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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
龍皇の遺産
  龍皇の遺産 01

 「モンスターが出ないダンジョンなんてつまらないです」
 「まあ、今からボス戦なんだし、もうちょっと我慢しようよ」
 「むー、フォラスくんが言うなら我慢するです……。 でも、その代わり、このクエが終わったら迷宮区に突撃するですよ?」
 「ボス戦だけじゃ足りませんか、そうですか……」

 僕とアマリは適当な会話をしつつ、鉱脈の奥に鎮座する重厚な扉を見上げる。

 あれから、狂人スイッチが入った僕たち2人はヴェルンドさんが開いてくれた道(分かりやすく言うとゲート)を通って鉱脈に突入した。 当然、ヴェルンドさんからの頼みを引き受けて。
 ちなみに僕たちの狂人具合を目の当たりにしたヴェルンドさんが若干引いていたようにも見えたけど、多分それは気のせいだろう。

 そんなこんなで鉱脈に突入した僕たちは、モンスターのいない鉱脈を駆け回りながら鉱石を採掘した。
 異常に厳しい発生条件のクエストだけに、もしかしたら採掘スキルがないと駄目なんて言う鬼仕様かとも思ったけど、それは杞憂だったようだ。 あまり使用頻度の高くない採掘スキルを習得するために、今まで必死で上げてきたスキルのどれかを捨てるなんてさすがにもったいなさすぎる。

 で、クエスト達成の目標個数を採掘した僕たちは、ヴェルンドさんから受け取ったマップデータを元に、龍皇の剣があるであろう部屋の前にいる、と言うわけだ。

 「さて、と。 情報皆無だから対策も作戦も立てられないけど、一応確認しておくね」
 「ですです?」
 「この先にいるのは龍皇、つまりスヴァローグ・ザ・エンペラー・ドラゴンだと思う。 さすがに本家と同じステータスなんて言う無茶苦茶な設定はしてないだろうけど、それでも警戒はしておくこと。 いいね?」
 「了解ですよー」

 いつもと変わらない笑みを浮かべるアマリの髪を撫でてから、僕は眼前の扉を見上げた。

 この先で戦うことになるであろうスヴァローグの攻撃パターンを、情報不足ではあるけどそれでも僕たちは知っている。 とは言えそれは、フロアボスとしてのスヴァローグから変更されていなければ、だけど。

 スヴァローグの攻撃パターンの内、かなり厄介だったのは火炎ブレスと長い尾による薙ぎ払いだ。
 敏捷性を損ないたくない僕はもちろん、冗談みたいに重いディオ・モルティーギを振るうアマリも金属系の防具は最小限以下しか装備していない。 具体的に言えば、僕は左腕を覆うガントレットだけで、アマリは簡素な胸当てだけ。
 そんな紙装甲の僕たちにとって、ブレスや薙ぎ払いみたいな広範囲攻撃は非常に厄介なのだ。 うっかり回避しきれなかった場合、それは誇張抜きで致命傷になりかねない。
 けど、他に警戒するべき攻撃は特になかった。 強いて挙げるならその堅牢なる鱗が厄介ではあったけど、そこはそれ。 アマリのディオ・モルティーギにかかれば砕けないものはないし、僕の雪丸に切り裂けないものはないので、問題にはならなかった。
 確かにスヴァローグは強力で凶悪だったけど、総合的に見れば戦いやすい相手と言う印象が強い。

 まあ、なんとかなるでしょ。

 そう楽観的に思考を閉じた僕は、平然とした調子のまま扉を開け放った。









 扉の奥。
 プレイヤーが扉を開けたのを感知して、部屋に明かりが灯る。
 それでもなお暗い部屋はかなり広く、僕が記憶しているボス部屋の広さとほぼ同じだ。 薄暗い部屋の中央には、恐らく話しに出ていた剣だろう。 スヴァローグが吐いていた火炎を彷彿とさせる紅蓮の大剣があった。

 「行きますか」
 「おー」

 僕の気合の入っていない声に続いて、やる気が感じられないアマリの緩い声。
 僕たちが部屋の中央に進むと、床に突き刺さった大剣が鳴動して、やがて仄かに発光する。 それが合図だったのか、何もない宙空に粗いポリゴンの塊が幾つも出現し、次第に形を持っていく。 ドラゴンのフォルムを粗方完成させたところで地の底から響くような重低音の雄叫び。 そして、それは完成した。

 「あっはー、やっぱり大きいですねー」

 明らかに場違いな緩い声のアマリに苦笑いを浮かべつつ、僕はそれを見上げる。

 ゴツゴツとした鱗に覆われた巨体。 鋭い爪を有する四肢。 恐ろしく長い尾。 曲刀に匹敵するほど鋭く発達した牙。 招かれざる客を睥睨する瞳。
 Svarog Emperor Dragon the Shadow。 龍皇の影。
 その名に相応しい、漆黒の龍がそこにいた。

 「じゃあ殺るよ」
 「じゃあ殺るです」

 同時に漏れた僕とアマリの声。 見るまでもなく、僕たちの表情は愉悦に歪んでいるだろう。

 さあ、殺し合いの時間だ。









 先手を打ったのはスヴァローグ。
 獰猛な一鳴きの直後、その長い尾を叩きつけるように振り下ろす。
 直撃を受ければ冗談ですまないダメージを被る一撃ではあるけど、縦方向に振り下ろされる尾に当たるほど僕たちは間抜けじゃない。 余裕を持って左右に散開した僕たちは、スヴァローグの一撃で揺れる地面を踏みしめながら、攻撃直後の無防備な獲物に肉薄した。

 敏捷値に殆どのレベルアップボーナスを注ぎ込んでいる僕の方が、当然のように先にスヴァローグを射程に捉えた。
 駆けながら雪丸の切っ先を後方に流し、スヴァローグの巨体の真下で急制動。 そこで雪丸の刀身が妖しい紅色に染まる。

 「ーーっ!」

 無言の気合を弾けさせ、雪丸をとてつもない速度で振り上げた。

 単発重攻撃《血桜》
 薙刀のソードスキルの中でも破格の威力を誇る一撃は、唯一鱗のないスヴァローグの腹を一文字に斬り裂く。
 軽量級の薙刀使いである僕は普段、当然だけど出の早いスピード重視のソードスキルを好んで使う。 高威力のソードスキルを使って敵を圧砕するのはアマリの役目だし、そもそも僕の筋力値で重攻撃系のソードスキルを使ったところでダメージ量はたかが知れているからだ。 それに、異常な切れ味を持つ雪丸は重攻撃との相性があまり良くない。

 なら、どうして重攻撃の中でも筆頭の《血桜》を使ったのかと言えば、答えは至極単純。
 《血桜》は高威力が売りであると同時に、相手にノックバック(それは、かなりの、と注釈を加えなければならないほどの)を与えることが売りなのだ。
 さすがに僕の低い筋力値で繰り出した《血桜》では、スヴァローグのような大型モンスターにそこまで凄まじいノックバックは起こせない。 起こせないけど、それで十分なのだ。

 「あっはぁ!」

 どうせこれは、敏捷値に劣るアマリの一撃を確実に当てさせるためのサポートなのだから。

 アマリの余りある筋力値を活かした跳躍は、翼で空を飛ぶスヴァローグの頭上を優に超える。 スヴァローグの巨体の真下にいる僕には見えないけど、見なくてもそれは分かった。 そして、アマリが使うであろう必殺のソードスキルも。

 硬直が解けると同時にその場から飛び退いた僕の耳に、ズンッと言う、硬い鱗が発するとは思えない絶望的な音が届く。 直後、ディオ・モルティーギの禍々しい刃がスヴァローグの身を裂いたのだろう。 僕が先程までいた場所にその巨体が勢い良く墜ちた。

 同じく単発重攻撃《デストロイ・ノヴァ》
 物騒な名前の通り、新星すらも破壊せんばかりの勢いで振り下ろすその一撃は、ディオ・モルティーギの重量に後押しされて更に威力を増す。 あんなものを喰らえば僕のHPは9割以上喰われてしまうだろう。 だから、スヴァローグが地に墜ちるのも仕方がないのだ。

 龍皇を地に墜とすなんて、不遜極まりないことをした張本人が危なげなく着地するのを視界の端に捉えながら、僕は安堵の息を漏らす

 予想通り、スヴァローグは弱体化していた。 いや、予想以上に、か。

 フロアボスだったスヴァローグはHPバーを6本持つとんでもない強敵だったけど、このスヴァローグはHPバーが3本。 あくまで体感ではあるものの、そのステータスも大体半分程度にまで落ちている。 そうでもなければ、さすがにアマリの一撃とは言え、あそこまで勢い良く墜ちはしないだろう。

 だから漏らしたのは、あるいは落胆の息だったのかもしれない。

 (なんだ。 もう少し殺り甲斐のある相手かと思ってたけど……)

 見れば、スヴァローグの1本目のHPバーは既に3割も削れている。 油断はしないけど、この分だと予想よりも早く終わりそうだ。

 (まあ、さっさと終わるならそれでもいいけどさ)

 でも……

 「もっと楽しませてほしいなぁ。 じゃないと……」

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