戦国異伝
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第百六十六話 利休の茶室にてその四
「それは」
「そのことを疑うか」
「まだ信じられぬと言った筈」
顕如の言葉は揺れないものだった、しかも全く。
「これが拙僧の考えである」
「そう言うか」
「武家の天下は泰平になるのか」
顕如はそれが疑問だというのだ。
「鎌倉幕府、室町幕府の歴史を見ると」
「そうは思えぬか」
「特に室町幕府は」
今の幕府、それはというのだ。
「とてもそうは思えぬ」
「それは幕府による」
信長は顕如のその言葉にすぐに返した。
「室町幕府は弱かった」
「それ故にか」
「左様、天下を長くまとめられなかった」
顕如はそのことから言うのだった、あくまで。
「それで何故武家を信じられるか」
「まとめられねばその時は」
「天下は乱れたではないか」
淡々とした調子だがそこに不動のものを含ませてだ。顕如は一歩も退かない。そこに確固たる信念があるが故に。
「応仁の乱も然り」
「そして鎌倉幕府もか」
「鎌倉幕府は忌まわしいものだった」
顕如からしてみればだ、それは実に。
「源氏同士でどれだけ殺し合ったか」
「九郎判官殿然り」
「その前の木曽義仲公もまた」
「保元の乱でもじゃったな」
「武家は身内でも殺し合う、それは今なら尚更」
「戦国の世であるが故に」
「いや、武家は武でしか天下を収めることは出来ぬ」
やはり僧侶としてだ、顕如は言うのだった。
「それ故に拙僧は」
「わしとまた戦うか」
「貴殿が天下を治められようとも」
「その後か」
「長きに渡って天下を泰平に出来るか」
「出来ると言えば」
「見せてもらおう」
それだけのものをだ、是非にというのだ。
「拙僧のその目にな」
「よかろう」
昂然としてだ、信長は顕如に返した。
「では貴殿に見せるとしよう」
「武家が天下を長きに渡って治めるだけのものをか」
「必ずな、見せるとしよう」
「その言葉しかと聞いた、ではな」
「和議の間、そしてその後で」
見せようとだ、信長は顕如を見据えて告げたのだった。そうしたことを告げてそうしてなのだった。二人のところに。
茶が来た、利休の茶だ。顕如は己に差し出されたその茶を見て今度はこう言ったのだった。
「ふむ。この茶は」
「如何でしょうか」
「よい茶でございますな」
こう利休に言うのだった。
「湯加減もたて方も」
「そのどちらもですか」
「湯は茶に適した熱さで」
しかもだというのだ。
「茶の量も程よい、しかもたてたそのやり方も」
「全てですか」
「お見事です」
そうだというのだった。
「流石は千利休殿です」
「いえ、粗茶であります」
「茶の質もかなりのものですが」
そこまで見抜いていた。やはり顕如の目は見事だ。
「そしてどの茶器も」
「顕如殿は全てがおわかりですか」
「それなりに茶に親しんでいるつもりなので」
そうだとだ、顕如は利休に答える。その口調はこの時も淡々としている。
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