しろ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
しもべとご主人様2
前書き
「おいっ!探したぞ!」
男がイカをさばき始めたところに、少女がやってきた。
中途半端に膨らんだ浮き輪を俺に向けて突き出す。膨らませということだろう。
無言で受けとり、俺が膨らまし始めると、男が口を開いた。
「ご兄妹でご旅行ですか?いいですねぇ」
「兄妹じゃない。この男は私のシモベだ」
「はい?」
男が笑顔のまま首をかしげる。「彼女」は胸を張って言った。
「公園で見つけて拾ったんだ」
「あの、恥ずかしいからあんまり人に言わないでほしいんスけど」
しっかりとうさぎの形に膨らんだ浮き輪を手渡すと、少女は満足げにそれを装着した。
このお子様…もとい、俺のご主人様は、名を「稲葉べにこ」と言う。
私立フシミガオカ小学校に通う小学4年生だ。
彼女の言う通り、俺は、彼女に拾われた身である。
「なんだかおもしろそうなお話ですね。ぜひ聞かせてください」
イカを焼きながら、男がにこやかに言った。
「ふふ、いいだろう。聞かせてやる」
「やめてくださいって…」
一年ほど前の話だ。あの日もこんな風にやたらと暑かった。俺は気がつけば小さな公園のブランコに腰かけて、ぼーっとしていた。
何も覚えていなかった。自分の名前も、自分が何者なのかも。帰るところも分からなかったから、ずっとそこに座っていた。
砂場で遊んでいる子供が俺を指さして何か言っていた。すぐにその子の母親が駆け寄ってきて、そそくさと子供を連れてどこかへいなくなった。
俺は自分の格好を見て、ああ確かに普通じゃないと思った。上半身は裸で、下はウエストのゆるいジーンズのみ。腰のあたりまで伸びた髪は何故かすべて白くて、前髪も顔を覆うくらいに伸びているから少し邪魔だ。
「綺麗な髪だな」
急に、女の子の声がした。顔を上げると、小さな女の子が笑っていた。
背負った赤いランドセルからは、さまざまなうさぎのキーホルダーがいくつもぶらさがっている。
「それはあれか?脱色したのか」
「…わからない」
女の子は俺の隣のブランコに座った。彼女が小さな足を前後させると、ゆっくりとブランコは動き出した。
「なら、地毛か?」
「…わからない」
ブランコの振り幅はあっというまに大きくなった。その一番高いところで、少女は飛び降りた。
「おっ…おい、あぶな」
「なんだ、わからない、以外も喋るじゃないか」
少女は美しい着地を見せると俺に向き直った。
仁王立ちで、腕を組み、見るからに自信に満ち溢れている。俺とは大違いだ。
「私のは地毛だ。見ろ。かっこいい赤毛だろ」
「……はぁ…そう、だね」
「ふふ。そうだろう。カットも自分でやってるんだ」
「えっ」
眉毛の上で、まっすぐ切りそろえられた紅い髪。後ろは短く、ざんばらのバサバサだ。自分で切ったせいなのか。
女の子にそんなことを強いるなんて、どんだけ貧乏な家住んでるんだろう、この子。
俺は、自分のことを棚に上げつつ、彼女が少し心配になってきた。
「お前、捨てられたんだろ」
「えっ?」
「ふふ、私にはわかるぞ。私の父上も、母上に捨てられたからな!」
「……」
「どうだ、お前、行くところがないなら私が拾ってやろう。ちょうどシモベが欲しかったんだ」
「…よせよ」
俺は立ち上がり、ブランコから離れた。
「気持ちはうれしいけど。俺、自分のこともよく分からないし…名前もわかんないんだ。それに知らない人連れて帰るなんてしたら、お父さんに叱られるよ。知らない人食わせてくなんて、あほらしいしさ。君の家、そんなお金持ちじゃないでしょ」
「ふん、なめるな」
「はい?」
「私はべにこ。稲葉べにこだ。捨て犬といえど、稲葉家の名くらい聞いたことあるだろう」
「い、いや…悪いけど知らな」
「このフシミに住んでいてイナバシンジケートを知らないわけないだろう。今や我がイナバがこの国の半分を握っているようなものだ。おっと話がそれた。ともかく私にはお付きがまだいなくてな。使用人はいくらでもいるんだが…いつ命を狙われてもおかしくない身分だからな。それなりの戦闘力が欲しい」
「はあ!?い、いや俺、喧嘩なんて」
「私の眼はごまかせないぞ。兄上にも勝るその体つき、お前なにかやってただろう」
「え…」
少女に言われ、まじまじと自分の体を見てみる。知らない男の体を見ているようなものだから変な気分だ。確かに筋力はありそうだが、それよりも気になるのはいくつも古傷があることだ。なんでこんなものが。
「どうだ?三食昼寝もつけてやろう。欲しいものがあれば与えてやる。私のそばにいろ」
ページ上へ戻る