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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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8 「ふりそそぐ空」

それは、雲ひとつ無い空の下の世界。

ひとつの歯車が回りだした。噛み合い、巻き込み、やがてカラクリは全体へと働きかける。

人知れず、静かに。未だ表へ現れぬ夢魔へ、闇の欠片は少しずつ集いはじめた。

欠片を合わせて一枚の絵画が完成されたとき、セカイを湛えた泡沫の膜は、決壊する。

始まりは、ひとつの歯車。

どの歯車かは、誰にも分からない。去就(きょしゅう)? 怯懦(きょうだ)? 感興? 暗澹(あんたん)? 困憊(こんぱい)

彼らはこの日、ただ、ありふれた日常を享受していた。

誰が気付いただろうか、この時。誰か気付く者はいただろうか、この時。



―――世界が崩れていく音を。






***

Scene.1【火山付近の町の中、オフホワイトの髪を持つ少女は、この日】

***


「あら? 包丁……」

 今日の朝ごはんはサニーサイドアップ。まあ、ほんとのこと言うと毎日同じだけど。朝からメニューを考えるなんて、それも誰かにご馳走するなら兎も角、自分の為に作る料理なんて手を抜くのは当たり前でしょ。ま、私が誰かに自分の手料理を食べさせるなんて、この先100年経っても実現しなさそうな未来だけど。
 そんなことはどうでもいい。今は私の朝ごはん朝ごはん、と。
 私の好みは昔からケチャップを上にかけること。まあ、ここではそんな加工品、なかなか売ってないんだけどね。
 それがこの間知り合った行商がなんと持っていたのよ。ん~ラッキー! これからは定期的に持ってくるって言ってくれたし、毎朝のごはんが楽しみになるわ。この身体はいくら食べても全然太らないし。ていうか嫌でもすぐ運動させられるから、これくらいカロリー摂取した方がむしろいいわよ。うん、そうだわ。あとでクッキー焼こうかな。……やっぱ買お。そっちの方が楽だし美味しいんだもの。
 それはそうと、今探してるのは包丁。刃物は危ないから、使ったら必ずすぐ洗って棚に仕舞ってるはずなんだけど……どこやったかしら。

「……あ、思い出した。ユマんとこ出してたんだった……。あ~そういえば昨日だったっけ。あっちゃぁ~」

 幼いころから付き合いのある刀鍛冶のところへ研ぎに出していたのをすっかり忘れていた。鍛冶屋でもないと研げないような包丁にしたのがミスだったわ……。作るときも無駄に高額請求されたし……ユマのやつ、今度会ったら文句の一つでも言ってやらないと気が済まないわね…。

「仕方ないわねー。きゅうり如きに私の“とっておき”を使うのは癪に障るけど……時間ないし…」

 壁掛け時計を見る。あと10分で出ないと、また連中(・・)がうるさく騒ぐ。
 ぱっときゅうりを宙に放って一瞬。半分までを一口サイズの輪切りにカットして皿へ放り込む。この曲芸染みた光景も慣れればなんてことない、ただ便利ってだけ。
 朝の紅茶も欠かせないわね。しっかり3分蒸したアールグレイもどきは、ストレートで飲むのがいい。紅茶も中々手に張らない嗜好品だし、まったく、金ばっかりかかる世界だわ。残ったポットの中身は魔法瓶の中へ。なんでって? もちろん仕事場に持ってくのよ。紅茶のひとつでも持ってかないとやってられないわ。これも特注したもので、数十万かかったのよね。まあそれだけあって、保温性はなかなかのものだけど。……ゼロが5つもお尻にくっついた値段ぶんどっといて保温性悪い、なんて言ったらタダじゃおかないわ。殴り込みよ、殴り込み。

「さってと、仕事行きますかー! あ゛ぁ~もぉ~めんどくさっ!」

 重い鎧はきらいだ。半年くらい前に作った白地のワンピースを着て、外へ出る。シンプルだけど袖にレースが付いている、お気に入りだ。

「憎たらしいくらい良い天気だわね。日焼けしないかしら」

 考えること5秒。……日焼け止めって、どこ置いてたっけ。ええと…化粧台? あら、無いわ。今日は探し物が見つからない日ね。
 狭くない部屋のあちこちをひっくり返して、ようやく目的のものを見つけたときは時計の長針は円盤の反対側を向いていた。……あら、目は悪くないはずだけど。見間違いかしら。
 …何度見ても変わらない。気づいたら30分経ってたみたい。あちゃー、まぁたやっちゃった。

「……んー。ま、いっか」

 私が白と言えばカラスだって白くなるのだから。まあ、そんなこと言わないけど。きっとまた溜め息で終わるでしょう。便利便利!
 それにしても半年に一回の定例会って、なんで私まで召集されなきゃいけないのかしら。そういうのって上の方で処理すべき問題でしょ。脳筋集めて何を議論させようってのよ。あ、言っとくけど私はお(つむ)の方も完璧だからね? いい? 間違えたらぶっ飛ばすわよ、覚悟なさい……なんて、誰に啖呵切ってんのかしら、私。やだ、変な人になっちゃうじゃないの!
 っていうかまだ前回のから半年もたってないわよね。何これ、イジメ? ここから王都まで一体どれくらいの距離あると思ってんのかしらあのクソジジイ共。かといって変態が暮らすような都なんかに住む気はさらさら無いけど。
 さて、今回は何週間で帰ってこられるのかしらね……。あーもうっ、めんどくさー!  安寧の日々に浸っていたぁーいのにぃー!

「いってきまぁーす…」

 だるそうにそう言って、私は誰も返事をしない我が家をあとにした。

 燦々と降り注ぐ太陽。ワンピースと同じくらい白い、抜けるような肌に日差しが反射して、青い空に映える。道行く途中町民に笑顔で見送られながら少女は身の丈を超える大剣を担いでてくてくと歩いていくのだった。その足取りは、重い。






***

Scene2.【きらびやかな白亜の城で、心労を重ねるとある侍女は、この日】

***


「いいお天気ですねぇ~」
「……うむ」
「……。」
「……」
「え、えと。ほ、ほら、あの鳥の鳴き声はなんでしょうかね。モズですかね。かわいいですねぇ! 秋も深まってきた感じがしますねぇ!」
「……うむ」
「…………。」
「……」

 私、レベッカはほとほと困り果てておりました。原因は、言わずもがな、目の前で頬杖をついているこの少女のせいに他なりません。
 身を包む真紅のドレスは細かな金糸で緻密で繊細な刺繍が施されており、一目で最高級品だと分かります。癖のある赤茶色の髪はたった今私の手によって生花を編み込まれ、みずみずしい若さに文字通り花を添えました。うん、なかなか良い趣味だと我ながら自画自賛。はっきりした彫りの深い顔立ちには赤い口紅を差して、翠玉(エメラルド)色に輝く猫のような弧を描く目には銀のアイラインが目元に星を散らして。そこでほうっと溜息をついてしまいます。
 ああ、私もこんなドレス、一度でいいから着てみたい……と。
 いけないいけない。なんて恐れ多いことを! 庶民の私がこんな立派な場所で働かせていただけることだけでも、十分な幸運なのだから、ありがたくご奉仕しないと。……ええ、ありがたく…。私がどんくさいから先輩方に疎ましがられてこの方のお付きになったのは薄々承知しておりますが……。
 私の他計10名にもわたる侍女の手を借りて着飾られた少女は、まさしく薔薇の精のように華やかで、可愛らしく―――

「退屈じゃ」

―――そして、不機嫌だったのです。

 そう、不機嫌。不機嫌なのですよ! そしてそれが意味することすなわち。

「へ、平和でよいことですね。陛下とシルヴィア様が善政を施されておられる証拠です。うららかな今日はまさにお勉強日和ではありませんか。さあ、お2人の力に添えられますよう、本日も張り切っていきましょう!」

 焦ってところどころ敬語が変なことになってしまっていますが、私にとって重要なのはそんなところではないのです。
 お嬢様は表情を歪め、大きな一枚ガラスの外に見える空を睨み付けています……。ああ、恐ろしい。
 私はただ鏡合わせに見える少女の口が、お願いだから弧を描かないでくれますようにと祈るほかありません。意識は完全にそちらに向きつつも手は着実に髪を編んでいっているのは、長年―――と言ってもまだ4年目ですが、体感では倍でも足りません―――この方に仕えた技術の賜物(たまもの)でしょう。……ああ、なぜかしら。視界が滲んできたわ。
 微笑めば思わずこちらもつられて笑みを浮かべてしまうに違いありませんのに……。ああでもやっぱり笑わないで。そう願わずにはいられません。なぜかって? まあ、近いうちお分かりになるでしょう。ええ、嫌でも。
 三つ編みの先にシルクのリボンを結んで、ほどけないようしっかりとピンで押さえて、と。中心に小粒の宝石が乗ったピンは、私の小指ほどの大きさも無いくせに、確実に私の月のお給金よりも単価が高いものでしょう。薄い桃色に煌めくこれは、もしかしなくともピンクダイヤかしら。ああ、1c(カラット)100万ゼニー……。

「本日は午前9時からミス・クリプトンの世界情勢、その後10時半からはアードラースヘルム夫人からお茶会へのお誘いがあります。13時からミセス・ビュルクナーのダンスレッスン、15時に軽食を挟みまして16時から―――」
「ああもうよい聞きとうない!」

 髪結いを終えるや否や速やかに取り出した手帳。レースとお花の模様のお気に入りなんです。可愛いでしょう? えへ、少し心が癒されました。
 記された一日のスケジュールを読み終える前に椅子に座りながらにして地団駄を踏んだお嬢様は、はしたなく大声でわめき散らしました。指摘したらきっと癇癪がひどくなるだけでしょうけれども、やっぱり申し上げた方がよろしいわよね。ああでもやっぱりお気に障ったらクビ……? うう、どうしましょう!?

「何か! 何か面白いことは無いのか! わらわは退屈で死んでしまう!!」
「ですから今日は―――」
「だあああ!! レベッカ! お前なら分かってくれる筈じゃ! わらわのこの……この、どうしようも無く抑えきれないこの心を!!」

 ええわかります。分かってしまうから恐れているのですとは、口が裂けても言えません! だって、私にはこのお嬢様が何を考えてらっしゃるのかとんと見当もつかないんですもの! 私が下手に口出しして、お嬢様の“おもちゃ”にされてしまったらと考えると……うう……。
 だから、私はなんだかんだで結果的にお嬢様を甘やかしてしまうのです。だから懐かれるのかしら。しかし主に気に入られるのは悪いことではないから……ああでも、この後の諸々の処理を考えると……うう…胃が痛いです……。

「……ビバルディ様。実は、わたくし最近小耳に挟んだ噂がありまして」
「ふむ、噂話とな? なんじゃなんじゃ、話してみせよ」
「それがですね、嘘かまことか、『竜を従える人間がいる』というものなのです。それもただの竜ではありません。噂だとそれは、漆黒の飛竜種だとか」

 お嬢様の瞳が、新緑の風に吹かれる若芽のように瑞々しく輝きました。パーティの時もこんな風に輝いたようでいらっしゃれば、少しくらいお見合いのお相手も出来るに違いありませんのに。……。やっぱり無理かも。
 鏡の中の侍女(わたし)の瞳が、ああやはり興味を持ったかと暗く曇ったのが分かりました。ビバルディ様はこれっぽっちも気づいてはいないようですが。いえ、気づいていても、きっとこの方のことです、清々しいほどに無視してらっしゃるのでしょう……。ああ、胃が…。
 私の憂鬱を嘲笑うかの如く降り注ぐ採光窓からの温かい日差しに、やっぱり視界がぼやけて……いえ、何でもありません……ええ、気のせいですよ、きっと…。

「漆黒の…それはまことか……!?」
「……噂話にすぎませんが、火のない所に煙は立たぬとも申しますし、一度お探しになるのも御一興かと…」
「見たい! 見たいぞ!! よし、早速調査を始めよう。まずはそれが本当なのか法螺(ほら)なのかじゃ。レベッカ、急ぎフェデリコを連れてまいれ!」

 ああ、ベルターニャ将軍……ごめんなさい……。
 私と同じ、いや、それ以上の実害を被っている年若い将軍に内心で届きもしない謝罪をして、私は踵を返しました。……その前に胃薬を飲んでおこうっと…。






***

Scene3.【墓前、凍てつく蒼白の大地にて、金の輝きを纏う狩人は、この日】

***


―――ガチャ...ガチャ...ガチャ...

 竜の墓場、凍れる大地。
 ほんの一週間前この地で行われた激闘の痕も、あと数日とせぬうちに全て消え失せるだろう。無垢な新雪が、すべてを覆って。
 ……。
 ……フ、フフフ。なかなか詩的な表現じゃないか。よし、これは台帳にメモしておくに値する散文だ。何か取材の時にでも使えるかもしれない。まだ実際に痕跡を見たわけじゃないから、何とも言えないけれどもね!

―――ガチャ...ガチャ...ガチャ...

 脅威は消えたとはいえ、いまだこの凍土(フィールド)は一般人に開放されていない。この地から採れる薬草などを生計に立てている市民たちにとっては死活問題だろう。そう思うとボクは……ああ、胸が張り裂けそうだ!
 だが今日、ボクが! このボクが直々にここへ足を運び安全を確かめる! 待っていてくれたまえ、怯え震えるグプタ町のお嬢さん達! ボクが来ればもう安心さ、君の心に差す影を払う、一条の光となってボクは―――!

「……ふむ、流石に恰好つけすぎかな、これは。もっと、こう……華麗に、爽やかに! をコンセプトに……」

 よし、ボツ。
 革張りの手帳を手に、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら歩くボク。町の中では中々ゆっくり一人になる時間は少ないからね。光栄なことだけれど、時には閑静な場所(こういうところ)でしっかりと英気(ネタ)養っ(そろえ)ておかないと。うん? 何か今、君、変な読み方をしなかったかい? 不審な勘繰りはやめたまえよ。このボクの真っ直ぐな瞳を見ても、まだボクを疑うというのかい!? ほら、ボク自慢の碧眼さ! ご覧、星が瞬いているだろう? これが何よりの証拠だ。(よこしま)な心を持つ人間の瞳には、星は降りてこないのだから!

「うん? おお、もうベースキャンプに着いたのか。残念、それでは仕事を始めよう」

 今まで手にしていたグプタ町からベースキャンプまでの地図(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を丁寧に畳んでしまい、代わりにもう一枚の地図を取り出す。このゴールデンな鎧の煌びやかさといったら、まさしくボクにぴったりな出来栄えだと思うんだが、いかんせん懐に手が届きにくいのが難点だな。ん? リュックを持ってくればいいじゃないかって? 嫌だよ、そんなもの。美しさのかけらも無いじゃないか!
 そんなこと言ってる間に四苦八苦しながら懐から出した凍土の地図を広げて、同じくしまってあったギルドの通達文書と見比べた。ふむ、エリア2か。思ったより近い。それから、道が塞がっているのが……なるほど、2と7に繋がる洞窟の口、ね。ここは迂回しなくてはいけないのか。まあ問題ない。このボクにはささいな障害だ! まずは真正面から見届けてやろうじゃないか!
 内心でどう回るかの筋道を立てていると、風に乗って白く冷たいものがボクの頬に当たった。

「おや、天気雨か」

 雨や雪はあまり好きではない。なぜならボクのこのブリリアントなゴールデンヘアーがぺそっとしてしまうからね! 君も曇った空でボクの煌めくハイライトの瞳が覗けなくなるのは残念だろう? まあ、今回はこの地には珍しく雲も見えないことだし、すぐに止むだろうから良いけれども。

「…さっさと終わらせよう。グプタのお嬢さんたちがボクの帰りを待っている。ハハハハハ、ボクの行く手を阻む竜たちよ! 遠慮はいらない、正々堂々と襲い掛かってくるがいい! ボクは全身全霊をもって、諸君を―――」

ギェー!

「―――討つ!!」

 背後。的確に頭を狙われた催眠液を小盾で防ぎ、直後崖から飛び掛かってきたバギィを高笑いしたまま片手剣で刺突。細い首を貫通した刃は赤い滴で雪を染める。

「ふむ。君は首回りの青いラインの発色がとても美しいね! ああ、だが残念だ。ボクは先の君の声をよく聞いていなかったんだ。君の尊い命の叫びをあげさせる間もなく殺してしまった不備を許してくれ。おお、哀れなケイシー! 君はケイシーと名付けよう……。忘れないよ、“青い首飾り”のケイシー! まためぐる魂が、ボクたちを再びまみえさせんことを!」

 名残惜しくも剣を引き抜き、軽く掃ってから鞘に戻す。そっと横たえたバギィ(ケイシー)に小さく黙祷を捧げてから、再び悠々と凍土散策を始めた。
 今日はツイてる日だ。到着早々、美しい小眠狗竜(ケイシー)から早速アプローチをされるとは。
 ボクは鼻歌を歌いながらエリア2へ。ギルドによると、先日のギギネブラ大量発生事件以降、人間はおろかネコタクのアイルー達すらここには近づいていないらしいが。
 そして見つけた、最高の芸術作品。凍土はしょっちゅう雪やら雨やらが降るから苦手なんだが、今日ほどこの気候に感謝した日は無いよ!

「なんて……」

 なんて、美しい。

 ボクはただ絶句していた。言葉が出ない。なんて美しい殺戮の痕(・・・・)なんだ!! 氷点下になるこの凍土、1週間前の状態そのままに残されていたのだ! 幸運にも、小型竜につつかれることなく、完全な形で!
 ああ、僕に絵の才能があったなら! うっすら積もった白い氷原と、悠然とそびえる青灰の氷壁。その間に閉眼する青紫の飛竜と、赤い血。このコントラストはまるで、真っ白い百合の花の中一輪咲き誇る真紅の薔薇のようだ!
 ふらふらと吸い寄せられるように毒怪竜の死体のもとへ歩む。驚くのはそれだけではなかった。

「美しい……!!」

 こんなに美しい竜の死体は、そうはお目にかかれない。表皮の分泌をやめたギギネブラの薄鈍(うすにび)色の肌は僅かな傷もついていない―――ただ一点、心臓の位置。縦6㎝横1㎝未満の小さな刺突の痕以外は。そこからは赤い血がまるで今の今まで流れ出ていたかのようにリアルな色で固まっている。風向きの関係か、崖にほど近いこの竜の躰にはほとんど雪が降りかかっていない。お蔭でここまで完璧な保存状態のまま一週間が過ぎていたのだろうが……

「これは……本当に、バークリー氏以外の者が、これを……?」

 俄かには信じられない。尾部にももう一か所刺突の痕があるが……確かに、明らかにこれはボクの知るバークリー氏の得物とは形が違い過ぎる。平たい斬属性―――これは明確に剣の特性を表している。それも、竜の皮膚にこれほどまで深く鮮やかに傷をつけられるんだ、双剣や片手剣とは違う柄の長い、薙刀や太刀が当てはまるだろう。……ボクの尊敬するバークリー氏の得物は槍。こんなの、ボクでないハンター候補生ですらわかるような特徴差だ。
 戦慄を隠せない。
 まさか、(バークリー氏)以外にもこんなに美しい(・・・)一撃を極めた者がいるなんて!

「これをやったハンターの名前は……?」

 三つ折りにされた書類を取り落しそうにながらも何度も何度も確認する。
 四ツ星クエスト、クエスト名『毒怪竜ギギネブラを追え!』。報告内容、下位認定クエストであるにも関わらず、同フィールド内にて毒怪竜ギギネブラの4頭同時狩猟を強いられた、と。受注ハンター名は『HR2 ミギワ・テンマ』、『HR2 ミサキ・テンマ』、まだ14歳の子供たち。その若さで考えれば、HR2というのはなかなか優秀な逸材だ。それから、医師免許(ライセンス)取得の上の付き添いだったという『アヤメ・モチヅキ』医師。そして、『HR2 ナギ・カームゲイル』、22歳。
 4人の名前の下にはそれぞれ過去に受けてきたクエストの詳細やらギルド登録の時期やら……つまりギルドカードの情報がそっくり載っているのだが、約一名は妙に量が少ない。

「……ナギ・カームゲイル……」

 見れば、彼がギルドに登録をしたのは僅か2か月前。問題のクエストを受けた時点で考えると、その時彼はまだ1ヵ月しかハンターとして生活をしていない。その上でHR2という実績。なんでも、彼の住む村を襲ったファンゴの群れ総数50あまりをほぼ1人で撃退したとか。これを評価してハンターズギルド・ユクモ出張支部は同ハンターのハンターランクを1つ格上げしたらしい。
 これはボクも耳に挟んだ話だ。最近モンスターの動きが活発化しているから、ちょくちょくとこういったモンスターの異常行動の報告が来るのだよ。
 しかし、それを踏まえても彼の経歴には明らかに白紙が目立つ。それもそのはず、彼が2か月前にギルドに登録をしてからこの方、受けたクエストはこれを覗けばただ一つ。それも、たかが渓流のジャギィ20頭討伐だ。こんなのでは実力を測れない。

(だが……)

 やはりこの中で見れば彼―――カームゲイル氏がやったとしか思えない。理由は簡単、この略歴には本人の使用する武器の詳細まで書かれているのだ。子供たちはそれぞれハンマーと大剣。医者は非戦闘員。そして、彼は太刀。

「……」

 思考をやめないまま文字を追っていく。
 結果から見れば、“奇跡的に”一人の犠牲者も出なかったという今回の騒動。ハンターズギルド・ロックラック本部はこの事態を重く見、査問委員会を設置。本クエストの査収官を現在査問会議に召喚中である―――。

「……間違いない、彼は逸材だ」

 今回ボクへ降りた指令は、“凍土の安全の確認をすること”。ギギネブラを倒すことではない。つまり、彼らは独力でこの上位クエストに匹敵する困難を切り抜けたというのだ!
 ボクの直観が告げる―――(ナギ)は、明らかに我々と同種(天才)である、と。

「フフ、ハハハハハ!! 面白い! 早く君に会いたいよ、矛盾を背負う人(カームゲイル君)よ!」






***

Scene4.【暗い(くら)い闇の中、どこかで息を吹き返した古の朱は、この日】

***


ガシャン、ガシャン...ガシャン、ガシャン...
カン...カン! カンカン! カン!
シュ――...シュ――...

「ふぅーっ」

 油で汚れた作業着の、割合綺麗な袖の端で浮かんだ汗を豪快に拭う。恰幅の良い赤ら顔の男は、うーんと腰を伸ばしてすぐに「アイタタタ…」とくの字に背中を丸めた。どうも最近歳なのか、重い物を持つと腰に響く。といっても自身まだ50を半ば過ぎたばかりの働き盛りである、と、思っているのだが……。
 後ろから彼と同じ木箱を両腕にひと箱ずつ持っている青年が、からかい気味に声をかけた。

「あっれ、クソジジイ、歳ッスか?」
「誰がクソジジイだ、親父と呼べ!!」
「「「そこかよ!!」」」

 機械音でうるさい中、それを上回る2人の怒鳴り声に各々持ち場で作業をしていた他の男たちが、腹を抱えて笑い転げる。
 もとより赤い顔をさらに赤くして、親方は彼らを一喝した。

「うるせえッ、ケツの青いガキ共が! だまってチャキチャキ働かんか!! 給料減らすぞ、あ゛あ゛!?」
「「「「さーせんっした~!」」」」
「てめぇら……待て、テオ! おめぇの話はまだ終わってねえ! “親父”がそんなに嫌なら仕方ない。だがワシを“パパ”か“ダディ”と呼ばせるまでは今日という今日は―――」
「尚悪いわボケェ! 誰が呼ぶかこのクソジジイ!! てめえが働け!!」

 まだ20をいくらか超えたばかりの青年は腹から響く大声で怒鳴り散らし、親方の持っていた木箱も自分の木箱の上に重ねるとせかせかと歩き去った。薄手の長袖はすっかり汗で色が変わり、短く刈った金髪も歩くたび滴が飛ぶ。
 親方は感慨深げにその後ろ姿を見送った。

「これが反抗期ってやつか……」
「いや、違うと思うぜ、親方」

 同じく額の汗をぬぐいながら、やや遠慮がちに訂正を入れた部下の言葉は親方の耳に届かない。

ジリリリリリリリリ!!!!

 鉄色のダブルベルアラームが鳴った。実用性だけを考えて設計されたそれは、作業場の中で反響して隅々まで響き渡る。勤務時間の終わりのベルだ。
 男たちは一斉に、手にしたトンカチやらなにやらを放り投げた。親方が深く息を吸い、唾を飛ばして叫んだ。

「上がりだアアアア!! 飲むぞオオオオ!!」
「「「「ウォォオオオオ!!!」」」」

 だいたい毎日繰り返される、この風景。テオと呼ばれた金髪の青年が、最後に火などを確認し終わってから、ランタンの灯りを消して回った。
 入り口の巨大な鉄扉のノブに手を書けてから、ふと振り返る。今、なにかが奥で動いた気がしたが……。

「……ま、気のせいか。ガラクタしかねぇし」

 重い扉をあけて、3重の鍵を閉める。首に巻いたタオルで頭をガシガシと拭いた。足が向かうのは、ここからでもまだ喧騒が聞こえる、あの連中御用達の酒場だ。安い酒を日付が変わるまで飲んで、飲んで、泥のように眠って、翌日11時に出勤。19時には終わり、酒場へ。20年近く続けてきた日常だ。

―――そういえば、いつもオレたちが弄ってるあのガラクタ、いつからここにあったんだっけ?

 物心ついたころからずっとあれの整備を任されているが、まだ半人前の自分が言うことでもないが、まるで作業は進んでいない。今日もいつも通り、磨いて、研究所からいろいろ送り込まれる金属を合成、継ぎ接ぎしては引っぺがしての繰り返しだ。

―――オレ達はいったい何のために、アレを弄繰り回しているんだ?

 少し頭をひねってみるが、分からないものは分からない。元から考えるのは苦手なタチだ、すぐに飽きてしまった。まあいい。研究所のお偉いさんの言う通りやっていれば、十二分に金は入って来るんだから。一般庶民のオレ達に上がやることの意味なんざ分からないが、今のところ不自由は無い。だから、不満も無い。

「んんっ。……ほぉ」

 ぐぐっと伸びをして、思わず声が漏れた。
 雲一つない空。日は半ば没して、橙色に空が染められている。快晴だったようだ。
 気分良く鼻歌を歌いながら、頬に当たる風を心地よく受け止める。頭の中で何を飲むかを考えながら、テオは丘を下って行った。


 閉じられた鉄扉の向こう。すべての光が銷された闇の中。

ヴィィィイイ...

 ...バッテリ残量―――0.0%。 H(ホテル)-151機、起動。

 聴覚器官から受信されるのは、数百に及ぶ情報データ。

《解析完了、小型鳥類ノ(さえず)リト断定。他、風ニヨル樹木ノ振動》

 ...視覚機能、右眼球―――正常。 左眼球―――破損。
 ...バッテリ残量―――ゼロ。 非常用バッテリーへ移行―――残1.2%。
 ...視界不全。暗視装置作動。

《熱動体感知。対象ヲ“クマネズミ”ト断定。敵性反応、無シ》

 ...触覚センサー―――作動、正常値。
 ...嗅覚センサー―――作動、正常値。

《本機外部接触部品解析完了》

 ...砂土18.1%、麻5.4%、綿布4.6%、ファルカタ合板6.3%、ユーロパイン1.5%…

《外界情報ノ取得ヲ開始》

 ...外部気温27.2℃。湿度66.8%。
 ...半径400mにおける該当敵対勢力反応数―――ゼロ。

《以上ノ情報ヨリ該当地域ヲ検索》

 ...now finding......hit

《検索完了》

《現在地ヲ市街区ト断定。詳細位置、格納庫内ト推測》

 ...次プログラムへ移行。

《各人工筋肉ノ作動ヲチェック》

 ...右腕部―――クリア。 左腕部―――クリア。
 ...右脚部―――クリア。 左脚部―――膝部関節に異常を確認。
 ...右翼部―――クリア。 左翼部―――欠陥を確認。
 ...頭首部―――左角排熱器官に欠陥を確認。
 ...内部臓器―――左肺破損を確認。
 ...内部骨格―――肋骨γ(ガンマ)δ(デルタ)ε(イプシロン)σ(シグマ)の破損及び欠陥を確認。
 ...システム―――体内循環冷媒の不足の指摘。 及び潤滑油の不足の指摘。
 ...中枢マザー機能―――クリア。

《現在時刻、一九〇八(ヒトキューマルハチ)

《解析完了》

《自軍技工士ヘ通達。至急バッテリー変換ヲ求ム》

《自軍技工士ヘ通達。至急バッテリー変換ヲ求ム》

《自軍技工士ヘ通達。至急バッテリー変換ヲ...》

 ...非常用バッテリ、残量―――0.0%。
 ...緊急シャットダウン。
 ...保護プログラム作動。

《解除コード、“deus ex machina”。当機右翼部表面ニ日語オヨビ独語ニテ記載。参照サレタシ》

《繰リ返ス》

《解除コード、“deus ex machina”。当機右翼部表面ニ日語オヨビ独語ニテ記載。参照サレタシ》

 ...非常用バッテリ、残量―――ゼロ。
 ...H(ホテル)-151機、シャットダウン。

ヴヴヴヴ...ヴン......

 暗闇は再び沈黙を守る。ソレはもう、動かない。






***

Scene5.【紅葉も落ち短い冬へ差し掛かった温泉地で、黒髪の青年は、この日】

***


ドドドドドドドド!!

 激しい地鳴り。
 忘れもしない。規模は小さいものの、あの時ユクモ村を襲った猪の大群がもたらした音を、今まさに俺は再び肌で感じている。

「……」

 息をひそめ、気配を殺し、そっと窺い見るのは大通り。硬く踏みしめられた道に僅かに立ち籠める砂ぼこりは、そこを駆け抜けた存在がいかに力強い一蹴りを放っていたのかを雄弁に物語る。

「……ナギくん、ナギくん。もう行ったよ」

 無声音で教えてくれた雑貨屋の女店主(おかみ)さんに礼を言い、縮こまっていた俺は立ち上がった。通りをこだまして聞こえてくるのは、3人の猪娘(・・)たちの雄叫びである。……猪娘なんて言ったら怒られるかな。

「ナぁ―――ギさぁ―――ん!!!」
「ぬゎ―――ぎぃ―――!!!」
「おにぃ―――さまぁ―――!!!」

 ……もはや執念だろ。この声は当然村中に響き渡っていて、皆さんがニヤニヤしながら俺の方を見てくる。本当にやめてほしい。大勢の視線を受けると湧き上がる、底知れぬ“不安”は、まだ完全には治っていない。

「あんたも災難だったねぇ。朝からあの調子なんだって?」

 そうなのだ。“朝9時に広場に集合”の約束。言い訳するわけじゃないが、俺とて忘れたのではない。そう、決して、断じて、誤解されては困るんだが、忘れていたのではないのだ。まして意図的にすっぽかしたなんて、そんな訳がないじゃないか。
 これは―――事故。そう、事故だ。……きっと。

『このあたしを待たせといて、1時間の遅刻……ですって……?』

ぞぞ――っ

 今朝起きて、あのギギネブラ戦でもこんなに焦りはしなかったというほど取り乱した驚愕の事実。

「あっはっは! なるほど、寝坊したからあの子らあんなに走り回ってるんだ!」
「笑い事じゃありませんよ……」

 ひときしり哄笑したおかみさん―――カミラさんというらしい―――が、「まあ…」と少し言葉を濁して、微笑んだ。

「あの子達が元気になったんなら、私らは全然かまわないんだけどね。ナギくん、ありがとうね」

 曖昧な笑みを浮かべて、うなずいた。別段自分が何をしたという自覚は無い。リーゼとエリザが俺を慕ってくれているのは分かっているが、それも正直、出会いから2か月経った今でさえ、あまり実感が湧いていないんだ。

「買い物って、女の子たちだけで行った方が楽しいだろうに……」

 意識しないでこぼす。それを聞いたらしいカミラさんはふと笑みの種類を変えると、ちらっとこちらを流し見た。……なんだか嫌な予感がする。

「と・こ・ろ・で♪」
「じゃあ俺はこれで」
「待ちなって、お兄さん! せっかく匿ってあげたんだ、お姉さんの質問に答えるくらいいいじゃないか!」

 逃亡失敗。

 ハンターもびっくりの握力で俺の腕をつかんだカミラさんは、「ムフフ」とか何やら怪しい声を漏らしながら俺を店の奥へ連れ込む。嫌な予感しかしない。

「ナギくん、ぶっちゃけた話さ……好みは年上だったりするわけ?」
「は?」
「いやだって、あれだけ各種美少女に一緒にショッピングに誘われておいてなんとも思わないって、つまり、あの子達には興味ないってことかナーって、お姉さんは思うわけよ。ねえ?」

……俺もしかして琴線触れちゃった?

 木製の椅子を2つ引っ張り出したカミラさんは、大きい方にドシンと腰を落ち着けてからもう1つを俺に勧めた。……ああ、お尻の大きさが違うんですね。というかこれはアレですか、「逃しはないよ」ってことですか。まさか座面に接着剤とか……それは無いか。

「それで、質問に答えてくれないかな? ウン?」
「……し、質問とは」
「ウフフフフ、とぼけるのも大概にしなさいな。……で? 年上派なの?」
「……ええと……」

 なんだ。なんなんだ。
 何故こんな答えにくい質問を投げかける。俺が何をしたっていうんだ。
 しかし、実際どっち派と言われたら、どっちだろう? 前は年下派だったけど。うーん。魅力を感じるとしたら……

「年上、かも」
「あちゃー……」
「……す、すみません?」

 っつーか何。なんで俺こんな今日初めて名前知ったような人と恋愛話してるんだよ。
 胸中の叫びもむなしく(こんな時は表情を隠すマスクが少し邪魔だ)、額に手を当てて何やらメモを取り始めたカミラさんは、うんうんと悩んでからまた違う質問を投げかける。

「さっき買い物は女子だけで行った方が~とかなんとかかんとか言ってたけど。そこんとこもうちょっと詳しく言ってくれない?」
「……すいません調子乗りました許してクダサイ」
「いいからさっさと答える!!」
「イエス、マム! 自分は流行に詳しいわけでも無く何年も山籠もりしていたひきこもりであるため、同性のオディルさんやそういった事に明るそうなカエンヌやロウェルも一緒に居た方が有意義な時間を過ごせると思ったからであります!」

 なんかもうどうでも良くなってきた。もうだめだ、この人目が座ってる。コワイ。真砂さんを連想させる。コワイ。
 カミラさんはなぜかぽかんと口を開けて、暫く何を言ってるか理解してないようなしぐさを見せた。

「……え、それ、まさかあの子達に言った?」
「え? ああ、言いました…けど……」

 その時の状況を思い出して、再び背筋が寒くなる。

「そしたら、悪鬼の形相でにらまれました……」
「うわぁ……。あんたそりゃ…よりによってクロッツェンとこの坊やを出しちゃまずいって……」
「雪路はともかく、リーゼとエリゼはロウェルと仲が良いのに、ですか? 幼馴染でしょう? よく門前で話してるのも見るし」
「話すって言うか…クロッツェンの坊やがエリザに要らぬちょっかい出して噛みつかれてるだけでしょうよ…」

 そうだろうか? “喧嘩するほど仲が良い”とも言うが。
 首をかしげるも、それを見たカミラさんがなぜか「だめだこりゃ…」というのを耳が拾った。解せぬ。

「想像以上の強敵だわ……!!」
「え? 今なんて?」
「いーえー何でも! 何でもないの! ムフフフフ、いえ、敵は手強いほど堕とし甲斐があるってもんよ……!」

 最後の方は背を向けられてよく聞こえなかったが、どうやら事情聴取(という名の尋問)は終わったらしい。ここは三十六計逃げるに如かず。
 体をクネクネさせてなにか独り言をつぶやきまくっているカミラさんに、聞こえていないだろうが小さく匿ってくれたお礼を言ってから裏口から逃げだした。

「ここは恋のキューピット、カミラ・バルテンの腕の見せ所ね! ウフフフフ、腕が鳴るわぁ。ええと、忘れる前にメモ取んなきゃ。『予想外に鈍感で、年上派』…と。それじゃ次の作戦はどうしようかしら。まさか、ここまであからさまなデートのお誘いでただの買い物と勘違いされるとは……鈍感って残酷だわ。あとでリーゼちゃんたちのフォロー入れておかなきゃ。じゃ次はもうちょっと過激に……お風呂でドッキリ? それとも夜這い? うーん、悩むわねぇ。これはまだまだ作戦の練度を上げていく必要があるわね! さて良い情報が取れたことだし(脳内)作戦会議に行こうかしら。あ、ナギくん、引き留めちゃってごめんねもういいわよ―――って。あれ、一言声かけてくれれば良かったのにィ!」

 雑貨屋の女店主とは仮の姿、真の顔は恋のキューピッド! カミラ・バルテン、三十ピー(心は永遠の十七)歳。
 彼女が婚期を逃したのは、留まるところを知らぬその激しい妄想癖によるということを、本人はこの先半永久的に知ることは無い。
 そしてナギが今回の『心配させたお詫びにデートしなさい!きゃっ♡作戦』(カミラ命名)がカミラの発案によるものだということを知ることも、半永久的に無い。


 一方、雑貨屋を脱出してから裏道を通り通り、ようやく新宅前まで戻ってきたナギはといえば。

「ふう、どうにか逃げ切れたか―――」
「―――だぁれが、逃げ切れた、ですって?」

 凍る背筋。そうだ、カミラさんの怒涛の質問ですっかり忘れていた。俺は当初からこの3人娘から逃げていたのではなかったか。

「ナギさん、凍土に行き掛け、私たちにした約束、覚えてますよね? “全て話してくれる”って」
「……ハイ」
「お兄様、私、約束を守らない人って嫌いです。お買い物、付き合っていただけますよね? 午前中はちょっと気乗りしなかっただけですものね、お・に・い・さ・ま?」
「ハイ、スミマセン。オ供サセテクダサイ」
「そりゃそうよねえ。こ~んな良いお買い物日和なんだもの。ねえ?」

 秋の澄んだ蒼穹が目にまぶしい。おかしいな、目から栄養剤グレートが……って、このネタ以前にも使った覚えあるな。
 そんなわけで、晴れやかな青空の下、俺は少女3人に囲まれて自宅へ連行されていったのだった。

 なんか、疲れた……。
 
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