戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~
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十四章 幕間劇
一真の落し物
「・・・・・あ、旦那様」
「(そうだ。この手拭い、お返ししなきゃ・・・・)」
「ああ、その件であれば一真に任せる。上手くやっておいてくれ」
「了解。次はこっちなんだが」
「そうか、そちらもあったのだな。・・・・麦穂に聞くか」
「旦那様、お忙しそう・・・・」
寂しげに呟いた双葉の手に握られているのは、かつて拾った一真の白い布だ。
「ふぅ、いい仕事したな」
「・・・・・・あっ」
先程の庭から少し後のことだった。再び一真のことを見かけたとき、今は一真一人であることを。
「(今なら旦那様にこの手拭いをお返しできる。でも)」
白い布を握りしめた双葉の心の内に浮かぶのは、黒い心。
「(ううん・・・・だめ。正直に話して、ちゃんとお返ししなきゃ・・・・。でも)」
「あー。一真さん。、また遊んでるー」
「・・・・・・っ」
「何だ、お前らか」
「何やってるんですか、一真様」
「遊んでいない。ちょっとした休憩だ」
「やーい。壬月様に言いつけてやろー!」
「お前ら、いい加減に、しろ!」
『パシイィィィィィィイン!パシイィィィィィィイン!パシイィィィィィィイン!』
こいつらはふざけているらしいから俺のハリセンが火を噴いた。
「じょ、冗談だったのに」
「とばっちりだよ」
「あと威力を抑えてほしいなー」
「・・・・・・・・」
織田家の将たちにお説教をしていながら、話し始めた一真から視線をそらすように、双葉はその場を立ち去った。
「旦那様・・・・・」
「では、その件は任せるよ」
「はーい。お任せ下さいっ」
「悪いな、手伝えなくて」
「久遠様や麦穂様のご用なら仕方がありません。一真隊の運営にも関わってくる事ですし」
「では、頼む」
そう言い残し、一真は城の中へと去って行く。
「あ・・・・・」
だが、一真を目で追った双葉を見つけたのは一真ではなく・・・・。
「あれ?双葉様」
「・・・あ」
「どうかなさいましたかー?」
「あ、いえ・・・・・」
「一真様でしたら、久遠様のご用で城の中にいらっしゃいますよ」
「そ、そうですか・・・・」
「何かお悩みごとですか?・・・・一真様にはお話できないような」
「それは・・・・その・・・・・」
「そうなんですか?双葉様」
「・・・・・・・・・・・」
「お困りごとでしたら、お話くらいは聞けると思いますけど」
「あ、もちろん一真様には内緒にしときますけど。いつかはバレるときが結構ありますけど」
双葉は考え込んだが、城の中にいると聞いてぺこりと頭を下げて入って行った。ひよたちには、こんな悪い子だったら嫌われるのではないかと思って。
「ふぅー、やっと久遠の用事が終わったな」
あとは麦穂の用事があるけど、こっちは今日中に終わらせればいいか。そんな事を考えていると、視線を感じたので見た。
「双葉か。どうした?」
「あ、いえ・・・・・。その、私は・・・・」
様子がおかしいな。今日の双葉は。何か言いにくいことでもあるのかな。
「ええっと・・・・ここでお留守番なので、城の中を見て回っていて・・・」
「そうか。それは苦労な事だな」
ふむ。何か隠し事でもあるのかな。だけど、無理に言ったら拒否られるからここは泳がせるか。それにここで留守番なのは知っていた。京は危ないから、ここまでは足利衆が護衛してたけど。この先からは危険なところだ、だから後詰めの兵も信頼できるし。だからこの小谷で、留守番をしてもらうことになったけど。
「双葉とは、この先しばらく会えなくなるな」
「旦那様・・・・」
「小谷の中を見て回っているなら、案内できるか?」
俺も正直この城全部は把握していない。二条館もそうだったけど、マップ完成にはしばらくかかるからな。
「で、ですが、旦那様はお忙しいのでは?」
「今一息ついたところだから大丈夫だ。それに双葉と一緒にいたいけど、ダメか?」
麦穂の用事は今日中に何とかなるし、双葉には無理にお願いする訳にはいかん。双葉の様子を見るに何か言いたそうだけど、勇気が足りないのか。
「おーい、一真様」
そんな微妙な空気を一気に壊したのは、廊下の向こうからやってきた声だった。
「一葉に市もか」
珍しい組み合わせだな。
「やっほー。お兄ちゃん」
「おお、双葉もいたのか。ちょうど良い」
「お姉様・・・・」
「一真様。街に行くぞ。双葉も付いて来い」
ちなみに一葉が俺に様付するのは、俺が神であること。三好との戦の前までは呼び捨てだったけど、三好の戦の後に兵たちも俺の正体を知っているからだ。
「街に行くの?遊びに」
「そうだ。今しかないと思ってな」
やはり、双葉のこともあるからな。今遊んでからにしないと、今度はいつ遊べるか分からないし。
「城から抜け出る段取りは、市が上手く取りはからってくれるそうじゃ」
「まかせて!いつも使ってる抜け道があるから!」
「抜け道知ってるんだろう、眞琴には。正面から出る時もいいが、こういうのは気分で行くか」
「そうだよ、お兄ちゃん」
「久遠の妹は話の分かる良い妹じゃな。双葉も自慢の妹じゃが、久遠ももう少し誇れば良いのにの」
「えへへ・・・」
そういえば市と双葉の年齢ってあまり変わらないような。
「双葉はどうする?みんなで街に行く?」
「・・・・・・・はいっ」
双葉は少し考えていたけれど、寂しそうな表情で頷いてくれた。
「二回目だが、小谷の街だな」
市に脱走じゃなくて、外出の手筈を付けてもらって、俺達三人は小谷の城下に行っていた。
「ふわ・・・・賑やかな所なのですね」
双葉の言う通り、小谷の城下は人通りも多くて、活気に満ちた場所だった。京みたいに圧倒的な歴史のある町並みは少ないが、そのぶん若くて元気がある感じだ。眞琴や市が頑張っている証拠だな。
「一真は小谷は初めてか?」
「さっき言った通り二回目だよ。道案内なら出来ると思うぞ」
何せ、この前来た時に小谷の街ならマップは完成していたけど。現代みたいにすぐ変更しなければというのはないだろうし。
「おお、案内役として連れてきて、よかったぞ」
「この先をまっすぐ行くと市があるから、言ってみようよ」
「ふむ・・・・そうだな」
「双葉。行くよ」
「あ・・・・・・っ」
俺が手を繋ぐと、双葉は小さく声をあげる。
「人通りが多い。はぐれないように注意しろ」
「・・・・・はいっ」
繋いだ手を、握り返してきた。一葉は、好きに動いてどこかに行っちゃいそうだから握った。両手に花というのだけど。でも一葉と手を繋いだのは、少し後悔した。
「見よ、一真様!あちらじゃ、あちら!」
「強くひっぱるなっつうの」
「お、お姉様・・・・っ」
糸の切れた凧は制御不能になるというが、もしかしてこういうことなのだろうか。俺としっかりと手を繋いであるから引き回されるのに苦労した。
「ほほぅ。猿回しか」
どうやら制御不能になった凧は、猿回し芸にお気に召したらしい。楽しそうに見ていて、俺は息を吐く。
「双葉、疲れた?」
「いえ・・・・・大丈夫、です」
そういう割には元気がないな。外出は慣れてない双葉だからしょうがないが、何かを隠しているのは分かるな。
「出かけるなら伊吹山の方がよかったかな?」
「覚えてくださったのですか?」
「確か、この辺りにある山というのは覚えている」
この前見てみたいという山が、この辺りにあるのは覚えている。が、俺はどの山が伊吹山なのかは知らん。
「はい。小谷に来るときに、幽に教えてもらいました」
「本当はそこまで行けたらいいのにな」
俺は空を飛べるから行けることは可能だけど。また、一葉や幽に勘違いされると面倒だし。
「いえ、間近で見られただけで十分です」
「そうだ。越前の件が片付いたらまたここに来ると思うから、今度は一緒に行こうな。もちろん空を飛んで」
小谷から美濃に戻るか京に戻るかは久遠次第だし。まあ、俺と黒鮫隊の者で行けば問題ないだろう。
「・・・・・・はいっ」
双葉は微笑んでくれたけど、まだどこか元気がないのが分かるな。何か双葉にプレゼントすれば元気になるのかなと思いながら、猿回しが終わったので行くことにした。相変わらず一葉に引きずらされているけど、向かったのは市の中央部である。
「旦那様・・・」
「どうかした?」
「ここが、小谷の市なのですか?」
「そうだよ、驚いたかい?」
「はい・・・・」
まあ、京みたいな活気がある市は見たことないのであろうな。
「このように賑やかな市、初めて見ました」
「ふむ。堺はこれよりもっと賑やかだったよ」
「ここよりもですか?」
「うむ。戦いが落ち着いたら行くことがあるかもしれん。その時は双葉も連れて行こう」
「連れて行って下さるのですか?」
「天下が平和になったらな。それにやりたい事があるのなら今、叶えたほうがいいぞ」
「やりたい事・・・・」
「双葉は何かやりたい事でもあるのでは?」
「やりたい事ではなくて、やらなくてはならない事でもいいのでしょうか?」
「それはなおさらだ。今の内にやっておかないと、後で後悔することになる」
やらなくてならない事。いや、言わなくてはいけない事。で、勇気を出して言おうとした瞬間に一葉に引っ張られる。やがて、一葉が足を止めたのは小物屋だった。どうやら、京からの物らしい。店主と話している一葉をほっといて一真は小物を真剣に見ている。双葉から見れば久遠や結菜へのお土産なのだろうと思ったらしいが。恋人は、一葉や双葉だけではない。
「双葉は何か欲しいのある?」
「い、いえ・・・・別に・・・・」
反射的に答えたあと後悔してしまう双葉。一真に買ってもらうのに、あっさりと断ったので気を悪くしたのではないかと思っていた。
「そうか。欲しいのあったら言ってくれ」
一真はそう微笑んでいたが、内心は双葉をどう思っているか。心の中で何度も謝罪していたが、一葉が次に行くためにこの店をあとにする。それからしばらくして、俺たちは腰を下ろしていた。市の外れにあるお茶屋だった。
「親父さん。お団子、三人分ちょうだい」
「はいよ」
「おや、おごってくれるのか?」
店主に三人分の金を払うと、一葉はそう言ってくすくすと笑う。
「今日は一葉に助けてもいないしな」
京みたいに絡んでくる連中はいない。さすが浅井家のお膝元だけのことはある。見た感じは、コソ泥やスリはいないし。近江の兵は荒っぽいって聞いたが、少なくとも街に関しては荒々しい雰囲気はなかった。俺も一葉もよく歩いているが、双葉は大丈夫であろうか。こんなに歩いたことはないと思うし。
「一真様。団子が来たぞ」
「お、おう」
双葉が最後の団子を食べ終えて、お茶を飲み終わって少しが経った。
「さて。なら、そろそろ帰るか」
「もうこんな時間か」
「あ・・・・はい」
一葉も一真も、本来ならば自分の隊に関する仕事があるはず。そんな貴重な時間を割いてまで相手をしてくれたのだから、それ以上ワガママは言えない。
「(お姉様も、旦那様も私に気を使って下さっているのに・・・・どうして、私は・・・・)」
この機を逃せば、もう、この布の事を告げる時間はないだろう。
「(旦那様もおっしゃっていた。やりたい事は・・・やらなきゃいけない事は、口に出しておいた方がいいって)」
だからこそ、言わなければいけない。
「あの・・・・・っ」
今度こそ、ちゃんと。
「双葉・・・?」
「どうかしたか?」
「旦那様・・・・。これ・・・・」
振り絞るように呟き、胸元から取り出したのは、一枚の白い布。
「ん?それは俺のお気に入りのハンカチではないか」
見た瞬間、一真はそれが何か理解したらしい。
「お気に入り?女からもらったものか」
「違うよ。俺が気に入って買ったものだ。この世界に来る前にだが、そうか。どこかでなくしたと思っていたが、双葉が拾ってくれたのか」
「この手拭い、拾ってすぐにお返しすればよかったのに、ずっとお返しできなくて。旦那様が京に来て下さってからも、あの夜にも、今までの旅の間にも、いつでもお返し出来るはずだったのに、ごめんなさい。これがあったら旦那様が、近くにいて下さるような気がしたから。だから、本当は。でも旦那様が越前に行ってしまったら、またお返し出来なくなってしまうから・・・・っ。ごめんなさい。嫌いになってくれても、構いません。本当にごめんなさい・・・・旦那様」
「一真様・・・」
「分かっているよ、双葉。もしかして、ずっと元気がなかったのはそれのせい?」
「・・・・はい。・・・・・ふぇ?」
双葉が思わず変な声を上げてしまったのは、垂れた頭にぽん、と大きな手が乗ってきたからだ。
「だからか、今日はずっと元気がないのはそのせいだったとはな。だけど、気にしなくてもいいんだぞ」
「え?」
「今日はずっとそんな調子だからな、何か隠していることは分かっていたが。そんなことはいつでもよかったのにな」
「でも・・・・でも私・・・・。こんな悪い事したのに・・・」
「それは悪い事ではない。それは俺のことを好きでいてくれているからだろ」
「許して、くださるのです・・・・か?」
「許すも何も、双葉は俺の落し物を大切に持ってくれただけだ。だからこれ」
そう言って双葉の手をとった一真が握らせたのは、一枚の白い布。たった今、双葉が返したばかりの、一真のお気に入りのハンカチだった。
「本当は、双葉に何か贈り物がないか探してたんだが、いい物がなくてな。俺の物で悪いけど、もしよかったら、俺の代わりだと思って持っていてくれると嬉しい」
そうして、全てを吐き出すかのように泣き出してしまったが、俺は静かに落ち着くのを待った。それにそのハンカチは、もし悪者が来たら守ってもらえるようにした物。でも、やはり元気がなかったのはこれのせいか。でも、双葉は受け取ってくれたからよかったけどな。
「落ち着いた?」
「はい・・・・。申し訳ありません」
「気にするな。出発する前に、双葉の不安がなくなれば俺は安心して戦える」
「ありがとう・・・・ございます」
そういって微笑んでくれたが、さっきみたいに寂しそうな表情ではない。この笑顔を見れたのは、でかけてよかったことだ。
「さてと。そろそろ帰るか。帰って残りの仕事をしないといけない」
「でしたら・・・・私もお手伝いします」
「双葉が?」
「二条では、幽のお手伝いを少ししてましたし・・・・お邪魔でなければ」
「一緒にいると心強いからな。手伝ってくれるか?」
「はい!」
「・・・・・一真様」
「ああ、一葉か。待たせたな」
「お姉様・・・・」
何か様子がおかしい一葉。もしかしてあれか、双葉はもらえて一葉には何もあげてないからか。
「どうして一真様は双葉にだけ自分の物をくれてやって、余には何もくれんのじゃ」
「それは双葉はここに残るから俺の代わりとして持ってもらうからだけど、一葉もほしいの?じゃあ、この市で何か買ってやるからそれでいいか?」
「うむ!初めからそう言えばいいのじゃ」
「お姉様・・・・」
一葉に手を握り、双葉には時間の事を聞かれたが問題なさそうだろう。今日中に何とかすればいいことだし、麦穂の用事もあるが足利衆離脱の危機だけは避けねばならんことだ。で、一葉に再び市のところに行ってひっぱられたけど、その後の仕事は無事に間に合ったのであった。
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