ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
龍皇の遺産
龍皇の遺産 02
(うーん……)
火炎ブレスを危なげなく回避した僕は、スヴァローグに肉迫しながら内心で首を捻っていた。
なんて言うか、違和感があるのだ。
戦闘が始まってからではなく、もっと前から付き纏う違和感。
ヴェルンドさんの話しを聞きながら、どこかに感じていた違和感。
実際に戦って見れば分かるかと思って放置していたけど、その違和感の正体がまるで分からない。 と言うか、その違和感がなんとなく増している気さえする。
(これでも頭は回る方なんだけどなー)
自慢でもなく、そんなことを思った。
狂人スイッチが入ってしまった弊害で、普段は回る頭が余り回っていないのは自覚している。 今は完全に入っているわけじゃないけど、それでも戦闘が……否、殺し合いが愉しくて愉しくて考えることに意識を向けられない。 意識の大半は獲物であるスヴァローグに向けられている。
「あっはぁ!」
アマリの両手斧2連撃ソードスキル、《イグニッション・キル》がスヴァローグの長大な尾を断ち切ると、2本目のHPバーが消失する。 残り1本になれば攻撃パターンが変わるのは通例なので、僕はスヴァローグへの接近を放棄してその場で止まり、アマリも硬直が解けてからその場を離れた。
狂っていようと冷静に。 別に死にたがりと言うわけではないので、それは僕たちにとってルールのようなものだ。
と、スヴァローグが大きく吠えた。
やっぱり攻撃パターンが変わるのかな、なんて思いながら警戒していると、当のスヴァローグは両翼を勢い良く広げて飛翔する。 部屋中に突風が吹き荒れるけど、それに攻撃の意味はないらしく、僕のHPは僅かも減りはしない。 つまりあれは攻撃ではなく何かの準備らしい。
グングンと高度を上げ、スヴァローグの巨体は天井付近まで届いた。 あの高さまで行かれるとこちらの攻撃は届かないだろう。 投げナイフを使った投剣スキルなら問題なく届きはするけど、さすがにあの硬い鱗に有効打を与えられるほど、僕の投げナイフは残念ながら威力がない。
視線を巡らせると、同じく不審に思っているのか、首を傾げているアマリと目が合った。
あの手の大型モンスターを複数人で相手にする場合の基本として、互いに援護し合える位置取りにはいるものの必要以上に近付かないようにしている。 もしも広範囲攻撃に2人揃って巻き込まれたら目も当てられないからだ。
言葉を交わさずに互いが疑問を抱いていることを確認した僕たちは、そのまま合流するでもなく、未だ飛翔を続けていた。
「いい加減、降りてきてくれないかなー」
と、そんな僕の呟きが聞こえたからではないだろうけど、望みが早くに叶うこととなる。
上空から僕たちを睥睨していたスヴァローグの瞳がギラリと光ったと同時に、部屋の中央に向かって急降下を始めたのだ。 中央?
その攻撃に、僕は益々首を傾げる。
僕とアマリはそれぞれ散ってはいるけど、部屋の中央にいるわけではない。 当然、そこに向かって急降下しても僕たちに対する攻撃にはならないだろう。
(つまり、攻撃じゃない?)
あるいは、着地の衝撃に攻撃判定があるのかもしれないと警戒してはみるけど、もしもそうだった場合は衝撃波のエフェクトが見えるので回避は割と簡単だ。
と、
(…………)
そこで、
(…………っ!)
何故かは分からないけど、ゾッとした。
「アマーー」
アマリの名を呼ぼうとして、けれどその声はスヴァローグが地面に衝突した時の爆音で掻き消される。 警戒していた衝撃波のエフェクトは発生しないけど、代わりにとてつもない噴煙が立ち上ったのを見て、僕は戦慄の正体を悟った。
そう。 違和感はずっとあったのだ。
単純で、だからこそ見落としていた違和感。
スヴァローグはドラゴンタイプだ。 フォルムは分かりやすい西洋龍のそれで、フロアボスだった頃とまるで変わっていない。
けど、けれどだ。 依頼主であるヴェルンドさんは龍人族を自称していたし、その姿はまさに龍と人との中間に位置する龍人そのものだった。 そんな龍人族の彼は言った。 龍皇のことを指して『我ら龍人族が長』と。
それは龍皇もまた、龍人族と言うことに他ならない。 そもそも、ドラゴンタイプのスヴァローグがどうやって剣を使うと言うのだ。
愛剣と言う以上、剣を日常的に使っていたはずで、つまり、龍皇も龍人の姿になれると言うことだ。
僕がその結論に達した瞬間、再び部屋中に突風が吹き荒れた。
着地の衝撃による噴煙が晴れ、そこにいたのは大剣を振り切った姿勢の龍皇だ。
紅蓮の髪と瞳を持つ龍人族の長が、その逞しい両腕で大剣を手にそこにいた。
「アマリっ!」
今度こそアマリの名を叫んだ。
瞬間、龍皇の巨躯が霞むような速度でアマリへと飛ぶ。
その攻撃が予想外だったのか、あるいは予想通りだったけど避けられなかったのかは分からない。 そのどちらであったところで同じことだろう。
「う、ぎ……」
アマリが短い呻き声と共に吹き飛ばされた。
それは、まるで冗談のような光景だ。
小柄な身体に不釣り合いな筋力値と、圧倒的な重量を誇るディオ・モルティーギを有するアマリが吹き飛ばされるなんて、フロアボスの一撃を正面から受け止めない限りはそうそう起こらない現象だ。 つまり、今の攻撃はフロアボスクラスと言うことになる。
それでいて霞むような速度でアマリとの距離を詰めた機動力は、明らかに僕より速かった。
とは言え、アマリもただ攻撃を受けたわけではなく、ディオ・モルティーギできちんと受け止めていたらしい。 HPの減少はそこまでではなかった。
安堵の息を漏らす頃には、僕は既に龍皇との距離を詰め、雪丸を振り下ろしていた。
アマリに意識を割いていたのか、はたまた敏捷値が低いのか、雪丸は狙い違わずに龍皇の首を斬りつける。 が、防御値が異常に高く設定されているらしく、雪丸を持ってしても微々たるダメージしか受けていない。
(まあ、それでもいいけどさ……)
ダメージを受けなかったところで、僅かに怯むことに変わりはない。 そして、その僅かな隙が僕の狙いだ。 僅かな隙があれば、ソードスキルを使える。
使用するのは《血桜》。 妖しい紅色の一閃は、狙い通りに龍皇を吹き飛ばした。
当然と言えば当然だけど、ドラゴンタイプのように巨大なモンスターを吹き飛ばすことはできないけど、今の龍皇は龍人としてのそれだ。 吹き飛ばすのは容易い。 それでも恐ろしい防御値によって、与えられたダメージは1割にも満たないけど。
「あっはー、ビックリしたですよー。 まさか、私が力勝負で押し負けるなんて、ちょっと屈辱です」
「アマリが押し負けるなら、僕なんて紙屑同然だろうね。 でもまあ、僕としてはあっちの方が殺りやすいけど」
「じゃあ、いつものようによろしくです」
「はいはい」
隣に立ったアマリに苦笑いを返しつつ、僕は雪丸の切っ先を龍皇に向ける。
凄まじい筋力値を有する代わりに、敏捷値はそこまで高くないのだろう。 初手のアマリに接近した時のあれは、筋力値の補正がかかる跳躍で、だから速かっただけだ。 だとすれば、直線的な移動は可能でも、小回りは効かないと言うことで、それはつまり、僕にとっては格好の獲物だ。
先に動いたのは僕。
吹き飛ばした龍皇との距離を一足で詰め、ソードスキルを使わずに雪丸を振るった。
とは言え、薙刀は基礎攻撃力のパラメーターが軒並み低い。 一部に例外はあるものの、そもそも薙刀は女性が使う武器と言う色が強いからだ。
史実的な話しをすれば、平安時代の武士が好んで使った雄々しい武器ではあるけど、現在の武道としての薙刀(正確には平仮名表記で、なぎなた)は圧倒的に女性の競技者が多い。 だからだろうけど、SAOの薙刀も筋力値が低くても使える物が多いのだ。
閑話休題。
言ったように龍皇の防御値はかなり高い。 対して僕の筋力値はかなり低い。
けど、ここで活きてくるのが薙刀の特性だ。
僕の相棒、雪丸は柄だけで6尺(約180cm)もあり、刀身を含めた全長は9尺(約270cm)にもなる。 SAOに存在する長物武器の中でもトップクラスの長さだろう。
長い。 それはつまり、間合いが広いと言うこと。 そして、間合いの広さは使用者に二つの恩恵をもたらす。
まず一つに相手の間合いに入らずに攻撃が可能と言う、明らかに卑怯な安全性。 もう一つが、長い柄の先に刀身がある……端的に言えば重心が先端に集中しているが故の、遠心力による攻撃速度と火力の両立。
「ぜ、やあっ!」
僕の絶大な敏捷値にものを言わせた、凄まじい速さの斬撃。 そこに遠心力が加わって瞬間的な火力を押し上げると同時に、速度にまで補正がかかる。
それは、余裕のタイミングで構えられた大剣の防御を軽々と無視して龍皇の身体を浮き上がらせる。 もっとも、浮き上がったのは一瞬で、吹き飛ばすまでには至らないけど、その隙に僕は雪丸を引き戻して切っ先を龍皇に向けた。
身体は左足を前に出した半身。 柄頭側の手を右足の付け根に、切っ先を龍皇の鳩尾に。 攻守共に転じやすい、いわゆる中段の構え。
崩された体勢を立て直した龍皇は、僕を紅蓮の大剣で薙ぎ払おうと一歩踏み出すけど、そんな単純な接近を僕が見逃す道理はない。
「残念だけど」
踏み出したばかりの右足を一閃。 継いで、右足に斬撃を受けて動きを鈍らせた龍皇の、左腰辺りから右肩口に向かっての振り上げ。
「あなたの剣は僕には届かない」
静かに言いつつ、僕は雪丸を振るい続ける。
どれだけ紅蓮の大剣が大きかろうと、雪丸の前ではさしたる意味もない。 僕に攻撃を当てようと思えば接近するしかないけど、接近する前に雪丸の刃が龍皇の身を削る。 ソードスキルを使わない攻撃は、それでも着実に龍皇のHPを微々たる速度で喰い続けた。
「龍人形態がもう少し大きければ、あるいは勝ち目もあっただろうね」
あるいは僕の間合いを超える一撃があれば、きっと僕を退けるくらい簡単にできただろう。
でも、これが現実だ。
巨大な龍の姿であればアマリのディオ・モルティーギの餌食だし、龍人の姿であれば僕に削り殺される。
結局、どちらであれ龍皇の死は確定だった。
「本当に残念だよ」
僕の言葉に反発したのか、それともジリ貧の現状を打開しようと目論んだのか、果たしてどちらなのかは分からないけど、龍皇の持つ大剣の紅色が一際鮮やかに輝く。
ソードスキル発動のエフェクト。
大剣を片手で高々と掲げるその構えを僕は知らない。 ボスモンスター専用のソードスキルだろうそれは、きっと必殺の威力を有しているはずだ。 龍皇の筋力値による一撃を受けてしまえば、紙っぺらのような防御値しか持たない僕のHPなんて一瞬で消えるだろう。
軌道の分からない初見のソードスキルを完全に回避するのは至難だ。 だからこそ僕は、後退することなく雪丸を紅蓮の大剣の切っ先に突き出す。
ソードスキルが発動する直前、雪丸の刃は狙い違わず大剣の先を突いた。
徹底的に鍛え続けた敏捷値による神速の突き。 それに押された大剣の刀身は、纏っていた紅蓮の光を消失させて後ろに揺らぐ。
一瞬ではない完全な隙に、今度は雪丸が淡いブルーの光を帯びる。
使用するソードスキルは《雪月花》
長物武器に有るまじき速度と俊敏な動きで左右から龍皇の身に殺到する斬撃。 刹那の間を空けて繰り出される、殆ど真下からすくい上げるような一撃は龍皇の身体を浮き上がらせ、雪丸と僕自身との回転によって生じる莫大な遠心力を孕む横薙ぎの一閃は、宙空で揺らぐ龍皇を切り裂いた。
薙刀の熟練度をカンストすると同時に習得した、6連撃にも及ぶ最上位ソードスキル、《雪月花》は、半分以上あった龍皇のHPバーの全てを喰らい尽くした。
「龍人族の皇帝。 あなたの眠りがせめて穏やかであることを祈るよ。 だから……」
僕の祈りと同時に、龍皇の身体は微細なボリゴンの破片になって砕け散る。
雪のように降り注ぐそれを見ながら、僕は言った。
「おやすみ」
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