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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§57 使徒と巫女

 ひゅん、と。風を切る。恵那の頭上すれすれを通り過ぎる男の剣。切り裂かれた彼女の髪がはらりと舞った。

「もう、折角揃えたのに!」

 軽口を叩く余裕など結構ない。が、それでも話すのは余裕が無いことを悟られないようにするためだ。剣戟を交えつつ、少しずつ場所を移動する。眼前の男以外は既に戦意は無い。相手(れいと)本物(カンピオーネ)だとわかったのだから当然だろう。まして黎斗は桁違いだ。猿候の一件で彼が"やらかした"規模はカンピオーネを知っている結社ですら信じがたいレベル。そんな中挑んでくる彼は一体。

「あなた……もう呑まれてる(・・・・・)?」

 彼が既に人外の存在と化していることは明白だ。鮮血したたるような赤い瞳。奇怪に蠢く黒い外套。爪が伸び、凄まじい膂力を誇る腕に、恵那でも捉えるのがやっとな俊敏さ。殺気を読んでか動体視力が異常なのか、こちらの攻撃を先読みし高等魔術を使いこなす。

「聖絶の言霊なんて、エリカさん達の特権だと思ってた、よッ!」

 袈裟懸けに振るった刃は案の定避けられ、お返しとばかりに幾つもの鎖が恵那の四肢を捕らえようと襲い来る。だがこの程度の鎖、彼に比べれば、温い。

「破ッ!」

 鎖を破壊し、刃を構え。相手を睨み、息を吐く。

――強い。

 敵はエリカ、リリアナどころか陸鷹化すら上回りかねないことを実感する。黎斗の権能で肉体を大幅に強化している状態で、劣勢。神憑りを使う余裕すら無い。神獣に匹敵するであろう強敵だ。

「巫女よ、その程度か?」

 男の身体が膨張し、破裂する。

「!?」

 驚愕する恵那に蝙蝠が、狗が、襲い来る。

「人間やめちゃった、か……」

 その尽くを切り裂き、回避し、しかしそれは完全とはいかず。次第に後退を余儀なくされる。

「洗脳、というより相手を作り替えるのかな?」

 神獣に比する破格の戦闘能力だが、神に比べるまでもない。もし神なら、恵那など既に二桁は殺されている筈さ。これまでの振る舞いや仲間の反応から見て、彼は元人間だったところまで予想はつく。

「……草薙さん、ごめん。相棒貸して」

 このままではやがて押し切られる。故に願う。力が足りないのなら、余っている所から持ってくる。

「巫女よ、王から言伝てだ。「危なくなったら"呼べ"」と」

 果たして、直ぐに手の内に重い感触。久方ぶりの相棒だ。

「心配させちゃったか。じゃあちゃっちゃと倒して安心させなきゃ。だいたい今回は黎斗さんに折角任せてもらえたんだし!」

 右手に天叢雲を、左手に蛍火を。そして急加速。今まで以上に距離をあけて、身体を空にして。神気を、呼び込む。

「させん!」

 生じた明白な隙に、電光石火で男が距離を詰めてくる。が、こちらの方が早い。天叢雲と蛍火と。二つを持つことで神憑りの際の隙はほとんど消える。呆れるばかりの出鱈目な速度で、神憑りが完了する。

「さっきまでとは一味違うよ!」

 黎斗の権能に神憑りに。二重に強化をした今の恵那の身体能力は人外の化生をも上回る。

「単純に身体能力に任せての力押しは芸が無い、けどねッ!!」

「ぬうっ……!!」

 二天一流、流れるような二つの刃は、もはや彼を圧倒し、その身に傷を刻み込む。傷の治りが早いのが気になるが、回復よりこちらの一撃の方が疾く、重い。

「小娘が……!」

 魔術を唱えようとすれば口を裂き。剣を振るおうとすれば腕を斬り、逃げようとすれば足を凪ぐ。怒涛の連撃に、相手の再生が間に合わなくなっていく。

「これで、終わりッ!」

 気合一拍。右の太刀が男の首を斬り飛ばし、左の太刀が男の心臓に突き刺さる。

「――!!」

 目を大きく見開いた首が、くるくる廻る地に落ちる。

「はあっ、はあっ……」

 また、それと同時に恵那が床に膝をつく。いかな彼女と言えども、身体を酷使しすぎた反動が来たのだ。限界一歩手前で、半ば意地で立っていたようなもの。

「天叢雲、ありがと」

 礼を言う頃には、相棒の姿は恵那の手から消えていて。きっとあの少年の元へ帰ったのだろう。剣へは思念がなんとなく伝わるから、彼の方へは改めて、今度お礼を言いに行こう。

「なんか、初めてれーとさんの役に立てた気がするぅ……」

 日常生活に置いては完全無欠に駄目人間な黎斗だが、非常時には頼りになりすぎる。今までおんぶにだっこだったが、今回は一応役に立った。この達成感が、困難な事態を打破した充実感に拍車をかける。

「てて、まだ終わってないんだった」

 息を整えて恵那の歩く先には、腰を抜かした大勢の魔術師と、意識を抜かした大量のその他一般人。はてさてどうしてくれようと、悩んだ末に言葉をなんとか捻り出す。出てきた言葉は陳腐なもので。その実、さっきも言ったような気がしないでもない。

「……投降、する?」

 今度は後ろから攻撃してくる存在は無いかな、などと思っていれば。

「!?」

 凄まじい振動とともに、ビルが地下に埋まって行く。窓から外を見やれば、まるで地下に大迷宮があるかのよう。地下に存在する大迷宮の中心にビル。口にすればおかしな事態。なんとなく、恵那はこれが黎斗の仕業であることを直感する。

「……お許しを。神殺しに仕える巫女殿」

 魔導師達が降参したのは当たり前過ぎて、特筆すべきことなど無い。




●●●


――時刻は若干前後する。

 その日、彼は街を歩いていた。定期考査を前にして我ながら余裕だな、などと苦笑する。

「今回は賭けしてるのにねぇ」

 思わず口に出た呟きは友人としたものだ。試験で点数の一番低かったものが一人カラオケをする。指定されている店は学生の遊び場として有名であり、一人でカラオケでもしようものなら恥ずかしさと虚しさ、情けなさで死んでしまう。何が悲しくて同性の友人と馬鹿をやったり恋人がらぶらぶしている横で一人歌わなければならないのか。

「……やっぱ帰るか」

 想像しただけで寒気がする。やっぱり、帰ろう。そう思って踵を返す。そんな時――

「味噌は冷凍!! 味噌は冷凍!!」

 意味不明な事を口走る少女を見た。味噌を冷凍してどうなるのだろう。

「ちょっと冬姫ちゃん……」

 注目を浴びた為か隣の子が必死に宥めているようだ。まぁ、歩道橋の上から下の道路に向かって叫べば嫌でも人目を集めるだろう。当然の話である。ましてや今は夕方だ。

「話を聞きなさいこんの糞味噌は!!」

「ちゃんと味噌買って来たから静まってよぉ……」

「その味噌じゃないの!! この糞味噌!!」

 電波過ぎる。味噌と会話しているのかあの少女は。彼の視力では顔はわからないが、おそらく近隣の高校生ではないだろう。制服が違う、気がする。いや相手は歩道橋の上だしよくわかんないけど。

「……はぁ。こんなトコに居たんですか」

 耳を癒すような声が後ろから聞こえる。周囲の男がざわめいて、彼の後ろを凝視する。なんだ、どうした。目の前のオモシロ光景を上回る何かがあるというのか。まぁ、まずは眼前の光景をネタにして、だ。

「変人見つけたなうwww……と」

 SNSに呟きつつ、後ろを見て、硬直。

「注目浴びてあの子達は……」

 女神が、いた。彼と同じ高校生だろう年齢に見えるが、圧倒的な美貌。二次元がそのまま三次元に出て来たかのような。普通二次元をそのまま三次元化すると不気味な顔になる、と言われる。だが彼女は違う。二次元の美貌を三次元に適用した、とでもいうべきか。ここまでの人にはちょっとお目にかかれない。テレビの中にもまずいないだろう。生憎テレビなんて最近見てないから、一般的な有名人の顔面偏差値なんてわからないけど。

「……」

 言葉に出来ない、とはこういうことを言うのだろう。紫色の長髪なんて、三次元(リアル)で見てもけばけばしいだけだと思っていた。蛍光塗料をふんだんに使った。でも、彼女の髪は違う。自然なのだ。自然な紫の髪、というのも大概おかしな話だけれど。違和感のない、ごく当たり前に見える、それでいて本人を魅力的に映すような紫の髪。目の前の光景全てが信じられない。声最高、顔最高。おまけに、服の上からでもわかる魅力的な双丘が彼の眼を釘づけにして離さない。華奢な身体に似合わぬ巨大なそれは、凶器以外の何物でもない。

――見ちゃダメだ見ちゃダメだ!!

 凝視していることがバレたら変態の烙印を押される。まして女性はそういう視線に鋭いという。だが、変態扱いされる、というリスクを冒してすら見る価値がある。肌は透き通るように白く、美しい。男たちが写真を撮り始めるのも納得だ。マナーを守れと言いたい気持ちと、男ならそうだよな、と納得する気持ちがせめぎ合う。

「まずは止めますか」

 歩いてくる。目が離せない。淡いピンクのワンピースとスカート、という服装でありながら、肩にぶら下げる黒くて分厚い本が印象的だ。こんなもの、彼女に絶対似合わない。

「お二人とも……」

「ひゃい!」

「何よ!」

 そんな阿呆な考えをしている内に謎の美少女は歩道橋の上の電波さん達に話しかけに行った。彼女はスカートだ。頑張れば中身が見える……?

「……!! ダメダメ。帰る帰る帰る!」

 畜生に落ちるワケにはいかんのだ。寸でのところで思いとどまった少年は、未練タラタラに帰宅する。

――――その日の出来事を思い出すことは無かった。この日、この場所、この時刻。全ての人の記憶からこの美少女の記憶はきれいさっぱり抜け落ちた。誰も知ることのない、秘密の記憶。美少女の容姿も声も、思い出せる人はいない。彼はSNSに記憶の無い投稿をしていたことを疑問に思ったが、それも寝ぼけたからだと誤解して――そのまま忘れた。 
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