ソードアート・オンライン ~呪われた魔剣~
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神風と流星
Chapter1:始まりの風
Data.13 獣人たちの王
悲鳴が、部屋中に響き渡る。
誰から始まったのかは分からない。数人から始まり、それが全員に伝播した。今ではレイドメンバーの大半が膝から崩れ落ち、恐怖に震えている。
僅かに残った臨戦状態の者も、行動する気配はない。おそらく、迷っているんだろう。
――――このまま戦うか、逃げるか。
もちろん俺だって考えている。常識的に考えるなら、指揮官が死亡し士気が低下しているこの状態で継戦という選択はあり得ないだろう。
だが先程のディアベルの言葉が俺を迷わせる。
『……後は頼む、キリトさん、ルリさん。ボスを倒』
あの時ディアベルは確かに、撤退より血戦を選んだ。レイドメンバーとして、指揮官の遺志は尊重したい。
けれど、俺が戦うということは他のパーティメンバーを巻き込むということだ。
俺が戦うと言えば、確実にシズクも残るだろう。キリトの奴だって、きっと戦うことを選ぶ。するとアスナもセットだ。
俺の選択で、幾人かが必要のない危機に晒される。そう考えると俺の足は止まってしまう。
どうする? どうすればいい?
何が正解で、何が不正解なのか。
正しいことが良くて、間違っていることが悪いのか。
あっちこっちに思考が逃げていく。
逃げよう。 ディアベルの遺志を踏みにじって?
戦おう。 仲間を危険に晒して?
「どうすりゃいいんだよ……!」
意識せず、俺の口から弱音が漏れる。
それはあまりにも小さく、ほとんどの奴らには聞かれなかった。だが、
「……」
どうやらたった一人だけ、聞こえてしまった奴がいるようだった。
「っ!」
タンッ、と音がした。
良質な革のブーツで床を蹴る、もうすっかり聞きなれてしまった足音。
タンッ、タタンッ、タタタタタタタタタタタタタタタタタタンッ。
徐々に早く、数秒で最高速に達するそれは。
「……あのバカ」
聞き間違いようもなく、俺の知ってる馬鹿の駆ける音だった。
シズクは最高速で走りながら叫ぶ。部屋全体に響き渡る、悲鳴や弱音を掻き消すように。
「全員っ、武器を取れええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
少し離れたところでは、同じように悩んでたらしいキリトが呆けた顔をしている。
だが俺は驚かない。だって、知っていたから。
さっきまでは忘れていた。だが今はもう思い出した。あいつは、シズクは――――
「立て!戦え!敵を打ち倒せ!」
「剣士の意地を、挑戦者の矜持を!」
「あたしたちの敵に、見せつけてやれ!」
――――主人公気質の、どうしようもないバカだ。
もはや一陣の風となったシズクが、全力全開最高速の《ソニック・リープ》を繰り出す。
「ぐるおおっおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
それを喰らったコボルド王が叫ぶ。そしてそれを見て、聞いていた者達は。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
立ち上り、武器を手に取り、敵へと向かいだす。
「シズク、スイッチだ!」
いつの間にやらキリトもコボルド王に向かって駆け出していたようで、攻撃を終えたシズクと入れ替わる。
あいつは十層で散々《カタナ》スキルを使う敵と戦っていた。スキルのタイミングなどを読んでの迎撃も可能だろう。
元々コボルド王の相手をしていた隊は、大ダメージを負って回復中のC隊を守るように陣形を組み、近づいてくる護衛兵を倒す。キバオウ率いるE隊も、自分たちの役割をきちんと果たしている。
そして俺たち余り者の四人パーティは。
「無茶しやがって、何だあの演説は。厨ニ病罹患者か」
「でも格好良かったでしょ?」
「……否定はしない」
「ルリ!話してる暇があったら援護頼む!」
「あいあいさー」
キリトから救援を頼まれたので働くことにする。こういう時こそ、あのクエストで手に入ったこれが役に立つ。
「うちのリーダー(笑)の状況、てめえもいっぺん味わってみろ!」
《シングル・シュート》で投擲したナイフがコボルド王に刺さった瞬間、相手の頭上に回転する光が出現し、敵の動きが数秒止まる。
「ルリくん、それって……」
「あの爺さんから貰ったクエスト報酬。スタン効果付きの投げナイフだ」
さっきは咄嗟のことで投擲している暇がなかったが、落ち着いて戦闘に臨めている今なら使える。
「私も出る!」
後方から走ってきたアスナが、渾身のリニアーを放つ。アスナにターゲットが移りそうになるのを、俺が投剣でタゲをさらに移し、最後にキリトが単発のソードスキルでタゲを自分に戻す。
「じゃ、あたしももう一回頑張っちゃおうかな」
シズクも攻撃に参加し、少しづつ少しづつコボルド王のHPを削っていく。
だが流石のキリトも集中力に限界が来たのか、迎撃に失敗した。
「キリトッ!」
スタンナイフを投擲しようとするが、間に合わない。このままではキリトまでディアベルの二の舞になる、というところで。
「俺たちも忘れてもらっちゃ困るな!」
バリトンの利いた声と共に、打撃系武器特有の攻撃音が聞こえる。
エギル率いるA隊が戻ってきて、ソードスキルでコボルド王をスタンさせてくれたのだ。
「ありがとう、助かった」
「いつまでもダメージディーラーのあんたにタンクやられちゃ、俺たちに立つ瀬がないからな。後は任せてくれ」
「わかった」
一言二言、言葉を交わしてキリトが後方に下がってくる。
「今から俺は回復するけど、防御タイミングの指示頼めるか?」
「愚問だな。俺を誰だと思ってる」
「見た目幼女の趣味ビルド剣士」
刺し殺すぞ。
「でも俺の知ってる中では一番優秀で、優しい奴だ」
「……ったく、調子のいい奴だ」
「頼んだぞ、ルリ」
「頼まれたよ、キリト」
そしてキリトが回復してる間に、俺はエギル達に指示を出す。エギル達は俺の指示に従って的確なタイミングで防御する。
攻撃役はアスナとシズクの女性プレイヤーコンビ。いつの間にかアスナはフーデットケープを取り払い、その素顔を惜しげもなく晒していた。
シズクの方は相も変わらず……うわあ、すげえいい笑顔。
もちろん攻撃に徹している二人には凄まじい速度で増悪値が溜まっていくが、エギル達タンカーが随所で《威嚇》というスキルを使ってタゲを取り続けてくれる。
そして遂に、コボルド王のHPが一割を切った。
しかもそのタイミングで、コボルド王の攻撃中にシズクの攻撃がクリティカルヒットして、コボルド王は転倒という状態になる。
回復を終えたキリトが全員に告げる。
「全員――――全力攻撃!!囲んでいい!」
『おうっ!!!』
『了解!』
A隊のタンカーたち。アスナとシズク、キリトの、剣士三人。そして後方支援の俺。
全員が自分の使える中で最強のソードスキルを繰り出す。
だが、あとほんの僅か。コボルド王のHPが残った。
このままだと数秒後には転倒状態が終わり、コボルド王の周りを取り囲んでいるメンバーは全員、先ほどのC隊のように斬り伏せられる。
絶望的なこの状態で、シズクが跳ぶ。
あいつはこの状況でもまだ、諦めていないらしい。
更に追随するようにキリトとアスナも跳ぶ。
そして三人同時に、俺の名を呼んだ。
「「「ルリ(くん)!!!」」」
「しゃあねえなあ本当に!」
技後硬直が解けた瞬間に俺はナイフを握り、投擲する。
転倒状態が終わり、ソードスキルの予備動作に入ったコボルド王に、ナイフが突き刺さる。
そして再び、スタンが奴を襲う。
「てい、やっ!」
まず最初にシズクの《片手剣》スキル二連撃技《サークル・プリズン》がヒットする。
「はあっ!」
次にアスナの《リニアー》。正確無比な攻撃が、コボルド王を貫く。
そして、ラスト――――!
「う、らあっ!」
キリトの攻撃が、コボルド王の肩口を斬り裂く。敵の残りHP、1ドット。
その瞬間、コボルド王がニイッ、と笑ったように見えた。
敵の身体に潜り込んだキリトの剣が、跳ね上げられるように斬り上げる。
《片手剣》スキル二連撃技《バーチカル・アーク》。
最初の一撃目と合わせてV字状に斬られたコボルド王は、数瞬硬直した後――――
「ぐるおっ……」
――――その身体を光の欠片に変え、盛大に四散した。
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