Monster Hunter ―残影の竜騎士―
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モノローグ - monologue -
前書き
普段もそうなんですが、モノローグでは特に句読点の位置から漢字変換するしないまで、結構気にして文にしています。
地の文の「―――」始まりの文だけで読んで繋がってたりもします。(ここポイント)
ちょっと、そういう雰囲気とか小細工とかも読み取ってもらえるとうれしいです。
※注 古語などの訳はあとがきにありますので、ちらちら見ながら読んでいただければと思います(読みにくくてすみません…
でも雰囲気で読めるかと・・・
今回突っ込みどころ多すぎてやばいかも。
――――――…
――――…
――…
…
誰も、今ここにいる研究員しか知らない筈の秘密の研究所。私の長年の隠れ家。
その入り口に、見知らぬ男が立っている。
背は高い。外見からすると年齢は三十代後半、だが既に知命と云われても頷ける老練な佇まいだった。老人のような真白い髪に相反するような瑞々しく筋骨たくましい肢体が、彼をアンバランスに見せているのだろう。整っているのに死んだかのような無表情もそれに不気味さを合わせ持たせているに違いない。鋭利な刃物を連想させる、凄絶な美しさであった。
「その通りだ、若き奇才よ」
男は再び繰り返した。
朧朧とした場でも分かる、人間味に欠ける蝋細工の肌。眸は紅く、闇の中にも爛々とかがやくさまはまるで怒りに満ちた迅竜の瞳のようだ。いや、それよりも紅い。
私は知らず、喉を鳴らして一歩踏み出した。
「君は…誰だね。……どうやってここへ?」
「ヒトの仔よ、そなたの知るところに我が名は無し。それも道理」
謡うような響き。耳の奥が震える。
残響は虫の羽音のように激しく私の脳を揺さぶった。
「嘆かしや。
我はそなたらの祖であり、終であり、
あるいは彼の顕現であり、此の番である、光なる者。
それを以て我を知らぬと申すか。それは背理というもの」
古風にも程がある喋り方は、しかし随分話し慣れて風格が漂っており、この男が常日頃からこのような話法を用いていることが容易に想像できた。
理系の極みが集うこの研究所でさらさらと言われた一言一句をすべて瞬時に理解できたのは、おそらく一握りもいまい。
「かなし仔よ、そなたの魂に刻み込まれし母なる記憶の内。我が記憶はいずこにやあらむ?」
「私の…魂、だと?」
「さよう……覚えよ」
黒いフードつきのコートを落とした男は、肩で揃えられた髪を揺らしながらホールに降りてくる。電光虫灯の光にあたった白髪が、銀よりもまばゆく照りかがやく。
「いにしえの反逆者の血の流るる仔。禍き縁に囚われし仔よ。
我は天つ龍なり」
……りゅう?
何を真顔で言っているのか、この男は死んだような無表情のまま欠片も笑えない冗談を飛ばした。
研究室いっぱいに並んである私の作品たちの姿を見ても、何の反応もない。普通の人間ならば、恐れるか、怒るか、殊勝な偽善者どもは研究のため失われた命を想って涙を流すだろうに。徹底的な無表情は、男が喋らなければセメントで固まっているのではないかと訝しがるくらいには、動きがなかった。
「何言ってんだ、こいつは」
「それよりどうやってここを探り当てた」
「研究を見られたぞ、殺すべきか」
研究員が水を打ったような静寂から一変、椅子を蹴って立ち上がり、場は百家争鳴の騒がしさとなる。
「…ドクター。この男、どうしますか」
「どうにかするしかないだろう。まったく…このタイミングで来るとは、面倒な」
かく言う私も、このでたらめな男をどう処理するかを迷っていた。
殺しは、極力行わない方がよい。男の家族や友人が捜査願いを出したら警備兵に足を付かれる可能性が高いからだ。
良くも悪くも目を引く容姿の男、ここへ降りる前に誰かに見られたのはほぼ間違い無いだろう。何せ、ここは街にほど近い場所である。見つからない自信が無いわけではないが、危険は回避するに越したことはあるまい。
(……しかし、この男の口を塞ぐ方法など、この場に存在するのだろうか。)
彼は、目の前で自身の命をどうとか言われているにもかかわらず、微動だにせずその場で佇んでいた。そこに恐れや懐疑はない。あるのは、嘲りの光のみ。
あざけり! 奴は命がかかっているというのに、まるで道端に転がっているゴミを見るかのように私達を見下ろしているというのだ!
「反逆者の末裔よ。そなたは民を救いたいのでは無いか? この国のみと言わず、世界中の弱きものたちを、その手で守りたいのではないのか?」
「……何が言いたい?」
「我が願いとそなたの願いの到達する点は、同じにある。我が力を貸そう。そなたはただ、自分の思うままに研究を続ければよい」
そういって男がこちらに投げてよこしたのは、赤い液体が入った細い瓶だった。
蓋を開けるとわずかに香る、この液体は、血だ。まだ明るい色だから、採血してから時間は開いていない。
職業柄すぐ成分を検査するよう指示すると、再び私は男に向き直った。
この不可思議を具現化したような男の正体が、計り知れなかった。たとえるなら、この男は不気味さと美しさを併せ持つ火山の月であった。どちらにもどうしようもなく魅かれ、手を伸ばし、ついには足を踏み外して火口へと身を沈めるのだろう。
そんな恐怖すらも今の私には私自身を魅了する1つの要素に過ぎなかった。
「あなたの願い、とは?」
知らず丁寧な口調になりながら、私は尋ねた。男の口角が言葉を発す以外で初めて歪み、緩やかに、妖しく、弧を描く。
私は、さながら蜘蛛に捕らえられた蝶……いや、そんなうつくしいものではない。夏の灯火に自ら身を躍らせる蛾のような存在なのだろう。そう、私は炎つかさどりし竜に惹かれてこの身を焼き尽くさんとする、愚かな卑しき蛾であるのだ。
それでもかまわない。その火の中に、私の求めんとするモノがあるならば。
「我は天つ龍。世の竜たちも皆、我が眷属に或る。
竜は人を狩り、人は竜を狩り、そして互いに互いの憎しみを募らせる。
我が願いは、竜の世の平穏、安寧。人が竜を襲うのは、弱き者の怯えからくる自己防衛であろう?
人が竜の牙に勝る盾を手に入れたならば、竜の影に慄くこともなく平和な世を築けよう。竜も、その領域を侵されぬ限り人に牙を剥けることもあるまい。
我は、これ以上愛しき眷属が人の手に堕とさるるのを見ていられぬ。
ただ、それだけであるのだ」
「……あなたは、本当に天つ龍…天の龍だとおっしゃるのか。……申し訳ないが、私は根っからのサイエンティストでね、証明されていないものを信じる気には、なれないのですよ」
「―――さよう、それも道理。
ならば視せよう、我が姿を………ひかりを」
言葉を言い終わるか否か。
彼の身の内側から光が弾けた。その肩につく白髪が光の奔流に踊り、私は渦巻く白に身を呑まれる。
―――何かが、入ってくる……!
―――私の中を探っているのか……?
「あああああ!!」
知らず叫び声をあげ、頭に侵食してくるモノに抗おうとした……無駄だと分かっていても。
奔流はやがて静寂へと姿を変え、ただ視界を満たす白い闇は細長く寄り集まってひとつの形を成す。すっと開いたふたつの紅い灯が、私の目を射抜いた。
それは、遥かなるいにしえより時を隔てて、顕れた。聖なるひかりをたずさえた、ただひとつの。
“原始の龍”―――!!
「あアァ……ァ、アアア……!!」
それは歓びか、嘆きか。慟哭か、狂喜か。
顔が歪む。涙は頬に伝い、伸ばした手は、虚空を掴んだ。
「天龍様……!」
やっとお会いできた、私達の祖。親であり、神であり、ひかりであり、破壊の本能。
私はこの方にお逢いするために、生を受けたのだ……!
―――蛾を捕らえた灯火の口許の弧は、角度を変えることはなかった。
…
――…
――――…
――――――…
―――偽りの光は生贄を得た。
主が愛し、主を殺めた、哀れなる主に生き写しの複製共。
恐れるがいい。
慄くがいい。
せいぜい身を震わせて、我の下す<天譴>を受け入れよ。
我がかつて愛した世に<ひかり>は亡く、地を這い空飛び謳歌するは醜き眷属。
哭くがいい。
啼き叫ぶがいい。
恐るるな。
痛みはいづれ、法悦へ変わるだろう。法悦はいづれ、無へと回帰するだろう。
我、<あわい>超え天津光をもちて、
汝を英霊の葬列に加えん―――
――――――…
――――…
――…
…
...ガタン、ガタン......ガタタン...ガタン......
不規則に揺れる室内。暗い部屋の中で、人影が動いた。
ひゅっと息を吸い込んだ呼吸音も、暗澹の沈黙に呑みこまれる。
震える瞳が、開いた。
覗く紅は索漠に彩られ、しばらくのあいだ、虚空を見つめる。
むくりと起き上った人影は、肩からすり落ちた白いブランケットを意味もなく視界に映して、ぽつりと、言の葉を落とした。
―――それはまるで、早朝の湖面に落ちた、一滴の朝露のように。
「……目醒めた」
自答か、否か。
眠りから覚めたばかりであるのか、少し掠れた声は、影にまとわりつく重い大気を振動させた。
しゅる......
ブランケットが襞を形作って地に落ちる。音もなく立ち上がった影は、狭い室内を数歩も歩くことなく突き当たった壁に手を当てた。わずかな凹凸があるこの壁は、戸だ。
ぴたりと絞められた木製の引き戸に、こぶし1つ分の隙間を開ける。
冷たい風と夕暮れの光が、闇に沈んだ部屋を浚った。
群雲の透ける空を見上げた。世界が夕闇に沈んでいく、黄昏時。
「―――……『それは、無限に小さく、無限に大きいもの…』」
ひっそりと、秘め事を話すように小さな声。
枕元に置いてあった象嵌細工の箱の蓋を開ける。溢れた金色は、全て豪奢な装飾品だった。
首飾りを何重にも巻いて、渦を描いたような環状のピアスは慣れたように穴に通す。
赤い石の嵌ったイヤリング、翠の石の重い指輪、青い石の鈴生りに音を立てるブレスレット。
宝石のように美しい金色の飾りたち。
それがすべて、鍍金と硝子で作られた、贋物だとしても。
一夜の夢を見るには、十分事足りる。仮初めの宝玉たち。
「……儚いものは…嫌い、では、無いの」
あと数分の後に消え入るであろう、紗がかかったようなやわらかい西日に透かした玩具の指輪は、光を通してきらりと瞬いた。
「『…巨大な可能性をはらみ、まったく無力なるもの』……―――」
真紅の口紅を塗った唇は妖艶な弧を描く。
「だから、この世の塵芥のひとつとなってみるのも、悪くない……なんて」
急速に藍に支配されていく空を見つめながら、女は独白する。その手に握られた小さいながらもきらびやかな指輪すら、黒に沈んだ。
夜より更に昏い闇色の、あでやかに波打つウェーヴの豊かな髪は慣れた手つきでまとめられ、金の花の咲く簪で縫い留められる。
形の良い爪は赤く塗りつぶされて、銀色の月光に妖しくかがやいた。
「倨傲だって、云うのかな。でも……」
部屋の揺れが止まっていた。いつの間にか、沈黙の部屋の中にまで浸透するざわめきが、女の飾りたてた耳にも届いていた。
白いアイラインを引かれた目は物憂げに伏せられる。
「徒花は、咲いてしまった」
―――静かに、ただ、冷たく、密やかに。されど小さな水音は、これより大海抜けんとする小舟の、はじまりの澪標。
引き戸を閉め、鏡台の横の蝋燭を灯す。安物の鏡に映ったのは、温かい火に照らされた褐色の肌。
無表情に自分の顔を見つめる女の身は肌に映える金の飾りに縁どられ、その云うべからざる美は、王国一の絵師の絵具すらもはるかに及ばぬものであった。
「そのまま凋落して、憂き世のあわいに銷されるか―――」
艶然な微笑み。
灯を映した眸は暗赤色にきらめく。
「それとも……墨守され続けてきた、終わること無き永久の螺旋を断ち切る楔と成るか―――」
蝋燭の火が握りつぶされた。
眉ひとつ動かさず微笑を浮かべたまま、火を呑みこんだ繊手を緩やかに開く。
「<頂>の到達、」
傷一つないやわらな玉の肌は、数分前と同様、美しいままであった。
「<鋼>の誕生、そして……」
ふわりと立ち上がる。
「……<真実>の開眼。……ふふ」
喧騒に続く扉を開ける直前。女は、この大陸、否、今はもう世界のどこに行ったとしても使われることはない言葉をつぶやいた。
「―――The die is cast.」
それは、嘗て世界中で使われていた言葉。 今はもう使われなくなった、いにしえの言葉。
太古の生き残りたちが伝えた、未来へ託したロスト・ランゲージ。
現代において、“古代言語”と称される―――。
「Hey... You ought, Blame, you know you ought. The ‘children’ are finally awake...」
――― 一滴の朝露が起こした波紋は拡がり、やがて荒れ狂う海原の大波へと姿を変える。
【子供たち】が、目醒めた―――…
…
――…
――――…
――――――…
―――悲しきかな、悲しきかな。
主を愛し、主と共に世界を愛した我が愛しき兄よ。
悲しきかな、我が心。
悲しきかな、主が想い。
【子供たち】よ、原始なる魂持ちし仔らよ。
怒り、悲しみ、それでも仔らを愛した「父」が子を、
どうか、どうか、
救っておくれ―――
後書き
「嘆かし」=「悲しい」「つらい」
「かなし」=「愛しい」
「いずこにやあらむ」=「どこであろうか」
「覚えよ」=「思い出しなさい」
変って思う箇所ありましたら、ぜひ……
「これくらい読めるからルビうざいわッ」って思ったら教えてください。消しますw
英語のセリフの和訳
「The die is cast」
賽は投げられた。こっちは有名だからご存知の方も多いのではないでしょうか。
「Hey... You ought, Blame, you know you ought. The ‘children’ are finally awake...」
ねえ…。そうでしょう、Blame、分かってるわよね。“子供たち”がついに目覚めたわ…
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