ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~
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心の強さ
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5/30 誤字修正
次の日の放課後。電算機室を目指して第二校舎の三階の廊下に移動すると明日奈とバッタリ出くわした。
日が傾き、少々薄暗くなってきていたので危うくぶつかりそうになったのだが……なんとか回避できた。
「あれ?燐君、こんなところに何の用事なの?」
「こんなところにって……。まあ、恐らく明日奈と同じ理由だ」
和人は明日奈が来るなんて一言も言ってなかったがユイのために来たのだろう。ユウキのために来た俺と同じ理由で。
「ああー……ユウキ……」
左の手の平に軽く握った拳をポン。
何というか忘れてたなこいつ……。
しばらく無言で見ていると明日奈は慌てて表情を取り繕うと顔の前で手を左右に振る。
「わ、忘れてたわけじゃないからね!?本当だよ?」
ごめん、全く信用できない。
なので俺はため息で答えた。
「……とりあえずさっさと行くぞ」
「う、うん。わかった」
明日奈と一緒に電算機室の扉を開けるとパソコンを睨みつつ、顔を寄せ合ってヒソヒソと話している和人とその仲間達(三人)がいた。
電気も付けず、斜陽の中でそうしている姿は完全に変質者に見える。
「……とりあえず電気くらいは付けろよ、和人」
部屋の入り口付近にあったスイッチを押して電気をつける。さすがに明るさが変化にしたのには気づいたのか、顔を一斉にあげてこちらを見た。
「お、来た来た。明日奈、燐。早速だけどこっちに来てくれ」
手招きに従って少々埃っぽい電算機室の中に入り、とりあえず和人の前まで移動。
「じゃあ明日奈はこっちの椅子。燐はあっちの椅子に座ってくれ」
「うん、わかった」
「じゃあ……設置するか。燐の方はケンに頼むな」
「了解。えーっと、黒の……じゃなくてリンはこっちに来てくれ」
和人の愉快な仲間達その一。黒髪で眼鏡をかけた少々オタクっぽいケンと呼ばれた少年の言葉に従い、椅子に座る。
「利き手はどっちだ?」
「両利きだな。強いて言うなら左か……」
元々左利きで右利きに矯正されたのだが、完全には矯正仕切れず、親がうるさいかったので主に右をを使っているが、今でも左の方が得意だ。とは言えどちらも同じ位使えるのであまり気にしたことはない。
剣の構え方もどちらかと言えば右利きのやつの構え方になってるし。
「そうか……わかった。じゃあ背筋を伸ばして少しじっとしていてくれ。あ、携帯かスマホを持ってるか?」
「和人に持ってこいと言われたからな。ほら」
胸ポケットからスマホを取り出すとケンに手渡す。するとケンはそのスマホを机の上に置くと俺の後ろでなにやら作業を始めた。
約10分後。
俺の左肩の上にはドーム型の機械が乗っていた。革製のベルトのようなものでしっかりと固定されたそれは、いかにも実験途中といった感じの無骨なアルミニウム製の基部の上にアクリル製の透明なドーム。中にはカメラと細やかな機器やコードが覗ける。
現在はそのプローブから伸びる二本のコードを俺のスマホと電算機室の備品であるコンピューターに繋いで最終調整を行っているところだ。横を見れば明日奈も同じ機械を取り付けられている。
「おーい、カズ。彼女にばかり夢中になってないでこっちの最終調整を手伝ってくれよ」
「了解了解。えーと、とりあえずこんなもんでいいか。じゃあすまんがあとは頼む」
「おう、任せとけ」
ケンが声をかけると、和人は明日奈の方で作業をしていたもう一人の男子生徒に任せると、こちらに寄ってきた。
「えーっと、どこまでやった?」
「とりあえず初期設定をだな。一応確認してくれ」
和人がその言葉に一つ頷くとコンピューターを弄り始める。隣から聞こえてくる明日奈とユイの会話を聞き流しながらボーっとしていると、和人がカメラに向かって話し掛けてきた。
「ユウキ、聞こえるか?」
「うん、聞こえてるよー!」
「カメラの初期設定をするから視界がクリアになったら合図してくれ」
「うん、わかった」
和人とユウキのやり取りは半分以上上の空で聞き流しているといつのまにか終わっていたようだ。
「ようし、これで終わりだな」
疲れた様子で椅子に座り込む和人班の面々。
突貫工事でかなり疲れたようだ。
「さてと……街でも回ってみるか。明日奈も行くか?」
「あ、うん。行く行く!」
「楽しみです。パパも行ければいいんですが……」
元気よく答えた明日奈に続いて、明日奈の右肩に付けられたプローブからユイの声が聞こえた。
パパ、という言葉を聞いた和人を除く和人班の面々が目を見開いて固まったが気づかないフリをする。
「和人はまだ用事があるみたいだからな。ほら、時間は有限だぞ?」
明日奈の背中を押して電算機室から退室する。背後の電算機室がなにやら騒がしいが、気にしない。
職員室によってユウキとユイの紹介と明日の授業への参加許可を取り付けてから学校を出る。
途中、肩に装着している機械の物珍しさからか何人か、知り合いに声をかけられた。
とは言え一言二言話しただけで別れたのだが。
「視線が鬱陶しいな」
知り合い以外の人からの興味の視線が多く、正直ウザい。ただでさえ有名な明日奈や俺が連れだって歩いているのだから仕方ないのだが。
「あははは……まあ、こんなものを付けてれば仕方ないよね」
「すみません、私たちのせいで……」
「あー……ごめんね?」
「あっ、ユウキとユイちゃんが悪いとかじゃないよ?」
二人の落ち込んだような雰囲気が伝わってきて明日奈が慌ててフォローを始める。
「まあ、もともと俺らは有名人だ。あまり気にしなくてもいい。……さて、どこに行こうか」
全くプランがないので少々途方に暮れる。ただ真っすぐ家に帰るのも味気ないし……どうしたものか。
「ボクはどこでもいいよ?ずっと病院だったから街の様子を見ているだけで楽しいし!」
「私もユウキさんに同じです」
「それが一番困るんだがな……」
料理等でも同じことなのだが、何がいい?と問われてなんでもいい、と答えるのが一見質問者にとって嬉しいことのように見えるが、実のところ一番質問者にとって困るのだ。
決まってないから意見を聞いてるのになんの協力が得られないのはとても辛い。
「んー……とりあえずダイシーカフェ?」
便利だな、ダイシーカフェ。
「ユウキとユイは映像と聴覚しかないんだから食料品が絡むところはやめた方がいいだろう」
「あっ、そっかー。なら困っちゃうね……」
「あ、ボク、行きたいところがあるんだけどいい?」
今まで悩んでいたらしいユウキがこちらを伺うように控え目な声を出した。
「うん、いいよ。どこに行きたいの?」
「横浜の保土ケ谷区、月見台ってところなんだけど……」
†††
西東京市から電車を乗り継いで最寄りの駅である星川駅に到着するにはかなりの時間を要した。
ユウキが行きたいのだから別に明日奈とユイまでついて来る必要はないと思ったのだが、それを口にすると明日奈は強い口調で拒否。
有無を言わせぬ様子でついて来た。
やはり電車内でも好奇の目を向けられたのだが、居心地が多少悪いだけで誰も気にすることはなく、明日奈、ユイ、ユウキはたわいもない話をしていた。
ちなみに俺は基本的に聞き手で適当に相槌を打ちつつ、要所要所で口を出していたのだが、最終的に無理矢理会話に参加させられてしまう。まあ、たまにはいいか。
「んー……結構時間がかかったね」
電車内でじっとしていたからか、電車を降りてホームに降り立つとすぐに明日奈は腕を大きく上にあげてストレッチ。
都心はゴミゴミとした首都圏も少し都心から外れると途端に自然が増えるという中々に面白い特性を持っている。横浜の保土ケ谷区月見台もその例には漏れず、自然が結構多く、空気も澄んでいる。
「明日奈、一応家に連絡を入れといたらどうだ?」
そう言いながら俺も家にいるであろう直葉にメールを打つ。食べて帰るから夕食は必要ない……と。こう言わないと律儀に待ってるからな、直葉は……。
「あ、うん。そうする。ネットに繋いでおけば電話がかかってきても留守番電話サービスに送られるしね」
明日奈が意外と黒い。
こうして長時間一緒にいることは少なかったから今まで気づかなかった。
「さてと……ユウキ。道案内を頼む」
「うん、わかった」
メールを打ち終わった明日奈を連れてユウキのナビゲートの元、時折ユウキの漏らす郷愁帯びた声を聞きながら明日奈も俺も、そしてユイも無言で知らない街を練り歩く。
やがて一軒の家の前にたどり着いた。
白いタイル張りの壁があり、緑色の屋根。そして庭が他の家よりも広いという特徴があった。
しかし、現在の庭は荒れており、窓は雨戸が閉まっていて生活感がない。時刻的に、あたりの家には明かりが煌々と点っていたが、この家は寒々しく暗いままだった。
そして、青銅製であろう門扉は人を拒絶するかのように重々しく鎮座している。
「……もしかして……ユウキの……」
「うん……そうだよ。ここがボクの家。……ううん、ボクは戸籍上、死んじゃってるから正確に言えば元ボクの家だね」
そう言うユウキの声には懐かしさと共に寂しさが篭っていた。
「……」
俺も明日奈も黙り込んでしまう。かける言葉が見当たらなかったのもそうだが、ユウキの様子が生半可な言葉を拒絶しているように覚えたからだ。
陽が沈みかけ、冷たさをました風が冬の残り香を巻き上げ、人の少なくなった道を吹き抜けて行く。まるで寂しいユウキの心中を暗示するかのように。
「……あ、ごめんごめん。黙り込んじゃった。もういいよ。連れてきてくれてありがとね!」
しばらく無言で黄昏に沈み行く家を見つめていたユウキは、寂しさを振り払うかのように明るい声を出した。
しかし、その声は俺にはただの空元気に聞こえる。
「まだ……大丈夫だよ」
俺が感じたユウキの空元気を明日奈も感じていたらしく、俺の腕を引くとユウキの家の近くにある公園に移動し、その公園を囲う生垣の石製の基部に腰掛けた。
逆らう理由もなかったので俺は明日奈の隣に腰を下ろす。この場所ならばユウキの家がよく見えた。
少々の沈黙の後、ユウキはあの家の思い出を語りだす。
「あの家に住んでたのは一年くらいだったんだけどね。あの頃はお姉ちゃんもいてね。何にも考えないで庭を走り回って遊んで……楽しかったよ。あの日々の一日一日が今でも鮮明に思い出せるくらい……。本当に……幸せだった……」
思いを吐き出すように出たその言葉はとても重い質量を持っていた。
普通の家庭に生まれ、普通に育つはずだった少女は一つの運命の歯車の狂いによって普通の幸せを奪われたのだ。
もしユウキ姉妹が双子でなければ、もし出産の際の輸血の必要がなかったら、もしその際に使われた血液製剤がAIDSウイルスに感染していなかったら……。もし、れば、たら……。いくらでも後からならば言える。しかし、それはもはや取り戻せない過去だ。
「……そんな顔をしないで、燐」
そんなことを考えていたらユウキが話し掛けてきた。
「ボクは確かに病気で家族と一緒に暮らして、学校の友達と遊んで、大人になったら結婚して……そんな普通の幸せは奪われたよ?でも、ボクは今幸せだよ。普通とはちょっと違うけど、でもこうして生きてる。病気のおかげで明日奈たちに出会えた。それに……す、好きな人とも出会えた。だから……これ以上を望むのは贅沢だと思うんだ。だから大丈夫。燐がくれた幸せでボクは満足だから」
「……そうか」
ユウキの言葉を聞いてそれ以上のことは言えなかった。
心の中の悲観、絶望。そういったものを受け入れた上で、そう言い切れるユウキは強いと思ったからだ。
詩乃と同じく弱い部分を受け入れて次に歩むその強さ。俺が彼女たちに惹かれたのはそのあたりかもしれない。
「もう大丈夫。だからほら、早く帰らないと風邪引いちゃうよ?」
「そうね。じゃあ帰りましょうか。……ユイちゃん、ごめんね?あんまり見せてあげられなくて」
「いえ、大丈夫ですよ、ママ。今日は楽しかったです」
空気を読んで黙っていたらしいユイを明日奈は気遣いつつ立ち上がる。
「じゃあ、帰ろっか」
明日奈のその言葉にユイとユウキが揃って元気よく返事をするのを聞きながら軽く首肯した。
ノリが悪いだのなんだのとブツブツ言われながら紫色に染まった空の元を帰宅の途に付く。
このまま幸せな日常が送れればいい……そう思った。
後書き
あれ?ずっとシリアスになってるんだが……。
どうも、蕾姫です。今回はプローブを使ってのユウキデート(withアスナ&ユイ)でした。全く甘い雰囲気がありませんでしたが……。
個人解釈が多大に含まれています。反対だろうがなんだろうが、これが私の考えです。
そろそろアリシゼーション編まで秒読み段階。何話か挟んで突入じゃー!(ぇ
感想その他お待ちしています。
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