| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

しろ

作者:ネムコ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

しもべとご主人様

 
前書き
高い天井まで届くステンドグラスから、鮮やかな色彩を乗せた朝日が零れ落ちる。
描かれているのは、慈悲の天使の姿である。眼下のベッドに横たわる少女へ、憂いを帯びた視線を投げかけていた。

小さな手のひらを胸の上に重ね、真っ白な少女は、静かに眠っている。その白い肌は、シルクのシーツに溶けているかのようだった。映画館のスクリーンのように、色とりどりの光を、そのまま映しだす。
肌のみならず、長い睫毛や、流れる髪も、ミルク色に艶めいている。まるでベッドともども、一つの石から削り出した彫刻のようだ。

少女は何故、息をすることも忘れて、眠り続けているのか。
否。少女は待っているのだ。止まってしまった時を動かすものを。自らを目覚めさせる、何者かを。

 

 
停止した硝子の城は、夏の空にぽっかりと浮かんでいた。


強い日差しが真上から照り付ける。白い砂浜からも反射して、ものすごい暑さだ。じりじり肌が焼けているのが実感できる。こんな日はあまり外出したくないたちなので、結構きついものがある。
しかしそれにしても、海鳥の鳴き声、引いては寄せる波の音が、耳に気持ちいい。「彼女」に引きずられてやってきたが、たまにはこんな日に外に出るのもいいかもしれない。ああ、この両手の荷物がなければ…あとできれば大きめの日蔭があれば…
と、自分の前を行く小さな足が、ぴたりと止まった。

「あっ…おい見ろシモベ!あれが噂の天空の城だ!」

少女の興奮した声に、顔を上げた。
水平線の向こうから広がる入道雲。その白の中に、透明な…硝子のような何かが浮かんでいる。目を凝らす。
それは、城だった。絵本なんかで見るような、あのお城だ。かなり離れたここからでも、相当な大きさであろうことが分かる。

「うわ、ほんとだ。でっかいスね」
「ヒャッホオー!」

「彼女」は、俺の返事など全く聞かず、砂を蹴りながら海のほうへ走って行った。
潮風に乗って、パーカーやらショートパンツやらが飛んでくる。驚いて見ると、「彼女」はすでに水着姿に変わっていた。服の下に穿いていたらしい。

「ちょ、ちょっとー!?」

脱ぎ捨てられた衣類を拾いながら、慌てて追いかける。

「海に入るんなら準備体操しないとあぶなっ」

次の瞬間、俺は砂浜に叩き付けられていた。
慣れないビーチサンダルに、足がもつれたのだ。転んだ拍子に、両手をふさいでいた荷物も放り投げてしまった。どうせすぐ食べるからと、手提げバッグの上の方に配置しておいた弁当の中身が、見るも無残に砂の上に散らばっていた。

「ひ、昼のお弁当がぁー!!」

咄嗟に顔を上げ、「彼女」の姿を確認した。海を目の前に、屈伸をしている。大丈夫だ、ばれていない。俺はいそいでぶちまけた荷物を回収し、砂にまみれた具を弁当箱に戻した。
ミスをしたとばれたら、どんなお仕置きをされるか分からない。俺は、「彼女」の僕なのだ。

(まっまずいぞ…なにか食糧を調達しなければ…昼飯抜きなどと告げれば、城どころでなく確実にヘソを曲げる)

あたりを見回すと、ほったて小屋のような建物を見つけた。海の家、とかかれた看板がある。

(助かったっ!)

少女が浮き輪を膨らまし始めたのを確認して、俺は海の家へ走った。

「あの…すみまっせーん。誰かいますかぁ」

ガラリとした店内。人は見当たらない。かき氷機もレジもないし、少し不安になってきた。

「いらっしゃいませ」
「うわぁっ!」

振り返ると、びしょびしょに濡れた男の人が立っていた。右手にはモリ、左手にはなにか生き物のの入った網をぶら下げている。

「え、え~~と…あなたお店の人?」
「ええ。すみません。メニューの材料がなくなったもので」

にこやかに言うと、男は足元のクーラーボックスの中に網の中身を流し込んだ。

「はぁ…し、新鮮でいいっスね」
「あはは。すぐお作りできますよ。ご注文は?」
「ええっと…」

壁に貼られたメニューを見る。イカ焼き、たこ焼き、刺身…なるほど海鮮しかないな。

「じゃあイカ焼き2本で…」
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧