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噛ませ犬

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第二章


第二章

「やって欲しいって言われてます」
「そうだよな。今はな」
「はい、ですが新条さんは」
「前座で噛ませだっていうんだな」
「たまにはですけれど」
 新条を気遣う顔でだ。兆州は述べた。
「メインイベンターとかしたいと思いませんか?」
「まあな」
 それはその通りだとだ。新条も笑って兆州に答える。
「俺だってレスラーだしな。そう思うさ」
「じゃあ一回社長にお話されては」
「いや、それはしないさ」
「どうしてですか?」
「柄じゃないからな」
 だからだというのだ。
「顔だって地味だしな。キャラクターもな」
「目立たないからですか」
「社長は御前は目立つんだよ」
 兆州にこうも言うのだった。
「外見もな。それに社長にも卍固めとか延髄斬りがあって」
「俺にもですか」
「必殺技があるだろ」
「ええ、まあ」
 兆州の必殺技は蠍固めと理木ラリアットだ。これが出た時にファンのボルテージはマックスになる。そうした意味でも彼はスターなのだ。
「俺にはないからな」
「けれど技一杯持ってるじゃないですか」
 新条は技巧派だ。千の技を持っていると言われている。
「それこそどんな技でも」
「それでも必殺技がないからな」
「だからなんですか」
「前座、噛ませなんだよ」
「ううん、それはどうにも」
 兆州は新条のその言葉を聞いてだった。唇を噛み締めてだ。
 そのうえで言おうとした。しかしだった。新条から先に言ってきた。
「ああ、そこから先は言わないでくれよ」
「そうですか」
「残念とかは思ってないからな」
 あえて自分から言った新条だった。
「俺としてはな」
「そうなんですか」
「まあ今日も頑張るさ」
 試合をだとだ。新条は笑顔で言った。そうしてだ。 
 スクワットを終えるとだ。次はだった。
「ランニング行って来るわ」
「はい、車には気をつけて下さいね」
「車だけはどうしようもないからな」
 当たればレスラーとて死ぬ。そうだというのだ。
「タイガーマスクだってそうなったしな」
「そうですよね。車に当たると」
「あれは子供を助けようとしてだったな」
 伝説の漫画の最終回だ。尚アニメ版とは最終回が違う。
「俺には似合わないな」
「まあそう言わずに」
 こんなことを話してだった。新条はランニングに出た。そうしてだった。
 この日の試合でだ。彼は見事に負けた。チナに挑んだがそれでもだ。
 捕まりだ。チナの十八番であるサーベルの柄での攻撃を額に受けた。
「ハタリハタマタ!ハタリハタマタ!」
「出たぞチナのサーベル!」
「新条の額が破られてるぞ!」
 客達はチナのサーベルが炸裂してだ。歓声をあげた。
「そのままいけ!」
「チナ死ね!」
 この言葉はそのまま歓声である。悪役レスラーにとっては。
「酷過ぎるぞ!」
「御前はそれでも人間か!」
 こうだ。客達は笑顔でチナに歓声を送る。
「御前みたいな奴はさっさと負けろ!」
「猪場出て来い!」
 自然とだ。猪場を呼ぶ声がした。その間にだ。
 額を割られた新条は無様にノックアウトされた。そうしてだ。
 リングの上に仰向けに倒れた。観客達はその彼にも言った。
「また負けたなおい!」
「御前弱いんだよ!」
「弱過ぎるんだよ!」
 彼にもだ。歓声があがる。
 
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