I want BRAVERY
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二十一話 確認
二度目の影時間を俺達は迎えた。
「っ!!」
思わず息を飲む。
世界が緑になった瞬間に眩暈を覚え、人の気配がしなくなったと同時に吐き気がしだす。
昨日の恐怖が再び沸いてくる。
足が震えそうになる。
念のために買った、ポケットに入っている果物ナイフを握り締める。
横で先輩がより強く俺の腕にしがみつく。
自分がしっかりしなければいけない。
「・・・やっぱり今日もか」
先輩に影時間が毎日来るであろうと思わせるために呟く。
実際にそうなのだがそれを直接言うわけにはいかない。
「先輩はここにいてください」
「え!?」
もしシャドウがいた場合、先輩は足手まといにしかならない。
実際に戦闘する気はない。
というより、戦闘する勇気なんて元々持ち合わせていない。
こんな非日常で頑張れるほど、俺は強くない。
(ていうか、これがスタンダートなんだよ)
自分にそう言い聞かせる。
原作の主人公は普通に戦っていた。
もちろん伊織もそうだったし、岳羽さんも最初は戸惑っていたがすぐに戦えるようになった。
しかし、自分はどうだろうか。
たぶんよほどのことがない限り戦えないだろう。
俺にはそんな勇気も覚悟もない。
「大丈夫です。昨日みたいに戦う気はありません」
では何故、自分をここに置いて行こうとするのか、先輩の目はそう言っていた。
「確かめたいことがあるんです」
そうだ。
確かめなければいけない。
今後の安全のためにも。
これで最後。
寮から出なければ安全、ということさえ確認できればそれでいい。
これで最後。
自分に何度も言い聞かせる。
(これで最後。もう二度とシャドウには会わない。だから、今だけ、今だけは・・・)
動いてくれ、俺の足。
そう念じながら、俺はゆっくりとしがみついている先輩を離す。
「あ・・・」
離された先輩が泣きそうな声を上げる。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
そう言っても先輩は離された後に掴んだ、俺の服の裾を離さない。
「大丈夫です。何があっても先輩は守りますから」
先輩の目を見て言う。
すると、ゆっくりと先輩の手から力が抜けていく。
そして最後には俺の裾から手を離す。
「すぐ戻ってきます」
俺は先輩にそう言って、自分の足が恐怖で竦んでしまう前に歩き出す。
先輩の寮は、正面から見ると右側は建物に隣接しているが、左側には向こう側へと繋がる道がある。
上から見れば、カタカナのエの形に道路がなっている。
エの真ん中の縦線の右に先輩の寮がある、上下の横線は道路、といった感じだ。
俺はゆっくりと寮の表へと回る。
今回のことを確認するにはシャドウを見つける必要がある。
そのため、シャドウがいないなんてことにはなって欲しくない。
しかし、内心ではシャドウがいて欲しくないと願う自分がいる。
「ははっ。やべぇわ、すっげぇ俺今ビビってる」
先輩には聞こえていないだろうが、自分で言って笑えてくる。
『勇気』を手に入れたと思ったのに、実際はなんの役にも立ちやしない。
表の道にちょっとだけ顔を出す。
———ズルリ、ズルリ
「っ!!」
思わず顔を引っ込める。
心臓が早鐘を打つのが聞こえる。
しばらく気持ちを落ち着けて、もう一度顔を出す。
今度はさっきよりも慎重に。
———ズルリ、ズルリ
シャドウをしっかりと目で捉える。
運がいいのか悪いのか、こちらへと向かってくるシャドウを見つけた。
(タルタロスだけでなく、街にも普通にいるんだな・・・)
そう思いながら、しっかりとシャドウを目で追う。
果物ナイフと一緒に買った、スーパーボールをポケットから出す。
シャドウに見えない位置から、そのスーパーボール3個をシャドウの進行方向へと投げる。
スーパーボールはちょうど、シャドウから見て、俺のいる通路を通り過ぎて5m程度に落ち、跳ねる。
ビビっていたせいか、予想よりも力がはいらず全くボールが飛ばなかったことに内心毒づきながらもスーパーボールが何度も跳ねるのを確認する。
すると、シャドウは俺のいる通路から6,7mのところから、スーパーボールが何度も跳ね、そのせいで周りの物に当たる音を聞きつけ一瞬動きを止めた。
(音にも反応するのか・・・)
シャドウが、スーパーボールの位置を目掛けて動くのを一瞬確認して、すぐに先輩のところへ戻る。
「先輩、中に」
「・・・何したの?」
「ちょっとした実験ですよ」
後ろからわずかに見ていたのか、先輩は俺の行動を疑問に思ったようだ。
「実験って・・・」
「とにかく中に」
先輩を寮の中へと促す。
先輩は俺の行動を疑問に思ったままだったが、とりあえずは俺の言葉に従ってくれた。
先輩と、寮の裏手のドアの隙間から、通路を覗き見る。
「何を見るの?」
「静かに・・・後で言います」
ジッと通路の先、道路を見る。
しばらくして、
———ズルリ、ズルリ
シャドウが移動する音が聞こえた。
その途端、先輩がビクリと震える。
ここで先輩に混乱されて、音を立てられても困るので、先輩を安心させるために先輩の手を握る。
———ズルリ、ズルリ
シャドウが、俺達の視界に入る。
自分の恐怖を紛らわすために、そして先輩を少しでも安心させるために、より強く手を握る。
シャドウが、通路を通り過ぎるのを待つ。
(頼む、通り過ぎてくれ!)
10秒程度にも感じたし、10時間にも感じるような時間が流れた。
シャドウが俺達の視界から完全に消えるのを確認した。
つまり、この瞬間に、シャドウは最低でも5m以上先の範囲の人間を感知できなくて、それで目と、そしてあるかはわからないが耳で標的を捉えるというのがわかった。
「ふぅ」
俺は少し息を吐くと、ドアを閉め、完全に寮の中にはいる。
「・・・説明してくれる」
先輩にはまだ説明していないため、わけのわからない顔をしている。
「あの化物がどうやって人を見つけるのか知りたかったんですよ」
先輩は首を傾げる。
「昨日は俺達二人ともがあの化物の目の前にいました。だから、あいつらが何を目印にして俺達を見つけたかわからなかった」
先輩は黙って聞いている。
「だから、さっきスーパーボールを化物の先に投げました。それで化物が反応するか見たかったんです」
「・・・それで?」
「結果は、あくまで予想ですが音と視界で目的を見つけている可能性が高いことがわかりました」
俺は続ける。
「俺が言いたいのは、この奇妙な空間では寮から出なければ問題ない、ということです」
先輩はいまだ俺達が影時間にいるせいか不安が拭えていないが、とりあえずは納得してくれたようだ。
実際はシャドウがどっから沸いてくるかわからない以上、これが確かなことだといえないのだが、とりえずは、
(あ〜〜、もうこんなことしたくねぇ)
いくら安全のためとはいえ、こんなことをするのはこれが最後にしたいと願わずにはいられなかった。
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