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神葬世界×ゴスペル・デイ

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第一物語・後半-日来独立編-
  第七十一章 竜神《3》

 
前書き
 神。
 一体それは――。 

 
 神とは何か。
 何故に存在し、人類の上に立っている。
 時代が進んでも明確な答えは出ないままで、答えを追い求める者は少なくない。
 思いながら、尻餅をつき座っていたセーランは立ち上がる。
 片手で灰を払い落とし、同情に近い感情から数歩竜神に近付いた。そしてそっと竜神の顔に拳を当てた。
 驚いたように竜神は瞳を動かしたが、他の行動は取らなかった。
 身体を覆う甲殻がほのかに温かく、今はまだ確かに存在していることを感じた。
「俺も未来なんて知らねえから、これから何が起きるか分からねえ。不安だけど進んで行く。俺達が生きるためにもな」
 竜神に向けられた言葉。
 思った。セーランと言う者は弱いと。
 強い意思を持った理想を追い求める者であり、誰かの助けがなければ一人さ迷い歩きそうな程に。
 自分自身に自信が持てないでいる。
 天秤が揺れ動くように、また彼の心も常に揺れ動いている。それでも強くあろうとする彼を褒めたいと思った。
 竜神が見てきたなかで群を抜く程強い信念を持ち、足りない箇所を補うかのように信念がセーランという存在を支えていた。
 もし自身が消え行く運命に立たされた時、一体どのような思いを持つだろうか。
 竜神はセーランと言う存在に、
「己の宿り主を頼んだぞ」
 優しさから来たものではない。ただ、自身の存在を維持するための糧を守れということだ。
 しかしセーランは素直に受け止めずに、我が子を手放す親の言葉として受け止めた。
「お前が奏鳴に今後何しても俺が邪魔してやるよ、安心しな」
「現実空間の干渉は相当な負担となる。ずっと続けてきた反動ゆえか、もう現実空間には干渉出来ん。あの時が最後だったのだ」
 あの時とは、奏鳴が宿り主となり、同時に目の前にいる竜神本体の意思の一部が竜神となって現実空間に降りて来た時だ。
 そこまでした理由とは。
「時代は移り変わる。旧世代の神である己はいずれ消え行く運命。宿り主の脳内に直接語り掛ける以外、今後己という存在を知る術は無い。
 欲を言えば己の宿り主を直接ここへ呼び寄せ、言葉を交わしたかったものだが今となっては力が足りずに叶わぬ夢だ」
「本当は俺じゃなくて奏鳴を来させたかったんだな」
「負の感情で暴走している己に、今の己の宿り主は近付くことは出来ぬ。貴様が来てくれて良かった」
「もう会えないのか」
「己から現実空間に干渉出来無くなっただけだ。現実空間からの固有空間の干渉は可能だろう。しかし、その方法は己さえも知らん」
「そっか、別にこれでお別れってわけじゃないんだな。なら俺を戻してもらえるか。何時までもここにいたんじゃ意味が無いからな」
 竜神の顔に当てていた拳を離し、少し勢いを付けてまた竜神の顔へと当てた。
 岩を殴ったような音に痛み。
「奏鳴に何か伝えたいんなら俺が伝えるぜ」
「威勢のいい人間だ。ならば伝えてもらおうか――」
 それはたった一言。
 神からしてみればその言葉は、全くもって無縁の言葉であった。
 あえて無縁の言葉を使った理由。
 竜神の礼儀に違いない。
 もう二度と言わないであろう言葉を受け止め、届けるためにセーランは竜神から離れた。
 別れではなく、現実空間へと帰るために。
「戻る方法分からねえからちと戻してくんね?」
「言った筈だ。現実空間の干渉は出来無いと」
「え、マジで……。じゃあ俺どうやって戻んのよ」
 まさかの展開。
『馬鹿者が……。我を頼ればいいものの……』
 何処からか聞こえる傀神の声。
 四方八方見渡しながらセーランは、へいへい、と言いながら声のする方へと歩いて行く。
 導かれるような感覚で、歩くその先の空間が裂けた。
 光が裂けた空間から射して、眩しくて目を細目ながら進む。
「傀神よ、現実空間の己の流魔を吸収しろ。その全てを己の宿り主に返すのだ」
『関わり合いの無い神の頼み事なぞお断りだが……』
「頼むぜ、傀神」
『我が宿り主が言うならば仕方が無い……。ただをこねられては困るからな……』
 考えを読まれたため、誤魔化しで笑うセーラン。
 何時までも聞こえる笑い声の主は、空間の裂け目へと迷い無く進み続ける。
 無邪気に笑う子どものような笑い声。
 セーランの身体が光に包まれ、見えなくなっても声は聞こえる。聞きながら、竜神は裂けた空間が閉じるのを見た。
 こうして会うことはもう無いのだと、染々と感じながら。
 眠るかのようにゆっくりと目を閉じて、暗闇が目の前を覆い隠した。それは裂けた空間が閉じたことも証明していた。
 再び灯る青い炎。
 それは竜神となる以前。悲しみの涙を隠すために起こした、竜神となるために殺めた亡き存在に捧ぐ灯火であった。
 揺らめいて、消える気配を見せず。
 ずっと、ずっと。
 ――過去の過ちを悔いながら。



 乱れる風を受けながら身体が重力に従い、真っ直ぐ下へと落ちていく。
 遠く、耳障りな音が響く。
 だんだんと音は近付いてきて、何時の間にか閉じていたまぶたが開いた。
 下から上へと景色が流れている。否、セーラン自身の頭部が下を向いているためにそう見えるだけだ。
 目を開くとはっきりと聞こえてきた耳障りだと思っていた、聞き慣れない女性の声。
「どうした、大丈夫か」
 黄森の覇王会指揮官の繁真だ。
 距離は離れているが、上手く足場を表示してセーランの元へと近付いて来た。
 前までは固有空間にいて竜神に会っていた。もっと前だ。竜神の身体に憂いの葬爪を突き立てた時に意識が薄れていった。
 どうして今、自分は落下しているのか理解出来無かったセーランだったが、落ちる姿勢を制御しながら見上げれば見える竜神。
 突き立てた憂いの葬爪が抜けたために落下したのだろうと、冷静に答えを出したセーランは足場を表示。流魔線を足場に繋ぎ、落下しつつ足場を越えた一定の距離を進むと流魔線は伸びずにセーランを吊り下げた。
 宙にいるものだから振り子のように揺れ動く。
 何も無い足元に新たな足場を表示し、流魔線を切り離して着地する。
 後から落下の速度を加えて来た繁真はセーランの横。数メートルを置いた先に足場を表示し、同時に緩和系術を発動して衝撃に対する処置を行った後、その緩和系術を足で割って見事着地した。
「意識でも飛んだかのように急に落ちるものだから心配したぞ。何かされたのか」
「すまねえな。ちと竜神に会ってきた」
「どういう……まあ、いい。事態は変わらずと言ったところだ」
 の後。砲撃の音が鳴る。
 音に反応した身体が鳴った方へと向き、見えるは砲撃を食らった竜神。
 セーランが竜神から離れた際、再び暴れる可能性は高かった。結果、予想通りとなったため新たな命令を戦闘艦へと出した。
 戦闘艦の乗組員は殆どが黄森の社交員だ。
 幾多の実戦から身に付いた即座の判断能力は素直に称賛出来るし、自分がまだまだ青いことを知らしめる。
 宙に立つ繁真は次の行動を日来の長に問うた。
「再び竜神へと接近するのか」
 数秒の間。
「二度の接近はリスクが高い。何か対策してくるだろうな」
「最後の竜口砲|《ドラゴンブレス》から時間が経っている。竜口砲の危険度も羽上がっているぞ」
「けど接近しない限りは今のままの状況が保たれるか、崩れるか」
「結局は近付けなければ意味が無いということだな」
 一回、セーランは頷く。
 いまだに発動している憂いの葬爪自体に遠距離からの攻撃方法は無い。
 流魔を操作し、一からものを創ることは可能ではあるが、今回の目的は奏鳴の内部流魔の回収だ。
 竜神から奏鳴の内部流魔を回収するため、必要以上に竜神を傷付けると存在を保てなくなってしまい竜神が消滅してしまう可能性がある。
 下手に手出しは出来無い。
 戦闘艦による砲撃だけでもかなりの負担となる。攻撃の手段をこれ以上加えるわけにはいかない。
 二人の元へ、後から清継が上空から緩和系術を連続して発動し、減速を図りながら足場を表示し着地する。
 微かな音が鳴るだけで何も起こらない。
 着地するや繁真とセーランを交互に見て、何かを確認し終えたかのように話し始める。
「狙いは変わらず長のまま。砲撃によって戦闘艦に注意を引き付けてられていますが何時まで保つか」
「うむ、そうか。……ならば辰ノ大花にいる黄森の学勢及び社交員に撤退を命じろ。戦いの幕を閉じる」
「なッ!?」
 一字が出るだけで、他の言葉は出なかった。いや、出ないのではなくて自分自身が出さないようにしているのだ。
 繁真は先輩、自分は後輩。
 縦の関係が清継の発言を抑え付けた原因である。
 清継は真面目だ。
 先輩の考えが分からなくとも、自分の知恵が足りないのだと考える。弁えるところは弁える、礼儀もきちんとしている学勢。
 だからこの場は素直に繁真の指示に従う。
「すみません、驚いたもので。ですが長の許可無しでは皆、実行に移すことが」
「問題無い。長の許可はここへ来る前に既に取ってある。自分の身に何かが起き、指示を出さなくなった時はお前にまかせるとな」
「長との連絡を試みましたが繋がらず。天魔の力を使い過ぎ、変調を来しているのではないかと」
「王政が今向かっている。こちらはこちらでやるべきことがある」
 やるべきこと。
 それは竜神から長を守り、共に黄森へと帰ること。
 勝負は宇天の長を解放出来無かったために、誰が見ても完全に黄森の負けだ。だがそんなものは茶番に過ぎない。
 恐れるべきは茶番に負けた黄森の浮き足を取るかのように動き出すかもしれない、予想のつかぬ国と国との争い。
 黄金時代の終わりに眠るかのように息を潜めた世界大戦が、何時目を覚ますのか。
 一人でも兵力を無駄にはしたくはないため、早めに撤退の選択を繁真は下したのだ。
「日来長、今回の件は許さなくて結構だ。宇天長にもそう伝えろ。しかしこれだけは言わせてもらう」
 繁真は忠信と同じ位置に存在するセーランを見て、言い聞かせるようにこう言った。
「黄森は神州瑞穂のために戦っている。お主らが自身の大切な場所を守るのと同じように。その際に発生した障害を取り除くために、今回はこのような処置を下した。
 日来もいずれ解るだろう。どれ程憎まれようとも、進んでいく覚悟が必要なのだと」
 物事を動かすということは、動かした際に生じる問題を抱えるということだ。
 物事を生じた問題の責任は物事を動かしたものが持ち、誰であろうと逃げることは許されない。
 いずれ日来にも必ず通る道だ。
「辰ノ大花から問題を起こした責任として追求があれば黄森は素直に従おう。逃げも隠れもしない。だから今は、拙者達の長を守るために力を貸してくれ」
 頭を下げた繁真。
 その行為は一概に、素直に受け止めることが出来ぬ行為であった。
 相手に対する甘えだからだ。
 掌を返したかのような態度はあまり良く思われない。だからかセーランの返事は、
「無理だな。お前らの長を守るために力は貸せねえ。俺は俺の奏鳴を助けるためにお前らに協力してるんだし、協力してもらってる」
「言う時は言うな」
「あったりめえだ、何年日来の長務めてるって思ってんだ。一年の時からだぞ、すげえだろ?」
「ならばそれぞれ守るべき存在のため――」
 鼻で笑うセーラン。
 憎むべき存在と言っても過言ではない黄森。だが、素直に憎めない仲間に対する懐の温かさ。
 世界の何処においても存在するその温かさは、かえって他人との隔たりをつくってしまった。
 それが今の世界。
 自国のために他国を犠牲にする。
 善か悪か。考えは人それぞれだろう。
 築かれた隔たりを無くすため、セーランという一人の人族は立ち上がった。
 日来を存続させるということと同時に行う、世界へ対する訴え。
 とても大きな、想像では計り知れない程の大事。
 手を取ることを忘れた世界に少しでも、手を取り合うことの意味を解らせるために。
「「今は共に戦おうか」」
 言葉を重ねた。
 一文字もずれない言葉の重なりは、セーランや繁真、その場にいた清継にどう響いただろうか。
 感じる前に三人は自身がやるべきことに意識を向けていたため、あまり深くは捉えなかったことは確かだ。
 ただ、無意識の内に心中ではその言葉をしっかりと覚えていた。もうお互い口にすることはないであろうことだが。
 状況は変わらず、何かしら手を打たないと場は動かないことは三人は解っている。
 どうするかと思考を働かせるが、これといった策は出ないでいた。一歩間違えれば危険な策が多々あり、最善の方法が既に危険なものばかり。
 沈黙が生まれると思っていた繁真と清継だったが、ここで日来の長であるセーランが動いた。
 さらっととんでもないことを言って。
「黄森長を餌に使ってもいいか」
 雷に打たれたかのような衝撃。
 何を言っている。二人の言葉を代弁するならばこれが当てはまっている。
 一瞬遅れて清継は反応し、
「ば、馬鹿ですか貴方!? 人の長をなんだと思っているんですか!」
「仲間からよく馬鹿長呼ばわりされてるからなあ、きっとそうなんだろうな」
「頭おかしいんじゃないんですか?」
「笑いながら言うのか! 満面の笑みが眩しいけど、結構どす黒い何かを感じるぞ!」
 清継がセーランへと向ける笑顔は、誰が見ても相手を軽蔑の意味が込められたものだ。
 長を目の前にしてその態度は凄いと感じたセーラン。
 黄森恐るべし、てとこだな。日来の連中なんか長である俺に仕事押し付けるし、買い物頼んだり直で悪口言われるわ、俺の好みな商品宣伝してついつい買っちゃうから金巻き取られるわで。……あれ? これ、かなりハードなイジメじゃね? 身内からの方が俺に対する接し方酷くね? 何これ、振り替えるのすげて悲しくなるんだけど…………泣きたい……。
 急に左手で両目を隠し、天を見上げる日来の長を清継は不思議そうな目で見詰めた。
 一区切り打つように繁真がわざとらしい咳払いをする。
「あまり呑気なこともやってられない」
 言葉の後。大きく大気が揺れた。
 爆風によるものだ。
 原因は何か、それはすぐに分かる。
 竜神による竜口砲が放たれ、黄森の戦闘艦内一艦がまともにそれを受けたために起こった爆発。
 竜口砲を受けた戦闘艦は後方の加速機部分が消滅し、直撃した箇所が何処か目に見えていた。前の爆発は加速機が爆発した時のものだったのだ。
 幸い後方部だったため、乗員への被害は少ないと見られる。
 推進力を失った戦闘艦が落下していくのを眺め、動きが前よりも活発になった竜神が気になった。
「言う通りだな。こりゃあやばそうだ」
「拙者達の長を餌、つまり囮に使うということだがそれで成功する可能性は」
「高いな。竜神は黄森長を狙っているわけだから素直に向かわせればいい。進行の邪魔しなけらば周囲には無警戒、そこを叩くってわけ」
「タイミングが重要というわけだな。早ければ竜神の相手をしなければならず、遅かった場合は長が……」
 繁真はその後の言葉を口にしたくはなかった。
 喉につっかえている言葉を飲み込み、一つ頷いて。
「やってみようか。他により良い策が無いのならば」
「成功させればいいだけの話し、ただそれだけです。やってみせますよ」
「了解。了承得たってことで頼めるかい?」
「ああ、問題無い」
 言いながら映画面|《モニター》を表示し、慣れた手付きで操作する。
 ものの数秒という時間で、全戦闘艦へと映画面を表示。こちらの様子を映し出した。
 覇王会指揮官が映る映画面を見た黄森の者達は、指示が飛ぶことを一瞬にして理解した。
 彼らが聞いた指示。
「長を囮にし竜神を引き付ける。危険な賭けだが、これによって竜神の意識は長のみに集中し周囲への警戒が弱まる。今回ばかりは神相手のため宿り主である日来の長が協力し、日来長に竜神を叩いてもらう」
 一呼吸置き。
「再び指示するまで手出しはするな。解ったな」
 最後の“解ったな”とは、異論は認めないという意味が込められたものだ。
 感じ取った黄森の者達は歯向かうこともせず、ただ一言。
『『了解』』
 だけを言い、映画面を消した。
 何かしら思うことはあっただろう。しかし今はそれに付き合っている時ではない。
 見れば竜神から離れていく戦闘艦。
 自体が変わったために竜神は戸惑ったように右往左往と動き回るが、一定の時間が経ち、戦闘艦が何もしてこないことを感じ取ると迷わず、一直線に黄森の長の元へも向かって行った。
 大気の流れを無視し、裂くように行く竜神。
 目に捕らえるは停泊している戦闘艦の甲板に膝を着く、疲れが見える黄森の長である央信。
 身体に走っていた模様は消え、天魔の力を使った疲れが身体にいまだ残っている。
 鉛のように重たくなった身体に向かって、動けと命令するが一寸も動かない。そんな央信に迫る竜神。
 負の感情に支配された竜神はただただ憎むべき存在に向かって、口を開き、牙を見せて迫る。
 生首を取る勢いのまま。 
 

 
後書き
 固有空間にて竜神と会ったセーラン君。
 竜神の思いを聞き、自分自身の思いについて語った二人。
 それが竜神という神にどのような影響をもたらしたのか。
 それにしても固有空間から帰ってきたセーラン君は、繁真ちゃんと清継ちゃんに向かっていきなりとんでも発言をしました。
 黄森の長を餌にする。
 そりゃあ驚きます。
 自分達の長が囮になるなんて、そんな危険なことはさせたくありませんからね。
 ですが戦いが長引いても良くないのは事実。結果、セーラン君の言ったことに従うことにしました。
 やられる前にやればいいのですが、そう簡単にことが進むのか。
 次回のお楽しみということでここは去らばです。 
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