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打球は快音響かせて

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高校2年
  第二十二話 やっぱり

 
前書き
城ヶ島直亮 投手 右投右打 176cm68kg
出身 徳実・荒城ベイスターズ
本格派ながらコントロール抜群の水面海洋の2番手投手。実力的には十分エース格。川道と同じく反骨心があるが、川道よりずっと負けず嫌い。

江藤良三 内野手 右投右打 174cm77kg
出身 水面第五中
やたらとオッサンくさい見た目の海洋の2年生4番打者。豆タンク体型だが、強打だけでなく足も使える海洋の機動力野球を象徴する4番。軟式出身。 

 
第二十二話



(さすが海洋だな。あのピンチをファインプレー二つで切り抜けてくるとは。この水面で一番甲子園出てるチームは伊達じゃないよ。)

8回の表の守りに就いた宮園は焦りを隠せない。何とかして先ほどの回で追加点が欲しかった。
下位打線に珍しい長打が出て、絶好の流れだったのに引き離す事が出来なかった。これは痛い。

(この回を切り抜ければ9回は下位打線。鷹合の一辺倒なピッチングでも抑えられる可能性が出てくるんだけどな。)

この回の海洋の攻撃は3番から。
海洋応援席も逆転の気運が高まる。

<3番レフト松本君>

打席に入った松本は先ほどセーフティバントで出塁している。2点ビハインドの8回、形振り構ってなどいられない。

(とりあえず出て、江藤につなぐ事や。あいつなら何とかしてくれる。)

鷹合の試合終盤にきても唸りを上げ続けるストレートに対して、7回の9番打者のようにカットカットで粘る。
3番としての打撃より、出塁にこだわる。海洋にとっては勝つ事こそが何よりのプライドの基盤だ。

「ボールフォア!」
「よっしゃーーっ!」

根負けした鷹合から四球を貰うと、松本はヒットを打ったかのように喜ぶ。試合の中での価値はヒットも四球も何も変わらない。

<4番ショート江藤君>

無死一塁。
7回に続いての先頭打者出塁の状況で打席に入るのは6回にホームランを放った4番の江藤。

(8回だからな。ここでもう一度ゲッツー食らうのは嫌だろう。ここは4番の江藤でも……)

捕手の宮園は海洋ベンチに目をやる。
高地監督は腕組みしたまま微動だにせず、険しい顔をグランドに向けていた。

(……バントはないか。それなら、内のストレートで攻めよう。ゲッツーになりにくい右方向を狙ってくるはずだ。詰まるぞ。)

宮園はインコースに寄る。
ドッシリと構える江藤の威圧感と、インコースに寄った宮園を見て、サードの飾磨も少し後ろに下がった。

コツン!
「なっ!?」
「ウソやろ!」

初球から江藤はセーフティバントを仕掛けた。
少し下がった飾磨の前を狙い、インコースのストレートを転がす。
目論見通りのバントに飾磨が精一杯ダッシュして一塁に投げるが、江藤はズングリした体型の割に足が速かった。悠々セーフとなり、無死一、二塁となる。

(せっこ!海洋の4番がセーフティかよ!)

裏をかかれた宮園とは対照に、一塁ベース上で得意気なのは江藤である。

(足ば使ってかき回すんが海洋伝統の機動力野球よ。走姿顕心、打つだけが攻撃力やない。)

海洋ベンチでは高地監督がよしよし、と言わんばかりに頷いていた。

(ノーサインやったが、2年の癖によう考えよるわ。ワシらは自分勝手な帝王大の野球とは一味も二味も違うけんな。こういう謙虚さこそがワシらの最大の武器や。)



<5番ライト奥山君に代わりまして、前岡君。バッターは前岡君。>

高地監督は無死一、二塁のチャンスに、5番打者に代打を送った。小柄な左打者がベンチから出てくる。

(ここで代打?いや、まさか強行は無いだろう。同点のランナーが出た今、とる作戦は絶対にバントのはずだ。)

ベンチからサインを送る高地監督の姿を見て、宮園は送りバントと読んだ。ファーストの林が前進の構えを見せ、送りバント封殺を狙う。
鷹合は高めにひたすらに強い球を投げ込む。
バッターがバントの構えを見せると、ファーストの林が前進し、鷹合が三塁側に駆け下りる。
鷹合の球は速い。そして打球を転がすべきスペースはかなり狭い。

(ここだ!)
コツン!

しかしバッターのバントは少し強めで、鷹合が追いつけない絶妙の球足の速さのまま、三塁線に転がっていく。飾磨が一塁に送ってアウトをとる間に、2人のランナーはそれぞれ進塁した。

(ホント、ここしかないって所にキッチリ転がしてきた。送りバントする為の代打だった訳だな。その為に5番を引っ込めるとは、思い切ってきやがる)

宮園はベンチに戻ってハイタッチを交わす代打の選手を睨む。この終盤のプレッシャーの中、与えられた役割をキッチリこなす辺り、技術的にはもちろん精神的にも相当鍛えられている事が分かる。

「タイムお願いします!」

三龍守備陣はタイムをとってマウンドに集まる。
8回の表、一死二、三塁。同点のピンチである。



ーーーーーーーーーーーーーー



「ここは、二遊間は定位置で良いです。」

マウンドに集まった内野手に対して、宮園はこう切り出した。

「え?でも普通ここは前進やぞ?」
「2点差あります。内野ゴロは一点やっても構いません。前進守備だとその内野ゴロが2点タイムリーになります。一点差の二死三塁を作るくらいの気持ちでいきましょう。スクイズされても、二死三塁が作れればOKです。そうなると打順は下位ですし、バッター勝負で抑えられる確率も上がります。」
「なるほどな」

提案に対して首を傾げた横島も、宮園の説明にしっかりと頷いた。

「監督は何て?」
「いや、ここはバッター勝負としか…」

林が伝令に出てきた選手に尋ねると、伝令は苦笑いしながらそう言った。三龍ベンチでは、ソワソワと落ち着きがない乙黒の姿が見える。
それを見て、内野陣全員が笑った。

「よし、前進はナシで。バッター殺して二死三塁。ええか?」
「「「オウ!」」」
「勝つぞ!」

林の言葉にみんな頷いて、マウンド上の円陣が解かれた。



ーーーーーーーーーーーーーー




ドンドンドンドンドンドドンドドン!
ドドンドドン!
「「「おーー!おーおーおー!!」」」

海洋応援席からはチャンステーマであるアフリカンシンフォニーが響き渡る。
青のタオルがぐるぐると回され、重厚なメロディが守備に就く三龍ナインを威圧する。
終盤のヤマ。三龍にとってはここが大金星への正念場だ。

(ここで内野が定位置とは、強かな真似ばしてきよるな。スクイズで一点取ってもしょーないけ、ここはもう3年に任せるしかなかたい)

追う海洋としても、ここで何としても追いつかなければならない。高地監督は腕組みしたまま、3年生の下位打線に全てを託す。

ズパァーーン!
ドパァーーン!

このピンチに、鷹合のストレートがさらに速さを増す。宮園のミット通りには全くいかないが、球数がかさむ終盤にきても威力は衰えていない。

(この守備位置やけ、ゴロは一点や。俺の打席で最低限、一点はとらないけんわい。)

バッターはバットを短く持ち、叩きつける事だけを考える。鷹合のストレートに対して、思い切り上からバットを振り下ろした。

キーーン!

打球は痛烈なゴロ。
しかしショート横島の正面。

(これならサードランナーも殺せる!?)

痛烈なゴロという事で、横島は一瞬そんな事を考えた。二死三塁でOK、という取り決めだったが、しかし点はやらないに越したことはない。この速い打球なら、三塁ランナーも殺せる。
そんな考えが一瞬頭をよぎり、その事が打球に対する集中を削いでしまった。

「!!」

横島のグラブの先を、打球はすり抜けていった。
球場に悲鳴と大歓声が交錯する。打球は外野の芝生を転がり、浅く守っていたセンター柴田が内野に返球した頃には、三塁ランナーは悠々ホームインしていた。

痛恨のトンネル。想定通りの内野ゴロでアウトをとる事ができず、一死一、三塁となってしまった。得点は5-4、同点のランナーが三塁、逆転のランナーが一塁!

(……横島さんに、ここでエラーが……)

捕手のポジションに両膝をつきながら、宮園は呆然とした。エラーした本人の横島も顔が一気に青ざめ、飾磨や渡辺のフォローの言葉にも全く反応できない。

「まだ一点あるけんなー!」
「横島ー!切り替えーやー!」

三龍ベンチからの声が、どれもこれも悲鳴のようにしか聞こえない。この一つのエラーがもたらしたダメージは果てしなく大きい。ただの一点、ただのワンアウトの損失ではなく、この苦しい状況でアウトのはずの打球がアウトにならないのは精神的にもかなりこたえる。

「デッドボール!」

マウンド上の鷹合も動揺を隠しきれず、次の打者に初球デッドボールを食らわせてしまう。
一死満塁。フォースアウトになる為、アウトはとりやすくなったものの、コントロールの悪い鷹合にありがちな押し出し四死球の可能性も浮上してきた。

(これはヤバいぞ……)

宮園は間をとるためにタイムをとってマウンドに駆け寄った。このイニング、既にタイムを一度とってしまっているので、内野陣全員で集まる事はできない。しかし、この流れを放ってはおけない。

「しっかりしろよ。お前が打たれる時がウチの負ける時だからな。」

その言葉は宮園の本心だった。鷹合への信頼、という意味合いではなく、監督の乙黒はKOされない限り、鷹合を引っ込める事はないだろうという予測に基づいた言葉なのであるが。

「肩の力抜いてな、楽に投げろよ。前でリリースしてな。分かったか?」
「よっしゃ。抑えるわ。」

ノーコンの鷹合に対しては配球の相談などてんで意味がない。宮園は投げ方についてのアドバイスを送り、ポジションに戻った。

<8番ピッチャー城ヶ島君>

打席には一回からリリーフしている城ヶ島。
内野陣は今度こそ前進守備。下位打線なので、一点差ならスクイズもあり得る。それを指示した宮園に、同点を許容する考えはない。海洋打線が鷹合にすっかり慣れてしまっている。この苦しいピッチングのまま同点になっても、どうせ長いイニングは守れない。
勝つにはこのリードを守る以外にない。

ズパァーーン!
「ストライク!」

打席の城ヶ島は初球を見送った。

(このノーコンやけ、押し出しもあるかと思たけど、初球は入れてきよったな)

城ヶ島がベンチのサインを見ると、高地監督がせわしなくサインを送る。
しかしそのサインは全てダミーだった。
サインの最後に、高地が拳を握り、「行け!」と叫んだ。

(なるほど、俺のバッティングば信用してくれたっちゅー事やな)

城ヶ島は打ち気満々。内野のポジションは浅い。少し速いゴロを打てば同点タイムリーになる。

(どうせこのPも速い球以外なんもあらんけ、これまでと何も変わらん。高め捨てて低めを叩きつける、それだけばい)

気持ちバットを短く持ち、右方向に向けてゴロを打つ。しっかりと狙いを定めて、城ヶ島はこのチャンスに立ち向かう。

鷹合の投げる球は、ここまで海洋打線を押し込んできたストレート。それ以外にない、唯一の得意球。

(きたァーー!)

城ヶ島はバットを一閃。

キーン!

強いゴロが一、二塁間を襲う。

(やられた!)

宮園が心の中で叫んだ。
しかし、その目の前でファーストの林が打球に飛びついた。林が差し出したミットと、白球の影が重なる。

「!!」
「下!したァーー!」

渡辺が林に向かって叫ぶ。
横っ飛びした林のミットはゴロに追いついたが、しかしボールを掴み切る事なく、手元に弾いていた。

(ホーム殺せる!)

林は右手で白球を掴み、上体だけ起こしてホームに送球した。キャッチャーの宮園が「もうホームは間に合わない」という意味の×のジェスチャーを出しているのが、林には見えていなかった。

キッチリ握り切れていない林の送球は、ツーバウンドになって、既に三塁ランナーが猛然と滑り込んだ後のホームに。そして三塁側に逸れているので、ランナーの影と重なった。

「!!」
「回れ回れーっ!!」

到底間に合わない林のバックホームは宮園が捕球する事もままならず、バックネットへと達する。
逆転のランナーも悠々ホームイン。
この回二つ目のタイムリーエラーで5-6。
遂に海洋に逆転を許してしまった。
三龍応援席からは大きな悲鳴とため息、海洋応援席からは大歓声。暴投を犯した林は、呆然と立ち尽くす。

「…………」

ボールをバックネットまで拾いにいった宮園は愕然とする他ない。とれるアウトを二つも無駄にして、逆転を許してしまった。
海洋相手に、ここまで健闘したというのに。

(……やっぱり最後はこうなるか……)

宮園の表情から、フッと険しさが消え、一気に穏やかな顔になった。

(……だから俺らは、“三龍”なんだよな)

それは宮園の気持ちが切れた事の表れだった。
宮園だけでなく、グランドに居るナイン全員の気持ちが切れた。

四死球が出る。長打が出る。
点が入る。

格下の健闘もこれまで。
強豪の底力に呑み込まれていった。








 
 

 
後書き
オーシャンズとか、シャレオツな名前がついてるのがボーイズで、
地名+シニアとだけ付けられているのがシニアです。
出身で中学の名前が書かれているのは軟式出身。 
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