一人のカタナ使い
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SAO編 ―アインクラッド―
Prologue
◆◇◇
「なんで――――こんなことに……」
思わずそんな言葉を口から無意識に漏らす。
つい今しがた《茅場晶彦》と名乗る巨大なローブからこのゲーム――ソードアート・オンラインのチュートリアルを聞き終わったところだ。
だがそれはチュートリアルであると同時に茅場晶彦が約一万人の人々を自分のおもちゃ箱に閉じ込めた瞬間だった。
あまりの予想外の出来事に思考が追いつかず、ただ立ち尽くすことしかできない。頭の中が真っ白になっていく。
『うわぁぁぁぁぁああ!?』
『おい!! ふざけんなこっから出せよ!!』
『いやぁぁぁあああ!!?』
そんな頭に入ってくるのは人々の絶叫、罵倒、悲鳴。
聞きながら視界が周りから暗くなっていく。ようやく思考を働かせ始めた頭でずっとさっき自分が言った言葉がリピートされる。
本当に何でこんなことになったのだろうか。
◇◆◇
話の始まりは二日前に遡る。詳しくいうのであれば二〇二二年十一月四日金曜日。
その日の午後、僕こと伊藤優佑は学校の教室にいた。何故教室かと言われればそれは僕が中学生だから。
その時の僕は六時限の授業が終わり、担任の先生から帰りのHRを聞いていた。
「――じゃあ、明日から二日間休みだから、部活のあるやつは頑張れよ」
「起立! 気をつけ! 礼!」
『ありがとうごさいました』
担任の先生が教室を出ていくと共にどっとクラスのみんなが騒ぎ出す。内容は「明後日まで休みだぜ」とか「明日遊ぼ~」みたいな感じだ。
みんなの会話を盗み聞きしながら僕は自分の机に突っ伏し瞼を閉じた。するとすぐ眠気が襲ってきた。
はぁ……何で学校とかあるんだろ。毎日毎日めんどくさいなぁ等と学生なら誰でも一回はすると思われる考えをまどろみながらしていると、突っ伏している僕の上から僕の見知った声が聞こえた。正確には『聞き知った』かな。どうでもいいけど。
「お前、学校終わった瞬間ダウンするとかどんだけ学校嫌なんだよ」
眠気で少し重くなった頭と瞼をゆっくりと持ち上げる。
そこにいたのは呆れ顔をしている幼稚園からの付き合いである西村海斗だった。目が大きくてツンツンした黒い髪をしているのが特徴の男子だ。性格は表裏がなくて明るい。
僕は眠気に対抗するため顔を少ししかめながら口を開く。周りの人から見たらさぞめんどくさそうに対応している風に見えるだろう。まぁ、それもあるけどさ。
「別に学校が嫌いなわけじゃないよ。勉強が嫌いなだけさ」
そう言って僕は目の前にいる幼馴染みの言った言葉に反論を出す。
どうでもいい事だけど、幼馴染みという言葉にトキメク人もいるそうだがその人は間違っている。何故ならばその人たちはまず『幼馴染みが異性』だという前提があることを意識していない。
同性の場合もあることを考えていただきたい。僕はまさしくそれなので全く幼馴染みという単語にときめいたことがない。野郎の幼馴染みとかときめくかっつーの。
それに仮に異性の幼馴染みだったとしてもときめきはしないだろう。
これは僕の勝手な意見だが、多分長く関わり過ぎて相手を『異性』として見ることはないと思う。幼馴染みはあくまで『幼馴染み』というカテゴリに入るのだ。普通の人が妹や姉を見てドキドキしないのと一緒だ。ドキドキする方が問題である。
だから異性であろうとも同性であろうとも幼馴染みは幼馴染みだと僕は思う。
まぁ、そういうのは無い物ねだりと一緒なので仕方ないといえば仕方ない。
目の前の幼馴染みは僕の言葉を聞いて『やれやれ……』というポーズをした。
「それだとお前は何のために学校に来てんだって話だよ」
「そんなの友達に会うためだよ」
僕は即答する。
すると、相手は再度呆れ顔しながら笑った。苦笑いである。
「おいおい……」
「じゃあ、カイはどうなんだよ」
カイというのは彼のあだ名だ。小さい頃から言っていたのでもう癖になってしまっている。ちなみに僕にもユウというあだ名がある。
「まぁ、俺も似たようなもんだけどさ」
「だろ?」
拍子抜けな返答に少しだけ呆れる。結局お前もじゃねーか。
勉強が好きな人という方が珍しいと思う。大体の人は勉強が嫌いなはずだ。嫌いではなくとも好きと呼べるレベルまではいかないだろう。
僕は十四年間生きてきてそんな人には会ったことがない。もしいるとしたら少しだけ会ってみたい気もする。でも何か話合わなそうだなあ。それも面白そうだけど。
僕はふうっとため息をついて頬杖をする。眠気はもう取れた。
「嫌いなことしなきゃ生きていけないなんて嫌な世界だね」
「んなこと言っても仕方ねーだろ」
「世界といえばさ、あのゲーム面白そうだよね」
僕は頭にそのゲームの紹介動画を思い浮かばせる。考えるだけで思わず口元がニヤける。カイは僕の言葉を理解したようで少しだけ嬉しさを顔に滲ませていた。
「あれだろ? ソードアート・オンライン」
カイは右手の人差し指をくるくる回しながらそう言った。ちゃんと伝わっていたようだ。流石幼馴染みと言いたいところだが、最近その話しかしていなかったからだろう。
僕はカイの言葉に頷く。
「そうそう、それ」
ソードアート・オンライン――通称SAOというのは世界初のVRMMORPGというジャンルのゲームだ。βテストの時からかなりの人気を誇り、多くの人々を魅了した。どれくらいかというとニュースや雑誌で特集を組まれる程だ。
発売日には店に有名料理店か何かかと思う程の行列ができ、それをテレビで見た時には目を見開くほど驚いたのは今も記憶に新しい。
「お前、買えた?」
僕はカイに尋ねる。するとカイは少しだけ悲しそうな顔をした。
「いや、すまん。残念ながら……」
「……そうか」
買えたら一緒に遊ぼうぜとは言ったもののあれだけ人気のゲームを発売当日に買うことは、いつもテストで50点ぐらいしか取れない僕が100点を取るぐらいすごいことだろう。
まぁ、仕方ないよね。僕は同情しながら慰めの言葉をかけることにした。
「あんだけ人気のあるゲームだもん。むしろ買えなくて当たりま「買えたんだ」え……」
どんでん返しの言葉に僕は言葉を失う。そんな僕を見てカイはしてやったりと言わんばかりに笑っていた。うわぁ……なんか腹立つ。心配した僕が馬鹿だったか。
だが、それよりも驚くべきことがある。
「お前買えたの!?」
あまりの驚きに僕は思わず席を立つ。するとクラスのみんなが気になって僕の方を向いた。カイも予想以上だったようで驚いた顔をしていている。
「お、おう………」
僕の勢いに飲まれたのかコクコクと頷くカイ。
「マジか……」
思わず感嘆の声を漏らしながらまた席に座る僕。
いや、お互い買えたらいいなは言ってはいたがまさか本当にカイが買えるとは。うわあやべっテンション上がってきた。思わずガッツポーズをする。
「よかったな、カイ!」
「ああ、予想以上のリアクションの良さに正直びっくりだぜ」
「なんだよ、悪いかよ」
「いや、全然。つーか、そういうお前はどうなんだよ」
今度はカイが不安そうに僕を見てくる。
おいおい、舐めるなよ僕を。僕はまるで敵キャラが笑うように不敵に笑う。
「もちろん買ったに決まってるだろ」
「おっ、流石だな!」
その瞬間、カイの表情がさっきとは正反対のものになった。
「でもユウ、どうやって買ったんだお前」
「そんなの決まってんだろ」
僕はまた不敵に笑い、一拍おいて答えた。ついでに左手の親指を立てる。
「姉ちゃんに買いに行かせた」
「おいっ!!」
カイが勢いよく僕にツッコミを入れる。こいつのこういうテンションが僕は好きだ。へへっ、お前のそういうとこ嫌いじゃないぜ。
「いや、ちゃんと話を聞けって」
「いや、お前最悪だろ! 何あの行列に姉ちゃんを突撃させてんだよ!」
「いや、最初は自分で買いに行こうとしたさ」
誤解しないでほしい。本当に自分で買いに行こうとしたんだ。
だけど、両親に止められた。流石に中学生が一人で暗い店の前に行くことは許されなかった。
玄関の前で親と口喧嘩をしていると二階から姉が降りてきて
『じゃあ、私が買ってきてあげるよ』
その時の姉は僕にとって救世主にも相応しかった。涙が出そうになった程だ。親も姉ならば……と言って、姉に買ってきてもらったというわけだ。
ちなみに姉は高校一年生だが、空手を習っているので普通に強い。だから親から夜の外出が許されたんだろう。僕も空手か何か習おうかな。
そのことを事細かにカイに話すと納得してくれた。
「お前ん家の親、厳しいな。俺ん家は普通に許してくれたぞ」
「マジでか、いいなあ」
うちの親、妙なとこで厳しいんだよなあ。ていうかカイはあの行列並んだのか。うわぁスゲー。なんか尊敬するわ。
僕は机にかけていた体重を座っている椅子の背もたれに移動させて背伸びをすると同時に息を吐いたあと、また会話を続ける。
「でも、一番いいのは並ばずに手に入れることだよね」
「まーな、でもそんなの不可能だろ」
「うん普通はね」
そう、普通は無理だがそれをやってのけたやつがいる。しかも僕の身近に。本当に羨ましい限りだ。
「カイ、ユウ。部活行こうぜ」
声のする方向を見てみると、廊下側の窓を開けてそこからこちらに手を振っている男子がいた。よく見ると彼はスクールバッグとエナメルバッグを背負っている。
彼の名前は中原滉希。若干茶色っぽい黒髪を眉毛の少し下まで伸ばしていて、少し眠たそうな印象を与えるタレ目とあまり変わらない表情、そして少し変わった口調が特徴だ。
ついでに彼にもあだ名があり、僕とカイ二人からコウと呼ばれている。
こいつも幼稚園からの仲で、先程言ってた僕の身近でSAOを店に並ばずに手に入れた男だ。
その方法というのは別に違法とかではなく、βテストに受かったというものだ。
僕はつい最近まで知らなかったが、βテスト当選者は特典のような感じで家に正式サービス用のソフトが無料で送られてくるらしい。
最初は「くそっ、なんでこいつだけ……好きな女子から振られればいいのに!」なんて思ったりしたが、深く考えてみるとβテストに当選するのはものすごい確率だったらしいのでそれを考慮すると当たり前なのかもしれない。
僕は座ったまま手をひらひらと振り返し、少し笑いながらコウの言葉を返す。カイの方をチラッと見てみると彼も小さく手を振っていた。
「おう、わかった。今から行くよ」
ちなみに僕は硬式テニス部。カイはサッカー部、コウは剣道部だ。
僕は素早く机の中にある教科書とノートをスクールバッグに詰め込み、コウのもとへ向かう。カイも僕の後ろからついてくる。
「よっす、お疲れさん。またせたね」
「……お疲れ。いよいよ明後日だな」
待ちきれないと言わんばかりに目をキラキラさせてくるコウ。こいつがこんなに表情を明確にするなんて珍しいな。なんだその目は。少女漫画か。
僕とカイはそれを見て苦笑しながら「そうだな」と返答する。
「……二人とも買うことはできたか?」
「うん」
「もちろん」
頷きながら三人で教室の前からの移動を開始する。目的地は校内を出て体育館の近くにある部室棟だ。剣道部は体育館で練習が行われるので一緒に歩くには都合がいい。
「……そうか……三人とも持ってるんだな」
遠い目をしながら感慨深そうに呟くコウ。僕がカイに対してやった反応と同じだ。その反応に僕は笑いながら口を開く。
「楽しみだね、明後日」
「そうだな、ついに正式サービス開始だからな」
僕の言葉に答えるのはカイ。
本当にいよいよって感じだ。弾む心を抑えることができない。それは二人共同じはずだ。
「アバターの名前、どうする?」
「僕はあだ名でいいと思うよ。あっちで見つけるとき楽だろ?」
ぶっちゃけ本音を言うとアバターの名前を考えるのがめんどくさいからだが、それは口にしない。名案だとも思うしね。
僕の提案にカイは納得したようで
「じゃあ、三人ともあだ名にするか?」
と僕とコウに聞いてくる。
僕の提案なので僕が異論を出したら問題だろう。まぁ、出すつもりはないけど。
コウもそれで良いようで笑いながら頷く。僕たちの同意を確かめるとカイは満足そうに笑った。
「よしっ、じゃあそれで決定だな!」
僕もコウもあまりアクティブな方ではないのでカイの行動的なところによく救われている。本当にいい友達を持ったなあとしみじみしてしまう。
そんなことを話しているとあっという間に部室棟に到着した。もう少し三人で話したかったが、先輩に怒られるのは嫌なのでこの辺で中断する。
僕の学校は何故か部室棟が右と左2つに別れている。サッカー部と野球部の部室が多いからだろうか。
「じゃあ、俺こっちだから」
そう言ってカイは僕たちから少し小走りになって右の部室棟に行く。
ついでに説明すると右の部室棟の中はサッカー部と野球部、そしていろんな部活の道具が置いてある倉庫。少し差別サッカー部と野球部へのような気もするが部員が本当に多いのだから仕方ない。
なんで毎年サッカーと野球に新入生を吸い取られるのだろう。派手だからかな。
コウはその背中に「ちゃんと時間通りにログインよ~」と声を出す。それに対しカイは小走りのまま右手を挙げて答える。何そのかっこいい対応。少し憧れるな。
さて、僕もそろそろ部室に行かないとな。一応先輩だし遅れたら後輩にナメられるかもしれない。うわぁ、想像するだけで腹立つし何よりショックだ。
「じゃあ、僕もそろそろ行くよ」
「……ああ、お前も忘れんなよ時間」
「忘れないよ」
忘れるわけないだろ。
「じゃっ、次会うのはSAOの中で、だな」
そう言ってニヤッと笑った僕に対してコウも同じように笑った。
「……ああ!」
コウの返答を聞いたあと、僕は左の部室棟に向かって一人で歩き出した。
◇◇◆
「くそっ、なんで今日に限って……!」
思わず悪態をつきながら僕は自転車を立ち漕ぎする。
金曜日から二日経ち、今日は日曜日。つまりSAOの正式サービス配信日だ。
本当は正午ちょうどに終わるはずだった部活が何故か今日だけ三十分延長し、部活が終わったのは十二時三十分。そして今僕は全力で家に下校しているところだ。
正式サービス配信の時刻は確か午後一時。多分家に着くぐらいの時間だろう。多分通常通り部活を終えたカイとコウは今そわそわしながら待っているはずだ。
「ただいま!」
僕は家に着くなりすぐに階段を駆け上がり、二階の自分の部屋に向かう。
勢いよく自室の部屋のドアを開けると目に飛び込んできたのは、ベッドの近くにある昨日父さんと相談しながら設定をした《ナーヴギア》。ソフトは既に入れてある。
僕はふうっと息を吐いて呼吸を整える。ついでに背中に背負っているエナメルバッグから部活で使ったタオルでここまで来るときに出た汗を拭い取った。
今の時間は午後一時十分。
もうとっくに正式サービスは配信され、たくさんの人々がここじゃない別の世界へ旅立っているだろう。おそらくカイとコウも。
「待ってろよ……二人とも」
僕は興奮でにやける口元を隠しもせずナーヴギアを頭に被り、ベッドに寝転がる。そして別の世界へ行くための鍵である言葉を口にした。
「――リンクスタート!」
――だけど、僕がSAOを『ゲーム』としてプレイすることはこの時から一度たりともなかった。
後書き
いよいよ、スタートです!
正確にはリスタートですが……(笑)
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