魔王の友を持つ魔王
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§58 強敵
「今回は怒りに身を任せ過ぎたか……?」
やってしまった。黎斗は少し反省する。いくら義妹が人質だったからとはいえ、ビル数件を崩壊させることは無かった気がする。避難勧告は出したし猶予も与えたとはいえ、これでは護堂と変わらない。
「……いや。世界遺産壊してないだけ護堂よりマシか」
護堂に聞かれたら全力で否定するであろう言葉は、生憎黎斗以外に届かず消える。”大迷宮”で避難させた恵那達を呼び戻そうとして。
「……どうやってこの権能解除すれば良いんだ?」
化けて使った権能で、本来の黎斗の権能ではない。とりあえず戻れと念じても、戻る気配は微塵も無い。おまけに黎斗は元の姿に戻ってしまった。つまりは解除方法がわからない。
「あれ?」
どうしよう。アレクを呼ぶしかないのか。でもこんなことで呼んだ日には何を言われるかわからない。サリエルの邪眼で解除するには気合と根気と呪力が大量に必要だ。多分丸一日かかるだろう。
「中の人間が持たないな」
非常食があるわけでもなし。恵那や魔術組は兎も角、義妹達が悲惨な事になってしまう。
「破壊光線でぶち壊すか?」
これは、賭けだ。一歩間違えれば大迷宮の中の住人が全滅する。かといって威力を弱めれば貫通しないだろう。
「八雷神でハッキングしたいんだけどなぁ……この権能が何の神の権能なのか知らないし無理だわ」
アレクの能力で「大迷宮」なる能力があるのは書類で見たから知っている。だけど、何の神様かなんんて良く見てなかった。その結果、八雷神で干渉する、という手段すら使えない。
「時間を巻き戻してこの周囲一帯を大迷宮作成前に書き換えるか?」
却下。人間が急激な時間変化に耐えられるか疑わしい。
「……やべぇ。マジで詰んだんじゃねこれ」
いっそ神機召喚して対地爆撃を仕掛けるか。でもそれをしたところで結局は破壊光線と一緒だ。中の住人が危ない。必死に考える黎斗は、一つの作戦を思いつく。
「僕が中に入れば良いのか」
中に入って、全員と合流。その後安全を確保したうえで大迷宮を破壊する。
「うん、それがいい。そうしよう」
入るだけなら、なんとかなる。空気を掴んで、超速で鉄へ変化させる。薄く、長く。1m程の鉄板が出来上がる。剣を目指して作ったのだが十字架にも見えるあたり、造形センスが残念極まりない。
「……まぁいいや。いやー変化マジ便利」
そう言う黎斗の容姿が金髪の美青年に変わる。呑気そうな雰囲気はそのままだが。
「僕は誓う。僕は、僕に切れぬ物の存在を許さない」
粗末な剣を持つ腕が、銀の色に鈍く輝く。
「ちぇすとー!」
一閃。
「ふっ、またつまらぬものを切ったか」
格好をつける黎斗の手の中で、役目を終えた鉄版がひしゃげて砕け散る。同時に、黎斗の立っている大地に亀裂が奔る。黎斗を中心に、入った無数の罅は、黎斗を奈落の底へと突き落す。
「計画通り」
ニヤリと笑って大迷宮内部へ侵入する黎斗。地下に埋まった大迷宮の天井を、地表ごと切り裂いて侵入する、という作戦が成功してちょっぴりテンションが上がる。が、落ちてくるのは黎斗だけではない。
「へぶぅー!?」
数秒後、黎斗は大量の瓦礫に押し潰されて死亡した。
「痛っー……」
脳漿を飛び散らせながら、黎斗は周囲を観察する。自分の血痕以外は見られない……と信じたい。一人だったらヤマの権能で蘇生できるが複数は無理だ。
「わーい。完全に掴まってらー。あはははは……」
しかも、無理な姿勢で再生してしまったらしい。非常口の看板に描かれる人間のような姿勢で仰向けだ。正直この体勢は辛い。
「瓦礫どかすのもなぁ」
ジェンガのように、下手にどかしたら崩れ落ちてきそうだ。そしたら被害が更に大きくなる。権能で作った建造物が簡単に壊れるのか、という疑問もあるが。万が一壊してこの地区一体地盤沈下とかしたら笑えない。
「神倒すよりこっちの方が辛いってどういうことなの……」
大迷宮使うんじゃなかった。使ったとしても、地下に作り出すんじゃなかった。繊細な、頭を使う能力は無理だ。
「脳筋ばんざーいぃ……」
脱力しながら、自分の首を叩き斬る。血が飛び散り、頭がころころと転がり落ちる。
「あたっ、いてっ」
瓦礫に鼻を打たれ目を潰され、重力に従って転がって――鴉の足が頭を掴む。
「ヘルプ。僕をこのまま連れてって」
かぁー。
「さんきゅー」
呑気な鴉は黎斗の依頼を了承し、足で髪を掴んで飛び始める。
「いたいいたいいたい髪は掴まないで!!!」
お前は暢気だなぁ、などと言わんばかりの視線で鴉が鳴く。黎斗の生首を掴まえて、鴉は羽ばたき大迷宮を進んでいく。
「あ、そっち右で」
適当に、なんとなく道を選んで進んでいく。ラファエルの権能もあって迷子には強い。多分、たどり着けるだろう。多分だけど。
●●●
「あ、いたいたー」
かぁー。
「おぅ、お疲れ。ありがと」
ほら、こいつらだろ? と聞いてくる鴉にお礼を言う。
「あ、黎斗さん来……た……?」
振り向いた恵那の顔が強張る。後ろの魔術師らしき人々の顔が蒼白になる。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫が迷宮内に反響する。煩い。超うるさい。
かぁー。
「あだっ」
やってらんねぇ、とばかりに鴉は黎斗の頭をほっぽりだして、迷宮の入り口まで帰ろうとする。
「待った。ぶっ壊すから巻き添え入りかねないぞー」
かぁー。
それを早く言えよ兄弟。そんな口調で戻ってくる鴉。
「生首が……喋ってる……」
「夢ならさめてよぉおおおお!!!」
学生が絶叫する。悲鳴を上げる。失神する。誰かが漏らしたのか、アンモニア臭が凄まじいことになっている。少なくない人数が失禁しているようだがしょうがない。街が壊れるわ見知らぬ場所に閉じ込められるわ、巫女が刀持つわ。あまりにも常識の外側すぎる。トドメに生首が喋るのだ。こんな光景を見ても意識を保っている学生は屈強な精神と褒めるべきか、異常精神の持ち主と嘆くべきか判断に迷う。
「れーとさんが死んじゃった……」
白い袖が黎斗の頭を包む。暖かい感触。ふにふにと、やーらかい。恵那の声が近くで聞こえるし、恵那に抱きしめられているというべきか。なんとまぁ役得な。
「れーとさん……」
頭に湿っぽいのが当たる。泣かせてるっぽい。どうしよう。声かけられる雰囲気じゃない。
「いや、さっきその首喋ってたような……」
誰かが後ろから喋っているが、恵那の耳には入っていないようだ。すすり泣きが聞こえてくる。
かぁー。
鴉が鳴く。カイムの権能を使うまでも無く。コイツの言いたいことはわかる。
――――おい、お前。泣かせてんなよ。なんとかしろよ。
それが出来れば苦労はしない。だが、このままにしておくのもよろしくない。
「まだ、恵那何もれーとさんから聞いてないのに……」
黎斗は直感で悟る。やばい、なんかこのままだと公衆の面前でこっ恥ずかしい展開になる、と。もはや一刻の猶予も無い。
「あのー、恵那さん……?」
恐る恐る、声を掛ける。
「黎斗さん!?」
ぎゅっと、抱きしめられる。
「良かった……良かった……!!」
「……なんか、心配かけたようでごめん」
でも、カンピオーネなら復活割とあるだろうに。大げさすぎないか? という疑問が湧くが、次の恵那の言葉で氷解する。
「王様達で不死身の権能を持つ人もいる、って聞いていたけどさ。生首だけで生きてる話なんて初めて聞いたよ」
「あ、そーゆーね……」
たしかに、護堂の例を見るまでも無く五体満足で不死身がほとんどだ。自分のような、身体の一部だけ生存、なんて権能は珍しいだろう。
「ごめん恵那。僕の首持ってて」
女の子がやわらかい、とかそういう煩悩抜きにお願いしたい。切実に。身動き取れないし。鴉は掴むと来ないから髪引っ張ってるから痛いし。黎斗のそんな様子を悟ったのか、恵那は即答で
「うん、わかった」
と答え黎斗を両手で抱きかかえる。俺も忘れるなよ、とばかりに鴉が恵那の肩に乗った。
「兄さん……」
その光景の中、どこからか声が聞こえた。ほんの幽かな声量ではあるが、静寂な空洞にその声が良く響いた。
「…………これは悪夢だ。悪い夢だ。寝て忘れて?」
葡萄の色に、義妹の瞳が染まり――――意識を失う。
「……良いの?」
「……うん」
トラウマになりかねない記憶を、植え付けたくはない。ついでに周囲の学生からも意識を奪う。幸い女生徒だけだったからディオニュソスでそのまま消去する。
「それよりも、こっから先に出ようか。被害者含めて全員いますか?」
黎斗の問いかけに、平伏した男が肯定を示す。
「わかりました」
黎斗が口にするのは太陽神の権能。全てを更地に還す、焦土の一撃。
「天より来たれ――――」
瞬間、爆音。次いで振動。黎斗は出口が出来たことを確信する。
「こっち。んじゃあみなさん、被害者の輸送をお願いしますねー」
呆気にとられた顔でこっちを見てくる彼らを無視し、黎斗は恵那を先導する。
「……あの人たちどうするの?」
小声で恵那が問いかけてくるが、黎斗にも名案はない。
「いや、どうしようね。殺しても意味ないでしょ。彼らの本国更地にしてやろうかとも思ったけど、したらしたで世界情勢が大変めんどくさくなりそうだし」
主に食料供給とか。
「……れーとさんなら普通に出来そうで怖いよ」
「大体さ。欧州は今カンピオーネ何人かいるから更地にするのは時間がかかるんだよ」
アレクとヴォバン、ドニの三人を同時に相手するのは少々骨が折れる。誰が聞いても唖然としそうな理屈を、平然と黎斗は述べる。
「色々前提がおかしいよ!?」
それにそんなことしたら大勢の一般人に迷惑がかかる。如何に天罰を与えるためとはいえ、そこまでするのはなぁ、などとぼんやり考え――黎斗の脳裏に考えが浮かぶ。
「よし、組織を作って彼らを下部組織にしよう」
「……はいぃ?」
何を言い出したんだコイツは、と言わんばかりの恵那の声が、迷宮の中に溶けていった。
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