遊戯王GX-音速の機械戦士-
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―邪心経典―
「明日香ぁぁぁっ!」
先を行く《スピード・ウォリアー》に守られながらも、《樹海の爆弾》の爆心地へと走るものの、既に聖女ジャンヌ――いや、明日香の運命は既に決定している。この世界でのデュエルの敗者に待ち受ける運命から、逃れる術など存在しない。
「明日、香……」
《樹海の爆弾》の噴煙が風で消えていくが、そこにはもう誰もいない。爆発が強くてどこかに吹き飛ばされた――などという考えが頭をよぎるが、それはただの現実逃避に過ぎないということは分かっていた。もういくら名前を呼んでも探しても、天上院明日香はこの世界には存在しないのだ。
……そう、俺がこの手で明日香に引導を渡したのだから。
「あ、あ……」
「おめでとう、遊矢くん! 君の勝利だ!」
その結論に至り愕然とする俺に対し、場違いな拍手が響き渡る。その主は言うまでもなく、この戦いを観戦していた《闇魔界の覇王》その人である。デュエル中にいつの間にか姿が見えなくなっていたが、どうやら安全地帯まで避難していたようで、拍手をしながら呑気に俺の下へ歩いてくる。
「約束した通り、我々はこの世界から手を引こう! 君の勝利だ」
約束とは何の話だったか……などと一瞬考えると、そう言えば戦士長と聖女ジャンヌ――明日香を倒せば、闇魔界の軍勢はこの世界からは手を引く、という話しだったか。闇魔界の覇王が響かせる拍手の音を聞きながら、俺は一つの思考に囚われていた。
――そんなことはさせるものか、と。
「……《スピード・ウォリアー》!」
俺の叫び声とともに、未だ消えていなかった《スピード・ウォリアー》が闇魔界の覇王に突撃していき、回し蹴りで攻撃していく。その攻撃は間一髪で避けられてしまうが、耳障りな拍手の音が止んだのは良しとする。……そうだ、この世界から逃すなどさせてはいけない。
「明日香の……仇だ……!」
「それはおかしなことを言うね、私は何の手も出していないというのに」
《闇魔界の覇王》はそんなことを言ってのけるものの、俺にその言葉は意味を成していなかった。……明日香をこの手で殺したことを誰かのせいにしないと、気が狂ってしまいそうで。明日香が死んだのは俺のせいじゃない、アイツのせいなんだ――と、まるで子供の癇癪のようだ。
「デュエルだ……覇王!」
デュエルディスクを再展開すると、闇魔界の覇王に攻撃していたスピード・ウォリアーが消えていく。その様子を見た闇魔界の覇王も、自身の腕についている禍々しいデュエルディスクを展開し、デュエルの準備が完了する。
「……悲しみ、苦しみ、怒り、憎しみ、疑心……やはり君こそが邪心経典の完成に相応しい……良いだろう、デュエルだ!」
俺には分からない何事か呟きながら、俺と覇王は睨み合う。誰もいないスタジアムの中、殺気が渦巻く戦いが始まろうとしていた。
『デュエル!』
遊矢LP4000
覇王LP4000
「俺の先攻!」
デュエルディスクが俺の方に先攻を提示する。覇王の実力は先に戦った戦士長、明日香に及ばないとのことだが、それも覇王が自ら言ったこと。真実がどうかは分からず、油断をすることは出来ない。
「俺は《マックス・ウォリアー》を召喚!」
機械戦士の一番槍。アタッカーこと《マックス・ウォリアー》がいつも通りに戦陣を切る。攻撃表示で召喚し、闇魔界の覇王のデッキがどんなものか誘い出す、という役割も担っている。
「カードを二枚伏せ、ターンエンド」
「私のターン……ドロー」
合計三枚のカードを展開すると、闇魔界の覇王の元へとターンが移る。さて、どんなデッキなのかと身構える俺に対し、闇魔界の覇王は薄く笑うのみだった。
「ある日この異世界に、二人の異邦人がやって来た。一人は運良く助けられたが、もう一人は運悪く我らの領地に現れた」
何の話だ――と怒声を浴びせようとするが、直前に俺は闇魔界の覇王が話そうとしている内容に気づく。この異世界に現れた二人の異邦人……俺と明日香のことだと。
「少女は体力を失ったまま果敢に戦うが、最後はデッキを取り落として気絶してしまう。そして闇魔界の軍勢に捕らえられたのだ。……私は《ワーム・ゼクス》を召喚!」
そのまま闇魔界の覇王は、不出来な物語を言って聞かせるように話していたが、突如としてデュエルを再開する。召喚されたのは光属性・爬虫類族のカテゴリー、《ワーム》に属するモンスターの一種である《ワーム・ゼクス》。……闇魔界の覇王には随分不釣り合いな種族だ。
「私は《ワーム・ゼクス》の効果により、デッキからワームと名の付くモンスターを墓地に送る」
焦らしているつもりかどうかは知らないが、どうやら今はこれ以上を話す気はないらしく、覇王は淡々と《ワーム・ゼクス》の効果処理を行っていく。……そして先程の発言は、明日香のデッキを使っていたヒロイックの戦士――カンテラの『金髪の決闘者が負けたところから奪った』という条件と一致する。
……闇魔界の覇王が語る言葉は真実なのか?
「さらに、墓地に送った《ワーム・ヤガン》の効果だ。こちらのモンスターが《ゼクス》のみの時、墓地から《ヤガン》をセット出来る」
さらにワームの効果を操る闇魔界の覇王を前に、考えても仕方がないことを考えている暇ではないと、まずは目の前にいる仇敵のことを考える。《ワーム・ゼクス》のみだったフィールドには、新たなワームが墓地からセットされている。
セットされたモンスターは《ワーム・ヤガン》で、確かリバース効果は相手のモンスターのバウンスだったか。俺のフィールドにいる《マックス・ウォリアー》の攻撃力と、《ワーム・ゼクス》の攻撃力は同じであり、バウンス効果を盾にして睨み合いでもするつもりか。
「さらに《太陽の書》を発動し、裏守備表示の《ワーム・ヤガン》を反転召喚。効果を発動!」
結果的に言えば、睨み合いではなく攻撃の為の策。モンスターを表側攻撃表示にする《太陽の書》の効果により、《ワーム・ヤガン》はそのリバース効果をを発動し、《マックス・ウォリアー》は俺の手札にバウンスされる。
「バトル! 《ワーム・ヤガン》でダイレクトアタック!」
「…………」
遊矢LP4000→3000
《ワーム・ヤガン》の触手の一撃が俺を襲うものの、大したダメージではないと放っておく。……明日香に比べれば、この程度のダメージなど。
「続いて《ワーム・ゼクス》でダイレクトアタック!」
「リバースカード、オープン! 《くず鉄のかかし》!」
二撃目を加えようとして来た《ワーム・ゼクス》の攻撃は、伏せられていた《くず鉄のかかし》が防ぎきる。
「《くず鉄のかかし》は発動後、再びセットされる」
「なるほど……私はカードを一枚伏せ、ターンエンド」
《マックス・ウォリアー》がバウンスされてしまったせいで、最初のターンの攻防はこちらの負けか。闇魔界の覇王のフィールドにいる、厄介な二人のワームを見つつ、俺はカードをドローする。
「俺のターン、ドロー!」
バウンス効果と墓地からの特殊召喚を持つ《ワーム・ヤガン》も厄介だが、墓地から特殊召喚された《ワーム・ヤガン》は破壊された時除外される。そう易々と再利用には向かない筈だ。……よって今厄介なのは、《マックス・ウォリアー》と同じ攻撃力の《ワーム・ゼクス》。
「俺は《マックス・ウォリアー》を召喚!」
バウンスされた《マックス・ウォリアー》が再び召喚され、その三つ叉の槍をワームたちに構え直す。《ワーム・ゼクス》はフィールドに《ワーム・ヤガン》がいる時、戦闘破壊耐性を発揮する。それが厄介な理由だが、先に《ワーム・ヤガン》を破壊せねばならない。
「バトル! 《マックス・ウォリアー》で《ワーム・ゼクス》に攻撃! スイフト・ラッシュ!」
《マックス・ウォリアー》は自身の効果で攻撃力を上げ、高速のラッシュがステータスの劣る《ワーム・ヤガン》へと襲いかかる。しかし、《ワーム・ヤガン》は攻撃を受ける寸前に消えていき、《マックス・ウォリアー》の攻撃は《ワーム・ゼクス》が受けることとなった。
「伏せてあった、永続罠《ガリトラップ―ピクシーの輪―》の効果。君のモンスターは攻撃力の低いモンスターに攻撃出来ない……さらに!」
闇魔界の覇王が発動していた罠カードは、攻撃力の低いモンスターを妖精たちが隠して攻撃させなくする、永続罠《ガリトラップ―ピクシーの輪―》。その妖精たちに隠された者は発見出来ず、《マックス・ウォリアー》は代わりに《ワーム・ゼクス》に槍を突きつけるが、《ワーム・ゼクス》は自身の効果で破壊されない。
《マックス・ウォリアー》の槍は、破壊こそ出来なかったものの寸分違わず《ワーム・ゼクス》を貫き、そのダメージは闇魔界の覇王へと向かう……筈なのだが。空中に突如として現れた本のような物体に、ダメージが吸収されていく。
覇王LP4000→3600
「このフィールドに発動していた《邪心経典》の効果を発動! 私がダメージを受けた時、デッキから《邪心教義》と名の付くカードを墓地に送る。まずは悲しみ……」
闇魔界の覇王のデッキから《邪心教義―悲》というカードが墓地に送られ、頭上の本のような物体に赤い血文字で『悲』と綴られる。このフィールドに発動していた、ということに驚きはあるが、今はそんなことはどうでも良い。重要なのは、《邪心経典》というカードがどんなカードであるか、だ。
戦闘ダメージが発生した際に対応するカードを墓地に送る――似たようなカードを斎王の妹である美寿知が使っていた。あちらはカウンターが十個貯まった際に、切り札を呼び出すフィールドを張る魔法カードだったが……今はまだ、《邪心経典》がどんなカードかは分からない。
「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド」
「私のターン、ドロー。……闇魔界の軍勢に捕まった彼女は、新たなデッキを与えられ、決闘者の収容所に入れられた」
新たにカードを一枚伏せ、これで俺のフィールドは《マックス・ウォリアー》に伏せカードが三枚。《ワーム・ヤガン》を破壊することには失敗したが、戦闘破壊出来なかったことにより、マックス・ウォリアーのデメリットは発生しない。不幸中の幸いを噛みしめていると、闇魔界の覇王は再び訥々と語りだした。
「その収容所は決闘者が血で血を洗う凄惨な処刑場……仲間などおらず、周りは全て敵だった。すぐ敗北するだろうと思われたが、彼女は存外に生き残った。私はフィールド魔法《シャインスパーク》を発動!」
聖女ジャンヌと戦う前に言っていた、捕まえた決闘者で殺し合いをさせる収容所――そこに明日香は捕らえられた。話はそこまでだと言わんばかりに、闇魔界の覇王はフィールド魔法を発動する。
薄汚れた闘技場が光の世界へと変容していき、ワームたちが幾分か巨大化していく。フィールド魔法《シャインスパーク》。光属性モンスターの守備力を犠牲に、その攻撃力を上げるフィールド魔法である。
「さらに《ワーム・テンタクルス》を召喚する」
《ワーム・ゼクス》と《ワーム・ヤガン》のみなら、《くず鉄のかかし》で防げたものの、もちろんそういう訳にはいかないらしい。新たに連続攻撃とパンプアップ効果、というこの状況に相応しい効果を持った《ワーム・テンタクルス》が召喚されるが、その効果は墓地にワームがいないので発動しない。だが、フィールド魔法《シャインスパーク》の効果により、その攻撃力は2200と《マックス・ウォリアー》を超える。
「バトル! ワーム・ゼクスでマックス・ウォリアーに攻撃!」
「《くず鉄のかかし》!」
先のターンと同じく《くず鉄のかかし》がその攻撃を防ぐものの、すぐさま次のワームが《マックス・ウォリアー》を襲う。もはや《くず鉄のかかし》は発動することは適わず、《ワーム・テンタクルス》の攻撃が炸裂する。
「ワーム・テンタクルスでマックス・ウォリアーを攻撃!」
「くっ……!」
遊矢LP3000→2600
フィールド魔法《シャインスパーク》で強化され、《ワーム・テンタクルス》は《マックス・ウォリアー》を打ち破る。そして、まだ闇魔界の覇王のフィールドにはモンスターが存在していた。
「ワーム・ヤガンでダイレクトアタック!」
攻撃力がリクルータークラスに到達した《ワーム・ヤガン》が、がら空きになった俺のフィールドへと迫り来る。だが、《くず鉄のかかし》以外にも伏せカードはある……!
「リバースカード、オープン! 《トゥルース・リインフォース》! デッキから守備表示で現れろ、《スピード・ウォリアー》!」
デッキからレベル2以下の戦士族モンスターを特殊召喚する罠カード、《トゥルース・リインフォース》により、守備表示でマイフェイバリットカードが特殊召喚される。闇魔界の覇王は一瞬、わざわざデッキから特殊召喚されたスピード・ウォリアーを見て警戒したものの、ワーム・ヤガンに対して攻撃を続行させる。
「ワーム・ヤガンの攻撃は続行する」
「だが、こちらのもう一枚のリバースカード、《ドロー・マッスル》も発動していた!」
三枚のリバースカードの最後の一枚、速攻魔法《ドロー・マッスル》が《スピード・ウォリアー》に力を与え、《ワーム・ヤガン》の攻撃を耐え抜いていく。筋力が増強された回し蹴りで触手を弾いていき、《ワーム・ヤガン》は諦めて闇魔界の覇王のフィールドへ帰っていく。
「《ドロー・マッスル》はレベル2以下のモンスターに戦闘破壊耐性を与え、俺はカードを一枚ドローする」
「なるほど……私はこれでターンエンド」
俺のフィールドには《スピード・ウォリアー》と、伏せられた《くず鉄のかかし》。対する闇魔界の覇王にはゼクス、ヤガン、テンタクルスの三種のワームに、それを強化する《シャインスパーク》にヤガンを守る《ガリトラップ―ピクシーの輪―》。そして、謎の《邪心経典》……
「俺のターン、ドロー!」
「……しかし君、さっきから守るのは上手いが何もしないね。もしかして、戦士長と彼女に勝ったのはまぐれかい?」
ドローするとともに状況を見渡していると、闇魔界の覇王の挑発がこちらに届く。確かにこのターンまでは防戦一方だったが……今、俺のフィールドには、マイフェイバリットカードがいる。闇魔界の覇王の挑発には、行動で答えるとしよう。
「俺は魔法カード《モノマネンド》を発動! フィールドにいるレベル2以下のモンスターの、同名モンスターをデッキから特殊召喚する! 来い、スピード・ウォリアー!」
相手のモンスターに表側守備表示やレベル制限、様々な条件があるものの、デッキから直接マイフェイバリットカードを呼べる優秀な魔法カード《モノマネンド》。先の《トゥルース・リインフォース》で、元々戦闘破壊耐性がある《マッシブ・ウォリアー》を特殊召喚しなかったのは、この魔法カードに繋げる為でもある。そして、魔法で現れた粘土がスピード・ウォリアーの形になっていき、そこから本物の《スピード・ウォリアー》が現出する。
「さらに《ロード・シンクロン》を召喚!」
増殖したマイフェイバリットカードに加えて、金色のロードローラーを模したチューナーモンスターが召喚され、あっという間に三体のモンスターがフィールドに並ぶ。もちろん《シャインスパーク》で強化されたワーム軍団には適う事はないが、シンクロ召喚の準備が整った。
「レベル2の《スピード・ウォリアー》二体に、レベル4の《ロード・シンクロン》をチューニング!」
《ロード・シンクロン》が車輪とエンジンを轟かせて光の輪と化すと、《スピード・ウォリアー》を包み込んでいく。途中、《モノマネンド》の粘土から推参した《スピード・ウォリアー》が消えてしまったものの――《モノマネンド》の効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドを離れると除外されてしまう――が、光とともに機械戦士の皇が降臨する。
「集いし希望が新たな地平へいざなう。光さす道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」
専用チューナーモンスターである《ロード・シンクロン》を巨大化させ、機械戦士たちの皇に相応しく武装化したようなモンスター……《ロード・ウォリアー》がシンクロ召喚される。風格ある佇まいでワーム軍団を見下ろすと、まずは背中の剣を抜きはなった。
「《ロード・ウォリアー》の効果を発動! デッキからレベル2以下の戦士族か機械族モンスターを特殊召喚する! 現れろ、《バスター・ショットマン》!」
「また低レベルモンスターの特殊召喚かい……どうせなら、もっと強いモンスターにして欲しいものだ。見てて楽しい」
《ロード・ウォリアー》の剣から光が放たれ、光の先から新たに《バスター・ショットマン》が特殊召喚される。繰り返される低レベルモンスターの特殊召喚に辟易する闇魔界の覇王を尻目に、《バスター・ショットマン》は銃型の強化パーツに変形していき、《ロード・ウォリアー》の手に収まった。
「《バスター・ショットマン》は自分のモンスターの装備カードとすることが出来る! バトルだ、ロード・ウォリアー!」
俗にユニオン効果と言われる効果で《バスター・ショットマン》は《ロード・ウォリアー》の装備カードとなり、その銃口は闇魔界の覇王のワーム軍団へと向けられた。ただし、最もステータスの低い《ワーム・ヤガン》だけは、永続罠《ガリトラップ―ピクシーの輪―》の効果で姿が消えていく。
さらに、《バスター・ショットマン》を装備したモンスターは攻撃力・守備力がともに500ポイント下がってしまうが、《ロード・ウォリアー》は光属性。よって、闇魔界の覇王のフィールド魔法《シャインスパーク》によって強化され、差し引きで攻撃力は変わらない。……代わりに守備力はさらに減少しているが。
「《ロード・ウォリアー》で《ワーム・テンタクルス》に攻撃! バスター・ショット!」
ショットガンのような銃となった《バスター・ショットマン》を器用に扱いながら、《ワーム・テンタクルス》を撃ち抜いていく。そのまま無慈悲に銃弾を発射し続け、遂には《ワーム・テンタクルス》を破壊し――《バスター・ショットマン》の効果の発動トリガーを満たす。
覇王LP3600→2800
「《バスター・ショットマン》を装備したモンスターがモンスターを戦闘破壊した時、破壊したモンスターと同じ種族のモンスターを全て破壊する!」
破壊した《ワーム・テンタクルス》は爬虫類族モンスター。もちろん、ワームというカテゴリーの特性上、他二体のワームモンスターも爬虫類族モンスターである。《ロード・ウォリアー》はショットガンの弾をリロードすると、《バスター・ショットマン》の第二射の準備を整える。
「なっ……!?」
「蹴散らせ、《バスター・ショットマン》!」
闇魔界の覇王の驚愕する声と俺の叫び声をバックに、《ロード・ウォリアー》はショットガンを思うさま連射していく。散弾が相手フィールド場に飛び散り、戦闘破壊耐性を持つ《ワーム・ゼクス》はもちろん、《ガリトラップ―ピクシーの輪―》によって隠れていた《ワーム・ヤガン》までもを殲滅していく。《ロード・ウォリアー》が銃を撃ちきった時、もう闇魔界の覇王のフィールドにはモンスターがいた形跡すらなかった。
「……だけど戦闘ダメージを負ったことで、《邪心経典》の効果を発動だ。次は怒りの感情を……」
しかし、《ワーム・テンタクルス》を破壊した時の戦闘ダメージにより、再び謎の《邪心経典》が動き出す。『悲しみ』の次は『怒り』――《邪心教義―怒》が墓地に送られ、邪心経典に新たな文字が記載される。
「……これで俺はターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
まだあの《邪心経典》はどんなものか分からず、不気味に沈黙を続けていく。そのせいで、《ロード・ウォリアー》と《バスター・ショットマン》の活躍により、ワーム軍団を壊滅させたにもかかわらず、あまり喜ばしい事態とは言えなかった。頭上で怪しく光る《邪心経典》にも注意を向けながら、俺はまたもや語り出した闇魔界の覇王の話に耳を傾けた。
「生き抜く為なら泥をすすり、寝食を共にした仲間すら裏切り、血反吐を吐こうが倒れなかった。……どうやら、彼女はそこまでしてでも生き残りたいらしい。果たしてその願いが神に通じたのか、彼女は最後の一人として生き残った!」
闇魔界の覇王が今話している話が本当だという証拠は何処にもない。むしろ、俺を決闘に集中させないようにするのが狙いだ、と考えた方が納得できる。よって、ただ話半分に聞いてこちらの思考時間とすれば良い。
――などと頭の中では考えていても、本能が現実を見ようとしない俺の本能へと囁いてくる。……覇王が言っていることは本当だと。
「私は《ワーム・ゼクス》を召喚!」
後攻一ターン目と同じく、再び《ワーム・ゼクス》が召喚される。違う点と言えば、フィールド魔法《シャインスパーク》で強化されていることだが、《ロード・ウォリアー》に対してその強化は無いに等しい。召喚と同時にワームモンスターを墓地に送る効果が発動し、さらにはゆらりとフィールドに影が揺らめいた。
「《ワーム・ヤガン》の効果。フィールドに《ワーム・ゼクス》がいる時、このモンスターは裏側守備表示で特殊召喚出来る!」
揺らめいた影の正体は《ワーム・ヤガン》。こちらも同じく、後攻一ターン目と同様の手段でフィールドに現れ、闇魔界の覇王のフィールドにセットされる。一体目の《ワーム・ヤガン》は、自身のデメリット効果により除外されている筈なので、新たに《ワーム・ゼクス》の効果で墓地に落としたモンスターか。
「さらに、《悪夢の鉄檻》を発動してターンを終了しよう」
ならば次は《太陽の書》で《ワーム・ゼクス》をリバース――となるほど、後攻一ターン目に忠実ではなかったものの、代わりに俺のフィールドを《悪夢の鉄檻》が封じ込める。さしもの《ロード・ウォリアー》も身動きが取れず、攻撃が出来ない状況で俺たちにターンが回って来た。
「俺のターン、ドロー!」
俺のフィールドには《バスター・ショットマン》を装備した《ロード・ウォリアー》に、リバースカードとして伏せられている《くず鉄のかかし》。闇魔界の覇王のフィールドには、戦闘破壊耐性を得る攻撃表示の《ワーム・ゼクス》にバウンス効果を持つ裏側守備表示の《ワーム・ヤガン》。さらに攻撃力が低いモンスターを守る《ガリトラップ―ピクシーの輪―》に、俺たちを封じ込める《悪夢の鉄檻》……そして、《邪心経典》。
「俺は《ロード・ウォリアー》の効果を発動し、デッキから《ニトロ・シンクロン》を特殊召喚!」
再び《ロード・ウォリアー》の剣から新たなモンスターを呼び出すものの、残念ながら、俺の手札には更に通常召喚する後続のモンスターはいない。《悪夢の鉄檻》で動きを封じられていて、相手の魔法カードを破壊する手段がない今、チューナーモンスターである《ニトロ・シンクロン》を守備表示で特殊召喚し、機を待つしかない……
「……これでターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
俺のエンド宣言とともに、《ロード・ウォリアー》を封じ込めていた《悪夢の鉄檻》にヒビが入っていく。しかし、わざわざ消えるのを悠長に待っている訳にはいかない。
「生き残った彼女に私は聞いた。どうしてそんなにも生き残りたいのかと。彼女は息も絶え絶えに、『帰る場所と人がいるから』と答えた……ああ、素晴らしい!」
闇魔界の覇王の話は続いていく。明日香に向けてなのか、場違いな拍手が《シャインスパーク》のフィールドに鳴り響く。
「ああ、しかしなんたる悲劇だ。まさか、彼女はその帰る人に殺されてしまう、とは……私は《ワーム・ヤガン》をリバース!」
……生き残った明日香はモンスターと融合させられてしまい、《聖女ジャンヌ》となって闇魔界の軍勢の幹部となっていた。そして、それをデュエルで倒したのは――俺に他ならない。闇魔界の覇王に明日香の仇だ、と挑むなど笑わせる……仇は自分自身なのだから。
「……手札から《エフェクト・ヴェーラー》を捨て、その効果を無効にする!」
……それでも俺は闇魔界の覇王に怒りをぶつけなくては気がすまない。八つ当たりだろうが、現実逃避だろうが、何だろうが――このデュエルの間だけは、明日香を手にかけたことを忘れられる。
「くっ……更にモンスターをセットし、カードを二枚伏せてターンエンド!」
バウンス効果を持つ《ワーム・ヤガン》がフィールドにいて、対策を怠るわけがない。《ワーム・ヤガン》のリバース効果を《エフェクト・ヴェーラー》で防いだことで、闇魔界の覇王の計画は大幅に狂ったようで、さらに守りを固めていく。
伏せられた三枚のリバースカードが何であれ、今はとにかく攻める時――と、闇魔界の覇王のフィールドを睨みつけながらカードを引く。
「俺のターン、ドロー!」
そして俺のターンに移るとともに、まずは《ロード・ウォリアー》がその手に剣を携える。剣が光を発射すると、新たな仲間がフィールドに特殊召喚された。
「俺は《ロード・ウォリアー》の効果により、《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」
中華鍋を逆に被ったような機械族モンスターが光の先から現れ、さらにその姿が三体に増殖する。
「魔法カード《機械複製術》を発動し、さらにデッキから《チューニング・サポーター》を二体特殊召喚し……《ニトロ・シンクロン》とチューニング!」
攻撃力500以下のモンスターをデッキからさらに特殊召喚する魔法、《機械複製術》による《チューニング・サポーター》の展開とともに、新たなモンスターを呼び込む力とする。先のターンで特殊召喚されていた《ニトロ・シンクロン》が光の輪と化すと、シンクロ召喚の光がフィールドに炸裂した。
「集いし刃が、光をも切り裂く剣となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 現れろ、《セブン・ソード・ウォリアー》!」
光を切り裂き現れたのは、七つの剣を持つ機械戦士《セブン・ソード・ウォリアー》。黄金色の鎧を輝かせてフィールドに現れ、まずは二本の双剣を持ちワーム軍団と相対する。そしてもちろん、シンクロ素材となった《チューニング・サポーター》の効果が発動する。
「《チューニング・サポーター》がシンクロ素材となった時、カードを一枚ドローする。……さらに魔法カード《アームズ・ホール》を発動!」
シンクロ素材となった《チューニング・サポーター》の数は三枚、よって三枚のカードをドローする。さらにデッキトップを墓地に送ることで、装備魔法をサーチする魔法カード《アームズ・ホール》を発動し、デッキから装備魔法《パイル・アーム》を手札に加える。
《アームズ・ホール》には通常召喚を封じるデメリットがあるものの、まだ《ロード・ウォリアー》と《機械複製術》の効果による特殊召喚しかしておらず、《セブン・ソード・ウォリアー》を展開できた今、これ以上の召喚は必要としない。そしてわざわざサーチした装備魔法《パイル・アーム》は、相手の魔法・罠カードを破壊する効果を持つ。
「《パイル・アーム》を《セブン・ソード・ウォリアー》に装備し、効果発動! 相手の《悪夢の鉄檻》を破壊する!」
《セブン・ソード・ウォリアー》の腕部にパイルバンカーが装備され、そこから発射された杭が《悪夢の鉄檻》を破壊する。どうせこのターンで自壊する魔法カードだ、放っておいて他の伏せカードを狙っても良かったが……フリーチェーンなら無駄撃ちになってしまう。
……いや、俺が攻め急いでいるだけか。
「さらにセブン・ソード・ウォリアーの効果! このモンスターに装備カードが装備された時、相手に800ポイントのダメージを与える! イクイップ・ショット!」
「くぅ……!」
覇王LP2800→2000
攻め急いでいることを自嘲しながらも、装備魔法を装備したことにより、《セブン・ソード・ウォリアー》の効果が発動する。《悪夢の鉄檻》から解き放たれ、クナイのような小刀を投げ放つと、闇魔界の覇王へと直接突き刺さる。謎の魔法カード《邪心経典》は効果ダメージでは起動しないようで、何の反応も返すことはなかった。
「バトル! 俺は《ロード・ウォリアー》で――」
俺のバトルフェイズへの移行宣言とともに、《ガリトラップ―ピクシーの輪―》の効果により、攻撃表示の《ワーム・ヤガン》の効果が消えていく。しかし、《バスター・ショットマン》を装備した《ロード・ウォリアー》でセットモンスターを破壊すれば、《バスター・ショットマン》の効果が発動する。
「バトルフェイズ開始時に罠を発動させてもらおう、《W星雲隕石》!」
しかして《ロード・ウォリアー》が攻撃を行うより早く、闇魔界の覇王が罠カードの発動を宣言する。そのカードはワームというカテゴリを代表するカードである《W星雲隕石》。
「チッ……!」
反射的に舌打ちが発せられるが、今の俺にあのカードを止める術はない。まずは第一の効果として、フィールドにセットされたモンスターが表側守備表示となる。俺のフィールドにはいないものの、闇魔界の覇王のフィールドにはセットモンスターが一体――三体目の《ワーム・ヤガン》が姿を表した。
「《ワーム・ヤガン》のリバース効果を発動! 《ロード・ウォリアー》を手札に戻してもらう!」
先のターンでは《エフェクト・ヴェーラー》によって防いだバウンス効果が再び襲いかかり、《ロード・ウォリアー》は無念にもエクストラデッキへと戻されてしまう。装備されていた《バスター・ショットマン》はフィールドに落とされ、そのまま破壊され墓地に送られる。
しかも《W星雲隕石》の効果はタイミングをズラしてリバース効果を使わせること、だけではない。第二、第三の効果が控えている――いや、そちらの効果がメインであると言っても過言ではない。
第二の効果はフィールドの光属性・爬虫類族――つまりはワーム軍団――を全て裏側守備表示にし、さらにその数だけカードをドローする効果。第三に、デッキからレベル7以上の爬虫類族モンスターを新たに特殊召喚する効果……今のままではカードを三枚ドローされて《ワーム・ヤガン》の効果が再利用される上に、切り札クラスのワームがフィールドに呼び出される。
しかし、第一の効果が止められなかった時点で、第二、第三の効果を止めることは出来ない。……出来ることと言えば、第二の効果によるドローするカードの枚数を減らす程度。
「……なら、《セブン・ソード・ウォリアー》で守備表示の《ワーム・ヤガン》に攻撃! セブン・ソード・スラッシュ!」
俺が取った選択肢はフィールドの爬虫類族モンスターを減らし、《W星雲隕石》の第二の効果による、闇魔界の覇王がドローする枚数を減らすこと。闇魔界の覇王のフィールドにある《ガリトラップ―ピクシーの輪》の効果により、攻撃表示の《ワーム・ヤガン》は攻撃出来ないが、今し方バウンス効果を発動した《ワーム・ヤガン》は守備表示。ダメージは与えられないが、《ガリトラップ―ピクシーの輪―》の効果の対象外のため、攻撃することは出来る……!
「さらにリバースカードを発動! 《最終突撃命令》!」
だが、そう上手くいくことはなく、闇魔界の覇王のもう一つのリバースカードが発動する。永続罠《最終突撃命令》――リバース効果を使うワームとは一見アンチシナジーだが、《邪心経典》のサポートに投入していたのか。……いや、投入理由などは大した問題ではなく、重要なのは今このタイミングで何が起きるか、ということである。
守備表示モンスターを強制的に攻撃表示にし、表示形式の変更を封じる永続罠《最終突撃命令》。その効果によって、《W星雲隕石》で表側守備表示だった《ワーム・ヤガン》は攻撃表示となり、《シャインスパーク》で強化されているとは言え、その低攻撃力を晒すことになる。……しかし、闇魔界の覇王のフィールドには《ガリトラップ―ピクシーの輪―》があり、俺はその効果によって最も攻撃力が低い攻撃表示モンスターに攻撃出来ない。
つまり、《ワーム・ヤガン》は二体とも《ガリトラップ―ピクシーの輪―》の効果で消えていき、俺が攻撃出来るのは戦闘破壊耐性がある《ワーム・ゼクス》のみ……!
「くっ……ワーム・ゼクスに攻撃だ、セブン・ソード・スラッシュ!」
覇王LP2000→1400
《シャインスパーク》で《ワーム・ゼクス》は強化されているが、《セブン・ソード・ウォリアー》とて《パイル・アーム》を装備して攻撃力は2900。《パイル・アーム》には魔法・罠カードを破壊する効果だけでなく、攻撃力を500ポイントアップする効果もある。しかし、どちらにせよ《ワーム・ゼクス》は破壊されず、戦闘ダメージを与えたことにより、《邪心経典》の効果が発動する……
「《邪心経典》の効果により、デッキから《邪心教義―苦》を墓地に送る……!」
デッキから《邪心教義―苦》が墓地に送られるとともに、新たに《邪心経典》に『苦しみ』の文字が加えられる。悲しみ、怒りと来て苦しみ……まだどれだけあるかは分からず、不気味な沈黙を保ち続けている。
「メイン2、俺は《セブン・ソード・ウォリアー》の効果を発動! 装備された装備魔法を墓地に送ることで、相手モンスターを破壊する! 俺は《パイル・アーム》を破壊し、《ワーム・ヤガン》を破壊!」
バトルフェイズでの戦闘破壊には失敗したものの、《セブン・ソード・ウォリアー》は最後にせめてもの一撃を与える。《パイル・アーム》と発射された剣が《ワーム・ヤガン》を破壊し、《W星雲隕石》によるドローを一枚減らす。……それぐらいの抵抗しか、俺に出来ることはなかった。
「……ターンエンド」
俺のエンドフェイズ宣言とともに、《W星雲隕石》の第二、第三の効果が発動する。《セブン・ソード・ウォリアー》による効果破壊が、こちら側のせめてもの抵抗だと分かっているのだろう、闇魔界の覇王は余裕そうに笑って高らかに効果の発動を宣言する。
「エンドフェイズ、《W星雲隕石》の効果を発動! 《ワーム・ヤガン》と《ワーム・ゼクス》を裏側守備表示にし、二枚ドロー!」
強制的に攻撃表示にし、表示形式の変更を封じ込める効果を持つ《最終突撃命令》だが、《W星雲隕石》の効果の発動は止められない。何故なら、《最終突撃命令》の攻撃表示にする効果はあくまで表側表示のモンスターにしか適用されない。表示形式の変更を封じ込める効果も、あくまで自発的な表示形式の変更を封じるだけで、効果による表示形式の変更は対応出来ないからだ。
「クク……さらにデッキからレベル7以上の爬虫類族モンスターを特殊召喚する!」
……そして闇魔界の覇王がカードを二枚ドローするとともに、《シャインスパーク》の光より巨大な隕石が降り注ぎ、スタジアムへと着弾する。そしてその隕石にへばりついていた巨大なワームが、ゆっくりとフィールドに降臨した。
「現れよ、《ワーム・クィーン》!」
隕石から現れたのはワームの女王《ワーム・クィーン》。もちろん属性は光属性のため、《シャインスパーク》によって攻撃力が500ポイントアップする。
「私のターン、ドロー!」
そしてワームの女王の降臨と同時に、エンド宣言の済んだ俺のターンから闇魔界の覇王のターンへと移行する。《ワーム・クィーン》を得てどのように攻めてくるか……いや、その前に。
「彼女を気に入った私は、この《邪心経典》の生け贄とするに相応しいと考えた。彼女の魂はこの書に封印され、六つの邪心教義へと分かたれる……」
「……何を言ってる?」
物語のように分かりやすく話していた先程までと打って変わって、抽象的な儀式についての話となる。明日香の魂が《邪心経典》――あの本へと封印されている……?
「ああ、すまない……要するにだね、君と彼女の協力で《邪心経典》は完成し、大いなる力の礎となる、ということさ」
……要するに、怪しげな儀式に利用された、ということか。詳しいメカニズムなどに興味はないが、俺たち二人を使って何らかの儀式を行い、このデュエルを持って完成する、と。しかし、俺たち二人がこの異世界に来たのは偶然だ。そんな俺たちを、闇魔界の覇王はどうして《邪心経典》の儀式に使えるのだと分かったのか……?
――俺たちをこの異世界に送って、この儀式の生け贄にしようてした黒幕がいる?
「私は《マジック・プランター》を二枚発動! 永続罠二枚を破壊し、四枚のカードをドローする!」
……そんなことを考えている暇はない。闇魔界の覇王の総攻撃が始まろうとしていた。まずは下準備としてか、《マジック・プランター》によって用済みの永続罠を破壊して四枚のドロー。
「私は《ワーム・アポカリプス》を召喚!」
さらに召喚される、レベル1の最下級ワームこと《ワーム・アポカリプス》。確か効果は反転召喚時に相手の魔法・罠カードを破壊するリバース効果だったと記憶しているので、さしたる意味は今はない。それどころか、《シャインスパーク》の効果は受けていても戦闘に耐えないそのステータスで、一体何をするつもりなのか気になるところである。
「さらに二体のワームを反転召喚! ワーム・ゼクス! ワーム・ヤガン!」
そして先のターンに《W星雲隕石》で裏側守備表示になっていた、主力ワームが二体ともに反転召喚される。さらに《ワーム・ヤガン》のリバース効果であるバウンス効果で、《セブン・ソード・ウォリアー》はエクストラデッキに戻され――ない?
「ん? ワーム・ヤガンの効果は発動しないさ。さらに《ワーム・クィーン》の効果を発動! このカードをリリースし、《ワーム・キング》を特殊召喚する!」
《ワーム・ヤガン》のバウンス効果を発動しない、という不可解な行動に、まさかこちらの手札がバレているのかと不審に考える。しかしそのことを問う暇もなく、闇魔界の覇王のフィールドには、ワームたちの王――《ワーム・キング》が特殊召喚されていた。
《ワーム・クィーン》には、自身を含むワームをリリースすることにより、デッキからそのレベル以下のワームを特殊召喚する効果がある。その効果により自らを生け贄に捧げ、《ワーム・キング》がフィールドに現れていた。
「《ワーム・キング》の効果を発動! 《ワーム・アポカリプス》を墓地に送り、君のリバースカードを破壊し、バトル!」
《ワーム・キング》の効果。フィールドのワームをリリースすることで、こちらのフィールドのカードを一枚破壊する、というクィーンとはある意味逆の効果とも言える。そして、俺のフィールドを守り続けていた《くず鉄のかかし》が遂に破壊され、ワームの王を始めとする軍団の矢面に《セブン・ソード・ウォリアー》は晒される。しかし、《セブン・ソード・ウォリアー》の前に現れたのは、下級モンスターである《ワーム・ゼクス》だった。
「攻撃しろ、ゼクス!」
「……迎撃だ、セブン・ソード・スラッシュ!」
フィールド魔法《シャインスパーク》で強化されているとは言え、下級のワーム程度ならば装備魔法カードが無くとも《セブン・ソード・ウォリアー》の敵ではない。《ワーム・ゼクス》は自身の効果で破壊を免れたものの、ただダメージを受けただけの正真正銘の自爆特攻と相成った。
しかし、戦闘ダメージを受けたこと――それはつまり、《邪心経典》の効果が発動するということに他ならない。
覇王LP1400→1300
《ワーム・ヤガン》の効果で《セブン・ソード・ウォリアー》をバウンスしなかった理由は簡単なこと。体の良い自爆特攻の的だったというだけだ。100ポイントのダメージを受け、闇魔界の覇王はの邪心教義を墓地に送る。
「私は《邪心教義―疑》を墓地に送る。……このカードは彼女の感情だ。君に対する、ね」
「……どういうことだ?」
またもや要領を得ない話が、闇魔界の覇王の口から紡がれる。《邪心教義―疑》のカードが墓地に送られ、『疑』の血文字が《邪心経典》に刻まれる。あのカードが明日香の感情……?
「簡単な話さ。この《邪心経典》は彼女を元に作られた。そこに刻まれていくのは彼女の感情だろ? 帰るべき人だった君に殺されて悲しい、怒り、苦しい……そして今、『何故?』という疑いの感情が刻まれた」
あの《邪心経典》は明日香そのものであり、あの《邪心教義》は明日香の感情である――悲しみ、怒り、苦しみ、疑い。俺はこの手で彼女を殺すだけでは悪しからず、今もなお彼女に負の感情を与え続けているというのか――?
「おっと。かと言って君がどうにかしないと、私は《邪心経典》となった彼女を生け贄にする。そうさせたくないなら、君が彼女を苦しませながら私を倒したまえ。……続きだ、《ワーム・キング》で《セブン・ソード・ウォリアー》を攻撃!」
「セブン・ソード・ウォリアー……!」
遊矢LP2600→1800
《シャインスパーク》で強化された《ワーム・キング》の一撃が《セブン・ソード・ウォリアー》に炸裂し、一撃の下にセブン・ソード・ウォリアーは破壊される。ワームの王の名は伊達ではない。
「さらに速攻魔法《突進》を発動し、《ワーム・ヤガン》でダイレクトアタック! ……さあ、防いでみせてくれたまえ!」
「――手札から《速攻のかかし》を捨て、バトルフェイズを終了させる!」
《ワーム・ヤガン》のバウンス効果を対策し、手札に持っていた《速攻のかかし》のおかげで、突如として強化された《ワーム・ヤガン》からのダイレクトアタックの難を逃れる。もはや《邪心経典》の影響があって戦闘ダメージを発生させたくない、などと言っている場合ではない……!
「フフ、防いでくれてありがとう。《邪心経典》で降臨したモンスターの攻撃が、そんなもので防がれては興ざめだからね。ターンエンド」
「くっ……俺のターン、ドロー!」
俺のフィールドには何もなく、残りのライフポイントは僅か300。対する闇魔界の覇王のフィールドには、《ワーム・キング》と《ワーム・ゼクス》に《ワーム・ヤガン》のワーム軍団に、フィールド魔法《シャインスパーク》。二枚の永続罠は《マジック・プランター》によってドローに変換され、残りライフは1300ポイント。
そして今まで何の反応を示していなかった《邪心経典》が、『疑』の文字が刻まれるとともに脈動を開始した。そろそろ封印とやらが解けて、儀式が開始される合図だということか。
「君に良いことを教えてあげよう。《邪心経典》で墓地に送る《邪心教義》は、残り一つ――『憎しみ』だ」
フィールドと手札を見渡して次の手を考える俺に対して、闇魔界の覇王が心底愉快そうに声をかけてくる。《ワーム・キング》を始めとしたワーム軍団がいる、という驕りからか。
闇魔界の覇王はこう言っているのだ。『次のターンで殺されたくなければ、お前の手で《邪心経典》に――彼女に《憎しみ》を刻め』と。……あのリバースカードは自分のライフが0にならないように対策しているカードだろうに、白々しい。
「俺のフィールドにモンスターはいない。よって、《レベル・ウォリアー》を特殊!」
その問いかけは無視しながら、特撮ヒーローのような姿の機械戦士を特殊召喚する。戦闘ダメージを与えなければ俺は敗北し、戦闘ダメージを与えれば明日香に『憎しみ』を刻むことになる――らしい。……いや、そんな不確かなことよりも、戦闘ダメージを与えれば《邪心経典》は完成し、闇魔界の覇王の目的が達成されると考えるべきか。
「俺は《レベル・ウォリアー》をリリースし、《サルベージ・ウォリアー》をアドバンス召喚!」
どちらにせよ手詰まりだ。敗北するか邪心経典が完成するかの違いだけ――などと、こちらが全て思い通りになると思っては困る。まんまと『黒幕』とやらの手に掛かって、この異世界に来たのは確かだが……舐めるな!
そう思いを込めて《レベル・ウォリアー》をリリースし、《サルベージ・ウォリアー》をアドバンス召喚する。サルベージ・ウォリアーは背中に装備していた網を取り出すと、墓地に向かって投げつけた。
「《サルベージ・ウォリアー》がアドバンス召喚に成功した時、墓地のチューナーモンスターを特殊召喚出来る! 蘇れ、《ニトロ・シンクロン》!」
墓地から特殊召喚するのは《セブン・ソード・ウォリアー》のシンクロ素材となったチューナー、《ニトロ・シンクロン》。特殊召喚されるなり再びシンクロ素材となり、メーターを振り切れさせて自身を光の輪と化す。
「集いし思いがここに新たな力となる。光さす道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」
《サルベージ・ウォリアー》を光の輪が包み込み、シンクロ召喚されるのは悪魔のような形相をした機械戦士《ニトロ・ウォリアー》。その最も火力がある機械戦士の登場に、闇魔界の覇王はニヤリと笑った。
「なるほど……次の戦闘ダメージで私のライフを削りきれば良い、と考えたか」
「……《ニトロ・シンクロン》が《ニトロ・ウォリアー》のシンクロ素材となった時、一枚ドロー! さらにカードをセットし、《ブラステック・ヴェイン》を発動し、セットカードを破壊し二枚ドロー!」
戦士長とのデュエルを見ていて《ニトロ・ウォリアー》の効果を知っているのか、こちらの考えを見透かしたように闇魔界の覇王は笑う。その態度には無視を貫くと、俺は《ニトロ・シンクロン》の効果と《ブラステック・ヴェイン》の効果により更なる連続ドローを果たす。しかも、《ブラステック・ヴェイン》の発動によって、《ニトロ・ウォリアー》の効果の発動が確定する。
「そして、《ブラステック・ヴェイン》の効果で破壊したカードは《フライアの林檎》……このカードが破壊された時、カードを一枚ドロー出来る」
セットカードを破壊することで、二枚のカードをドローする魔法カード《ブラステック・ヴェイン》。普段は《リミッター・ブレイク》とのコンボに使っているが、生憎と今手札に《リミッター・ブレイク》はない。代わりに、破壊された時に一枚ドロー出来る《フライアの林檎》を破壊したが……
「さらに墓地の《ADチェンジャー》の効果を発動! 《ワーム・ヤガン》の表示形式を守備表示に変更!」
《アームズ・ホール》の効果で墓地に送られていた、《ADチェンジャー》が《ワーム・ヤガン》を守備表示にし、これで《ニトロ・ウォリアー》の第二の効果であるダイナマイト・インパクトの準備までもが整った。……明らかにとんとん拍子に進み過ぎていて、むしろ不安感が俺を襲って来る。
先のターンに《マジック・プランター》でドローに変換された、《最終突撃命令》か《ガリトラップ―ピクシーの輪―》のどちらかが残っていては、《ニトロ・ウォリアー》のダイナマイト・インパクトは成功しない。《最終突撃命令》があれば《ADチェンジャー》は通じず、《ガリトラップ―ピクシーの輪―》があれば《ワーム・ヤガン》を攻撃対象に選択できない。
――誘われている。
《邪心経典》の完成の為に、闇魔界の覇王はこちらの攻撃をあからさまに誘っていた。俺に取れる手段が、連続攻撃で闇魔界の覇王のライフポイントを全て削りきる、ということしかないと読んだ上でだ。
「バトル! ニトロ・ウォリアーで、ワーム・キングに攻撃! ダイナマイト・ナックル」
しかし、攻撃しないわけにはいかない。魔法カードを発動したことにより、《ニトロ・ウォリアー》はその攻撃力を1000ポイントをアップさせ、《ワーム・キング》へと殴りかかっていく。
「リバースカード、オープン! 《ダメージ・ダイエット》!」
そしてやはり発動された闇魔界の覇王のリバースカードは、全てのダメージを半減する罠カード《ダメージ・ダイエット》。闇魔界の覇王を中心に半透明のバリアが張られるが、自身の効果で攻撃力を上げた《ニトロ・ウォリアー》は、それに構わず《ワーム・キング》を攻撃する。ワームが王は思った以上にあっさりと破壊されると、その衝撃は闇魔界の覇王に伝播した。
覇王LP1300→1000
「続いて《ニトロ・ウォリアー》の効果を発動! 《ワーム・ヤガン》を攻撃表示にし、連続攻撃を行う! ダイナマイト・インパクト!」
《ニトロ・ウォリアー》は腕から旋風を巻き起こし、《ADチェンジャー》によって守備表示になっていた《ワーム・ヤガン》を再び攻撃表示に戻し、さらにラッシュを仕掛けて跡形もなく破壊する。しかし《シャインスパーク》の影響で《ワーム・ヤガン》は強化されており、《ダメージ・ダイエット》の効果も併せて650ダメージ――闇魔界の覇王を殺しきるには至らない。
覇王LP1000→450
「くくくく……私が戦闘ダメージを受けたことにより、《邪心経典》の効果を発動! デッキから《邪心教義―憎》を墓地に送る!」
悲しみ怒り苦しみ疑い憎しみ――五つの負の感情が《邪心経典》へと刻まれる。
「ありがとう。君と彼女には感謝のしようもない……さあ、ターンを終了したまえ。彼女を生け贄に終わりを告げるワームは降臨する!」
「……それはどうかな」
ハイテンションになっている闇魔界の覇王には悪いが、まだ俺のターンは終了していない。ペラペラペラペラと余計なことまで喋ってくれたおかげで、どうやって《邪心経典》を打ち破るか検討が付いた。そちらが戦闘ダメージを与えやすいように誘導していて、そのまま誘導に甘んじて相手の思い通りになるほど、俺も明日香も甘くはない――!
「俺は魔法カード《潜入! スパイ・ヒーロー》を発動!」
「……何?」
発動するのは、異世界に来るときに混じっていた十代のカード。闇魔界の覇王の疑問の声とともに、俺はそのカードの効果を発動する。
「デッキからカードをランダムに二枚墓地に送り、相手の墓地の魔法カードを一枚手札に加えることが出来る! 俺が手札に加えるのは――」
闇魔界の覇王の発言を総合すると、《邪心経典》の効果は戦闘ダメージを受けた時に《邪心教義》というカードを墓地に送り、その墓地の五つの《邪心教義》を対象に――恐らくは墓地から除外し――発動する。その困難な条件に比例して、《邪心経典》によって現れるカードは、もはやデュエルモンスターズという枠組みから外れているらしいが……そんなことは俺には関係も興味もない。
つまり、墓地に《邪心教義》と名の付いたカードが存在しなくなれば――
「――《邪心教義―苦》!」
――容易くこのコンボは瓦解する。
「なァっ……!?」
苦しみを選んだのはただの自己満足だった。これが明日香の感情だというのならば、せめて苦しみを味あわせないように、と。
「カードを二枚伏せ、ターンを終了」
「キサマァァ……! 早くその苦しみを返せ!」
先程までの余裕ぶった話しぶりはどこへやら、闇魔界の覇王はカードをドローしながら慌てて俺の手札を睨む。はて、返すとは一体どうすれば良いのだろう?
「チッ、なら……私は《ワーム・ゼクス》をリリースし、《ワーム・クィーン》をアドバンス召喚!」
先のターンでは《W星雲隕石》によって特殊召喚された、新たなワームを特殊召喚する効果を持った《ワーム・クィーン》がアドバンス召喚される。《ワーム・クィーン》は最上級モンスターだが、ワームをリリースに使えば上級モンスター同様に召喚出来る、という効果も持つ。
「《ワーム・クィーン》をリリースすることで……現れろ、《ワーム・ヴィクトリー》!」
《ワーム・クィーン》のリクルート効果を間に挟んで現れたのは、美しい深紅の身体と強靭な六本腕を持った『勝利』を司るワーム――《ワーム・ヴィクトリー》。元々の攻撃力は0とワームの中で最も低いものの、効果によってワームの王すらも超える数値を誇る。
「《ワーム・ヴィクトリー》の攻撃力は、墓地のワーム×500ポイント。……よって攻撃力は、5000!」
闇魔界の覇王の墓地にいるワームは、《ワーム・ゼクス》に《ワーム・ヤガン》、《ワーム・クィーン》がそれぞれ二枚ずつで、《ワーム・キング》、《ワーム・アポカリプス》、《ワーム・テンタクルス》が一体ずつで、計九体。さらにフィールド魔法《シャインスパーク》も併せて、《ワーム・ヴィクトリー》の攻撃力は5000。
「死んで彼女に償うがいい! ワーム・ヴィクトリーでニトロ・ウォリアーに攻撃!」
《ワーム・ヴィクトリー》は墓地にいたワームを貪り尽くして肥大化し、《ニトロ・ウォリアー》とは比べ物にならない程の巨体となる。《シャインスパーク》の光でなお成長しながらも、《ニトロ・ウォリアー》すら取り込まんとその触手を伸ばす。
「償うのは……お前を倒してからだ! リバースカード、オープン! 《マジカルシルクハット》!」
《ワーム・ヴィクトリー》が襲いかかってくる寸前に、《ニトロ・ウォリアー》は三つ現れたシルクハットのいずれかに姿を隠す。残る二つのシルクハットに入っているのは、デッキから選んだ二枚のカードが仕込まれているダミーだ。
「《ニトロ・ウォリアー》がいるところを当ててみるんだな」
「チィッ……真ん中のシルクハットを破壊しろぉ、ワーム・ヴィクトリー!」
他のワームとは比べ物にならない巨大な職種が振るわれ、真ん中のシルクハットが粉々に破壊される。中には……何も入っていない。そして《ワーム・ヴィクトリー》の攻撃が終わるとともに、右のシルクハットが破壊され、そこから《ニトロ・ウォリアー》が出現する。
「ハズレだ。さらに、《ワーム・ヴィクトリー》に破壊されたカードにバトルフェイズ終了後に破壊される二枚のカードは――《リミッター・ブレイク》!」
《マジカルシルクハット》で特殊召喚されるダミーは、相手のモンスターに破壊されずとも、バトルフェイズ終了後には破壊される。もう一つのダミーが入っているシルクハットが割れると、その瞬間に二対の旋風がフィールドを駆け抜けた。
「《リミッター・ブレイク》は墓地に送られた時、デッキ・手札・墓地から《スピード・ウォリアー》を特殊召喚出来る! 現れろ、《スピード・ウォリアー》!」
『トアアアアッ!』
《ニトロ・ウォリアー》と並び立つかのように、再び《スピード・ウォリアー》が二体、フィールドに特殊召喚される。《ワーム・ヴィクトリー》の攻撃は皮肉にも、こちらのモンスターを増やすだけという結果に終わったのだった。
「俺のターン……」
俺のフィールドには《スピード・ウォリアー》が二体に《ニトロ・ウォリアー》、さらにリバースカードが一枚。対する闇魔界の覇王のフィールドには、攻撃力5000を誇る《ワーム・ヴィクトリー》にフィールド魔法《シャインスパーク》。そして、なんの意味も成さなくなった《邪心経典》。
「……ドロー!」
確かに攻撃力5000の《ワーム・ヴィクトリー》の攻撃力は生半可には越えられず、脅威であることに違いはない。普段ならば、効果を無効にしたり表示形式を変更したりして突破するところだが――明日香への手向けとして、正面から叩き伏せる……!
何が手向けだ、笑わせる――と考える理性も、確かに俺の中には存在する。しかし何であれ、目の前のコイツは力づくで正面から叩き潰してやらねば気が済まない――と、俺は手札にある『リリィに貰ったカード』を手に取った。
戦士長と戦う前に彼女に渡されたカード――それは、デュエルに使用するためのものではなかった。カードの精霊である彼女は精霊としての力を代償にカード化をすることができ、デュエルで敗れて闇魔界の軍勢に囚われるくらいなら、精霊としての能力を失いカード化すると語っていた。
『良かったら……使ってあげて、ください』
それが、この異世界で俺を救ってくれた恩人との最期の会話だった。……そして、彼女自身であるカードがここにある、ということは……精霊としての彼女はもう――
「――俺は《メンタル・カウンセラー リリー》を召喚!」
リリィ――いや、白衣を来たチューナーモンスター《メンタル・カウンセラー リリー》が召喚される。そして、マイフェイバリットカード二体とチューニング――ではなく、さらに俺は一枚の魔法カードを発動する。
「俺は魔法カード《下降潮流》を発動! 《ニトロ・ウォリアー》のレベルを1にし、チューニング!」
レベルを1から3の数値にする魔法カード《下降潮流》により、《ニトロ・ウォリアー》のレベルは1となり、俺のフィールドのモンスター全員がシンクロ召喚の態勢に入る。《メンタル・カウンセラー リリー》が魔法陣のような光の輪となり、その中にいた機械戦士たちが五つの光の魂となっていく。《メンタル・カウンセラー リリー》のレベルは3――併せて8レベルのシンクロ召喚を可能とする。
「集いし決意が拳となりて、荒ぶる巨神が大地を砕く。光さす道となれ! シンクロ召喚!」
シンクロ召喚するは新たな機械戦士。一際巨大な光が光の輪から発せられると、フィールド魔法《シャインスパーク》を破壊しながらフィールドに現れる。それも、《セブン・ソード・ウォリアー》のように綺麗に切り裂くのではなく、グシャグシャにして崩壊させるかのように。
「――現れろ! 《ギガンテック・ファイター》!」
大地を轟かせ荒ぶる巨神がシンクロ召喚され、《シャインスパーク》とスタジアムを衝撃波が襲う。溢れ出すほどのパワーを抑えることはなく、《ギガンテック・ファイター》はただ拳を振るう相手へと目を向ける。
「《ギガンテック・ファイター》の攻撃力は、墓地にいる戦士族モンスターの数×100ポイントアップする」
「100ポイント? ハハッ、その程度の数値じゃ《ワーム・ヴィクトリー》の足下にも及ばないじゃないか」
荒ぶる巨神の登場に驚いていた闇魔界の覇王が、その効果を聞いて少し冷静さを取り戻す。確かにワームの数×500ポイントの攻撃力となる、《ワーム・ヴィクトリー》の効果よりは上昇値が少ないかもしれないが……もちろん、これだけではない。
まるで幽霊のように、半透明の《メンタル・カウンセラー リリー》の姿が《ギガンテック・ファイター》の前に浮かび上がる。
「メンタル・カウンセラー リリーがシンクロ素材となった時、500ポイントのライフを払うことで、シンクロ召喚したモンスターの攻撃力を1000ポイントアップする!」
遊矢LP1800→1300
半透明の《メンタル・カウンセラー リリー》は、俺のライフポイントを変換して《ギガンテック・ファイター》にさらに力を与え、再び墓地に消滅していく。そこに《ギガンテック・ファイター》の効果により、墓地の戦士族モンスターの数×100ポイントの数値が加算され、《ギガンテック・ファイター》の最終的な攻撃力が決定される。
《ギガンテック・ファイター》の元々の攻撃力は2800、《メンタル・カウンセラー リリー》の効果によって1000ポイントアップし、墓地にいる戦士族モンスターは……8体。よって800ポイントの攻撃力アップとなり、最終的な攻撃力は――4600。《ワーム・ヴィクトリー》の5000には僅かながら及ばない……!
「それでも……叩き潰す! リバースカード、オープン! 《シンクロ・ストライク》!」
「シンクロ・ストライク……?」
俺のフィールドに残された、最後のリバースカードが開かれる。その効果は、フィールドのシンクロモンスターの攻撃力を、シンクロ素材の数×500ポイントアップさせるというもの。……闇魔界の覇王のお望み通り、500ポイントアップだ。
「《ギガンテック・ファイター》のシンクロ素材の数は四体。よって、2000ポイント攻撃力をアップする!」
《メンタル・カウンセラー リリー》を初めとした、シンクロ素材となった《スピード・ウォリアー》や《ニトロ・ウォリアー》が《ギガンテック・ファイター》に力を貸していく。正面から叩き潰すという決意の通り、《ギガンテック・ファイター》の攻撃力は6600と化し、《ワーム・ヴィクトリー》へと右の拳を向ける。
「覚悟は良いか……! バトルだ!」
「やっ、やめ――」
闇魔界の覇王の制止する声が聞こえてくる。……もう遅い。《ギガンテック・ファイター》がその力を振るい始めれば、止められる者など誰もいない。
「ギガンテック・ファイターで、ワーム・ヴィクトリーに攻撃! ギガンテック・フィスト!」
《ギガンテック・ファイター》が自身の拳と手のひらを打ちつけ、《ワーム・ヴィクトリー》にその拳を向ける。ワーム・ヴィクトリーは抵抗して六つの触手を振り回すが、ギガンテック・ファイターはその攻撃をものともせず――右ストレートの一撃で、容易く肥大化した《ワーム・ヴィクトリー》を破壊する。
「え」
仲間であるワーム軍団を取り込んで肥大化し過ぎた《ワーム・ヴィクトリー》は、《ギガンテック・ファイター》の拳を受けて破壊される際、スタジアムへと倒れ込んでいく。崩壊するスタジアムの傍ら、《ワーム・ヴィクトリー》の下敷きになった闇魔界の覇王は、断末魔の叫びをあげる暇もなく潰されてしまっていた。
……とても呆気なく。
覇王LP450→0
「………………」
《ワーム・ヴィクトリー》から遠い場所にいた俺は事なきを得て、デュエルが終了したことによって《ギガンテック・ファイター》と《シャインスパーク》が消えていき、残ったのは崩壊したスタジアムのみ。闇魔界の覇王を倒して、その後に俺は何をどうする気だったんだ……と、フラフラと瓦礫に近づいていく。
「……明日――」
香、と声を出す前に背中に鋭い激痛が走る。その痛みに耐えながら何とか背後を見ると、そこには闇魔界の戦士 ダークソードの姿があった。その剣にはべったりと血が付いており、ああ、斬られたのか――と自分でも不思議なくらいに素早く状況を理解する。
「ぐふっ……!」
背中の傷を庇いながら瓦礫に倒れ込むと、数え切れない程の闇魔界の兵士たちがそこにはいた。戦士や竜騎士、少ないながら戦士長クラスもいるようだ。……その光景を見るに、闇魔界の軍勢に攻撃を仕掛けた戦士たちは全滅し、残る敵は俺一人だけらしい。
そして、この闇魔界の軍勢もトップがいなくなったからと言って瓦解するような連中ではなく、油断せずに俺を取り囲んでいく。……死ねば明日香に謝りにいけるのか。そう考えていた時、瓦礫の下から一枚のカードが俺の手元に収まった。
「《邪心経典》……」
《邪心経典》。このカード自体に意志があるかのように手に収まると、そのカードに反応するかのように俺の手札にある《邪心教義―苦》が光り出す。後は苦しみの感情を与えるだけで、この《邪心経典》は完成し、新たな力を手に入れる――そう闇魔界の覇王は言っていた。
「……もう、どんな力だろうと……関係ない」
《邪心経典》を持ってゆっくりと立ち上がりながら、《邪心教義―苦》を《邪心経典》と重ね合わせる。すると、《邪心経典》のカードに《邪心教義―苦》のカードが取り込まれていくように、ズブズブという音をたてて一体化していく。
「……明日香を助けられる力を、よこせっ……!」
闇魔界の軍勢が向こうで何か叫んでいるが、意識が朦朧としていて聞こえない。動くな、と言っているのか。攻撃準備と言っているのか。……どうでも良い、疲れた。
俺が《邪心経典》のカードをデュエルディスクにセットするのと、闇魔界の軍勢が一斉に襲いかかって来るのは、ほぼ同時のことだった。
「《邪心経典》――発動!」
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