万華鏡
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第六十四話 甲子園での胴上げその十五
「最後の一人でね」
「最後の?」
「一人で?」
「粘られたら」
それはだ、どうかというのだ。
「洒落にならないわよね」
「阪神だからね」
「最後の最後で戸惑うのもあるからね」
「だからここでそんなことになったら」
「それこそな」
「心臓に悪いわ」
そこに負担をかけてしまうというのだ。
「あと胃と精神にね」
「阪神の試合ってその三つに負担かけるんだよな」
美優は琴乃の言葉を聞いてぼやく様にして言葉を返した。
「本当にな」
「そうなのよね、いつもね」
「すっきり勝つってないんだよな」
「いつももたついたりとかな」
「早く終わればいいのに」
あっさりと勝ってだ、そうなれば精神的に負担はかけないがだ。しかし実際の阪神の試合はどういったものかというと。
「終わらないのよね」
「マジック一でストップとかな」
「あと一勝がね」
そして相手が優勝することもあった、昭和四十八年然りだ。
「それがね」
「心臓に滅茶苦茶悪いんだよな」
「最悪なのがここからフォアボール出して」
それでだというのだ。
「変に時間かかったり」
「今の人でもな」
そのストッパーはだ、どうかというと。
「たまにあるよな」
「そう、一人か二人歩かせて」
「それでな」
「抑えるのよね」
「今そうなったらな」
普段は劇場などと言って笑って観ていられる、土壇場でランナーを背負ってもしっかりと抑えてくれていてもだ。
だが、だ。日本一が間近のこの緊張した場面ではというのだ。それは。
「困るからな」
「そうそう、早く抑えて胴上げ見せてくれないと」
「嫌になるよ」
美優も言うのだった、そして。
最後のバッターを観る、そのバッターがバッターボックスに入ってだった。
また勝負がはじまった、すると。
懇親のストレートが内角高めに決まった、その速度は。
「一五五キロ」
「凄いわね」
「これはそうは打てないわよ」
五人はその速度にまずはこう言った。
そしてだ、二球目は。
ボールになった、しかしその杉浦忠を彷彿とさせるカーブを観て五人はまた言った。
「このカーブだとね」
「相当なバッターでも打てないわね」
「来るってわかっててもね」
「あんなカーブだとな」
「打てないわね」
実力は充分だった、そして三球目は。
シュートだった、普通の速度より速いそれはだった。
やはり打てるものではなかった、バッターも振ったが空振りだった。
ツーストライクワンボール、そうなると。
また甲子園のボルテージが上がった、今度言うことは。
「あと一球!」
「あと一球!」
このコールだった、このコールを聴いて琴乃達もだった。
このうえなく興奮してだ、それでだった。
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