しろ
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うみ
前書き
「なるほど、それでお二人は、主従関係にあるんですねぇ」
男は俺たちにイカ焼きを手渡し、にこにこうなづいた。今のでよく納得したな。
自分でも信じられないような境遇にあるから、ここまですんなり信じられるとは思わなかった。
この男はよっぽど素直らしい。
「それで今日は、あのお城を見に来たんですか?」
「そうだ」
イカ焼きを頬張りつつ、べにこが続ける。
「私の学校でも、最近はあの城の話題でもちきりだ。今日は休校日だから、ぜひとも行こうと決めていてな」
「あはは。ほんと、休みの日はすごい人ですよ。まぁ、それにしても大昔から空に浮かんでるあれが、今更こんなに話題になるなんて、思わなかったなぁ」
店主は、どこか懐かしそうな顔で呟いた。
「聞いた噂だが、なんでもあの硝子の浮遊城には、お姫様が眠ってるらしいじゃないか。それもとんでもない美人が」
「そうらしいですねえ。ここらでは、昔からそういう伝説が伝わっているんですよ。本当かどうか、わかりませんけどねぇ」
昔から伝わる、とは初耳だ。てっきりここ最近噂され始めたものだと思っていた。
俺は何となく気になって、尋ねてみた。
「へー、そりゃ初めて聞いたなぁ。ただの都市伝説かと思ってたっス。他には」
「口をはさむなシモベ。店主、他に何か知っているか?」
べにこも気になったらしい。
「そうですねぇ…」
店主は上の辺りを見ながら言った。
「あれ、昔は王国そのものが、空に浮かんでいたそうですよ」
「国そのものが?」
「ええ」
「詳しく聞かせてくれ!」
「いいですよ」
「昔昔…何百年か、何千年か、いやそれよりはるか昔、かもしれませんが…あのお城は、とある王国のお城でした。王国の文明は、他のどの国よりもはるかに進んでいました。ゆえに、他の国からいつも狙われていたんです。他国の襲撃を恐れた王国は、その超文明でもって、都市ごと、お城を空へと浮かべたんです。誰の手も届かない空へ」
「王国の平和はしばらく続きました。でもあるとき、他の国が、空を飛ぶ機械を作り上げました。その国は、空飛ぶ機械を使って王国へ近づきました。そして、王国へ向けて攻撃を始めた」
べにこの喉が、ごくりと鳴った。
「王国は必死に人々を守ろうとしました。しかし、もともと軍など勢力を持たない国。それはかなわず、大きなダメージを受けました。国民はほとんど殺されて、都も壊滅状態です。このままでは城に攻め込まれるのも時間の問題。そこで」
「「そこで…?」」
「城だけを切り離し、王国を宇宙空間へ上昇させたのです」
「敵国の兵ごと宇宙へか」
「ええ…おそらくは城にいるお姫様を守るためでしょう。あとは噂の通りですよ。それから城の時間は止まったままになっているんです。平和な時代が訪れるまで、お姫様は眠っている」
「そのお城があれっスか…」
「よしシモベ、行こう」
「そうっスね…え?」
「姫を目覚めさせてやるのだ。何百年も何千年も眠ったままなんて、逆に身体が疲れてしまうわ」
「いやそんなどうやって…ていうかあんな高いとこ無理っスよ。しかも浜からかなり離れてるし…沖っスよ」
「フン。べにこをなめるなよ。ヘリの1台や2台、タクシーを呼ぶより容易いわ。今日ここに何のために来たと思っている」
「まさかお姫様を起こしに来られたのですか?」
「ふふ、そうだ店主、そのまさかよ」
「冗談きついっス…」
「店主、興味深い話をありがとう。土産話を期待しているがいい」
「いってらっしゃいませ。良い旅を」
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