打球は快音響かせて
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
高校2年
第二十一話 ラッキー
前書き
乙黒雅直 監督 右投左打
出身 水面体育大
三龍の監督。高校時代は水面商学館で甲子園出場した。その経験を買われて監督になったが、監督としては有能とは言い難い。翼と実家が近い。
川道悠介 捕手 右投左打 180cm69kg
出身 堺西シニア
下級生から強豪・水面海洋のレギュラーを張る実力者。捕手ながら足が速く、しぶとい打撃。
試合に私情を持ち込む事も躊躇わない男で、反骨心がかなり強い。
第二十一話
カーン!
「おしっ!」
鋭いゴロが飛ぶが、サード飾磨が腰を落としてしっかりと捕球。ファーストの林へ糸を引くような送球を送ってスリーアウト。6回の表が終わる。
結局、江藤のツーランの後は四球を一つ出しただけで凌ぐ事ができた。ホームランになって、かえって流れが切れた感があったのは三龍サイドにとっては幸運だったかもしれない。
(明らかに凡退の質が変わってきた。ストレートにそれほど振り負けなくなってきたし、高めの際どい球に手を出さなくなってきた。)
ベンチに戻りながら宮園は海洋打線の変化を感じとる。この回一挙3点を失い、点差は2点にまで詰まった。少なくとも、5回までとは凡退のパターンが変わってきている。
このままでは、攻略されるのは近い。
(このまま終わるたぁ思ってなかったけど…追加点が欲しい)
しかし、そういう宮園の思いを打ち砕くかのように、海洋のマウンドを守る2番手の城ヶ島は調子を上げていく。
「ストライクアウトォ!」
「よっしゃァー!」
4番から始まる三龍打線の攻撃をあっさりと三人で退ける。点をもらった次の守りで、チームを勢いに乗せようという思いがそのまま体現されたかのような会心のピッチング。
最後は宮園を外角一杯の137キロで見逃し三振にとり、声を上げながら海洋ベンチに戻っていく。
(チッ…これが2番手のピッチングかよ)
手を出す事もままならなかった宮園は顔をしかめた。結局初回以降、追加点の糸口すら掴めない。
(…怪しくなってきたぞこれは)
悪い流れを肌で感じつつ、7回の守りに就いた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
7回表の海洋打線の攻撃は9番から。
カコッ!
キン!
9番打者とはいえ、鷹合のストレートにも十分ついていく。際どい球はファールを打ち続けて、簡単には空振りしない。
「ボール!フォアボール!」
「よっしゃァー!」
そういう打撃をされると、そもそもコントロールが悪い鷹合としては苦しい。
10球を投じたあげくに、打者としては非力なはずの9番を歩かせてしまった。
<1番サード末広君>
打順は1番に還る。海洋の主将、ゴツい体の攻撃的1番打者・末広が右打席に向かう。
(…マジか)
末広は今日3タコで全くいい所がない。
そんな末広に高地監督が出したサインは送りバントだった。
(川道に任せるって事かい。くそっ、面白くねぇな)
末広はバットを横に倒して構える。
鷹合は、今度は1球牽制を挟んでから初球を投げ込んだ。ボールはスッポ抜けて、内角高めに飛んでくる。
「うぉっ!!」
コツン!
末広がのけぞって倒れるが、たまたまバットにボールが当たり、ボテボテとピッチャー前に転がる。鷹合がそのボールを掴み、二塁を振り返って投げる。
鷹合な俊敏性はあるが、細かい動きをする器用さは(以下略
しかし、今回は6回のエラーの反省を生かして、低くボールを叩きつけた。
「!!」
勢いあるハーフバウンドの送球、相手の事など全く考えてもないような非常に捕りにくい送球に対して、二塁ベースカバーに入ったショートの横島は体を張った。腹で抱え込むようにしてボールを掴み、足はベースから絶対に離さなかった。
「アウト!!」
二塁審判の手が上がる。
そして打者走者の末広はインコースの球に尻もちをついてから走りだしたので、まだ一、二塁間の半分ほどの位置である。
「アウト!」
横島が体勢を立て直してから一塁に投げても悠々間に合い、併殺打が完成した。
「何しよんならこのアホーーッ!!ボール球はバントせんでええわいボケ!」
海洋ベンチからは高地監督の怒号が響く。
三龍ベンチでは乙黒が相手のミスにも関わらず、大人気ないガッツポーズを見せていた。
「…………」
こればっかりは末広もガクッときたのか、俯き加減にベンチに戻っていく。
何はともあれ、無死一塁で上位打線に回っていく所で、何ともラッキーな併殺打。
三龍としてはピンチを免れた。
(鷹合にしてはよく学習して低い球を投げたじゃん。横島さんもよく捕ってくれたよ)
捕手のポジションでは宮園が一息つく。
海洋が流れを掴みかけていたちょうど良いタイミングで相手にミスが出てくれた。
カーン!
2番の川道の打球も、切れてしまった流れを象徴するかのようにショートの正面。
横島が一塁に送って、スリーアウトチェンジ。
(まだこちらにツキはあるぞ!)
宮園は少しずつ手応えを取り戻しながら、自軍ベンチに帰っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
(……この三凡は痛ぇのぉ)
7回裏のマウンドに上がった城ヶ島は、三龍側に傾きそうな流れを肌で感じて気を引き締める。
初回2死から投げてきて、許したランナーは4番林に許した一本のヒットのみ。緊急登板にも関わらずほぼ完璧な投球で投げ抜いてきていた。
(川道はあげな適当こいて点くれてやったけど、俺はたとえ、末広らの夏やろうと負けたくはないわな。)
この回先頭の7番・鷹合に対しても、今までと変わらず淡々と厳しい球を続けて追い込む。前の攻撃の逸機のショックも何のその。まるで精密機械である。
(俺の投げる試合で負けるんは、ありえなかよ!)
「ストライクアウト!」
最後は低めの変化球を振らせて三振。
テンポ良く、小気味よく。
快調なピッチングを続ける。
<8番、レフト田中君>
打順は下位打線。
三龍打線はこの8.9番の打力はかなり落ちる。
ここまでも城ヶ島の前にきりきり舞いしていた。
(普通に打っても打てんな、こりゃ)
打席の3年生・田中は考える。
どうしたらこの2年生右腕から塁に出れるか。
(こいつコントロールええけ、俺程度のバッターならヤマ張らんといけんわ。)
田中の狙いはカウントをとりにくるストレート一本。それだけに的を絞った。
変化球には目もくれず、とにかく振り負けないよう前で捉える事だけを意識して田中は振り抜いた。
カーン!
そのヤマは当たる。
インコースに来たストレートを、田中は思い切り引っ張り込んだ。
「サード!」
「あっ…」
三塁線を襲う痛烈な当たりだが、サード末広の守備範囲と思われた。が、逆シングルで捌きにかかった末広のグラブを打球は弾き、打球はファールゾーンを点々とする。
田中は一塁を回る。
末広がボールを拾った時には、悠々二塁へ到達していた。サード強襲の二塁打。
「よっしゃー!」
ガッツポーズする田中と対照的に、顔を青ざめさせているのはサードの末広。難しい打球であり、公式記録員もヒットの判定を下したが、しかし捕れる可能性のあった打球だ。
前の回のバント失敗併殺に続いて、この回は守備でもチームの足を引っ張る形になった。主将の立場でこの有様はかなりこたえる。
(…こいつマジで持ってないわ。いつも捕ってる打球ちゃうんかえ。)
捕手のポジションでは川道が呆れた顔をしていた。それとは対照的に、城ヶ島は表情ひとつ変えずに末広からボールを受け取る。
「ボール!フォアボール!」
「よっしゃー!」
しかし、(大嫌いな)主将のミスに対して、少しの動揺はあったのかもしれない。
全て際どいコースだったが、ボール一個分ずつストライクゾーンを外れ、9番打者をこの試合初めての四球で歩かせてしまった。
一死一、二塁。
三龍にとっては、絶好のダメ押し点のチャンスが出来上がった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「やっとチャンスが来たーー!!」
三龍応援席は久しぶりのチャンス到来に湧いていた。初回以来の「じょいふる」のボードを翼が掲げる。
「ここ絶対一点や!柴田ァー頼むぞーッ!」
牧野が同級生に向かって大きな声を張り上げる。
ここでの一点は勝利をグッと引き寄せる一点。
勝ちたい。
それはスタンドで応援するしかなくなった牧野も何も変わらない。あの水面海洋に勝ったチームのベンチ外ならば本望だ。
「「「おいっ!おいっ!おいっ!おいっ!」」」
応援席が腿上げダンスに揺れる。
一般生も口々に声援を送る。
打順は3年生の一、二番。
見せ場がやってきた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「どしたん?あいつがやらかしたさけ、ちょっとムカついて力んだん?」
「バカ言え。関係ないわい。ちょいとズレただけっちゃ。」
マウンドに駆け寄った川道を、城ヶ島は軽くあしらう。ミットで口元を隠しながら、川道はクククと笑った。
「頼りにならん主将の分は、俺らがフォローしたらんとアカンな」
「ああ。言うまでもないわ。」
城ヶ島が小さく頷き、川道は捕手のポジションに戻っていく。三龍応援席から「じょいふる」の大応援が降り注ぐが、この2年生バッテリーは動じない。笑みを浮かべる余裕がある。
<1番センター柴田君>
右打席には3年生の柴田。3年生で唯一、昨年から試合に出ていた中心選手だ。今日は初回にいきなりヒットを放って5得点につなげている。
(ここか打つしかないっちゃろ)
好打の自負がある柴田は気合いを入れて城ヶ島に立ち向かう。
バシッ!
「ストライク!」
城ヶ島も初球から厳しいコースを出し入れしてくる。ストライクはいつでもとれる制球力への信頼からか、意図的にボール球も挟みながらの配球。高校生で中々できる事ではない。
(それでも、鷹合みたいに140キロが出る訳じゃなか!)
キーン!
柴田が思い切り良く振り抜いた打球は、バックネット方向にフラフラと上がる。
「オーケッ!」
声を上げながら川道が打球の方向に走る。
それほど高さが出ていないキャッチャーフライだが、川道の動きは素早く、ボールが地面に到達する寸前で落下点に足から滑り込んだ。
「アウトー!」
華麗なスライディングキャッチを見せた後、感慨に浸る事もなくすぐ川道は立ち上がり、二塁ランナーの進塁を警戒する。これぐらいやって当然、そう言わんばかりの涼しい顔をしていた。
「ナイスキャッチ。」
「ま、俺が本気出しゃこんなもんや」
ホームベース付近まで駆け寄っていた城ヶ島に直接ボールを手渡した川道はニヤリと笑う。
三龍としては期待の柴田が倒れてツーアウト。
しかしチャンスはまだ続く。
<2番ショート横島君>
先ほどの守りで良いプレーを見せた横島が続いて打席に入る。今日はノーヒットだが、しかし守りの流れは往々にして打撃にもつながっていく。
(チャンスは初球から!積極的にいくばい!)
カーン!
快音が響く。
(あっ!)
(こらアカンわ)
海洋バッテリーは打たれた瞬間、諦めた。
横島が引っ張り込んだ打球は三塁線の、痛烈な打球。先ほどの回から足を引っ張ってばかりの末広の所。
「おらぁーーっ!」
しかし末広は、今度は横っ飛びで三塁線のゴロを掴んだ。打球を掴んだグラブでそのまま三塁ベースを殴るようにタッチし、スリーアウト。
7回のピンチを切り抜ける。
「見たかァ!おらぁーーっ!」
末広は誰に向けているのか分からない雄叫びを上げ、自軍ベンチに戻っていく。
名誉挽回とばかりのファインプレー。
ただでは転ばない辺り、曲がりなりにも強豪・海洋の主将である。普通の選手ならそのまま潰れていく展開でも踏ん張れる。
「ナイスプレーです」
「うしっ!」
助けてもらった城ヶ島はハイタッチを求め、末広も満更でもない顔でそれに応える。
(つーか、8番の打球捕っとったら、そもそもこんなピンチなんて起こらんかったねんけどな)
川道の方は渋い顔だが、しかしミットをパチパチと叩いて拍手した。
(でもまぁ、ここまでずっと置物やった末広兄貴がやっとこさええプレー見せたさけ、これでまた流れも変わるやろ。次は3番からやし。)
川道の表情に、嫌らしい笑みが満ちる。
(この試合も、勝てるわ)
7回の裏終了、5-3で三龍リード。
試合は最終盤へ。
ページ上へ戻る