ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの再開を 01
昨日のあれこれを思い出して、僕はついついため息を吐いた。
それも仕方のないことだろう。 何しろ、2年にもなるSAO生活でTOP10に入るほどのハードスケジュールだったのだから。
龍皇の遺産をクリアしてディオ・モルティーギを強化したのは一昨日。 強化したディオ・モルティーギの慣らしは適当な階層でしたので、それ自体はそこまで苦労しなかった。
で、問題の昨日。
一昨日に約束してあった通り、まずはアルゴさんから貰った情報を頼りに大型モンスター討伐系のクエストを受けた。 まあ、それは別にいい。 元々の予定だったし、何より雪丸の強化のためだから頑張れた。
けど、そこで問題が発生したのだ。
そのクエスト、『精霊王の願い』の舞台は69層。 つまり、今の最前線よりも5階層も下で、正直な話し、クエストボスがそこまで強くなかったのだ。
クエストボスを瞬殺(それでも普通ならフルパーティーで挑むクエストらしい)したアマリは満足できなかったらしく、その日のうちに別のクエストを受ける羽目になった。
ちなみに、2個目のクエストは74層で受けるもので、その難易度は折り紙付き。 龍皇の遺産が優しく思えるほどの高難度クエストをなんとか進め、目当ての大型ボスも大過なく圧殺できたので、そこはまあ一安心だ。
そして、次の問題。
確かに約束はしていた。 けれど、大型モンスター討伐系のクエストを連続でこなしてヘトヘトだった僕を引き摺り、なんと74層の迷宮区に特攻を仕掛けるなんて、果たして誰が予想できただろう。
連戦の疲れを感じさせずに最前線でディオ・モルティーギを両手に暴れ回る姿は圧巻で、僕は久し振りにドン引きしてしまった。 しかも、その暴走が5時間も続いたのだ。 家に帰れたのは朝の3時。 さすがに無茶苦茶過ぎる。
「あふ……」
欠伸を噛み殺しながら歩く僕の隣にアマリはいない。
昨日のデートがよっぽど疲れたのか、未だにベッドでお休みだ。 しかも、案の定ディオ・モルティーギを抱き枕にして。
ただでさえ重かったディオ・モルティーギが更に重くなったので心配していたけど、ベッドが崩壊することはなかった。 それでも、いつ壊れるか分かったものではないので、近いうちにより頑丈なベッドに買い換えるつもりだ。
「と言うわけでエギルさん、腕の良い木工職人に伝手とかないかな?」
「いきなりだな。 まあ、あることにはあるが」
店に入って開口一番にそう言った僕を、エギルさんはため息を吐きながらも普通に出迎えてくれた。
ここは、アインクラッド50層の主街区にある小さな雑貨屋。 正確に言えば故買屋だ。
店主の趣味なのか、武器や防具、ポーションなどの道具類は当然のこと、食材だったり素材だったり、狭い店内の陳列棚には多種多様なアイテムが並べられている。 正直な話しをすると、ここ以上に品揃えが豊富で安価な店はいくつもある。 でも、僕はここの店主であるエギルさんとは長い付き合いだし、何よりこのごちゃごちゃとした雰囲気が好きなので、大体の買い物はここを利用している。
店主の名前はエギル。
SAO最初期から攻略に参加している古強者の両手斧戦士で、更に同時に商人系のスキルを持つ変人プレイヤー。
日本人的なそれではない色黒の肌。 190cmほどもあるだろう大柄な彼の両腕は筋肉が隆起していて、胸板も岩のように厚い。 厳つい顔にスキンヘッドなんて言う恐ろしい外見だけど、それでいて話すととても良い人で、攻略組から追放されていた僕に変わらず接していてくれた数少ない友人だ。
「で、なんで木工職人なんだ?」
「んー、ベッドの耐久値が怪しくてね。 今より頑丈なやつが欲しいんだよ」
「ベッドが? おいおい、フォラス、あんまり激しいと嫁さんに嫌われるぞ」
「それセクハラだから」
ニヤニヤと笑うエギルさんに軽く手を振って、今度は僕がため息を吐く。
と言うか、言うまでもなく僕とアマリは未成年なので、そんなことになることはない。 一緒に寝ていると言ってもそれは寝ているだけで、基本的に色めかしいことは皆無だ。
「エギルさんはアマリの武器、覚えてる?」
「ああ、でぃーちゃんだったか?」
「そうそう、でぃーちゃん。 で、ほら、でぃーちゃんって重いでしょ?」
「そうだな。 ありゃあ、俺でも振れないぜ」
「僕は持てないよ。 まあ、それは置いといて。 アマリはさ、たまにでぃーちゃんを抱き枕にするんだよ」
「おめえを抱かないでか?」
「だからセクハラだってば……」
今度は深々とため息を吐くけど、エギルさんはまるで気にした風もなくニヤニヤ笑いも続行中だ。
「おめえとアマリは結婚してるんだろ? だったらそう言う話しにならねえのか?」
「なりません。 まったくもう……」
「そうむくれんなよ。 てことはあれか? でぃーちゃんが重すぎてベッドが耐えられねえってことだな?」
「そう言うこと。 今のベッドも頑丈だけど、それでも耐久値がごっそり減ってさ。 壊れる前に新調しようかなって。 腕の良い木工職人さんに依頼しておいてもらえないかな?」
「任せろ。 っと、いらっしゃい!」
僕との商談が終わったタイミングで丁度お客さんが入ってきた。
商人らしい威勢の良いエギルさんの挨拶は、僕を通り越して新しいお客さんに向いている。 このままカウンターの前に居座っても商売の邪魔になるので、エギルさんには目で挨拶してカウンターから離れる。
「あ、ども」
カウンターから退いた僕に頭を下げたお客さんは、そのまま取引に入りたいのか、エギルさんの顔を見て、そして固まった。
言った通り、エギルさんはかなりの強面だ。 悪役レスラー(しかも、かなり強い)みたいな風貌なので、相当に怖いだろう。 まして、くだんのお客さんは気の弱そうな感じだ。
あーあ、これじゃあ、良いカモだよ……。
口に出せば営業妨害になりかねないので、あくまで心の中で留める。
エギルさんは気の良い人だけど、商人である以上、取引に手加減はしない。 気の弱そうな相手からは毟れるだけ毟り取る悪徳商人だ。
もっとも、毟り取る相手にもエギルさんの線引きがあって、レア装備で身を包んでいるような相手だったり、お金に余裕がありそうな相手だったりからしかそう言うことはしない。 逆に、お金に困っているであろう相手には色をつけてあげたり、中層ゾーンのプレイヤーに対しては採算度外視でサービスしたりもしているので、まるっきり悪徳商人とは言えないだろう。
ちなみに、今、エギルさんの目の前で縮こまっているプレイヤーは明らかに前者だ。
メイン武器と思しき両手槍は華奢な造りだけど、細部に精巧な細工が施されていて、見ただけでレア装備だと分かる。 それも、たまたまのドロップ品ではなく、細工職人の手による装飾だ。 僕でも分かると言うことは、エギルさんなら簡単に分かるだろう。
おまけに両手槍以外にも、装備している防具類にも恐らく同じ職人の手による細工が見られるので、そこそこのお金を持っていることに間違いはなさそうだ。 ボス攻略で見たことはないから、中層ゾーンのプレイヤーなんだろうけど、少なくとも彼はエギルさんにとって毟り取っていいお客さんになる。
実際、価格交渉をしている2人を見ていると、エギルさんは人の良い笑みを浮かべていた。 付き合いが長いから分かるけど、あれは明らかに毟り取る時の顔だ。
対する両手槍使いのプレイヤーさんは肩を狭めて小さくなっている。 どうやら、とんでもない安値での買取を言い渡されたらしい。
ご愁傷様、と心の中で黙祷を捧げた僕は、彼とは違う新しいお客さんとバッチリ目が合った。
「「あ」」
完璧にシンクロした声。
次いで、僕はニコリと笑い、その人物はニヤリと笑う。
「やっほー、相変わらず黒いね」
「そう言うそっちは相変わらず女の子みたいだな」
そう言い合って、僕とキリトは軽く拳を打ち付け合う。
キリト。
全身黒系統で固めているこの人と僕は兄弟だ。 キリトが兄で、僕が弟。
ちなみにキリトも攻略組で、フロアボス攻略戦の時には臨時でパーティーを組んだりもしている。 もっとも、普段のキリトはソロだし、僕は基本的にアマリとのコンビだから、それ以外でパーティーを組むことはあまりない。
「アマリとは別行動なのか?」
「今は夢の世界を冒険してるよ」
「……もう夕方だぞ?」
「昨日、ちょっと無茶してね。 さすがにお疲れなんじゃないかな?」
「何したんだよ?」
「大型モンスター討伐系クエスト2連続の後に迷宮区で大暴れ」
「それ、ちょっとなのか?」
明らかに呆れた調子のキリトに「ちょっとでしょ」と適当に返してからエギルさんの方に視線を向ける。
どうやら一応の合意に達したらしく、エギルさんのホクホク顏がここからでも見えた。
「よし決まった! 『ダスクリザードの革』20枚で500コル!」
その威勢の良い声を聞いて、僕とキリトは顔を見合わせて苦笑。
ダスクリザードの革は防具素材としてかなり良質だ。 それを20枚で500コル何て言うのはあまりにもあんまりだけど、当のエギルさんは有無を言わせるつもりはないようで、迷っている両手槍使いのプレイヤーを軽く睨むようにして促した。
「あはは、さすがは悪徳商人」
「鬼だな」
向こうに聞こえないように小声でやり取り。 聞こえればさすがに営業妨害だし、それを見て笑っている僕たちも同罪だろう。
「毎度‼︎ また頼むよ兄ちゃん!」
豪快に笑うエギルさんと僕たちの前を通り過ぎる両手槍使いのプレイヤーとを見比べて、もう一度苦笑した。
可哀想ではあるけど、エギルさん相手に隙を見せた彼も悪い。 次は頑張ってね、と適当な慰めを胸中で呟いていると、入れ替わるようにしてキリトがエギルさんに声をかける。
「うっす。 相変わらず阿漕な商売してるな」
「よぉ、キリトか。 安く仕入れて安く提供するのがウチのモットーなんでね」
「あはは、半分嘘つきだね」
「まったくだ。 まあいいや、俺も買取頼む」
「キリトはお得意様だしな、あくどい真似はしませんよっ、と……」
そう言いながらトレードウインドウを覗き込んで、エギルさんの厳つい顔が驚きで固まった。
何事かと思って身を乗り出すけど、キリトの手元にあるトレードウインドウには何も映っていない。 設定を弄らない限り、ウインドウが本人以外に見えないのは、SAOの仕様だ。
「おいおい、S級食材じゃねえか。 『ラグー・ラビットの肉』か、オレも現物を見るのは初めてだぜ……。 キリト、おめえ別に金には困ってねえんだろ? 自分で食おうとは思わなかったのか?」
「思ったさ。 多分二度と手に入らないだろうしな……。 ただなぁ、こんなアイテムを扱えるほど料理スキルを上げてるやつなんてそうそう……」
そこまで言ったキリトが恐ろしい勢いで僕に振り返る。 見れば、エギルさんも僕を見ていた。
えっと、僕、何かしたかな? 何てとぼける暇もなくキリトが口を開く。
「なあ、確か料理スキル上げてたよな?」
「うん、まあ。 でもやらないよ」
「うぐ……。 いや、そう言わずに」
「キリト君?」
「シェフ捕獲」
僕ににじり寄ってくるキリトを制してくれたのは、またもや新しい来客だった。 キリトは僕への懇願を放置して、その新しい来客の手を捕まえる。
「な……なによ」
突然のことで驚いたのか(当然だ)、シェフ(仮)は反射的に後ずさる。
(へえ、ずいぶん珍しいお客さんが……。 ああ、いや、目的は買い物じゃなくてキリトか)
うんうんと適当に納得した僕は、その隙にキリトから距離を取って、新たな闖入者に視線を投げた。
美人、と言うのが彼女を表す上で外せない言葉だろう。
綺麗な栗色の髪。 大きなはしばみ色の瞳。 顔立ちは人形かと見紛うほどに整っていて、スラリと伸びた手足は芸術品と言っても過言ではないとかなんとか。 純白と真紅とに彩られた騎士服は華やかでありながら凛とした印象を与え、その可憐な容姿と相まって密かにファンクラブまであるらしい。
彼女の名はアスナ。
SAOで誰もが認める最強ギルド『血盟騎士団』(Knights of the Bloodの頭文字からKoBの通称で呼ばれる)の副団長であり、実質的な攻略責任者だ。
絶世の美貌に加え、視認さえ困難なその剣技をして『閃光』の異名を持つアスナさんは、当然のようにかなりモテる。 ファンクラブの会員たちはわりと大人しいけど、プレイヤーの中には行き過ぎたストーカーや、逆に目の敵にする人たちもいるらしく、色々な方面からの危険があるそうだ。
だからなのか、アスナさんには複数の護衛がKoBから派遣されていて、今日もそんな護衛さんたちが店の外に立っていた。 アスナさんの手を握っているキリトのことを警戒しているのか、はたまた羨ましがっているのか、そこまでは分からないけど、とにかくキリトを殺気の篭った目で睨んでいる。
「珍しいな、アスナ。 こんなゴミ溜めに顔を出すなんて」
その視線に気がついたキリトは、アスナさんから手を離しながらそう言った。
自慢の店をゴミ溜め呼ばわりされたエギルさんは顔を引き攣らせたけど、アスナさんが微笑と共に挨拶するとそれも霧散する。
と、エギルさんに視線を向けた弾みで僕に気がついたらしい。 アスナさんの目が一瞬で剣呑なものになった。
「どうしてあなたのような人がここにいるんですか?」
キリトに向けていたものとは明らかに違う、敵意に満ち満ちた声。
僕にとっては聞きなれた声だけど、場の空気は一瞬で凍りつき、キリトが沈痛な面持ちで俯いた。
「さあ、どうしてだろうね。 でもまあ、安心してよ。 もう帰るから」
「そうですか」
「じゃあ、エギルさん。 そう言うことだからまたね。 さっきの件はよろしく頼むよ。 キリトも、じゃあね」
「お、おう。 入荷したら連絡するぜ」
僕とアスナさんとの関係を知っているエギルさんは、無駄に引き止めることなく手を振ってくれる。 キリトも気にしてくれているみたいだけど、結局なにも言わない。
「フォラスさん」
アスナさんの横を通り過ぎた直後、彼女は僕を呼び止めた。
と言っても、その声に友好的な成分は一切なく、ただただ底冷えするような敵意だけで彩られている。
「何?」
「アマリと別れる気にはなりましたか?」
「まさか。 別れる気なんて更々ないよ。 残念だったね」
ギリっと歯軋りの音が聞こえそうなくらい、アスナさんの顔が歪む。
いつもの問いにいつもの答え。 予定調和の会話を終わらせて僕はエギルさんの店から出た。
(アスナさんが元気そうで良かった)
ふと、それだけを思った。
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