Monster Hunter ―残影の竜騎士―
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7 「『ただいま』」
前書き
何も書けないからありがちなネタに走った私を許してくれ
今日は久々に文字数1万切った。明らかに今回荒が目立つ仕上がり…
いつか書き直します……すいません…
軽やかに駆けてきた汀は、ブルファンゴの突進もかくやという勢いで凪の首にぶら下がる。
「痛ッ……」
思わず顔をしかめて左腕を庇うと、ハッとして離れた妹はあらぬ方向へと折れ曲がった長兄の腕をみて絶叫した。
「ぎゃあああああ!!!! にいちゃあああああ!! う…う……うで……腕ええええええ!!」
「うぐゥッ!!?」
ガウンガウンと響くその叫びは、ある種竜の咆哮に近いものがあった。同時に駆け寄ってきていた岬が半ば殴るように妹の狂態を収めると、まず確認したのは2頭の竜が眠りから覚めているか否か。ぐっすり夢の世界へ旅立っているネブラたちを見てほっとすると、次は至近距離で咆哮[大]を食らい涙目になっている兄の怪我の具合を確認した。
「す、すみません、兄さん。あの、大丈夫ですか?」
「……色々な意味で、あんまり大丈夫じゃない、けど…うん。ありがとう岬。眠り投げナイフの指示はお前だね? 正直、助かったよ」
「はい! あ、いえ、そんな…」
敬愛する凪に感謝され、目に見えて喜色を浮かべた岬は慌てて平静を保つふりをする。兄にはそんな弟のませた心境はお見通しだった。
「それより、怪我の方は!?」
「俺の方は大丈夫。たいしたことは無い。軽く逝っただけだから、」
「軽くって…こんなッ」
「いいから。今考えるべきはお休み中の竜の方だよ」
人間に用いれば数時間は夢の中であろう眠り薬を塗りたくったナイフが何本も刺さっているギギネブラも、あと数分もすれば目覚めるだろう。竜の生命力というのは人間とは桁違いだ。2人に渡された回復薬を飲みながら菖蒲の姿が見えないことに気付く。
「菖蒲兄は?」
「あ、たぶん丁度ここから死角になってるんだと思います、ネブラで。向こうで落とし穴と大タル爆弾を設置してくれてるんです」
「石とかあるの? まさか漢起爆するつもりじゃ…」
「オトコキバク? いえ、雪玉で代用できるかなって思ってるんですけど……」
「あ、そうだよね。ごめん、ちょっと、混乱してて。回復薬ありがとう。助かったよ、口内が。やっぱり自家製の薬味香るものが一番だよな」
「はあ……? そうです、ね?」
半分流れで同意した岬も気を取り直し、無言で凪の腕の応急処置をしていた汀に向き直った。きゅっと包帯を結び終わった彼女がうなずくと、二人は立ち上がる。
「兄さん、あの…えっと……」
「変に気遣わなくていいよ。今ので随分楽になったから、まだ、戦える。作戦とかは考えてたりするのかな。……悪いんだけど、みー、水くれる? 全部飲み切っちゃって」
怪我を負った兄には申し出難い、その内容を先読みした凪は穏やかに微笑みながら、戸惑う岬に先を促した。
そんな義兄に革の水筒を渡して、汀はゆっくりと背中のハンマー―――フリントポウク改の柄に手を伸ばす。慣れ親しんだ持ち手をくいっと引っ張り出して構えるは、自分も戦うという意志の表れ。頑固な妹は、もう梃子でも動きそうにない。
「僕たちが注意を引きつけるので、兄さんがトドメを刺してください……って、言おうと思ってたんですけど……あの、やっぱり……」
「いや、俺がやる。ひやひやしながら見てるのは真っ平なんでね。お前たち、そもそも同時狩猟をした経験なんて無いでしょ。それでいきなりネブラというのは厳しすぎる」
幸い、あの追いかけっこで俺はやつらの行動パターンは覚えてられたしね。
息を詰めて早口に、絞り出すように紡がれた最後の言葉。凪は何かを隠すようにうつむいた。
それに気づかず唇を噛んだ双子は、「それでもっ」と拳を強く握った。ついで口を開けた岬は、その声変わりの来ていない声帯を震わすことなく口を閉じる。
爆音が凍土に響き渡った。
「おいコラ、何揉めてやがる! 奴さんのお目覚めだバカヤロウ! 悪いが俺ァ逃げるからな!!」
置き土産だ食らいやがれ畜生ッ
菖蒲はギギネブラの耳が聞こえないのをいいことに―――聞こえたとしても人語を解すわけではないので問題ないのだが―――散々罵詈雑言を言った末、石を包んだ雪玉を樽爆弾へと投げつけた。見事なフォームで地面と平行に投げられた雪玉は見事に樽のど真ん中にぶち当たり、全部で3つある大タル爆弾を誘爆することに成功する。
「ええ是非ともそうしてください!」
爆音で聞こえたかどうか。凪は足元に置いていた太刀を拾い、双子がアクションを起こす間もなく疾風のごとく駆けだすやいなや、愛刀を向かって右―――不快な目覚めとともにその原因たる矮小な人間を踏みつぶさんとしたギギネブラの尻尾へ投げつけた。
ブーメランのように回転して飛ぶ銀色の残像に、思わず岬と汀が悲鳴じみた声を上げる。
「まずい!」
疲労した凪の右腕が手先を滑らせてしまったことなど、火を見るよりも明らかだった。大いに舌打ちをしながら、手から離れた愛刀【銀】に強く祈る。
この刃が竜を足止めしなくては、菖蒲の命は容易く消える。
(頼む、【銀】―――当たれ!!)
そのとき、岬は見た。
刀の柄が当たってもおかしくない飛び方をした太刀の、研ぎ澄まされたその刃が、吸い込まれるようにして竜の尾に突き刺さる光景を。
そのとき、菖蒲は見た。
爆音に目覚めたもう一頭の飛竜が、視界の端で何かから逃げるように後方へ飛びずさった光景を。
そのとき、汀は感じた。
―――何か、名も識らぬ、されど大いなる絶対的存在感の顕現を。
パリィィン!!
硝子の割れる音と共に、飛竜刀はネブラの尾に咲いていた白蓮を砕き散らした。
ギェエエエエ!!!!
激痛に身をよじる毒怪竜に肉薄した凪は尾に立つ刀を捻じるように抜き、左眼の映し出す世界に花咲く白蓮に、そっと“触れた”。
それは、脈動していた。
それは、命のぬくもりだった。
それが根を張るのは、竜の生命そのものであった。
瞬時に理解した真実。凪は一片の躊躇も無く、脇腹に咲く《花》を刀で砕き割る。ギギネブラの身に咲く《花》は、残りひとつ。
―――《親花》のみ。
(これを散らせば、竜は死ぬ)
根拠無き、されど絶対の確信。
無表情に刀を手にした凪は、最後の作業を終わらせる。ばたりと糸の切れた人形のように動かなくなったネブラの背に立つ長兄を、汀は畏れと共に見上げていた。
たった3度。相手もいくらかの手傷を負っていたとはいえ、たった3度の刺突で竜を殺めた。反撃の余地もなく、圧倒的に。
何の感慨も無く竜の姿態を眺める凪。その目には達成感も、命のやり取りをした後特有の高揚感も無い。―――彼女たちは気づかない。その時、敬愛する兄の左目が紅く光を放っていたということを。
フイと顔を上げた先に、凍り付いたように動かないもう一頭を見ると、彼はおや、と首をわずかに傾けた。
まだそこに居たのか。
それは―――そう、あたかも凪こそが強者で、縄張りを侵した格下を視線だけで威圧するような。
ギギネブラを睨み付ける凪の瞳はどこまでも冷たく、ほんの十数秒前まで自分と岬を元気づけるように微笑んでいた彼と同一人物だとはとても思えない。まるで何かがのりうつったかのようだった。
ギ...ギョアアアア!!
凪が竜の背から跳び降りる。と、金縛りの解けた毒怪竜は叫ぶが早いか空へ飛び上がった。そのまま一目散に山脈の方―――町とは反対方向、凍土のフィールド外へと飛び去っていく。
追う様子を見せない凪はふっと肩の力を抜くと、膝から崩れ落ちた。
「兄さん!」
安心したら力が抜けただけ。そう伝えようにも、あまりの疲れに言葉が出ない。
次第に霞んでいく視界の中で、半泣きになりながら必死に何かを叫んでいる双子の姉弟の顔が見えた。慌てた風に駆け寄った菖蒲の冷たい手に心地よさを覚える。肌に張り付く血濡れの着物の不快さに溜息をつくも、収まらない荒い呼吸と一緒くたになって、凪自身それが溜息なのか単なる吐息であるのかの判別もつかない。
(こたつに入りたい……)
湿った布越しに体温を奪う凍土の大地に身を震わせる。
未だ違和感のある左肩をしきりに触られ、何かを話す菖蒲のバリトンボイスを聞きながら、凪の意識は次第に遠のいていった。
「こら、安静にしてろと言っただろばかちん」
「ばかちんって……ちゃんとベッドに入ってるだろ、菖蒲兄」
苦笑した凪は少し赤い顔で、再び視線を外へ移す。
怪我の影響か慣れない環境でのストレスか、はたまた薄着で凍土に行ったその代償か。ギルドの手配した小ぶりな飛行船が極寒の町グプタを去ってから一週間、凪はなかなか下がらない熱と身体の倦怠感に暇を持て余していた。学者や王侯貴族でもないとそうそう見ることのできない雲の位置からの下界の俯瞰は興味深かったが、それも延々続く砂ばかりの景色に気が滅入っているのも事実である。そろそろ渓流にさしかかっても良いころなのだが、まだ僅かに弧を描く地平線に緑の影は見えない。
凪が気を失ってそれから。
ガラゴロと荷台を引きずって現れたアイルー達に彼を頼むと、結局何の役にも立たず意気消沈した双子のメンタルケアをしつつ菖蒲たちはベースキャンプへ向かった。
猫共の話によると、すでに本部には凍土の異変についての連絡は回っているようで、近々腕の立つハンターがこの調査に当たるらしい。正直これきり凍土に縁を持ちたくない菖蒲としてはどうでもよい話であったので、詳細は知らない。あとはギルドの方が何とかするのだろう。凪が危うく命を落としかけたのだ、彼が凍土に良い印象を持っていないのは当然のことであった。
彼らでなければ死者が出ていたであろう、ギルドの事前調査ミス。そのお詫びとして、ハンターズギルドは特別に飛行船を貸し与えたのだった。これならばユクモ村にも1週間程度で帰れる。船長によると、今日の夕方にも到着するとのことだ。
「俺風薬膳スープ、俺風豚バラ生姜焼き、俺風あんかけ野菜だ。ありがたく残さず食え」
「……」
「俺風スタミナ定食。おら、どうした。食欲無え訳じゃねえんだろ? 遠慮すんな。わざわざお前の為だけに俺が作ったお前だけの俺風スタミナ定食だ。誰も取りゃしねえよ」
「あー…いや。いただくよ。いただく、けど……」
“俺風”って、何。
その問いは口にしてはならない。医者が作ったのだから確かに栄養面などは申し分ないのだろう。ないのだろう、が、あまりに見た目が口に入れるのを拒否したくなるものなのだ。
「なあ、菖蒲兄。このスープ……なんで黒いん」
「ん? ああ、出汁に蟾酥と犀角、あと乾燥ミミズにモグラの黒焼きが入ってるからな。黒焼き入れたから色移りしたが、問題ない。食える」
「……センソ?」
「旧大陸で手に入れた動物生薬でな、蝦蟇の耳から取れる分泌物だ。外傷に効能がある。お前擦り傷だらけだろ。犀角は風邪に良い。ミミズとモグラは解熱効果があるから入れた。中身は普通だぞ。長ネギだろ、ニラだろ、あとショウガも入れたっけな…」
(……カエルって、耳、あるんだー……)
9割5分方どうでもいいことを考えて気を紛らわそうとするも、目の前に差し出された菖蒲風薬膳スープが急速に蒸発するわけもなく。
旧大陸産の生薬により粘性を持つ黒い液体にぷかりぷかりと浮かぶ、ぶつ切りされたネギやニラ。普通すりおろして隠し味程度に入れるだろうショウガもブロック状で浮いている。
思い返せば10年前ポッケ村で雪猿の群れ3つを相手にした後、大怪我をしたときもそうだった。その時のメニューは何だったか。もう覚えていないが、あれは、確か、そう。利き腕を負傷した凪に、「自分が食べさせるのだ」と言って聞かなかった雪路が菖蒲から受け取った飯に絶句していた記憶がある。そのとき、しどろもどろに言い訳をしながら、その料理を決して凪に見せることなくキッチンへ下げたということも。
(……そういえば、雪路が料理をするようになったのは、あの頃からだったな…)
まだ6歳の童女が一生懸命になっているのは、見ていてとてもほほえましかった。指導をしていたのは真砂さんだったか。
「…おいコラ、早く食えよ。冷めちまうだろ」
「…………なあ、菖蒲兄。料理ってさ…やっぱり……こう…見た目も、大事だと思うんだよ」
「見た目も大切だがそれより肝心なのは中身だろ、中身。大丈夫だ。ちょいと見てくれは悪ぃが、ちゃんと味見はさせた」
……させた?
南無参。凪より先に犠牲者が居たとは。また現実逃避しかけるが、眼前で仁王立ちする菖蒲はどうやら凪がコレに口をつけるまで出ていく気はさらさら無いらしい。
逃げ場はない。さあ、勇者よ。今こそが試練の時。
(……大丈夫だ。生薬だし。栄養はある。うん。昔から言うよな、“良薬は口に苦し”って。行け。行くんだ、俺。死にはしないよ。たぶん。さあ、スプーンを持て。震えるな。次、腕を上げろ。よし。あとはこれを口に持って行くだけの、簡単なお仕事です)
カチャ... (スプーンを手に取った音)
トプ... (スプーンをスープに沈めた音)
ぬちゃ...どろっ... (スプーンを上にあげた音)
ふーっ...ふーっ... (最後の悪あがきをする音)
......ぱくっ
ナギ・カームゲイル(本名:天満 凪) 享年22。 死因:味蕾への過剰な刺激による心臓発作。
Monster Hunter ―残影の竜騎士―
【完】
……物語は幕を閉じない。閉じるわけにはいかない。一体誰がこんな結末をのぞむだろう。作者ですら予想外である。彼はここで去ぬべき存在ではないのだ。
鳴かぬなら、鳴かせてみせようではないか。凪を!
これは世界の意志である。これは世界の都合である。
それからどうやって彼は蘇生されたのか。
この味蕾破壊兵器が作られたあとの厨房の惨劇の跡と、医務室へ運ばれた哀れなコック見習いの症状を重く見たコック長が、胃に優しいハーブをふんだんに使った料理を凪の口に詰め込んでくれたのだった。
彼は後にこんな言葉を残したという。
『あと3分、いや1分遅かったら、彼の命は危うかったでしょう。自分はこの稀有な才を持つハンターを、理不尽な死神の鎌から救うために生を受けたのかもしれません』
******
朱い空。沈む夕日。黄金に輝く陽に照らされて、より紅く風に遊ぶ、湯気に濡れたユクモのもみじ。
全てが金に染まる世界の中で、赤金と藍と白い髪が、風になびいた。
「……これはこれは。凪、少し見ないうちに随分と人気者になったんですねえ」
「冗談はよしてくださいよ、って、言いたいところなんですが…。いや、自分でも予想外というか…なんつーか……」
「まったく。私たちが一体どんな思いで貴方達の帰りを待っていたと思ってるんです? どれほど皆さんに心配をおかけしたのか、分かって無い御様子ね。……何か言う言葉は?」
呆れた風に腰に手をやり、大げさに溜息をつく。そんな真砂の求める言葉が、一瞬何か分からなかった凪は、しかしすぐに「あっ」と照れくさそうな笑みをこぼした。
「ええと…ただいま戻りました」
「よろしい。……おかえりなさい、凪」
ピアェィイ―――!!
「旦那ぁぁぁ!!」
頭上から降ってきた相棒の声と猫の着地する衝撃に、相変わらず騒々しいと苦笑いする。その騒々しさが懐かしくて、無意識にメラルーの頭をぐりぐりと撫でた。だいぶ狭い村での飛行に慣れてきたデュラクは、嬉しそうに上空を旋回している。その背に乗せているのは村の子供たち。この1ヵ月の間で、凪が思っている以上に迅竜はユクモ村に受け入れられたようだった。
同じく真砂にあいさつをしている双子と菖蒲を視界の端におきながら、凪は腰にへばりついて離れない弟子と義妹の頭を撫でた。
「ただいま」
「…ッ。遅い!!」
「シャンテちゃんから凍土でネブラが大量発生してるって聞いた時のわたし達の心中、察してください!!」
「お兄様、御無事で……ッ!! 怪我は!?」
堰を切ったように喋りだした少女達は一通り喋り尽くすと感極まったように号泣しはじめた。周りの村民たちも苦笑する大騒ぎぶりに、ナギの方がわたわたと動揺する。
ぐずぐずと目尻に溜まった涙を拭きながら、雪路が兄に話しかけた。その目には何か必死さがうかがえる。
「いいですかお兄様…ぐすっ…私は…私たちはですねえ…ぐすっ…すっごく…すっごく心配…ぐすっ…したんです……!!」
「……はい」
「だからですね…ぐすっ…お兄様は私たちに…ぐすっ…お詫びをしなければ…ぐすっ…いけないと思うんでふっ!!」
「……はい?」
「お詫びをするんでふ!!」
ハンカチを握りしめキッとこちらを睨み付ける雪路は、はっきり言ってまったくこれっぽっちも怖くないが、どうやら彼女はご立腹らしい。となりでうんうんと頷く2人の弟子も同じ状況である。
恥も外聞も無くハンカチで豪快に鼻をかみはじめた雪路からバトンタッチして、今度はリーゼロッテが話し始めた。
「今ちょうど色々な品物を売り歩く商人さんの一団が、うちの村に寄っているんです。あと数日はここにいるみたいなんです。あ、あとナギさんのお荷物ですけど、全部移して置いたので問題ないですよ」
「……は?」
話題変換が急すぎてついていけないナギを放って、リーゼはどんどんヒートアップしていった。さっきまでの涙はどこへやら、「頑張ったんです誉めて誉めて」と言わんばかりに頬を紅葉色に染めて、嬉々として見上げてくる。
「ちゃんと大きな倉庫の中身もまるごと移して置いたんで。デュラクちゃんがお手伝いしてくれたから結構楽に終わりました。育ててた野菜もちょうど収穫時期ですし採っちゃいましたけど、ちゃんと倉庫にしまってあります。これからは後で案内する農場を存分に使ってください」
「……“ちゃん”? え? は?」
「ルイーズちゃんが『多分旦那はもうこっちに移り住む気満々だろうから今のうちに引っ越ししといちゃって問題ないんじゃニャいかニャ~』と言っていたので! それでですね話は戻るんですけどそれで今その商人さんがいらっしゃってましてですね」
目を白黒させる師に構うことなく続けようとしたリーゼロッテから、今度はエリザが言葉をつなぐ。
「とりあえずナギ、あんた明日一日はあたしに付き合いなさいよってこと。いいわよね、このあたしに毎日毎日心労をかけつづけた償い、受けてもらうわよ!」
「ちょっとエリザ、わたしもなんだからね! 分かってる!?」
「私もお兄様と回りたいところ沢山ありますエリザちゃん!」
「分かってるわよ、でも最初はあたしだから!」
「え~なんでずるいわたしも~!」
「待ってくださいどこ行くんですか。ひとり1回30分以内ですよ!」
「ニャーニャー、ニャアは旦那の肩にいれば邪魔じゃニャいニャ? ニャアも一緒に行っていいニャ? ニャ?」
「……あ~~小娘ども…とあとそこな猫1匹、オラ、聞け。明日は思う存分こいつ連れまわしていいから今日のところは退散しろや。こいつ病み上がりなんだ。オラ行くぞクソガキ。お前はさっさと食って寝れ。もう動いていいが慣れない飛行船で疲れてんだろ」
「……あ、ああ」
未だ姦しく騒いでいる少女たちの横を通り過ぎ、いつの間にやら完了されていた見覚えの無い“我が家”へと案内される。広場に面した一軒家で、他の住宅と同じように赤い装飾が施されていた。横には驚いたことにデュラク用の小屋もある。翼を広げることはできないものの、十分竜が寝転がれる大きさの小屋である。
「よくお戻りくださいました。彼女たちのこと、許してくださいましね。ギルドの方から速達が届いたときは、3人とも卒倒しそうな顔でしたのよ」
「はい、分かってます」
苦笑と共に村長に礼をする。飛行船に乗っている間はほとんどベッドで過ごしていたが、やはり少しは疲れがあるらしい。熱もすっかり下がったとはいえ、体にだるさはまだ残っていた。たまに思い出したように響く鈍い頭痛も相まって、眠ることに苦労はしなそうだ。
「ナギ――――!! 明日、9時に広場に来なさいよ――!」
「はいはい」
「聞こえてるぅ―――!?」
「わーかったって!」
「よろしい―――! ……忘れんじゃないわよ―――!」
だんだん寝るのが怖くなってきた。頭の上ではさっきからルイーズが凪が居ない間のことをずっとしゃべっているが、最後まで聞いていられそうにない。
赤いのれんをくぐりながらメラルーの長話に適当に相槌を打つ。と、背後から少女たちが異口同音に叫んだ。
「おかえりなさ―――い!!」
「……ただいま」
(ああ、なんかこういうのって……いいな)
悪くない寝心地のベッドとルイーズの陽だまりの匂いに包まれて、目を閉じる。まだ日は沈み切っていない村のざわめきは凪の心を癒した。
なんだか、“帰ってきた”実感がわいて来る。
予想より早く引っ越しが終わっていたのには驚いたが、この村ならば大丈夫なのかもしれない。彼女たちならば。ルイーズもきっとそう思ったのだろう。
「……ルイーズ」
「うにゃ。大丈夫ニャ、旦那。リーゼもエリザもユッキーも、みんニャいい子ニャ。ほんとに旦那のことが好きニャ子達ニャ。旦那にどんニャ過去があっても、笑い飛ばしてくるニャ」
「……そうかな」
「うにゃうにゃ」
「……笑い飛ばされるのは、ちょっと、嫌だなあ」
「うにゃうにゃ。その意気だニャ。さて、ニャアは寝るニャ。明日はベーコンエッグが食べたいニャ」
「はいはい。お休み、ルイーズ。…ありがとな」
もごもごと返事をするころにはメラルーは既に夢の国へと旅立っていた。聞きなれた風の音に、デュラクが帰ってきたことを知る。迅竜が慎重に一歩を踏み出すごとに僅かに揺れる家に、思わず笑ってしまった。
(やっぱりこいつらの傍は、安心する)
穏やかな心地で、凪は眠りについた。
後書き
ナチュラルにハーレムに雪路が乱入しているように見えるっていうね(衝撃
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