一人のカタナ使い
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SAO編 ―アインクラッド―
第一章―剣の世界―
第1話 本当のゲームスタート
◆◇
茅場晶彦のチュートリアルが終わってしばらく経ち、ここ《はじまりの街》の中央広場にいたたくさんの人たちが各々の目的で散らばりつつある中、僕は近くのベンチに腰掛けていた。
なんとなく空を見上げると、清々しい程の青空はもう綺麗さっぱり無くなり、夕焼け色に染められていた。まだそんなに時間は経っていないと思っていたが、どうやらもう夕方と呼べる時刻らしい。今更だがそのことに気付いた。
「……はぁ………」
空を見上げたまま今日何度目かわからないため息をついたあと、首を下ろして頬杖をつく。最初は混乱していた頭の中を時間は少し……というかだいぶかかったが、頭の整理とこれからの方針大体を決めた僕は我ながら落ち着いていた。
「どうして……こんな………」
しかしまだ納得がいかず、顔を俯かせ、歯を食いしばりながら思わず声を漏らす。
僕はただこのゲームを楽しみたかっただけなのに。なんでこんなことにならなきゃいけないんだ。
茅場晶彦の目的がさっぱり理解できずに頭だけが無駄に働く。
いや、目的はわかっている。
茅場晶彦の目的は僕たちプレイヤーをこの状況に置くことだったのだから。
だけど、なんでだ? なんでこんなことをする必要があった? 僕には彼が考えていることが全くわからない――彼の目的の目的がわからない。
無意識に自分の太ももの上で拳を作っていた。僕はそれに気付いても解かずにむしろさらに力を入れる。
そもそもこのSAOさえ僕が買わなければこんな状況になることはなかったんだ。
あれだけ欲しがっていた癖になんて自分勝手な意見なんだと思っている。だけどそう思わずにはいられなかった。
あの時、父さんと母さんが止めるのを黙って聞いていれば、姉ちゃんに買いに行ってもらわなければこんなことには――
「…………くっそ………」
足の上に置いていた左拳を思いっきり自分の座っているベンチに、湧き上がってくる感情を抑えることができず、叩きつけた。だが、システムによりベンチに当たらず、その少し上で拳が止まる。
後悔をしても何も始まらないと頭ではわかっていても止めることができなかった。
さっき頭の中を整理したと言っておきながらこの様だ。全然できてないじゃないか。
わしゃわしゃと片手で髪を掻いて気分を紛らわせる。
とにかく、僕のこれからはもう決まった。
僕ははじまりの街を出て、ゲーム攻略を目指す。そして、このゲームを終わらせる。
別にはじまりの街でずっと外からの助けを待っていても良かったのだが、それだとまた今さっきみたいな気分になりそうだし、何よりそれだと面白くない。
ゲームっていうのはクリアするのが目的だ。多少事情は変わったがすることは変わらない。
それとこの世界のどこかに茅場晶彦に会うこと。
きっと彼は絶対にこの世界のどこかにいるはずだ。現実世界からモニターで見ている可能性もあるけど、それは考えにくい。なぜなら彼はこの今の現状を鑑賞ためにナーヴギアを作り、SAOという仮想世界を造った。
それならばきっと遠くからではなく、近くから観察するはずだ――例えば自分もプレイヤーの一人としてSAOに参加するとか。
探し出して僕が彼に対して抱いた疑問を解消してもらう。これは攻略と同時進行でするつもりだ。
直接会って色々言わないと僕の気が済まない。ついでに一発殴ろ。これだけひどいことをしたんだ。それぐらいは許されるだろう。
「絶対に……クリアしてやる」
僕はベンチを殴った(正確には殴ってないけど)方の拳を夕焼け色に染まった空に向かって突き出し、自分の決意を改めて確認した。
◇◆
「さて……そろそろ二人を探すか」
もちろん『二人』とはカイとコウの事だ。多分二人とも現状に混乱して焦っているだろう。
ふっ、全く……仕方ないなあ。これだからあいつらには僕が必要なんだよね。ほんと、やれやれだぜ。
思えば小さい時からそうだった。幼稚園の時も僕から声をかけなければ全然一緒に遊ぼうとしなかったし、小学生低学年の時もよくくっついていた。……いや、どっちとも僕のことか。
あの二人は小さい頃から積極的だった――特にカイ。
あいつ、僕が幼稚園で一人で遊んでいたときに外に引っ張り出してくれたんだっけ、結構強引に。なかなか衝撃的な出会いだったぜ。
まぁ、話すつもりはないけど。昔のことはあまり語りたくないし、語る機会もないだろう。
コウはあまり表情が顔に出ないけれど意外と肝が据わってるから、よくよく考えたら落ち着いているかもしれない。
それに二人とも僕より先にSAOにログインしてるはずだから僕よりも慌てず冷静に対応してる気もするし、二人はすでに合流してそうだ。
もし、そうならば僕を置いていかないで欲しいな。となると早く二人を探し出さなければ。
二人ともそんなことをするようには思えないけど状況が状況だ。もしかすると本当にそうするかもしれない。
僕は二人を探しに行こうとベンチから立ち上がろうとすると、下をむいて地面しか見えていなかった僕の視界に二つの影が入ってきた。
「何してんの?お前」
見上げてみると、そこにはカイがいた。
その表情は何事もないかのようにいつも通りの無邪気そうな笑顔だった。
カイの隣にいるコウはいつも通り落ち着いた表情をしていた――ていうか、ぼーっとしていた。うおぉう、相変わらず全然何考えてるかわからねぇ。
僕は口元を自然と上げて、立ち上がる。
「いや、お前らを探そうとしてたんだよ」
そう言いながら僕は自分のお尻を両手ではたいた。
別に現実世界とは違い地べたに座ってもお尻は汚れたりしないが、なんとなく癖になっているようでやってしまう。
そんな僕を見てカイはいつもの学校での時のようにやれやれ……といった感じで笑う。
「おいおい……行動に出すのが遅すぎるだろ」
「うるさいよ、こっちもこっちで混乱して大変だったんだっつーの」
そう返答しつつ二人に再会できたことに今更嬉しく感じる。まぁ、現実では昨日あってるんだけどね。
僕は何気なく周囲を見渡した。すると、もうこの場には最初の時よりの半分ほどしか人がいなかった。
「あれ?」
「ん、どうした?」
僕が思わず出した声にカイが反応する。コウは視線だけ僕に向けていた。
「なんかさ、茅場晶彦の話が始まる前よりも男増えてない?」
僕はまだ周りを見渡しながらそう言った。カイも僕の言葉を聞き、周囲を見渡す。
「あっ、マジだ」
「なっ?」
「どーいうことだ?」
僕たちの疑問にコウが口元をつり上げる。
「どうしたコウ、いきなり」
「……いや、別に」
「知ってるなら言えよ〜」
コウは何事もなかったかのように無表情に戻り(スゲーな)、僕たちの疑問に答えた。
「……このゲーム始める前にさ、初期設定あったじゃん」
「うん」
「初期設定にはさ、アバター製作も含まれていただろ?」
「あっ……」
この時点でカイは理解したらしく、そんな声を上げた。そのあとコウと似たような笑いをする。
……何が分かったんだろう。まだ僕にはさっぱりなんだけど。
「……まだ分かんない?」
「全然」
コウがやれやれ……といったリアクションを取る。なんか腹立つし傷つくからやめて。
「アバター製作ではさ、性別も選べただろ?男か女」
「……あっ……」
なるほど、ようやく理解した。
つまり、男なのにアバターの性別を女にした人がいたってことか。だけどそれは茅場晶彦によってアバターを現実の自分に変えられた。だから女から男になった人がいるのか。
「でも、なんで性別を変える必要があったのさ。意味なくない?」
「……意味はある。男に寄って行っていい待遇をされたかったんだろ。武器を買ってもらうとかパーティーに入れてもらうとか」
「ふーん、なるほどね」
まぁ、結局それは無駄に終わったのだが。というよりもむしろ性別に合わせて名前も付けているはずなので恥ずかしい思いをしているかもしれない。うわぁ、考えただけでぞっとする。
それに多分現実の自分に姿が変わったせいで男性の方が圧倒的に人数が多いだろう。周りを見るだけでも女の人は一人もいない。野郎ばっかりだ。どんだけの男が女になってたんだよ。
これでは素敵な女子との出会いなどの恋愛イベントがほぼ発生しないだろう。………何と言うか……がっかりだ。
話を変えるように、今度はカイが僕に向かって聞いてきた。
「どうよ? この状況」
「茅場晶彦をぶん殴ってやりたい気分だよ」
僕の率直な意見にカイが失笑する。
「怖いとか早く帰りたいとかじゃねーのかよ」
「だって、腹立つもん」
僕のその言葉にコウが静かに笑った。こいつのこの落ち着いた雰囲気はなぜか心が穏やかになる。何かの能力使いか。
「なら、絶対生き延びないとな」
「おう!」
「そこは元気に言うんだな……」
ははは……と苦笑する二人。
そんな顔されたって僕は本気なので意見を変えるつもりはない。
理由はもう言ったからいいだろう。割愛だ。
「――さて………」
そんな言葉のあとにコウがコホンっと咳払いをした。その表情から笑みはいつの間にか消えていた。
それを合図に僕とカイの表情も真剣味を帯び始める。この三人でこんな表情をすることがほとんどと言っていい程ないので少し新鮮な気がした。
「……お前と会う前に俺とカイは二人で相談して今後の方針をおおかた決めている」
コウは真剣な顔つきでそう言った。
これは予想していたことなので僕はたいして驚きはしなかった。二人で僕のところに来たことと落ち着いていたのが何よりの証拠だ。
その言葉に対して僕は口を開く。
「で、その方針っていうのは………?」
ここからが問題だ。
ここで『俺たち、ここでクリアされるのを待つわ』と言われるか『俺たち、このゲームを攻略することにしたんだ』と言われるのでは全く話の流れが変わってくる。
僕は少しだけ緊張し思わず背筋を伸ばした。
僕の言葉に対し、コウに変わってカイがそんな僕には気付かず――ていうかお構いなしに口を開いた。
「俺たちは話し合った結果、茅場晶彦に挑戦することにした」
「……つまり、ゲーム攻略を目指すってこと?」
僕は自分なりの解釈をし、聞きなおす。
「まぁ、そ〜いうこと」
今度はコウがズボンのポケットに手を突っ込みながら僕の言葉に返した。
コウがそれを言うと二人ともさっきまでの真剣な顔からさっきまでの穏やかな表情に戻る。
「ユウ、お前はどうする?」
カイが優しく笑いながら言った。
「別にここに残るって言うんなら俺らは止めない。むしろ俺的にはその方が助かる。お前が絶対に死なないっていう保証がされるからな」
あらやだかっこいい。
僕が女だったら惚れてるかもしれない。ていうか、そういうことは女子に言えよ。絶対にモテるぞ。まぁ、保証はしないけど。
僕はにっと笑い返しながら腰に片手を置く。
「おいおい、お前らだけ危険なところに行かせられるかっつーの。それに僕はまだこのゲームを満足に遊んでないよ」
僕のその言葉に二人が少しぽかんとしたあと、思わずと言った感じに笑った。
コウがまだ顔に柔らかい笑みを残したまま、
「……じゃあ、三人でやるか」
と言った。
その言葉に僕とカイは頷き、三人でお互いの顔を見合った。
「絶対にクリアしてやろうぜ!」
「「おうっ!」」
カイの掛け声に僕とコウは返事をし、三人でお互いの拳をぶつけあった。
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