| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

打球は快音響かせて

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

高校2年
  第二十話 これが本気だ

 
前書き
枡田雄一郎 内野手 右投左打 165cm56kg
出身 卯羽目タイガース
鷹合の後輩。鷹合並に図々しく濃い絡み方が目立つが、鷹合ほどアホではなく、よく考えてる所がある。小柄ながら俊足強肩。

越戸亮 投手・外野手 右投左打 178cm65kg
出身 木凪KOZAオーシャンズ
一つ年下の特待生。木凪からの越境組。陰気で根暗なアニヲタだが、投打共に有望株。  

 
第二十話



ガキッ!
「ファースト!」

フラフラと力に押されたフライを、ファーストの林がしっかりと捕球する。

「あぁークソッ!」

フライを打ち上げた水面海洋の主将・末広は天を仰いだ。これで3打席続けて三龍の先発・鷹合に手玉に取られている。

「「「いいぞいいぞレンタロー!いいぞいいぞレンタロー!」」」

三龍応援席から声援が飛ぶ。
スコアはいまだ5-0、三龍リードのままで5回表を終わった。初回自らホームランを打った鷹合は投球も絶好調。安打2本、四球2つだけで5回までを無失点に抑えていた。ストレートは今日も140キロをバンバン記録し、コントロールが悪い事が、逆に相手に的を絞らせなかった。

「よしよしよーし!」

三龍ベンチでは乙黒が大喜びだ。
水面海洋相手に、5点の大量リードを奪って有利に試合を進めている。大金星も全く夢ではない。

バシッ!
「ストライクアウトォ!」
「よっしゃ!」

鷹合の好投の影に隠れているが、海洋の2番手・城ヶ島も4番の林にヒット一本を許した以外は1人のランナーも出さずに、ほぼ完璧なリリーフを見せていた。制球力抜群で、小気味良いピッチングを披露している。ストレート変化球共に、カウントをとれるし決め球にも使える。テンポ良く、どんどんとストライクを投げ込んでくる。

カコッ!
「ファースト!」

3番渡辺もスライダーに腰を砕かれてファーストゴロ。1番から始まる5回の裏も三者凡退で簡単に片付け、試合は初回以降膠着して動かない。

(…ふん、リードしよんのはこっちやけ、2番手がナンボええピッチングしようとこのままなら勝つのはウチや)

追加点が取れない状況にも、乙黒は全く動じない(例によって楽観的なだけかもしれないが)。
初回の5点が重いまま、試合は前半戦を終えた。




ーーーーーーーーーーーーーーー



「オノレら、いつまで同んなじよな情けないバッティングしとーんや!」

5回終了後のグランド整備の間、海洋ベンチには円陣が組まれていた。闘将・高地監督が大声で選手を叱責し、その声は内野席に届かんばかりである。

「オノレら春は野球やらしてすらもらえんと、夏もこの体たらくで終わる気か!?勝つ気ないとか!?オノレら何しに海洋来たんや!分かっとっとか!?」

ひとしきり大声で怒鳴りつけた後、高地は円陣を狭めさせ、声を絞って指示を与える。

「ええか、相手の球はまぁまぁ速い。ここまで詰まらされてばっかりやの。高めの球にフライ上げすぎや!高め打つな!目線下げてゴロを叩け!大した芸もないピッチングやけ、考えるんはそれだけや!ええか!」
「「「オウ!」」」
「5点差やけど塁出たら積極的にいくぞ!とにかく一点目とんにいく!一点とりゃ相手も少し浮つくはずや!ええか!」
「「「オウ!」」」

高地の指示に海洋ナインは大きな声で頷き、円陣が解かれる。

(……あのクソジジイにしては随分とまぁシンプルな指示が出たもんやなぁ。ま、監督歴長いクソジジイでも何も言いようが無いわな。とりあえず速い球投げて、あとはスライダー放っときゃ何とかなるってピッチャー相手には。)

6回の表の先頭打者、川道はベンチから出て左打ちから素振りを繰り返す。今日は鷹合の前にフライ2本。高地の言っていた「パターン」にどっぷりハマっていた。

(ま、ボチボチ行こか。新田さんも末広さんも嫌いやけど、別に負けたい訳やないからな。)

川道の頬のこけた顔がより一層引き締まる。
グランド整備が終わり、三龍ナインが守備につく。

<2番、キャッチャー川道君>

5回の整備終了後は、第二のプレーボールとも言われる。仕切り直しの後半戦が幕を開けた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「ボール!」
(よーしよしよし)

川道はこの打席、慎重にボールを見ていた。
テンポ良くどんどんと投げ込んでくる鷹合のボールは、全て高めに浮き、うち2球がボールで2-1のカウントができた。

(ボールは振らん。これくそ当たり前な事やけど、やっぱジジイに言われると違うな。徹底できるわ。ここまで高めの真っ直ぐばっかり投げてこられると、やっぱ打ちたなってまうもんな。)

落ち着いてボールを見てくる様子は、マウンド上の鷹合をリードする宮園にも伝わった。

(…さすがに、高めの真っ直ぐを警戒し始めるか。むしろ海洋にしては対策が遅かったくらいだな)

宮園としては、球が走っているとはいえ鷹合の単調なピッチングがここまで海洋に通用している事の方が驚きである。グランド整備の間に打者が頭を冷やせば、ボール気味の真っ直ぐには手を出して来ないだろう事は予想がついた。
…だからといって、どうする事もできないのだが。これが鷹合の唯一の投球スタイルなのだから、どう変える事もできない。

カーン!
「よっしゃァーー!!」

目先を変える為に投げたスライダーが甘めに入り、左打者の川道にとっては絶好球となった。センター前にライナーが弾み、川道が喝采を上げながら一塁に生きる。

(そろそろ、海洋打線が本気出してきたな)

宮園はその会心の打球を見て、内心でつぶやいた。


<3番レフト松本君>

2番打者の川道が塁に出て、打順はクリーンアップへ。海洋ベンチの高地監督から、打者の松本と走者の川道にサインが出る。

(おいおい、初球盗塁かて。ヤンキーなサイン出してくれるやんけ。)

5点を追う攻撃では、ランナーを溜めていかないといけないのが常識で、塁ひとつ進む為だけにリスクを負わねばならない盗塁などは普通ありえない。しかし、高地はあえてこのサインを出した。

(まぁ、バッテリーも5点差なら盗塁気にしてけぇへんやろ。そこにつけ込むって事なんやろな。)

川道は一塁ベースからジリジリとリードをとる。
少し広め。頭からでないと帰塁できない距離。

ザッ
(おい、牽制もナシかて!)

それなりのリードをとった川道に目もくれる事なく、鷹合は初球を投じた。あまりの無警戒さに拍子抜けして、川道は若干スタートが遅れる。
高めのボールを捕球した中腰の姿勢から、宮園が2塁に投げる。ひょろっと細身の川道のストライドが加速し、右足を2塁ベースに突き刺すように滑り込む。

「アウト!アウトだ!」
「……セーーーフ!!」

タッチしたセカンドの渡辺のアピールも虚しく、審判の手は横に広がる。間一髪で盗塁を決めた川道はホッと胸を撫で下ろした。

(あんまりあっさり投げてくれるモンやから逆に不意突かれてもうたわ〜。こいつマジ適当なやっちゃな〜)

立ち上がってユニフォームの土を払いながら、また高地監督のサインを見る。パッパッと、複雑なブロックサインが流れるように出される。

(……OK)

そのサインに気持ちを引き締めたのは、打者の松本。

ザッ
「!!」

1球ストライクの見逃しを挟んだ3球目。
鷹合が投げると同時に、左打者の松本のバットが横に倒される。

(セーフティか!)

宮園が思った時には、バントされたボールがコロコロと三塁側に転がる。サードの飾磨が慌てて前進するのを制して、ピッチャーの鷹合がマウンドを素早く駆け下りる。

「ファースト!」

三塁はガラ空きなので、二塁ランナーはアウトにできない。宮園の指示で、ボールを捕った鷹合は一塁を見る。打者走者の松本は3番打者ながら足が速い。

「おら!」

鷹合は三塁側に駆け下りた体勢から体をひねって、力任せに一塁に投げた。鷹合は俊敏性はある。だが、複雑な動きをする器用さはない。

「!!」
「回れ回れーっ!!」

レーザービームというべき強い送球が一塁に投じられたが、しかしそのボールは一塁手の林の頭上遥か上を行く大暴投。それを見たベースコーチが腕を回し、二塁ランナーの川道は悠々ホームイン。打者走者の松本も二塁に進んだ。
5-1。遂に海洋が反撃の一点を掴み取った。

「落ち着けお前らーっ!リードしよんぞー!慌ててどうするんやー!」

三龍ベンチから乙黒が声を上げる。
グランド整備後ににわかに動きだした試合。
三龍ベンチも、楽観視してられなくなる。

(5点差だからな。普通に試合をしていれば、そのまま負ける。高地監督は、あえてセオリーから外れた揺さぶりをかける事で積極的に流れを変えにかかった訳だ。)

バックネット裏の席で、メモをとりながら試合を見ている浅海は、海洋ベンチで腕組みする高地監督を見て感心していた。

(こうやって揺さぶる過程で、盗塁死とか牽制死、ムダなアウトをやってしまう事もある。そのリスクを省みずに迷いなく攻められるのはさすが高地監督だ。一歩間違えばルンバ采配だよ。OBからのお小言も沢山頂戴する羽目になるだろうに。これが闘将たる所以だな。)

ただ、目の前で戦っているのは自分の教え子達。浅海も素直に感心してばかり居られない。

(ここが正念場だぞ。まだ4点差がある。一つ一つしっかりアウトをとっていくんだ。)




<4番ショート江藤君>

なおも続く無死二塁。打席には174cm77kg、豆タンク体型の海洋の4番打者・江藤良三が入る。
2年生だが、口の周りの無精髭が濃く、実にオッサン臭い見た目をしている。

「オラオラ打てよジジイ!」
「ジジイ!俺は打ったでー!」

海洋ベンチから川道をはじめ、チームメイトが煽り立てる。そのような声援(?)にも堂々と頷き、打席にドンとそびえる。
その重厚な構えを崩そうというのか、インハイに投げ込まれたストレートに若干のけぞるも、江藤は逆に鷹合を睨みつけて動じない。

(…ちょっと体の開き早くなったとか?)

初球を見て、江藤は鷹合のボールの変化に気づいた。少し自分の目線から見やすくなった。
先ほどよりも球の速さを感じない。

(自分のエラーで点やったけんな。多少力むのも当然か。そうなると、余計に球は走らんし…)

江藤に対して、ねじ伏せにかかるようなストレートが続く。江藤はボール球をしっかり見極め、そして甘めに入ってきた1球を的確に捉えた。

(その走らんストレートで勝負に来る!)
カーーーーン!!

甲高い金属バットの音、空高く舞い上がる白球。
放物線を描いた打球はレフトの頭上の遥か上を越え、フェンスの向こう側に着弾した。

呆然とマウンド上に佇む鷹合、お祭り騒ぎになる海洋応援席。その二つを見ながら、「海洋の4番」江藤はゆったりとダイヤモンドを一周する。

5-3。一気に2点差。
三龍の絶対的優位は、もう存在しない。





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧