしても気が楽だろう。
視線を合わせたサチ姉とアスナさんとの間に流れる微妙な空気を察していない黒猫団のメンバーが矢継ぎ早にしている質問攻撃を適当にあしらいつつ、僕は今日だけで何度目になるかもわからないため息を吐いた。
はあ
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