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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十九話 事情

 
前書き
福原康毅 外野手 右投右打 176cm75kg
出身 水面西ボーイズ
強豪私学の帝王大水面に進学した、宮園の幼馴染。明るい性格の努力家。
選抜では背番号二桁ながら4番を打った。
鋼の肉体の筋肉マン。

福原京子 マネージャー 153cm
福原の弟で、宮園とは幼馴染。
歯に衣着せぬ発言と、自身の兄打倒への情熱を持つ三龍の鬼マネージャー。ロリ顔。 

 
第十九話



カコッ
「ファースト!」

一回の裏、早くも4番打者・林のタイムリーで一点を先制した三龍打線。
なおも続く一死一、二塁のチャンスで、監督の乙黒は5番の飾磨に送りバントを命じた。
鈍重な見た目をしているが、結構飾磨は器用な打者である。しっかり三塁側にバントして、二死二、三塁の状況を作った。

(……ツーアウトにしてでも、俺の前でチャンスを広げた…)

ネクストから打席に向かう途中、宮園はフッと笑いを漏らした。

(いや、ゲッツーで流れを切りたくなかっただけか。じっくり攻めたかったんだろうな。)

<6番キャッチャー宮園君>

本人はやたらとネガティブだが、宮園の打撃は5番の飾磨に勝るとも劣らない力がある。捕手の守備負担を考慮して6番を打つが、チーム有数の打者である事は間違いない。十分チャンスを託すに足る打者だ。

「せっかく勢いあんのに、勿体無い事するやん、おたくら」

打席に入ると、捕手の川道がすかさず話しかけてくる。宮園は、これまた軽い調子で答えた。

「5番が足おせぇんでな、よくゲッツー食らうんだよ」
「おいおい、ゲッツーにビビってたら点取られへんで?ククク」
「さぁ?俺が打てば入るだろ?」

話しながら川道が投手にサインを送り、宮園がバットを構える。投手がセットポジションに入り、
初球を投じる。

「!!」
「ボール!」

右打者のアウトコースにすっぽ抜けたストレートが投じられ、川道が腕をいっぱいに伸ばして捕球する。バント以外では全くアウトがとれていないこの投手は、まだ立ち直っていないようだ。

「あーあ、真っ直ぐにこだわる割にはさっぱりストライク入れてくれへんわ」
「ふん、よくある事だな。調子の悪い投手をリードするのも役目だろ」
「お、ええ事言うやん」

ほやけど…。
マスクの内側で、川道は小さくつぶやく。
頬のこけた顔に浮かんだ笑みが、マスクによって上手い具合に隠されていた。

(こいつの面倒を見る気は、今日の俺にはありまへーん!)
カーン!

宮園はバットを一閃。
打球は左中間を転々とし、三塁ランナーの渡辺、二塁ランナーの林がホームへと帰ってくる。
打った宮園は二塁に悠々到達。
この回3点目となる、宮園のタイムリーツーベースだ。

「…………」

三龍応援席の大歓声に晒されて、マウンド上に立ち尽くすピッチャーは悔しがる余裕も無く、目が泳いでいる。

(昨日の3発のパンチ、キッチリ3点でお返ししたりましたよ、新田さん)

“女房役”の川道は、亭主の乱調を全く意に介していなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「タイム!」

初回の3失点にたまらず三塁手がタイムをかけ、内野手がマウンドへ集まった。

「おい!何やっちょんやバッテリー!」

タイムをかけたのは主将の3年生・末広だった。
「ケンカ野球」水面海洋の主将だけあって、その顔は分かり易い強面で、そして今はその強面が憤っていた。

「ポンポン不用意に真っ直ぐ投げよって、バカかお前ら!せいぜい130の真っ直ぐしか放れん癖に調子こくなボケ!」
「はい!申し訳ございません!」

投手の新田は不貞腐れたような顔をするが、下級生の川道は末広の言葉に背筋をピンと伸ばして返事をする。その顔には、つい先ほどまでのいやらしい笑みはない。真底深刻な表情があった。

「ええか、3点取られたけど、三龍のエースは球速いだけで球種もないしコントロールもない。3点なら十分返せるわ。慌てんなよ。落ち着いていくぞ。ええかっ!?」
「「「おお!」」」

末広の言葉に内野手がピリッとした返事をして、マウンド上の円陣が解ける。川道は神妙な顔つきのままポジションに戻ってマスクをかぶった。

(……球速いだけのピッチャーにどん詰まったのはどこの誰やねん。兄貴もバカやさけ、適当な事しか言わんわ〜)

マスクをかぶった瞬間に、口元には嫌らしい笑みが戻る。もちろん、先輩に笑っているのを感づかれないように、口元以外でしか笑わない。
川道は自軍応援席に目をやる。
ベンチ外の部員は、例年より少し減っていた。
川道の脳裏には、昨年の冬の事がよぎっていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



昨秋、海洋は水面地区の準決勝で帝王大水面にコールド負けした。何とか東豊緑大会には出場したが、そこでは初戦で瑠音地区の美久里高校によもやまさかの敗退。瑠音地区という田舎の公立校に負けてセンバツを逃した事に高地監督はガチ切れて、厳しい冬の練習が始まった。

「おい、1年!オノレら最近ヌルいんやなかか!?そういう雰囲気あるから負けるんだろがぁ!」
「はい!申し訳ございません!」

川道の一つ上の代は、センバツを逃すだけあって野球の実力は大した事はなかったが、しかしその分だけシバキに関しては積極的で、よくよく川道らはボコされていた。

「くそったれが!お前一体何やらかいてくれとんやアホ!もう堪忍ならへん………わ!?」
「あーあ」
「さすがにこいつぁヤバいやろ」
「おい、立てるか?おい」

先輩からの連帯責任なシバキの原因を作った奴は、同級生からも狩られる羽目になるのが恒例だったが、倒れている姿を見た瞬間怒りを忘れてこれ以上殴るのを躊躇ってしまうほど、こっぴどくやられるケースが増えていた。別に川道達が優しいという訳ではない。DQN根性が染み付いているはずの連中ですら躊躇ってしまうほど、先輩からのシバキが苛烈だったのである。

そしてそんな度の過ぎた事をしていれば、大人達にバレてしまうのは致し方の無い所だ。

出場停止。
春の訪れを待たずして部内暴力は摘発され、水面海洋野球部はその長い歴史の中で何度目かの大会出場停止処分を受けた。

(あーあ、やっぱこいつらアホやなぁ)

しばらく野球が出来なくなるという事に対しての反応は、川道としてはこんなものだった。
どうせ無くなるのは「先輩らの春大会」だ。
自分達の進学に多少マイナスはあるかもしれないが、それも問題が個人化されやすい最近であれば、むしろ被害者の自分達には同情の視線が送られてもおかしくはない。しかし、本気でショックだった事があった。

「え?何で山名さん、荷物をまとめていらっしゃるんですか?」
「……退学。俺もちょっとは殴ってもーたからな。まぁ、自業自得だわ。」

寮の相部屋の先輩が問題が明るみになってすぐ、荷物をまとめていた。この先輩は、一つ上の先輩の中では良心的な方で、後輩をパシリに使うにしても、後輩の都合によっては断る事を許してくれる人だった。洗い物も、あまりに川道が忙しそうだと、自分でやってくれるような人だった。

「えぇ?山名さんまで退学なんですか!?嘘ですよね!?それじゃあ先輩方は…」
「末広や新田、だいたいレギュラーの連中は残るで。まぁ、クビになんのは半分くらい、俺みたいにベンチにも入れんような雑魚がほとんどやな。」
「…………」

川道は絶句した。末広や新田はレギュラーでもあるが、それと同時に、先輩方の中でも有数のシバキ屋、暴君でもあった。

トカゲの尻尾切り。川道の頭にはそんな言葉が浮かんできた。問題を起こした先輩方の中でも、試合に使えそうな奴は守り、例え山名さんのような優しい人であろうとも、使えなさそうな奴には責任を押し付けて辞めさせる。

「ま、俺は地元に帰って鳶でも土方でもやるわ。体だけは頑丈やけな。川道、お前頑張れよ。甲子園行けよ。応援してるけ。」

山名さんはそう言って笑みを見せ、部屋を出て行った。後に残ったのは、ボロボロと涙を流す川道ただ1人だった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



(……俺ら下級生をイビるんはまだしも、こいつらは自分の同級生、仲間すらも身代わりにしてのうのうと野球しよるクズや。どうせ今も、この夏何としても勝たんかったら推薦がもらえへんとか何とか思うてんのやろ。)

川道は内心で毒を吐きながら、左打席に入った鷹合を見上げる。

(ま、ここはボチボチ切っておかなアカンな。さすがにこのままやと、俺のせいで打たれてもてる事がバレてまうわ。まぁ、打たれそうなリードで素直に打たれてまう新田さんの球がショボいんやけど。)

川道はこの試合初めて、真面目にリードを考えた。初球はアウトコースに逃げて行くカーブのサインを出す。

(新田さんはこのカーブあんま投げたがらんけど、案外緩急ついててええ球なんよなぁ。)

試合が再開しての、仕切り直しの一球。
マウンド上の新田は、注文通りのカーブを投じる。

ザッ

187cmの鷹合の巨体が、その緩い球に対して強く踏み込んでいく。長い腕をいっぱいに伸ばして逃げていくボールを捉え、背筋を大きくしならせるようにしてバットを振り上げた。

カーーーン!!

甲高い打球音が響く。
新田は目を見開いて打球の方向を目で追った。
この日の風はライトからレフト。
低めのボールゾーンをすくい上げた大飛球が風に乗り、大きくスライスしながらレフトポールを直撃した。

(……いやいやいやいや)


川道は捕手のポジションに両膝をついて、レフトポールの方向を見つめるだけ。
打った鷹合は大きな叫び声を上げてダイヤモンドを一周する。三龍の応援席はボルテージが最高潮、踊れや騒げの大狂乱である。

(7番があの低めを逆方向にカチこむってか。さすがにこれは想定の範囲外やで)

4番林のタイムリー、6番宮園のタイムリー、そしてトドメはこの7番鷹合のホームラン。
水面地区私学御三家の一角、水面海洋相手に、三龍打線は初回でいきなり5点のリードを奪ってみせた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


<水面海洋高校、選手の交代をお知らせ致します。8番ピッチャー新田君に代わりまして、城ヶ島君。8番、ピッチャー城ヶ島君。>

結局、海洋の3年生エース・新田は初回すら保たずにKO。ベンチに帰ってきた新田に対して、闘将・高地監督の物凄い怒号が響き渡る。およそ公式戦とは思えないほどの怒られっぷりに、内野席の観客も騒然となる。

代わりにマウンドに上がったのは、投手としては中肉中背の右投手。背番号11の2年生、城ヶ島直亮だった。コンパクトで小綺麗な投球フォームをしていて、この緊急登板にも実に落ち着いた表情をしていた。

「いてっ」
「このアホが。適当にリードし過ぎやけ。」

投球練習を終えてから、サインの打ち合わせにマウンドにやってきた川道の頭を、城ヶ島はグラブではたいた。どうやら城ヶ島は、川道が内心で何を考えていたのかお見通しらしい。

「新田がタコられよったんは痛快やけど、あんまり早よ負けると夏休みの練習エグいけん。まだ負けるには早過ぎるわい。」
「あ、確かに。むしろアレやな、これまでホンマ糞やった分、この夏くらいは俺らに貢献してもらわなアカンな。」
「ほうよ。ま、新田がジジイにくそキレられよったんはマジ嬉しすぎたけどな。」
「へへへ。じゃ、こっからはガチるで。」

城ヶ島も川道も、グラブで口元を隠しながらヒソヒソと先輩への毒を吐きまくる。
どうやらこの2人、かなり意気投合しているようだ。

川道が捕手のポジションに戻ると、城ヶ島は1人マウンドにしゃがみ込み、屈伸しながらスコアボードを見やる。
0-5の得点表示。しかし、城ヶ島にはそれが0-0に見えている。

「…俺の夏、開幕やの」

城ヶ島は小さな声でつぶやいた。



 
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