港町のポークル日記
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ゆゆゆの日課
前書き
あるところに3姉妹が暮らしていました。
その町は、イルファーロという港町でした。
「あなたに創造神アヴルールのご加護がありますように。」
地味な色合いのワンピースドレスをまとった女性は、小さなメダルを手渡すと、微笑をうかべて言いました。
「いつもありがとうございます。カーラルデさま」
背の丈は3尺(1メートル弱)ぐらいの少女は、にっこりと笑顔で、目の前に立つ女性を見上げてお礼を言いました。
衣服は簡素な麻のワンピース。
肩まで伸びた、ふわりとウェーブのかかった明るい桃色の髪と、対になるような色彩のダークブラウンの深い瞳。
ポークル族の特徴である大きな目と、身長に比して大きな顔。(等身にして2,3頭身程度)
少女の名前は、ゆゆゆ。
イルファーロという港町に住んでいる、ポークル族という小人族の女の子です。
ゆゆゆは、カーラルデと呼んだ女性からもらった、メダルを胸元のポシェットを開いて、しまい込みました。
メダルを手渡した、カーラルデと呼ばれた女性は、エルフの特徴を持つ、背の高い気品に満ちた女の人です。
ここは、この町にあるもっとも大きな教会です。
教会の運営は、協会に直接つとめる人たちとは別に、彼らを支援する求人が毎日のように張り出されます。
彼らでは手の届かない雑務や急な対応が必要な場合に備える必要があるからです。
ゆゆゆは、その仕事を終えた帰りに、報酬を受け取っていたのでした。
報酬をポシェットにしまいこんだゆゆゆは、カーラルデに別れを告げると、教会をでました。
目の前には大きな噴水のある開けた広場になっています。
町の人や冒険者が行き交う広場は、いつものように喧騒に包まれていました。
おひさまが、わずかに赤みを帯びて、夕暮れが顔を出しはじめる時間帯の中、
ゆゆゆは、その広場から、港がある方面へと歩き出しました。
「おや、今日も来たね。」
港の桟橋をトコトコと歩くゆゆゆを見つけた、釣りをしている中年のおじさんが話しかけました。
港は、いくつかの木造の桟橋が伸びており、漁船や荷おろしに使われる船着場となっています。
港からわずかに離れた距離に、大型の、かつての定期船が何艘かが波に揺れています。
今もいくつもの小船が停泊し、魚の荷揚げを行っている傍らで、何人もの釣り人の姿がありました。
海辺は、もともとゴツゴツした岩ばっかりだったのか、砂浜は無く、
石造りの海辺が波音と、磯の香りを港のひとたちに届けます。
「こんにちは。おじさん。」
ゆゆゆは声をかけてきたおじさんに挨拶を返し、そばに歩み寄ります。
「今日のおさかなはどうですかー?」
ゆゆゆは言うと、橋のはしっこから海を覗き込みます。
覗き込んだ水面からは、橋から下がった網が見えます。
それは、釣った魚を逃がさないための釣り具のひとつでした。
「ふふふ。ゆゆちゃん、そいつは釣果って言うんだぜ。」
「ちょーか?」
得意げなおじさんに、きょとんとしたゆゆゆは片手を自分の首にあてます。
「違う違う。そりゃチョーカーだ。・・・うーんとな。魚釣りでどれだけ釣れたかーっていうのを、釣果っていうんだ。」
「へぇー。ちょうか!ですね。」
「そうだそうだ。」
おじさんは満足げに笑うと、ゆゆゆの頭をぽんぽんと軽く叩きました。
「えへへ。じゃあおじさん。今日の釣果はどうですかー?」
また桟橋から水面を覗き込んで、おじさんに聞きます。
「うーん。今日はイカが1杯と、魚が2尾。今夜のうちの夕食分ぐらいはなんとかなりそうだなあ。」
「おー。いつもより大漁ですね。」
網の中を静かに泳ぐ魚が見えた。
「おう。そういや、今日も一尾入ってたぜ。」
「まあ。それは急がないといけません。」
「おう。がんばってな!」
立ち上がったゆゆゆは、おじさんに会釈すると、いくつかのびてる桟橋のひとつに向かいました。
ゆゆゆの向かう桟橋の先には、小型の箱が据え付けられていました。
何人かの釣り人と挨拶を交わしながら、箱の前に立つと、ゆゆゆは箱を開きました。
箱の中には、大ぶりの葉で包まれた何かが置かれていました。
箱をあけた途端、箱からいやな臭いが鼻をつきました。
生ゴミのような何かが腐った臭いがします。
ゆゆゆは、ちょっと眉をよせながら、葉で包まれたそれを丁寧に取り出しました。
そして、それを足元の小さな板に載せます。
次に、箱の横にある桶を取り、海水をくみ上げ、桶に、葉で包まれたものを入れました。
ゆゆゆは、ポシェットから、先ほどもらった小さなメダルと、小袋を取り出し、メダルを桶に沈めます。
「うん。準備完了です。」
そう言うと、ゆゆゆは立ち上がり、なにやら唱えはじめました。
「お、はじまるか?」
近くに陣取っていた釣り人が興味深げにゆゆゆの方に目を向けて言いました。
いつの間にか、近くの釣り人の多くが、ゆゆゆに目を向けていました。
ゆゆゆの囁きのような唱えと共に、ゆゆゆの体に、青いような、紫のような光が立ちのぼりました。
ゆゆゆは、両の手を前方の桶の上にかざし、両手で何かを包み込みます。
それはゆゆゆの唱える魔法でした。
「ささやき いのり えいしょう ねんじろ」
それは、神に仕える聖職者が扱う、白魔法でした。
死者をも蘇らせる、奇跡の技です。
誰でも使えるわけではなく、力のある聖職者が鍛錬を積んで身に着けるものでした。
ゆゆゆの紡ぐ最後の言葉と共に、ゆゆゆが開いた手のひらから、白い羽のような輝きがふわりと落ちます。
その光る羽根は、水に沈む葉の中に吸い込まれていきます。
わずかに間をおいて、ぱちゃん。
水がはねる音が桶から響きました。
汗を額に浮かべたゆゆゆが、桶を覗き込むと、桶の中を一匹の魚が泳いでいました。
「わぁ。成功です!」
ゆゆゆは、笑顔で顔を上げると、手で大きく○印をつくりました。
ギャラリーとなっていた釣り人たちから、歓声とねぎらいの声があがりました。
「まっててねー。今海におろしてあげるから。」
ゆゆゆは、ところ狭しと魚が泳ぎ回るその桶を両手で抱えると、桶についた縄を使って、するすると海面に降ろしました。
桶が海面に付くや否や、魚は待ち焦がれたように、桶を飛び出し、海の深くへと消えていきました。
港町であるこの町は、かつて漁業と交易に栄えた町でしたが、いつの頃からか、沖合いに化け物が現れるようになってしまい、
漁獲量は大きく制限されてしまったのです。
追い討ちをかけるように、マナロスト事件というひとつの事件を契機に、
しばらく前から人口が急に増えたこの町では、食料がだんだん高くなってきていました。
この港町を統治下に置くディメント王国の援助もあり、極端に値段がつりあがることはありませんでしたが、
住民たちは、その先行きに不安を抱いていました。
最近ここに居を構えたゆゆゆは、町の人たちや教会から、そんな話を聞き、少しでもよくなればと思い、
食べるには悪くなりすぎてしまった魚を、設置した箱に入れてもらうように、釣り人たちにお願いしたのでした。
帰り際に、気前の良い釣り人たちが譲ってくれた、小ぶりな魚が入った袋を片手に、ゆゆゆは自分の家に入っていきました。
「ただいまー」
「おかえりー」
すっかり暗くなった玄関に、明かりが灯りました。
「ねえねえねねね。チョーカって知ってるー?教えてあげようかー?」
「それって、チョーかハンか?」
「えー?ハンて何々?」
3姉妹の家からは、ほのかな明かりと他愛ないやり取りがもれ聞こえていました。
-おわり-
後書き
読んでいただいた人ありがとうございます。
ページ上へ戻る