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ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します

作者:うにうに
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本編
  第48話 ネフテスに行った方が良い?

 こんにちは。ギルバートです。ジョゼットを捕獲して一息つけるかと思いましたが、残念ながら考えが甘かったようです。カロンが持って来た書状を父上が読み上げているのですが、頭を抱えてしまいたい気分です。

 長々と書かれた書状を読み終わると、父上は溜息を吐きました。

 内容を簡単にまとめると、オルレアン公傘下のガリア貴族からマギ商会へ寄付を求める書状でした。送り主はガリアの貴族派で、シャルル派の中核を担う1人です。そこまでは問題ないのですが、オルレアン公の名前を使い要求して来た寄付額が問題です。

 ……5万エキュー

 一度だけならまだしも、毎年それだけ寄付しろと要求して来たのです。現在ガリアとの貿易で見込まれている収益は、軌道に乗ったとしても年間3~4万エキュー程……如何考えてもありえない金額です。そしてあちらが、それを理解していないと言う事も無いでしょう。

「カロン。この書状の裏で動いているのは、誰か分かるか?」

 父上が問いかけると、カロンは頷きました。

「ガリア商人がマギ商会に対抗する為に同盟を組み、こちらに恨みがある貴族派を抱き込んだのだと思われます。書状の内容に関わらず、これを拒否した場合、王族の顔に泥を塗った事になります。ガリア市場からの締め出し理由にされるでしょう」

「それにオルレアン公が関わっている可能性は?」

 父上がジョゼットを一瞬だけ見てから質問しました。父上の視線に気付いたカロンは、首を横に振ります。……ジョゼットの存在を忘れてましたね。カロンらしくないミスです。余ほど慌てて居たのでしょう。

「ありえません。オルレアン公が塩の値段を高騰させる愚を犯すとは思えません。オルレアン公の署名が無いのがその証拠となると思います」

 断言しました。父上。ファインプレイです。送り主がオルレアン公傘下の貴族と聞いて、ジョゼットが泣きそうな顔をしていましたから。自分の父親が、恩人を裏切る人間とは思いたくなかったでしょう。(オルレアン公はその事を知らんけど)

 ちなみにガリアの塩の値段は少し前まで、かなり高い金額になっていました。ガリアの塩自給率が7~8割程度で、不足分をクルデンホルフを通しゲルマニアから買って居たのです。王家は塩の値段を下げようとしますが、上手く立ち回る商人達の所為で一定以上下げる事が出来ませんでした。

 そこにドリュアス家から安価な海水塩が入って来る事になります。(父上がガリア国王との交渉を成功させた)更に、ゲルマニアで塩の値段を引き上げていた貴族が居なくなり、ゲルマニアの岩塩が値下がりしたのです。これによりガリア国内で暴利を貪っていた商人達は、大打撃を受けたのでしょう。そこに新興商会(ドリュアス家の後ろ盾付き)が参入して来るとなると、警戒して当たり前と言えます。

 一方領主(きぞく)や代官達の間で問題になったのが、魔の森拡大阻止の為に雇われていた傭兵達です。彼等の仕事が無くなり、盗賊に身を落とす者達が続出しました。ドリュアス領は早期に対策(傭兵の受け入れ・屯田兵・防衛軍の駐留)を始め、トリステイン国内の他領では父上が領主と話を付け治安維持を行いました。その所為で大半の盗賊がガリアに流れたのです。船の運航や街道の設置(ガリアの理不尽な税金対策)で、ガリア側の領地にお金を落とさなかった事が、この状況に拍車をかけました。

 後にガリア王家が資金援助をし、治安維持と領地復興に乗り出しましたが、その頃にはトリステインとガリアの間に明確な差が出来てしまいました。嫉妬や恨みを買うのも仕方が無いのでしょう。

 私に言わせれば、ガリア側の領主達の怠慢です。しかし彼らだけを責める事は出来ないでしょう。ドリュアス領がここまで早く立ち直るとは、誰も予想出来なかった事でしょうから。まあ、資金・騎獣・人(金銭より解決)を、そろえられたからなのですが……。

 それは置いておくとして、ガリアがマギ商会を締め出しに来た事は確かです。オルレアン公も自分の名前を使われてしまった以上、今更取り消しなど出来ません。まして今回勝手をした貴族(バカ)を処分すれば、今まで築いて来た人脈を失う事になりかねません。引くに引けないと言った所でしょう。そうなると……

 私がそこまで考えた時に、父上が決定を下しました。

「オルレアン公の立場上、助力は無いと思った方が良い。よって、マギ商会はガリアより全面撤退する。下手にガリア国内に人を残しておけば、スパイ容疑で拘束されかねん」

 オルレアン公に残された道は、自らの非を絶対に認めない事だけ。そうなればマギ商会関係者を徹底的に弾圧するでしょう。そんな危険な場所に、何の対策も無しに家の人間をおいておけません。

「はい」

 カロンもこの決定を予想していたのか、反論は一切口にしませんでした。

「被害額はどれ位になる?」

「7万エキュー前後まで抑えて見せます」

 商館の購入。人材発掘。商会の買収。私が前に見た書類から類推すると、8~9万エキュー……下手すると10万エキューを超えてもおかしくない状況です。それをそこまで抑えると言って見せたカロンは凄いです。と言っても、7万エキューでも十分に洒落になってませんが。

 幸いだったのが、ガリアから撤退しても商品の売り先は十分にある事です。見入りの減少は避けられませんが、塩を始めとするドリュアス領の特産品は、トリステイン国内やアルビオン・ゲルマニアで十分に売れます。売れ残ったとしても、クルデンホルフを通してガリアに流れるでしょう。……ガリアの塩の値段は確実に元に戻りますね。マギ商会と言うライバルが居なくなったので、クルデンホルフは塩を安く売る理由がありませんから。

 同型の塩田を作るにしても技術は私が独占していますし、現代知識による効率化と精霊による助力もあります。技術的な話はマジックアイテムで代用出来ますが、そうなるとコスト面(風石や土石)が凄い事になります。出来た海水塩の値段は、以前の岩塩を上回るでしょう。塩の確保には役に立っても、値段を落とす事には繋がりません。

 ガリアが強硬手段に出る可能性も考えましたが、それも現実的では無いでしょう。トリステインはクルデンホルフの早期持ち直しと税収。アルビオンはトリステインとの同盟もありますが、ガリアと言う輸出先が無くなった事により安価に大量の塩を確保来出来ます。ゲルマニアは塩が値上がりした分の貿易利益の向上が在ります。よって下手に手を出して戦争になれば、ガリアは三国を同時に相手にしなければいけなくなります。

 オルレアン公はこれから大変な目に遭いますが、その分クルデンホルフが早く持ち直すと思っておきましょう。自業自得だし。

「分かった。被害はなるべく抑えてくれ。分かっていると思うが、人材が最優先だ」

「はい」

 返事をすると、カロンは部屋を出て行きます。……残ったのは気まずい雰囲気だけでした。



 領に連れて来た修道女達は、別荘で待機してもらってます。母上の方で孤児院の建物だけは建設済みだったので、後は家具の納入を待つだけの状態です。

 とは言っても、母上は何を悪乗りしたのか孤児院の大きさが尋常じゃないです。普通は乳幼児含めて50~60人程度が定員だと思うのですが、どう見ても300人は入れそうです。図面を確認しましたが、乳幼児定員60人で児童定員320人でした。……如何考えてもやりすぎです。

 思わず「青田買いでもする気ですか?」と聞いたら「何それ?」と聞き返されてしまいました。仕方が無いので説明しましたが、まさかそれを後悔する事になるとは思いませんでした。凄く良い笑顔で「身寄りのない子を連れて来て、ここに入れて領民にしちゃえばいいんだわ」とか言い出し、偶々近くに居たブリジット(トリスタニアのスラム育ち)を引きずって行ったのです。確かに領民不足は深刻ですが、それは何か違う様な気がします。それと人さらいや奴隷商に間違われない様に注意してください。

 修道女達の中で、5歳以上の娘達は全員魔法を覚える事を希望しました。魔法と言う物に憧れを感じているみたいです。しかし、魔法は憧れで使いこなせる様な甘い力ではありません。指導を担当する者には、そこら辺を重点的に教えるよう言っておきました。

 魔法に限らず今の彼女達は、無知と言わざるを得ません。社会復帰にどれだけ時間が掛かるか頭が痛いです。

 加えてドリュアス領の状況も、芳しいとは言えません。

 前回の山賊襲撃事件の爪痕も残ってますし、この事実を誇張してドリュアス領は治安が悪いと触れ回っている者達が居ます。おかげ様でドリュアス領への移民希望者が激減してしまいました。その所為で新事業の為の人員を確保出来ません。

 稲作も始めたいですが、それよりも輪栽式農業(ノーフォーク)を早く正式に導入したいです。幾つか問題があり導入を先延ばしにしていましたが、土地や取り分の問題は対策を取りました。(土地は領主所有とし金銭で農民を雇う。金銭は生活するには多少厳しい額とし、収穫量に応じ追加賃金(ボーナス)を出す形にした。不正などの対処は、マギ商会・寺子屋教師・屯田兵が協力して行う事にした)更に栽培したテンサイから砂糖を作る為に、大規模製糖工場の建設(図面作成済み・場所確保済み)も計画しています。

 ここまで計画しているのに、人手が足りずに実行出来ないって……。苦し紛れで新しい農具を考案しましたが、焼け石に水状態です。泣いて良いですか?

 マギ商会の方も同様で、クルデンホルフ、トリスタニア、ラ・ロシェールからアルビオンまでの商業路が良く機能し、ガリアで出した損害を穴埋めしようとしている所です。私が作った特産品(塩は例外)は、作れる数量が少なく黒字が出始めたばかりです。

 一応それなりの税収が上がっているのですが、守備軍の維持費が凄い事になっているので、領全体の収支は免税状態でもまだ赤字が出続けて居ます。盗賊が増え治安が悪化してしまうので、下手に軍縮する訳にも行きません。このまま免税期間が過ぎれば、領地の召し上げなんて事になりかねないです。

 如何にかしたいのですが、ガリアの方は手の施し様がありませんし、移民に関しては信用の問題なので少しずつ改善して行く以外に無いのです。領民(人手)が増えない事には、新事業も手が出せませんし……

「本当に如何しよう」

 机に突っ伏したまま、私の口からそんな言葉が漏れました。

 その時ノックの音が、部屋に響きました。

「はい。入って良いですよ」

 すると入って来たのはカトレアでした。そして言い辛そうに口を開きます。

「ギル。私、そろそろ学院に帰らないと……」

 あぁ。そっか。いい加減学院に戻らないと不味いですよね。

「だから……」

「分かりました。と言うか、ある意味丁度良かったです。私も気分転換がしたかったので、デートがてら送ります」

「本当!?」

 カトレアの顔が一瞬だけ笑顔になりました。何時ものカトレアなら、もっと喜んでくれると思ったのですが……

「で、何を使って帰りますか?」

 馬車でゆっくり帰るのでしょうか? それとも、ティア(風竜ver)で時間をかけずに帰るのでしょうか? オイルーン(騎獣)でも良いですし、馬に2人乗りと言う手もあります。

「ティアかレンに風竜に化けてもらうしかないかな? ……馬関係の乗り物には暫く乗りたくないし」

 何か本音が漏れました。良く考えたら、私も暫くは馬関係の乗り物には乗りたくありません。特に馬車はノーサンキューです。オイルーンも馬よりは乗り心地は良いですが、ほぼ滑空で飛べるティア&レン(風竜ver)とは比べ物になりません。

「で、出発は何時にしますか?」

「明日の朝が良いわね」

 ティア(風竜ver)なら1日でたどり着けますが、今出発すると(昼過ぎなので)途中で一泊するする事になります。それも良いのですが、泊まる場所が治安が良いとは限りません。また、公爵と父上から出された遠乗り禁止令も解かれて居ないので、もう一泊するのがベストの選択でしょう。それ以外の移動方法だと、途中で一泊する必要があるので護衛が必須です。護衛込みではデートになりませんし。

「分かりました。父上達に挨拶に行きましょう」

 私がそう言うと、カトレアは頷いてくれました。ちなみに母上は今トリスタニアに居るはずです。本当に人さらいと間違われてなければ良いですけど……

 父上達に挨拶をすませると、カトレアが「温泉に入りたい」と言うので、その日の内に出発して別荘で一泊しました。しかし別荘で、カトレアと2人(正確にはティア&レンぬこverも居た)で居る所を見られたのは不味かったです。ティアとレンは修道女(子供)達に連れ去られ、私達は修道女(年頃の娘)達に囲まれ全然ゆっくり出来ませんでした。(他人の)色恋沙汰が絡んだ女の子は怖いです。

 翌日、修道女に捕まる前に別荘を出発。学院へと向かいました。途中で食べた昼食がイマイチだった事を除けば、それなりに楽しい道程でした。

 ……最後にカトレアが出した話題を除けば。

「ねぇ。ギル」

 ティア(風竜ver)に乗る為に、後ろから抱きついているカトレアの手の力が、ギュッと強くなりました。

「何ですか?」

 それまで錬金細工(3Dクリスタル等)の話題で盛り上がっていましたが、突然カトレアの口調が変わります。不審に思い振り向くと、カトレアの表情が真剣な物へと変わっていました。

「このままだと……」

「??」

「サイト召喚されるの……かな?」

「えっ!?」

 何を今更と思うかもしれませんが、私はこの事を一切想定していませんでした。

 ゼロの使い魔の主人公であるサイトの一番の武器は、その人望であると私は考えて居ます。その人望の素となっているのは、良くも悪くも裏表が無いサイトの性格と、愚かとも言える程強い意志と仲間を大切にしている事です。そして何より“間違っている事を間違っている”と、言える事です。それは悪く言えば無知ですが、偏見が無く物怖じしないとも言えます。

 それがもし、サイト以外の人間が召喚されたとしましょう。

 サイトほど表裏が無い人間じゃなかったら?

 サイトほど強い意志が無い人間だったら?

 サイトほど仲間を大切にする人間じゃなかったら?

 サイトほど言いたい事を言えない人間だったら?

 サイトほど偏見が無い人間じゃなかったら?

 例えどんなにバカで阿呆でスケベで変態でも、サイトの立ち位置はサイト以外に考えられません。

 サイトはサイトだからこそ学院の異物足り得たのです。異物足り得たからこそ、固定概念に凝り固まった貴族達に考え直す機会を与え、変える事が出来たのです。それは決して私では出来ない事です。

 物語の主人公は、彼でなければならないのです。そして私は彼が召喚される様に、何かしらの手を打たなければなりません。それは同時に“無関係になるかもしれない彼を巻き込む事”なのかもしれません。

「ギル」

「分かってます。……分かっています」

 私はそう口にするので精一杯でした。

「大丈夫。ギルには私がついて居るから。私も一緒に背負うから……」

 カトレアがそう言って背中から抱きしめてくれました。

「打てるだけの手を打ちます。そしてその罪は、私が背負います」

「私達が……よ」

 カトレアはそう呟くと、もう一度私に抱きつく手にギュッと力を込めました。

 ……ある意味美しいシーンだったのでしょうね。ティアとレンが「「ズルイのじゃ。ズルイのじゃ」」と、ブーイングを上げて居なければ。



 サイトに関しては、良い案が浮かばないので後回しです。

 と言うか、手を打つと言っておきながら、どうしようもない事に気付きました。やれる事と言ったら、ルイズの意識改革くらいしか思いつきません。ですが意識改革が必要になった原因が私に在る以上、下手に態度を変えるとルイズの心が壊れかねません。

 取れそうな手は、ルイズの好みをサイトに近づけさせる位です。いっその事、サイトをモデルにした舞台劇でも作るか? とか考えて居たりします。後でディーネに相談してみましょう。

 領地の改善はこれ以上の手は打てそうにありませんし、ガリアは下手に手を出せば国家間問題に発展しかねません。アルビオンの方は順調の様ですが、こちらも下手に手を打たない方が良いでしょう。

 出来そうなのは、領地内に新しい特産品を作る位です。小規模ならば人員もそれほど必要としませんし、成功すればある程度リターンも期待出来るでしょう。

 今考えて居るのは、以前見逃していた魚醤(ぎょしょう)と海藻から作る寒天です。はい、暑い日に良く冷えた寒天ゼリー(ノーフォーク農法の実験(テスト)で採れたテンサイから砂糖は確保済み。南国の果物も成長が早い物は採れ始めた)が食べたいだけです。ごめんなさい。どの道和紙や漆器の時の様に、ある程度形になったら取り上げられてしまうので気楽にやりたいと思います。

 色々と計画を練りながら冷たいゼリーに思いをはせて居ると、ドアがノックされました。

「入れ」

「失礼します」

 入って来たのはオーギュストでした。

「如何したのですか?」

「執務室でアズロック様がお呼びです」

「分かりました」

 返事をして執務室に向かいます。執務室をノックすると、直ぐに「入れ」と声が掛かりました。

「失礼します」

 執務室の中には、父上だけでなくカロンも居ました。

「父上。何かあったのですか?」

「ああ。……カロン」

「はい」

 カロンが返事をすると同時に、聞き耳防止用の魔法具が発動しました。

「マギ商会のガリア撤退は上手く行きました。被害も人材・金銭共に最低限まで抑える事に成功しました。そして撤退した際に、あるガリア貴族の娘を保護したのです……」

 カロンの話は長かったので要約します。

 その娘の父親がジョゼフ派の貴族で、貴族派(シャルル派の一部)の罠にはめられ多大な借金を背負わされたそうです。その借金を返そうと無理をした父親は、病気になり亡くなってしまいます。なおも容赦が無い取り立てに、マギ商会に助けを求めたそうです。

 重要なのが、父娘(おやこ)の職業がマジックアイテム技師だと言う事です。娘はかなりの変わり者らしいですが、辞めた使用人達にちゃんと新しい職場を紹介したり、借金が出来る前は孤児院を運営したりとなかなかの人格者の様です。技師としての腕も、女性である事や嫌がらせにより正当に評価されていませんが、かなり良いそうです。

 そこまで話を聞いて、私はテンションがかなり高くなっていました。彼女をドリュアス家専属に出来れば、どれほどの恩恵があるでしょう。

「ただ、問題がありまして……」

 マジックアイテムの運用に思いを馳せ始めた私の思考を、カロンが中断させました。問題って何ですか?

「彼女が里親を見つけられなかった孤児の面倒をみる。と言うのが条件です」

 何か問題があるのでしょうか?

「孤児は5人いるのですが、その内の1人が……」

 カロンが物凄く言いにくそうにしています。

「……エルフ。だったりしまして」

「ふーん」

 なんだ。全然大したことないじゃないですか。流石にミノタウロスとか言われたらビビりましたが、エルフの一般人くらい大したこと在りません。

「ふーんって、ギルバート正気か!? エルフなのだぞ!!」

「そうですよ!!」

「大したことないですよ。後々保護しようと考えているティファニア(ハーフエルフ)やシャジャル(ティファニア母・エルフ)に比べれば……」

 ティファニアは“アルビオン王族×隠し子×ハーフエルフ×虚無の担い手”と言う四重苦ですからね。ジョゼットだって“ガリア王族×隠し子×虚無の担い手(予備)”の三重苦ですよ。エルフだってだけなら大した事ないです。まあ、虚無の担い手の話は、まだ秘密ですが……

「ギルバート。そのティファニアとシャジャルとは誰なのだ?」

「はい。シャジャルがモード大公の妾でエルフです。ティファニアは2人の間に産まれた隠し子です」

 あっ。父上が崩れ落ちました。カロンも顔を引き攣らせています。

「必要な事ですよ」

 父上は「なんで厄介事ばかり」と完全に愚痴モード……いえ、もはや鬱モードに入りかけて居ます。

「これも神官が好き勝手して来た弊害ですね」

「そうか。おのれ神官どもめ……」

 私がそう囁くと、起き上がった父上のストレスは怒りとなって神官へと向かいます。事実しか言っていないのに、なんか騙した気分です。

「本当にエルフを領内に招いて大丈夫なのですか?」

 カロンが不安そうな声を上げます。

「エルフも人間と変わりませんよ。多少価値観の違いはあるでしょうが、善人も居れば悪人も居ます。それにばれなきゃ良いんです」

「それもそうだな」

 唖然としているカロンに代わり、父上が納得の声を上げました。それで納得しちゃう父上は、ある意味凄いです。

「それで納得しちゃうんですか!?」

 私が思った事を、カロンが突っ込みました。……主に対する口調じゃないですよ。

「言っている事は十分に正論だ。それに、ギルバートには何を言っても今更だろう」

 あれ? 私ってそういう扱いなのですか?

「それもそうですね」

 えっ? カロンもそれで納得しちゃうんですか?

「技師はエルフごと迎え入れる方向で話を進めろ」

「はい」

 父上から正式に命令が出た所で、私からも支援をしておこうと思います。

「修道女達が付けて居た聖具を持って行きなさい。フェイス・チェンジの効果があるので使えるでしょう。直ぐにそちらに届けさせます」

「はい。出来れば技師とエルフの2人分お願いします」

「分かりました」

 カロンの要望に私は頷きました。



 さて、エルフの話が出たついでに、原作開始前にネフテス(エルフの国)と接触するか決めようと思います。今まで後回しにし続けてきましたが、いい加減に決めた方が良いでしょう。

 エルフとの接触が成功した場合の利点を考えてみます。

 ・エルフ達が持つ技術を分けてもらえるかもしれない。
 ・今後、エルフの助力が得られるかもしれない。
 ・原作では表記されて居なかった情報が得られるかもしれない。
  (特に、始祖ブリミルとエルフ達の間に何があったか?)

 この三つが期待出来ます。

 次に利点を得る為の障害について考えます。

 先ず一番最初に浮かんだのは、私自身の時間についてです。

 直接指示をしなければならない事も減ったので、時間もだいぶ空く様になりました。この状況なら、領地を暫く空けても問題無いでしょう。逆に原作開始3年前には、トリステイン王崩御・モード大公家襲撃・オルレアン公暗殺による無能王誕生と、洒落にならない位忙しくなる可能性があります。学院入学も考えると、その後まとまった時間は取れ無い可能性もあります。原作開始まで6年ちょっとあるので、準備期間を考えると自由に動けるのは今から2年位でしょうか?

 私としては、他にもやりたい事はあります。特に固有武器を作る為の研究時間は惜しいです。未だにタングステンを鍛造する為の取っ掛かりもつかめていません。このままでは、固有武器の作成すらままならないでしょう。更にディル=リフィーナから持ち帰ったコルシノ鋼(剣数本分)や、ミスリル(ミスリルゴーレムの残骸が大量にある)の鍛造法が確立していないのはもったいないです。最悪の場合は鍛造を諦め、コルシノ鋼やミスリルを《錬金》で剣形にするだけになってしまいます。それでもハルケギニアでは十分に強いですが、ディル=リフィーナ製の武器に比べたら下の下も良い所です。

 他にも新魔法の研究で、幾つか芽が出そうなものがあります。特に画期的なのが、アイス・バニッシャーです。ええ。元ネタは永遠のアセ〇アだったりします。以前魔法で大切なのは流れと言いましたが、メイジは魔法を使う時に自分に最適な流れを体外に作っています。これを微弱な冷気魔法で乱してしまうと言う物です。魔法が発動する直前にこの魔法を当てれば、理論上は魔法をキャンセル出来るのです。原作の様に強力な魔法は止められないと言う事は無く、逆に強力な魔法ほど止めやすいです。上手くすれば、混乱した相手は暫く(と言っても数秒から十数秒が限度)魔法を使えない状態に出来るかもしれません。他にも、レールガン、ウォークライ、リジェネレイトが形に出来そうな魔法です。

 ……この四つ以外に何百と言う案がありましたが、理論的または技術的な理由で諦めざるを得ませんでした。それも今では良い思い出です。

 固有武器に関しては、正直に言うと行き詰っているので、逆にエルフ達から何かヒントを得られるかもしれません。新魔法の方は、カトレアと共同研究しているので、任せてしまうのも手かもしれませんね。

 問題無いとは言えませんが、時間の方は何とかなるでしょう。逆にエルフ達との交渉をまとめた方が、近道になるかもしれません。次は私が所持している交渉材料(カード)について考えてみます。

 こちらから提示出来る物は、担い手の情報です。予備も含めれば5人の情報がありますが、渡しても良いのはジョゼフとヴィットーリオの2人だけです。ティファニアとジョゼットの情報は絶対に出せませんし、ルイズを売るような真似はしたくありません。

 交渉を有利に進める上で重要なのが、私が大いなる意志によってこの世界に導かれた事です。しかしこの事実も、信じてもらえないのでは意味がありません。エルフには嘘を見分ける魔法がある様ですが、全員がその魔法を使えるとは限りませんし、(原作を読んだ印象では)エルフ達は頭でっかちの頑固者が多そうです。頑迷に自分達が正しいと言うばかりで、いくら証拠を積み重ねても信じ無い者も居るかもしれません。

 そもそも問答無用で排除しようとして来たら、こちらには対抗手段がありません。

「私1人じゃキツイですね。……と言うか無理です」

 エルフの戦力で一番恐ろしいのは、強力な精霊魔法です。しかしそれだけではありません。聖地を抑えて居る事で場違いな工芸品を回収し、それを解析して得た科学技術も侮れません。今の私では、一対一でも勝つ事は出来ないでしょう。

「……はぁ」

 溜息を吐きながら自分のベッドを見ると、腹を上にして万歳のポーズで寝ているティア(ぬこver)が居ました。原作でシルフィードがアッサリやられていた事を考えると、複数人相手ではティアが居ても絶対に勝てません。次にカトレアとレンの顔が頭をよぎりますが、私は頭を振ってその考えを否定しました。カトレアを私の我儘に付き合わせる訳には行きませんし、結果は変わらないでしょう。

 エルフ達に説得力を持たせて、万が一の時に十分戦力となってくれる存在……か。精霊魔法使い(エルフ)が相手では、父上母上クラスでも危険なのに……

 ここまで考えた私は、“実利は大きいがそれ以上にリスクが高過ぎる”と判断しました。本来ならここで諦める所ですが、最後に相談すべきモノが頭をよぎりました。

「駄目で元々です。木の精霊に相談してみましょうか。突破口があればよし。無ければ諦めもつきます」

 私は立ち上がるとベッドまで移動し、ティアのお腹に手を伸ばします。そして……

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ

「うにゃ あ にゃ に なっあ にゃぁぁ ああぁぁ」

 思いっきりお腹をこすってあげました♪

「ティア。出かけますよ」

 後ろから「主の鬼畜~」とか聞こえましたが、無視して準備を終わらせました。そして、ティアを抱き上げて「行きますよ」と声をかけると「やるなら吾が人型の時に……」とか言い始めます。良く考えたら、私がこすったのは人間で言う乳房の部分とも言えなくもありません。

 問答無用でウエストポーチの中に突っ込みました。ティアは、ゴソゴソ……ピョコンと頭だけポーチから出すと、恨みがましい目で見て来ます。はい。綺麗に無視させていただきました。

 本邸の自室を出ると、正面に一面ガラス張りの壁が目に入りました。その向こう側に見えるのは、大きな池がある本邸の中庭です。日本庭園を意識して作った庭は、桜等の春の木と楓等の紅葉する木がバランスよく植えられ、岩や季節の花木(かぼく)が池に映る姿が美しく1年通して楽しめます。私が居る場所は3階ですが、中庭は崖上側にあるので、手近なガラス扉を通れば直ぐに庭に出れます。廊下には小さな水路が設置してあって、澄んだ水が常に流れています。(精霊に隠し事をしないと言う意味で、全ての廊下に水路が設置してある)

 私はそのまま広間に移動します。広間は1階から3階まで吹き抜けになっていて、中央の池には巨大滑り台の様な水路から絶えず水が注がれています。当初は滝の予定でしたが、しぶきが飛ぶのは嫌という事で水路になりました。池の水は正面玄関を通り、本邸正面にある(祭りのとき舞を奉納する)演舞場を通して、本来の川に戻って行きます。大雨による増水や干ばつに対応する為、溜池や水門の設置もちゃんとやりました。

 広間から外へ出ようとした所で、ディーネと出くわしました。

「ギル。丁度良かったです。ん? 出かける所でしたか?」

「大丈夫ですよ。如何かしましたか?」

 聞き返すとディーネは頷きました。

「オペラに使う音楽家やバックコーラスを集めているのです。音楽家の方は何とかなったのですが、バックコーラスの方が集まらなくて困っているのです」

 音楽家は楽団(貴族のパーティーで音楽を奏でる需要があったので、比較的簡単に見つかった)を雇えそうなので問題は無かったのですが、バックコーラスを任せられる人材が見つからなかったのです。

「バックコーラス……ですか」

 とりあえず“困ったら私の所”と言うのは勘弁してほしいです。特に芸能娯楽関係の人材面は、元々私が担当していて八方手を尽くしているのです。今更私の所に来られても……

「如何にかなりませんか?」

 本当に困っているのでしょう。ディーネの目が、私に“助けて”と訴えて来ます。私の仕事を奪った形ですが、ディーネからすれば“手伝いをして居たら突然責任者を押し付けられた”のです。気苦労も多いでしょうし、色々な意味で助けて欲しいですよね。(父上。お恨み申し上げます)

「分かりました。手伝います。他の人材は如何なっているのですか?」

「はい。舞台女優は、三馬鹿(アリア、アリス、アミラ)とアニー他数人が協力してくれます」

 三馬鹿も心配ですが、アニーはよく女優になる事を承諾しましたね。彼女はその美しい容姿が原因で、貴族の慰み者にされそうになって家族と逃げてきた経緯があるのに……。まあ、その貴族は塩爆弾で吹き飛びましたし、ドリュアス家の加護もあればストーカーの心配も無いのでしょうが。

「楽団はヴァリエール公爵に紹介していただいた楽団が居ます。交渉も順調なので問題無いでしょう。曲や台本は私が担当していますが、カトレア様も協力してくれるので何とかなります。……ハルケギニア向けにアレンジするのが大変ですが(ボソッ)」

 何か最後に、怨念がこもった声が漏れましたよ。それにしてもカトレア。私が知らない所で何時の間に……。それに嫌な予感がするのは気のせいでしょうか?

「大道具も手先が器用な者を雇いました。舞台衣装も問題ありません。やはり足りないのは、バックコーラスだけですね。居なくとも何とかなりますが、居ないとやはり舞台が寂しいです」

 本当に足りないのは、バックコーラスだけみたいですね。しかし私にも伝手は……いや、待てよ。

「ちょっと、ジョゼットの所へ行きましょうか。確か今の時間なら、母上の特訓で部屋でグッタリしているはずです」

「??」

 不思議そうにするディーネを連れて、私はジョゼットの部屋へ向かいました。私の想像通りなら、二つの問題が同時に解決します。

 ジョゼットの部屋に入ると、予想通り彼女はベッドの上でグッタリとしていました。……うつ伏せで枕に顔を埋めて居ると息苦しくないですか? それにベッド上に広がった黒髪が、ちょっとだらしないです。

「ジョゼット。生きてますか?」

「……てる」

 重症の様です。おかげ様で私とディーネの苦笑いも止まりません。あの母上に“強くなりたい”なんて言った自分の口を呪ってください。まあ、兄弟の中で自分だけ訓練に参加しない(なかまはずれになる)のは嫌だったのでしょうが。

「ちょっと聞きたい事があるのですが」

 私の言葉に顔を上げたジョゼットは、懇願するような目で私達を見るのです。……言いたい事は分かりますが、私達には如何する事も出来ません。なので、助けを口にされる前に先手を打ちます。

「「堪えて」」

 スパーーーーンと言い切る私達の声が、ものの見事にハモりました。考える事は同じですね。そして涙目になったジョゼットの顔が、再び枕に沈みます。何だかんだ言って、母上の特訓で大きな怪我をした事はありません。一見ずさんに見えますが、母上はそこら辺は細心の注意を払ってくれているからです。それに一度実戦を経験すると、そのありがたみは嫌と言うほど分かります。

「ジョゼット。元気を出してください。私やギル、アナスタシアも通った道です。直ぐに慣れますから……」

 ディーネが慰めに入りましたが、ジョゼットは反応しませんでした。気持ちは良く分かるので、その事について私達は何も言えません。

「まあ、そんな事は如何でも良いとして……」

「如何でも良くないよ!!」

 ジョゼットが顔を上げて抗議して来ました。

「ジョゼットが居た修道院で、聖歌隊の様な事はしましたか?」

 それを軽く無視して質問をします。私の意図に気付いたディーネの顔が、凄く良い笑顔になりました。

「うん。やってた。歌くらいしかやる事無かったから」

 予想通りです。暇になった人間は碌な事を考えません。脱走を考えさせない為に何かやらせるにしても、あんな所に閉じ込めていると歌くらいしかやらせる事が無かったのでしょう。練習時間は無駄に多かったでしょうし、技量はある程度期待出来るはずです。

「ディーネ。当たりです。父上の許可を取り、サンドラさんに話をつけに行きましょう」

「ええ」

 ディーネと仲良く出て行こうとしたら、泣きそうな顔で睨まれてしまいました。

「えっと……まあ、その。「堪えて」」

 最後の“堪えて”の部分だけディーネとかぶりました。ジョゼットはベッドに撃沈です。良心が物凄く痛むのは何故でしょうか? まあ、そんな良心はポイッしちゃいましょう。ポイッ。と言う訳で、ジョゼットの部屋から撤退です。

 修道女達の事は父上から許可を貰い、ディーネと2人で別荘に居るサンドラさんへ伝えに行きました。サンドラさんもこの提案に乗り気です。(就職先が限られる高齢の修道女達にとって、今回の話は魅力的だった)

 バックコーラスの確保と高齢修道女の就職先。一石二鳥で二つの問題が同時に解決しました。



 別荘から帰るティア(風竜ver)上で、ディーネが口を開きました。

「そう言えば私が話しかける時、ギルは出かける所だったのでしょう?」

「はい」

 一緒にティアに乗っているので、ディーネが私の後ろから抱きつく形になっています。最近膨らみ始めたディーネの胸が、背中に当たっております。ティアから不穏なオーラが漂ってきますが気にしません。

「何処へ行く心算だったのですか?」

「精霊に会いに行く心算でした」

 ハッキリ言って(役得だな~)とか考えて居た私は、油断していたのでしょう。

「精霊に? 何故ですか?」

「ネフテス(エルフの国)に接触出来ないか、知恵を借りに行こうと思ったのです。如何してもと言う程の物ではありませんから、良い知恵が借りれなければ中止ですね」

 そんな事を言えば、ディーネがどんな反応をするか考えていませんでした。

「ギルの事だから、私を本邸に送った後に行く心算だったのでしょう? 私も行きます。このまま精霊の大樹へ向かいましょう」

「分かりました。ティア。精霊の大樹へ向かってください」

 気軽に了承したこの時の自分を殴ってやりたいです。

 精霊の大樹に到着すると、早速精霊を呼び出します。

「木の精霊よ。お願いがあって参りました。姿をお見せください」

「何の用だ。重なりし者よ」

 すぐに木の精霊は姿を現してくれました。相変わらずSDミニマム化したままです。

「実は……」

「面倒だな」

 説明しようとしたら、目の前に緑色の糸が飛び手にプスッと刺さりました。そんなに堂々とやられると、流石に……

「ギル? それは何を……」

 案の定気付かれてしまいました。

(木の精霊!! 気付かれない様にお願いしたじゃないですか!!)

「(面倒だ)」

 切って捨てられました。

「ギル。それってまさか……」

「精霊の前です。話なら後でします」

 とりあえず今は黙らせます。うわー。物凄く不服そうです。帰ったら家族審問決定ですね。

「(何がしたいかは理解した。だが我が協力する理由は無いな)」

(あっ。やっぱり駄目ですか)

「(我等精霊の役目は“自然の理に従う事”だ。小さき精霊は魔力を対価に力を貸すが、我の様に意思を持つ者はそれを良しとしない)」

 要するに今回の一件は、精霊の矜持に反すると言う事ですね。

(お知恵をお借りする事も?)

「(悪いが我等の矜持が許す範囲では、有効な物は無いと判断する)」

(分かりました。如何してもと言う程の物では無かったので、今回は諦めます)

 仕方が無いです。しかし、家族審問の上収穫無しはキツイですね。緑色の糸が外れ、私は鬱々とした気持ちを振り払う様に口を開きました。

「まあ、砂漠行きが無くなっただけで良しとしておきましょう」

 無理矢理でも利点を探さなければ、やってられません。そして帰ろうとする私達を……

「待て」

 何かに気付いた木の精霊が呼び止めました。何故だろう? 物凄く嫌な予感がします。私のこれまでの経験上、ここで待ったら絶対ろくな事になりません。

「いえ、お構いなく。私達はこれで失礼しますので。……ティア」

「応」

 既に私の頭にある選択肢は、逃亡一択しか残っていませんでした。しかし現実は無情です。ティアがウエストポーチから飛び降りると同時に、私達は蔓のドームに包まれてしまいました。

「我は待てと言った」

 もう逃げられません。観念するしかない様です。それからディーネ。怖いのは良く分かりますが、抱き付かないでください。逃げ……動き辛いです。

「分かりました。大人しく話を聞きます」

 私が観念してそう答えると、私達を包むドームは解かれました。木の精霊がどこか満足げなのが妬ましいです。ディーネも安心した様で、(今更)私から離れてくれました。

「重なりし者よ。貴様は先程砂漠へ行くと言ったな。それは、かつて“風の精霊を消滅させてた戦いの舞台となった砂漠”だな?」

 隠しても仕方が無いので、私は素直に頷きました。それと行くとは言ってません。更に言わせてもらえば、NGワードは“砂漠”だった様です。口は災いの素ですね。ディーネの所為にする心算はありませんが、彼女が一緒で無ければNGワードを口にしなかったかもしれないと思うと、物凄くやるせない気分になります。少し前の油断しきっていた自分を殴ってやりたいです。

「その地は過去の戦いで精霊が全て消滅した。小さき精霊達は戻って来ているが、風の精霊(風化)や火の精霊(極端な昼の増殖と夜の消滅)が先行しすぎているせいで、バランスの崩壊を後押しする形になり砂漠化が進む原因になっている」

 そこまで木の精霊が発言した所で、他の精霊達が集まって来ました。物凄く大事になっている様な気がするのは、気のせいと思いたいです。

「そのせいで砂漠は、現在進行形で広がっている?」

 精霊が言いたい事が分かって来たので、私は補足する様に呟きました。私の呟きに精霊達は満足そうに頷きます。ディーネとティアは、空気を読んで部外者の振りをしています。……おぼえてろ。

「しかし我々(メイジ)では、精霊の代わりは出来ません」

「分かっている。我等の力ある分霊を作り出す。重なりし者は、その分霊の在るべき場所を探せ。現地の者に協力を頼めば、何とかなるだろう」

 精霊の力が狂った土地はその土地なりに生態系が出来て居るのでしょうが、それが精霊の力が正しく機能している場所にまで悪影響を与えて居るならば、見過ごす事は出来ないと言う事なのでしょう。

 私の仕事は現地人(エルフ)に協力してもらい、狂ったバランスを調整するのに最適な地に分霊を運ぶだけです。それだけなら別に大した事はありません。珍しく嫌な予感が外れた事に、私はホッとしていました。

「それから、重なりし者の知識に“砂漠緑化”と言うのがあっただろう」

 ……外れていませんでした。泣いて良いですか?






 精霊達の分霊を連れて行ったら、家族審問は回避出来ました。ただし全員の視線が凄く冷たかったです。

 私悪くないよ!! ……タブン。何故準備が出来てから精霊を迎えに行かなかったのか? と言う質問にも答えられません。だって、あの時物凄くテンパッてたんだもん。砂漠緑化って、何年かかると思っているんですか? おかげ様で今まで立てて居たスケジュールが全て崩壊しましたよ。物凄く頭痛いです。

 それは置いておくとして、今私は砂漠緑化に必要な道具の準備に大忙しです。持って行くのは、精霊の分霊1セット(荷物扱い)、ポプラの苗×40、乾燥と寒暖に強く苦い雑草の種、水汲み風車の建材×10 in魔法の道具袋、塩や醤油等の調味料を始めとしたドリュアス領の特産品(エルフへの手土産)。

 私が忙しく準備を進めて居ると、マギ商会のガリア撤退が終了したと報告がありました。マジックアイテム技師とようやく会えます。

 事前の資料を見ると、彼女の名前はマリヴォンヌと言うらしいです。家族全員で執務室で待っていると、ドアがノックされました。

「入りなさい」

 母上が入室を許可しました。

「失礼します」

 カロンを先頭に、9人の人間が入って来ます。

「マジックアイテム技師とその家族をお連れしました」

「ご苦労」

 カロンは父上から労いの言葉を貰うと、そのまま父上の後ろに移動します。見覚えがある2人は家の人間ですね。護衛をしていたのでしょう。軽く礼をすると、執務室を出て行きました。マリヴォンヌの家族全員を連れて来たのは、彼女から離されたら子供達が不安に思うと配慮したからですね。

「私はマリヴォンヌです。家名は国と共に捨てました。この度は私達の無茶なお願いを聞いていただき、ありがとうございます」

 赤茶色の髪の女性が、1歩前に出て頭を下げました。歳は20代前半と言ったところでしょう。後ろに居る子供達はまだ警戒をしていますね。

「うむ」

「こちらはお借りしていた聖具です」

 彼女から十字架型の聖具が差し出されました。入室する前に外していたのでしょう。そして私達の視線が、未だに聖具を付けたままの少女に集中します。視線を受けた少女は固まってしまいました。

「そのような不躾な目で人を見るものじゃないよ」

 父上に注意されてしまいました。反省です。少女は聖具を外そうとしましたが、その前に私が声を掛けます。

「もう一つの聖具は差し上げます。外出時等に使用すると良いでしょう」

「あ ありがとうございます」

 少女は聖具を外して頭を下げました。金髪に長い耳、確かにエルフです。

「エルウィングです。エルフ語で“星のしぶき”と言う意味があります」

 エルウィングが自己紹介すると、残りの4人が簡素に名前だけ名乗りました。金髪の悪戯っ子みたいなのがダミアン。白髪の大柄な子がジャック。愛嬌ある顔立ちをした美少年はドゥドゥー。紫がかった髪の女の子がジャネット。

 ……物凄く聞きおぼえがあるのは気のせいでしょうか?

 その後彼女達の話を聞くと、胸糞悪い話が飛び出しました。

 エルウィングの存在が一部の人間にばれ、マリヴォンヌの借金を盾に人体実験を強要して来たそうです。実験内容は、エルウィングの体の一部を他の子に移植する事により、人間が先住魔法(精霊魔法)を使えるようにすると言う物だそうです。(ダミアンが原作で成長していない事やドゥドゥーが先住魔法を使っていたのは、この実験が原因と見て間違いなさそうですね)

 原作で元素の兄弟が、あれだけお金に執着していた理由が分かった様な気がしました。 
 

 
後書き
以上で改訂作業は終了です。これからはゆっくり更新して行きたいと思います。
次の更新はアルカディアに投稿しているアイマかな……
ご意見ご感想お待ちしております。 
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