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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
74層攻略戦
  久方振りの共闘を 01

 「あはー、朝からカオスですねー」
 「いやはや、元気そうで何よりだよ」
 「なんだかあの感じ、久し振りな気がするです」
 「確かにね。 まだ2人がコンビだった頃は、ああ言うハプニングはしょっちゅうだったらしいけど」

 目の前で繰り広げられたカオス極まる状況を見ながら、僕たちは適当な観客になっていた。
 さて、状況を説明しよう。

 僕とアマリが一緒に74層の主街区、カームデットの転移門広場に到着すると、そこにはキリトがいて、けれどアスナさんはいなかった。 やや生真面目すぎるところのあるアスナさんにしては珍しいと思ったものの、僕は気にしていなかったし、そもそもの話しをすれば別に遅刻しているわけでもないのだ。
 そこで待っていたキリトとアマリの微笑ましい交流があったことを追記しておくとして、適当に話していると、いつの間にやら約束の時間を10分ほど過ぎていた。
 珍しいと言うよりも、アスナさんが遅刻なんて初めての事態だったので気にはなったけど、そこはほら。 意中の相手とのデート、しかも、かなり久し振りのデートなのだから、それなりに準備することもあるだろうと納得していた。 ちなみに、そう言う女の子の機微に疎いキリトが帰ろうか悩んでいたので、当然だけどそれは食い止めておいた。

 で、待つこと数分。
 転移門から悲鳴と共にアスナさんが現れ(飛び出して、と言ったほうが正確だろう)、それに反応が遅れたキリトと衝突して地面を派手に転がった。 恐らく、転移元のゲートにジャンプで飛び込んだのだろうと冷静にことの成り行きを見守っていると、あろうことかキリトがアスナさんの胸を揉みにしたのだ。

 いや、身内の名誉のために言っておくけど、キリトにそのつもりはなかっただろう。 ただ、自分にのしかかったままのアスナさんを退けようとしただけだろうけど、運の悪いことに(運の良いことにかもしれないけど)軽装細剣士のアスナさんの胸当ての隙間に手が入った、と言う状況だ。
 アスナさんは可憐な外見に似合わず、その気性はかなり攻撃的で、そんなことをする不埒者、つまりは我が兄キリトを問答無用でぶん殴った。 細剣士であるが故に敏捷値を優先的に鍛えているとは言え、そこはさすがの閃光様。 体術スキル込みの殴打でキリトはもんどりを打ちつつふっ飛ばされていった。
 圏内なのでダメージが発生することはないけど、それでも衝撃はかなりのものだったのだろう。
 キリトをぶん殴ったアスナさんはそこで我に返り、それから数瞬前の出来事を思い出して顔を朱に染め、両手を胸の前で交差した。

 と、ここまでが今の状況である。

 「や……やあ、おはようアスナ」

 確かに僕もあの立場になったらどうするべきかの最適解は得られないけど、少なくともそのキリトの対応が悪手であることは理解できる。 当然、アスナさんから発せられる殺気が更に一段階上がる。 このまま放置すると街中で戦闘を始めかねないので、僕は嫌々ながらも事態の収拾に動こうとしたところで転移門が再度青い光を発した。
 それを見たアスナさんが慌てたように走り出して、キリトの背後に隠れるように、あるいは縋るように身を寄せる。

 何事だと様子を見守っていると、転移門から1人の男が現れ、キリトの背に隠れるアスナさんを見つけると眉間に皺を寄せた。

 「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」

 甲高い声の主は、血盟騎士団の団員だ。 ギルドのユニフォームにゴテゴテとした金属鎧。 豪奢な装飾が施された腰の武器は両手剣。 その長髪を後ろで束ねているやや病的な痩せ型の男は、キリトを意図的に無視したままアスナさんに尚も言い募る。

 「さあ、アスナ様、ギルド本部に戻りましょう」
 「嫌よ、今日は活動日じゃないわよ! ……だいたい、アンタなんで朝から家の前に張り込んでるのよ⁉︎」
 「ふふ、どうせこんなこともあろうと思いまして、私1ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」
 「そ……それ、団長の指示じゃないわよね……?」
 「私の任務はアスナ様の護衛です! それには当然ご自宅の監視も……」
 「ふ……含まれないわよバカ!」

 全くもって同感である。
 それでも悪びれることなく、むしろ苛立ったようにアスナさんに歩み寄ると、その華奢な腕を掴もうと……

 「っ!」

 そう認識した時点で、僕の身体は反射的に動き、自制を振り切って男の手を叩き落としていた。

 「はい、そこまでね」
 「なんだと? き、貴様、何様のつもりだ! 部外者はーー」
 「うるさいなあ」

 僕に攻撃の矛先を向けた男の言葉を遮り、そのまま至近距離で睨みつける。
 驚いたようなアスナさんと明らかに面白がっているキリトを横目で見つつ、僕は言った。

 「アスナさんは今日、僕たちと一緒に迷宮区に行くんだ。 邪魔をしないでよ」
 「貴様らとだと?」
 「そう。 ギルドの活動日だって言うなら仕方ないけど、今日は違うんでしょ? どんな理由があって人の約束に首を突っ込むのかな?」
 「私はアスナ様の護衛だ! 貴様らのような雑魚プレイヤー如きにアスナ様の安全が守れるものか!」
 「ふふ、僕たちが雑魚プレイヤー、ね」

 僕は笑う。
 KoBにどんな事情があるのかは分からないし知るつもりもない。 この男がどう言う理由でアスナさんをギルド本部に連れて行こうとしているのかだって、僕にとってはどうだっていい。
 だけど、この男はアスナさんが拒否していることを平然としようとした。 それだけで理由は十分だ。

 「大丈夫だよ。 僕たちは少なくともあなたほど雑魚じゃないから」
 「な、な……ガキが! そこまで言うからには、それを証明する覚悟があるんだろうな……」

 男はそう言ってウインドウを操作する。 直後、僕の目の前にも1枚のウインドウが出現した。
 内容は予想通りと言うかなんと言うか、デュエル申請を受けるか否かのメッセージだった。
 僕がこれでYesのボタンを押せば、オプション選択画面に移り、デュエルが開始される。 60秒のカウントダウン終了と共に互いのHPを守る障壁が解除され、存分に殺し合えるのだ。
 もちろん、僕はデュエルを受諾した。 それは迷うことのない即断即決。

 とは言え、こちらももちろんのことだけど、選んだオプションは初撃決着モード。 これなら先に強攻撃をクリーンヒットさせるか、あるいはHPが半分を切るかでが勝敗が決まるため、基本的に命の危険はない。
 筋力値全振り脳筋プレイヤーの一撃が僕のような紙装甲プレイヤーに直撃すればその限りじゃないけど、さすがにこのデスゲームのSAOでそんなプレイヤーは相当に稀少なので、そちらの心配はいらないだろう。 と言うか、そもそもの話しをすれば、正面戦闘のタイマンで筋力値全振り脳筋プレイヤーの攻撃に当たってあげるほど僕はのろまではないし、甘くもない。

 一応、同じギルドに所属しているアスナさんに視線を投げると、僕の意図を察してくれたのか、小さく頷いた。 隣にいるキリトが険しい顔をしていたので安心させるように手をヒラヒラと振ってから、次いでアマリに目を合わせる。

 「はは……」

 どうやら僕だけが決闘(お楽しみ)をするのが気に入らないらしく、頬を膨らませて分かりやすく拗ねていた。
 デュエル直前の緊張感なんてまるで感じることなく苦笑して、それから僕は目の前の男(デュエル申請で名前が分かった。 クラディールと言うらしい)に向き直る。

 僕の余裕な態度が気に入らないようで、こちらは分かりやすい憤怒の表情を作っている。
 我慢の限界が近いだろうからと、僕がYesボタンを押すと同時に始まる60秒のカウントダウン。 それを見てクラディールは愉悦の表情と狂的な嗜虐心とに顔を染め、腰から大振りな両手剣を抜き出した。

 「ご覧くださいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者など居ないことを証明しますぞ!」

 芝居がかった口上を喚きながら剣を上段に構えたクラディールを、僕は武器を構えることなく見守った。 と言うか、あんなびっくりするほど長い雪丸を持ちながら街を歩くなんて邪魔すぎるので、そもそも構える以前にストレージから出してさえいない。
 それを侮辱と取ったのか、クラディールの顔が更なる憤怒に染まるけど当然無視。 丸腰のまま、構えるでもなければストレージから雪丸を取り出すでもなく、ただただクラディールを観察する。

 (重金属装備の両手剣士。 装備から判断する限り筋力値優先のバランス型。 重心が前に向いた上段の構え)
 (構えはフェイントの可能性あり。 ただし前に向けている重心がある以上、後退や横移動に若干の遅れが出ると予測)
 (その他、推測しうる行動パターン、及び攻撃パターンのシミュレート開始)
 (性格は自尊心が強く直情傾向。 アスナさんに対して執着している節がある)
 (僕を侮り、見下している)
 (自身の力に絶対の自信を持ち、驕っている)
 (シミュレート終了。 次いで、推測しうる攻撃パターンに対する回避ルートを計算開始)
 (以上のことを総合的に判断して、初手は突進からの振り下ろし、あるいは突進系のソードスキルと推測)
 (計算終了)
 (全ての可能性を警戒し、且つ迅速に排除する対処を検討)
 (北北東から微風。 視界良好)
 (対象者に苛立ちを確認。 集中力の欠如も同時に確認)
 (街区内であり、デュエル中であることから不意打ちの可能性は低いと判断)
 (検討終了)
 (行動決定)
 (瞬殺)
 (一撃)
 (必殺)
 (最速)
 (決定)

 これからの行動を1秒未満で決定した僕は、ゆらりゆらりと身体を揺する。
 初めは小さく、次第に大きくなる揺れはクラディールの集中を更に削ぎ、それとは反対に僕の集中はどんどんと深まり、時の流れが遅くなっていくのが分かった。


 目の前にいる敵の全てが見える。

 3

 ギャラリーの全てが見える。

 2

 僕の死角に立っているはずのアマリたちの全てが見える。

 1

 そして……

 0

 世界が止まり……

 DUEL‼︎

 動き出す。

 デュエル開始の表示が宙空に瞬いた瞬間、転移門広場に鈍い打撃音が鳴り響き、次いで金属鎧が地面を擦る不快な音が喧騒を突き破る。 直後、デュエルの勝者を報せる表示とファンファーレが生じたどよめきを塗りつぶした。

 「な……なに、が……」

 呆然と地面を這い蹲るクラディールに僕は一言。

 「あなたの負けだ」 
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