ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの再開を 02
僕とアスナさんは仲が悪い。 それはもう、絶望的にだ。
一応言っておくと、僕はアスナさんを嫌ってはいない。 むしろ好きの部類に入る。 もっとも、その好意は異性に対してと言うより、あの純粋でまっすぐな心の有り様を尊敬している、と言った方が近いだろう。
アスナさんが僕を嫌う、あるいは憎んでいる理由はいくつかある。
まずは最大の理由。
僕が殺人者だから。
事故や自衛のための殺人ではなく、僕は確固たる意志を持って人を殺した。 何人も、何人も……。 それは許されるべきことではないし、僕自身、許されたいと思っていない。 事情を全て知ったところで、アスナさんは僕の存在を許容できないのだろう。
加えて、僕は一度、アスナさんと正面から敵対したことがある。。 それもアスナさんだけではなく、その場に居合わせたKoBのメンバー、聖竜連合の一団、風林火山の面々、そしてキリトにすら、僕は狂気の刃を向けたのだ。
今でこそ攻略組に復帰しているけど、僕はあの事件を理由に攻略組から追放されていた。 だから、アスナさん以外にも僕を嫌うプレイヤーは相当数いるはずだ。
他にも細かい理由を挙げていけばキリがない。 そんな僕があまつさえアマリと結婚しているのだから、その嫌い方は輪を掛けて強烈だ。
アマリ。
いや、別に僕が結婚していることに関してはどうだっていいのだろう。 この場合、問題なのはその相手がアマリだからと言うだけで、そこまでプライベートなことで嫌うほど理不尽な人柄でないことくらい、僕は知っている。
アマリとアスナさんは姉妹だ。 加えてそこに、双子の、と言う注釈が入る。
向こうにいた頃は仲の良い姉妹ではなかったらしい。 と言うより、仲の悪い姉妹だったそうだ。
それがどうして姉妹揃ってSAOに囚われているのかは分からないけど、ここで再会した2人は徐々に関係を改善させ、いつの間にやら仲の良い姉妹になっていた。
SAO最初期からアマリ一緒にいる僕は、そんな2人の様子を見て、とても嬉しい気持ちになったのを今でも覚えている。
僕とアマリが結婚した頃は僕とアスナさんとの仲も良かったので、盛大に祝福もしてくれたし、一緒にパーティーを組んだことだってあるけど、今は顔を合わせれば敵意満点の目線を向けられ、アマリと別れないのかと言われる始末だ。 もちろん、僕が全面的に悪いので、文句や不満は一切ない。 だからと言ってアマリと別れる気はないけど。
とまあ、僕とアスナさんとの関係はそんな感じで、和解の余地はないだろう。 だから、キリトから送られてきたメッセージを見て、僕が思わず固まってしまったのも仕方がないことだと思う。
「どうしたですかー?」
「あ、うん。 いや、なんかとんでもないメッセージが……」
突然固まった僕に首を傾げるアマリに、どうにかそれだけを返してもう一度メッセージを確認する。 どれだけ確認してみても、そこにある衝撃の内容は変わらなかった。
明日、キリトとアスナさんがコンビで迷宮区に潜るらしい。
そこまではいい。 アスナさんがキリトに一定以上の好意を寄せていることは、会う機会の少ない僕にだって簡単に分かることだ。
あの純粋でまっすぐなお姫様は、半ば無理矢理に同行を認めさせたのだろう。 確かエギルさんの店でラグー・ラビットの肉がどうとか、シェフがどうとか言っていたので、S級食材を調理する条件として提示したのかもしれない。 あるいは、単純にごり押ししたのか。
問題は、そのパーティーに僕とアマリが招聘されていると言うことだ。
いやもう、本当に訳が分からない。 久し振りに会ってあれだけの嫌われようだったのに、直接ではないにせよその日のうちに僕をパーティーに誘うとか、意味不明にもほどがある。 しかも、僕を絶対に連れて来いとアスナさんに厳命されているらしい。
と、謎の事態に困惑している僕の目の前で、今度はアマリがメニューウインドウを開く。 数秒の操作の末、ウインドウから顔を上げたアマリが一言。
「あはー、デートのお誘いですよー」
タイミング的に差出人が誰かも、そして大体の内容にも察しがついたけど、僕は一応確認してみることにした。
「えっと、ちなみに誰から?」
「んー、お姉ちゃんですよ」
「ですよねー……。 ちなみに内容は?」
「一緒に迷宮区に行こう、だそうですよ。 フォラスくんも連れてくるように言われたです」
僕とアスナさんとの関係を知っているはずなのに、アマリはにこやかにそう言った。
予想通りすぎる展開に頭痛がするけど、だからと言って無視する訳にもいかないだろう。 キリトとアマリに僕の連行を頼んでいる時点で、その思惑は不明でも譲歩するつもりがないのは明確だ。
純粋でまっすぐ。 可憐な容姿からは想像できないけど、あのお姫様は自分の意志をどんな状況でも貫き通す。
「一応聞くけど、僕に拒否権はないのかな?」
「ある訳ないですよー。 お姉ちゃんからの命令は必ず遂行するのがこの私です」
「ですよねー……」
ため息にも力が入らない。
と言うか、意味が分からない。
今更、僕になんの用があるのだろう?
僕の自由は血盟騎士団の団長、いけ好かない聖騎士様の名によって保証されている。 故に僕を牢獄送りにはできないはずだ。 アスナさんも血盟騎士団のメンバー(しかも副団長だ)なので、命令に真っ向から反したりはしないはず。
それを言えば、僕の連行自体が命令違反になりかねないけど、アスナさんはキリトとアマリに頼んでいるだけなので、その辺りはグレーと言う解釈なのだろう。 連行するのはあくまでキリトとアマリだ、とかなんとか。
そう言う搦め手みたいなのは得意じゃないし好きじゃないだろうに、そこまでしてでも僕に会いたい事情があるのか……。 そう言えば、以前にも似たようなことがあって、とある事件の協力を求められたことがあるけど、今回もその類のことなのかもしれない。
「まあ、いいよ。 分かった。 僕も行くって伝えておいて」
「了解ですよー」
ここで考えても答えは出ない。 だったら、直接会って質してみればいい。 どうせ明日は元から迷宮区に行く予定だったのだ。 パーティーが2人になろうが4人になろうが、別に構わないだろう。
(それに、このままって言う訳にもいかないしね)
チラリとアマリを見る。
アスナさんに返信しているだろうその横顔はいつも通りだけど、どことなくいつもより楽しそうだ。
言葉にはしないけど、僕とアスナさんとの関係には心を痛めているはずだ。
できれば仲良くして欲しいと、そう思っているのは明白で、それでも言葉にしないのは、その原因の一端が自分にあると理解しているからだと思う。
「ねえ、フォラスくん」
「ん?」
「明日が楽しみですね」
そうだねと、短く返して僕は腰に巻いた剣帯に吊ってある片手剣を鞘から抜き放った。
ここは僕たちのホームの地下室。 何もない広大な空間で向かい合うアマリは、さっきまでの笑顔を凶暴なそれに変えてディオ・モルティーギをストレージから呼び出す。
「じゃあ、やるですよー」
「うん。 やろっか」
そう言って互いに構えた僕たちは、示し合わせたわけではないけど同時に床を蹴った。
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