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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十八話 不気味

 
前書き
浅見奈緒 コーチ 右投右打
出身 延壽大学文学部
男っぽい話し方の女性。きりっとした
端正な顔立ちで、毅然とした指導者。
むしろ乙黒よりも監督には相応しいが、
女という事もあって色々難しいらしい。 

 
第十八話



「おー、やっぱ鷹合記事になっとーやんけ」
「そりゃまぁ、三振11個やけなぁ。お、143出よったんか。速ぇなぁ〜」

クラブハウス内で、スマホの画面を見ながら3年生が声を上げる。

夏の大会、初戦は6回コールド勝ち。公立の弱小校相手に、三龍は持ち味を存分に発揮した。
特に鷹合は6回を投げて三振11個、球速はMAXにあと1キロと迫る143キロを記録して完封、視察に訪れたプロや大学のスカウトの前でそのポテンシャルの片鱗を見せつけた。

「次の相手はやっぱり海洋やな」
「まぁ、順当やろ。フツーに強いけんな」

3回戦の相手は、水面海洋。
ノーシードながら、一回戦、二回戦をコールドで勝ち上がってきている。
水面地区の「御三家」の一角である。



ーーーーーーーーーーーーー




「来いや来いやオラァー!」
「何しよんじゃダボ!ケツの穴引き締めてかからんかボケ!」
「うっさいぞテメェ!二桁は黙っとけや!」

目に鮮やかなマリンブルー基調の海洋のユニフォーム。帝王大の選手が白基調のユニフォームで、筋肉でパンパンに隆起しているのとは対照的。その青のユニフォームはキュッと引き締まったシルエットが目立つ。動きが機敏で、どこか野性的。
そして…

「気持ち入っとらんやんけおんどりゃー!オノレのせいで負けたら承知せんぞ!」
「じゃかぁしいわクソッタレ!黙ってノック打たんかいジジイ!」

試合前ノックにも関わらず、相当に口汚い罵声が飛び交う。監督も容赦無く選手に檄を飛ばし、選手は全く遠慮せずに応戦する。闘争心が傍目にもビリビリと伝わってくる。
これが地区トップの春11回、夏16回の甲子園出場を誇る強豪・水面海洋の「ケンカ野球」。
率いる監督は高地行信。
8年前には全国制覇を達成した、鋭い眼光、ゲッソリと痩せた体、甲高い声の老将である。

「…高地さん、元気だなぁ相変わらず」

海洋のノックを見ている三龍のベンチで、乙黒がつぶやいた。

(…元気?)

試合前の投球練習を終え、ベンチに戻って水分を補給していた宮園は、その乙黒のつぶやきに眉をひそめる。

(そんな甘いもんじゃない。こりゃ気迫だ。どんな事しても勝ちたいっていう…)

思わず、宮園の顔が強張った。



ーーーーーーーーーーーーー



「…じゃ、僕が曲名のカード出すんで、その曲を演奏して下さい」
「はい。じゃあ、このヒットファンファーレっていうのは…」
「あ、それは俺がヒットーッて言うけん、それ聞いたらすかさずやってや」
「はーい」

翼と牧野が、吹奏楽部の部長相手に試合前の打ち合わせを行っていた。夏の大会、早くも来た、強豪相手との大一番。初戦では来なかった吹奏楽部も今日は応援に駆けつけている。

「林ィー!頑張れよー!」
「柴田くーん!頑張ってー!」

野球部でない生徒もこの日は休日とあって、三年生を中心に大勢球場に駆けつけていた。
野球部だけだった初戦とは違い、応援席は相当の賑わいを見せている。

「…今日は盛り上がりそうですね」

人で埋まって行く応援席を見て、団長の翼がつぶやいた。

「…それも、グランドのあいつら次第やけどな」

牧野が目下シートノック中の自軍ナインを睨む。しょぼくれていた初戦とは違い、その顔はすっかり覇気を取り戻していた。

「応援で少しでも力になれるように」
「そうやな。ガンガン行くばい。」

2人は表情をさらに引き締めた。




ーーーーーーーーーーーーーー




「「「ヤーヤーヤー ヤーヤヤーヤー
レッツゴーヒトシ!!
ヤーヤーヤー ヤーヤヤーヤー
レッツゴーヒトシ!」」」

海洋応援席から「YAH YAH YAH」の大応援が鳴り響く。海洋側も、この日は吹奏楽部や他の部活を動員しての大応援である。

カーン!
「くそっ!」

バッターは打ち損じ、バットを叩きつけて悔しがる。勢いに押された打球が天高く上がり、外野手が落下点に入り手を上げる。白球はそのグラブの中に収まった。

「いいぞー!いいぞー!ヒーロミツ!」
「「「いいぞいいぞヒロミツ!いいぞいいぞヒロミツ!」」」

三龍側の応援席からは、フライを捕球した外野手に対しての声援が送られた。

鷹合の立ち上がりは、海洋の上位打線を三者凡退。得意の速球が良く決まり、海洋打線のバットを完全に押し込んでいた。
どうやらこの夏の鷹合は、本当に調子が良いようである。

「よっしゃあ!こいつらに勝たな意味あらへんさけな!」

ベンチに全力疾走で戻った鷹合は、その鼻息も荒い。昨秋は同じ御三家の一角、帝王大に大敗。今度こそは、の雪辱に燃えている。

(この球威がどこまで続くかは分かんねぇけど、案外何とかなるもんだな。帝王大の高垣や花岡クラスのパワーは無さそうだ。)

勝てるなどという安易な期待は抱いていなかった宮園も、今日の鷹合の真っ直ぐの走りには舌を巻いていた。何とか、勝負にはなりそうだ。
それくらいの手応えは感じた。



ーーーーーーーーーーーーー



「よーし、柴田さんだぞ!ウチの斬り込み隊長だ!」
「「「オオーーッ!!」」」
「勢い乗っていくぞー!」

立ち上がる事もままならない翼が、応援席に腰掛けながら叫び、吹奏楽部に向けて「夏祭り」というプレートを掲げる。ポクポクポク…というまるで木魚のようなリズムの後に、ゆっくりとしたイントロが奏でられ、それに合わせてスタンド組の野球部がタオルを横に伸ばして左右に揺らす。

「「「き〜〜みぃ〜〜が、居たな〜〜つ〜〜は」」」

しかし、そうしてる内にグランドからは甲高い打球音が響き、白球は内野の頭を越していく。

「ヒットーッ!」

牧野が取り決め通りに叫ぶが、吹奏楽部はイマイチ状況を飲み込めない。あれ?このイントロ止めちゃっていいの?と言わんばかりの、微妙な間ができる。

「ヒット!ファンファーレちょうだい!」

牧野が二回目を言うと、ようやく吹奏楽部がヒットマーチの演奏に切り替えた。

パーパーパッパララパッパラー♪
「「「へいへいっ!」」」

いきなり出た初安打に、ようやく応援席も歓喜を表す。応援も中々、当たり前に行われているようでいて、慣れていないと円滑に出来なかったりするものだ。

「…えーと、次は横島さんだから…」

吹奏楽部だけではなく、応援をリードする側の翼にもそれは言えていた。次が誰で、どの曲だと言うのは、野球部だけの応援ならばわざわざ言わなくてもみんな分かっているが、吹奏楽部と連携せねばならないこの日はそうもいかない。いちいち、曲名を書いたボードを掲げてやらなくてはならない。慌てて2番打者の曲のボードを探し当てた翼は、それを吹奏楽部に見せる。

パパパパパッパラッパラッパーパッ♪
「「「タクト!」」」

「エルクンバンチェロ」の軽快なリズムが流れ始めると同時に、またグランドからは打球音が響いてきた。

「えっ!もう打ったの!?」

一息ついていた翼は、また数あるボードの中から3番打者の曲のボードを慌てて探す羽目になった。



ーーーーーーーーーーーーー



<3番セカンド渡辺君>

ワンアウト2塁。
初回から作った絶好のチャンスで、打席には2年生ながら三龍の3番を任される渡辺が入る。
体は大きくないがそのスイングはシャープで、打撃の信頼感はチーム随一のモノがある。

(柴田さんは初球打ったし、横島さんもファーストストライクを普通にバント決めよったけんな。正直、そんな凄い球投げよるようには見えんな。)

海洋の先発マウンドは、戦前の予想通り左投げの3年生エース。1回戦は先発するも3回でお役御免、2回戦はまるで調整かのように最終回だけの登板。満を持してシード校である三龍相手に送り込まれたようである。だが、渡辺の目にはそれほど脅威には映らなかった。

「さーすがシード校、強いなぁ〜」

不意に渡辺の耳に城都弁が聞こえてきた。
後ろを見ると、ニヤリと笑っている、ひょろ長い身体のキャッチャー。打席の渡辺に話しかけられるのは、こいつしか居ない。

(…川道か。確かこいつ、俺とタメやったな)

渡辺はその言葉を無視してスコアボードに目を移し、キャッチャーの名前を確認した。2年生ながら海洋の正捕手を担うのは川道悠介。
城都・小金地区のシニア出身の選手だ。

「まぁ三龍さんからしたら、ウチのピッチャーなんて大した事あらへんのやろな〜。恐ろしや恐ろしや〜」
「…………」

渡辺はもう振り向きもしない。
黙って投手に集中する。
戯言に耳を傾けている場合ではない。
そうやって集中を削ぐ事こそが「ささやき戦術」の本質である。

カンッ!
カキッ!

初球を見送り、2球目は高く浮いてボール。3球目、4球目をファウルにして粘るが、渡辺はカウント1-2と追い込まれる。

「ついてくるねぇ。しぶといわ〜早よ三振してや〜」

川道が背後から冷やかしてくるが、そんな事は意に介さない。マウンド上のピッチャーが投げるボールそのものが、予想通り大したボールではなかった。何を言われようと構わない。野球の結果で語るのみ。

カーン!

打球は痛烈なピッチャー返しとなり、ピッチャーが差し出したグラブをすり抜けてセンター前へ。

外野がバックホームに備えた前進守備をとっていた為、2塁ランナーは3塁止まりとなったが、初回いきなりヒット2本で一死一、三塁。
絶好の先制のチャンスが出来上がる。

(…海洋言うたって、同じ高校生や。打てん球やなかし、鷹合のこの調子なら十分抑えられる。勝てるぞ。)

一塁ベース上で手袋を外しながら、渡辺は内心つぶやく。

(頼んますよ、林さん)



ーーーーーーーーーーーーーー



「え?やばくない?」
「海洋ってあの海洋っちゃろ?」
「案外ウチの野球部、強いんやなか?」

三龍応援席では、応援に来た制服姿の生徒からこんな声が聞こえてくる。それもそのはず、相手は地区内最多の甲子園出場回数を誇る強豪。
三龍のようなベスト16辺りでくたばるような中堅校とは役者が違うはずなのだ。当の野球部も、この状況には少々戸惑っている。

「えーと、まだ初回ですけど、チャンテいきます?」
「何でもええけ、早よ次の曲出せや!」
「いや、何でも良くなくないですか?」
「じゃあチャンテ!チャンテ行こ!次いつチャンス来るか分からんけん!」

翼と牧野とがこんな間抜けなやり取りをした後に、「じょいふる」のボードが高く掲げられる。
吹部が手元の楽譜をパラパラとめくり、大急ぎで演奏を開始する。

パパパパパパパラパパー♪
「あ、これじょいふるやなか?」
「ウケる〜」
「さぁ冒険してみな〜い♪」

野球部応援団はもちろん、一般生徒も馴染みの曲に反応し、リズムにノり始める。
勢いが応援席全体に波及していく。

「「「おいっ!おいっ!おいっ!おいっ!」」」

サビの部分で野球部が腿上げ踊りを始めると、真似をする生徒も出てくる。
応援席が揺れる。三龍という学校の名の下に集まった少年少女達が、この場を通じて、例え刹那的にでも、一つになっていった。



ーーーーーーーーーーーーーー



打席に入ったのは4番で主将、3年生の林。
組み合わせ抽選で海洋のクジを引いてきてからというもの、同級生にチクチクと嫌味を言われてきた。

(ここで先制しないとマズい…チャンスは初球から、初球から、初球から……)

主将を任されるだけあって、林は生真面目な人だった。そして、秋は帝王大、夏は海洋を引いてくるだけあって、「持ってない」人だった。
そういう人間にとっては、往々にしてチャンスがむしろピンチに感じられる。

パーン!
「ストライク!」
(うわぁああああああ初球は絶対振らなきゃ、振らなきゃ当たらんっちゃのに俺は一体何をして駄目やこれだから駄目なんやうわぁあああ)

林がガチガチに力みすぎて、絶好球の初球のストレートに全く手が出なかった。思い切るべき時に思い切れず、一気にテンパる。

ブン!
「ストライク!」

そして2球目のボール球に手を出してしまう。
失敗の見本のような形で、簡単に追い込まれてしまった。

(…何テンパってんだよ。ランナー無しではよく打つのになー。ホント人としての器が4番じゃないわ。)

ベンチで打席の準備をしながら、宮園が心の内で毒づいた。この少年は先輩相手でも批評の目が容赦ない。

「ボール!」
「ボール!」

しかしここで、海洋バッテリーはアウトコースのはっきり分かるボール球を2球続けた。
それを見ていた宮園は、捕手というポジション柄か、配球に疑問を持った。

(あれ?あれだけテンパってる林さん相手に2球も外すんだ?すぐ決めちゃえば絶対三振すんのに)

心なしか、打席の林の表情に落ち着きが戻ってきていた。林も海洋バッテリーを助けるような追い込まれ方をしていたが、海洋バッテリーも、まるで林を助けるかのような配球をしていないだろうか?

(スクイズ警戒?まさか。スクイズを嫌がるなら、トントンと簡単に追い込んでくるはずがない。初回のピンチでスクイズの一点を嫌がる事もないだろうし。)

宮園が首を傾げているその時、林のバットから快音が鳴り響く。やっと4番本来のスイングが復活し、球足の速いゴロが一、三塁の状況で広く空いた一、二塁間を破っていった。

三塁ランナーが勢い良くホームベースを駆け抜け、プレッシャーから解放された林が一塁ベース上で大きくガッツポーズする。ベンチは主将のタイムリーによる幸先の良いスタートに大喜びし、監督の乙黒は誰よりもはしゃいでいた。
三龍応援席もお祭り騒ぎで、肩を組んで校歌を歌う。

「……あーっくそッ!」

マウンド上の海洋のエースは、いきなり先制点を献上した事に悔しさを露わにする。初回からいきなりヒット3本を浴び、三龍打線の餌食になっていた。

(……昨日オレに3発も食らわせた罰ですよ〜、我らがエースの新田さん?)

マウンド上の投手とは対照的に、この展開に全く動じていない、いや、むしろニヤニヤといやらしい笑みを口元に浮かべているのは捕手の川道だった。

(……しっかしこないにも思い通りに打たれてくれるとは思うてなかったな〜)

川道はフフン、と鼻を鳴らして笑った。
その嘲笑は、およそ同じチームの、それも先輩に向けるべきものではなかった。

 
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