Element Magic Trinity
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平和な時を
魔導士ギルド、妖精の尻尾。
全体の9割が問題児―――残りの1割はルーシィとかウェンディとかだ―――という問題ギルドは、今日も平和だった。
「ア?やんのかグレイ!」
「臨むところだクソ炎!」
ギルドの中央でナツとグレイが激しくモメているが、平和だった。
その状況はまぁ日常茶飯事で、誰も違和感を覚えない。
が―――ギルドにいた全員が、別の意味で違和感を覚えていた。
「・・・」
原因はこの女、ティアである。
別に彼女が珍しくニコニコしているとか、全く正論を言わないとか、そういう訳ではない。
ただ、いつもと変わらず空を見つめてボーっとしているだけだ。
・・・なのだが、おかしい。
「ねぇルー」
「なぁに?ルーシィ」
「今日のティア、様子がおかしくない?」
「んー・・・確かに変かも」
ひそひそと小声で会話するルーシィとルーの視線の先にティアはいる。
頬杖をついて時折眠たそうに欠伸をし、先ほどミラに入れてもらったアップルティーは既に飲み干していて、本が1冊テーブルの上にあるがまだ1ページも読んでいない。
髪型も帽子も服装も何も変わっていないが、明らかにおかしい点がある。
「・・・ま、あのティアがナツとグレイのケンカ止めねェってのは妙だな」
「アルカ」
ルーシィとルーがいるテーブルの空いている椅子にアルカが腰掛ける。
そう―――アルカのいう通り、違和感の正体はそれだ。
「いつもなら鋭い蹴り決めんのになァ、ナツに」
「それどころか、うるさいとも言わないよう」
普段のティアであれば、「うるさいのよこのバカナツがーっ!」とか言いながら飛び蹴りを放つはずだ。蹴りを入れないとしても、その眉はピクピクと動き、怒りを抑えるように表情を歪めている。
だが、今はどうだろう。
怒りを抑えるどころか怒る事もせず、ただボーっと空を見つめている。
『ナツが誰かと喧嘩してティアが蹴りを決める』というのはギルドの中ではいわゆる『お約束』と化しており、それがないと違和感がギルドに漂うのだ。
「お腹空いたのかなー」
「いあ、ティアは基本少食だからな。それにさっきミラが気ィ利かせてサンドイッチ出してた。んでもって完食してたし、空腹ってのはねぇだろうな」
「てか、それ以前にティアの怒りって空腹で抑えられるようなものじゃないと思うんだけど・・・」
ぽつりとルーが呟いた言葉にアルカが答え、ルーシィがツッコみを入れる。
「ふふ、もしかしたらもっと深刻なものかもね」
「ミラ!」
アルカの声が弾んだ。
銀色のお盆を片手にミラは微笑む。
「深刻なものって?」
「ティア病気なの!?」
「うーん・・・ちょっと違うかな?これは多分だけど・・・」
ルーシィが問い、慌てたようにルーが叫ぶ。
それに対し、ミラは首を傾げた。
笑みはそのままに、ミラは言う。
「ティア、恋してるんじゃない?」
空気が凍りついた。
全員が目を見開き―――喧嘩中のナツとグレイもだ―――静止する。
その空気を察知してか否か、ミラは続けた。
「だってティア、さっきから溜息ついてるし・・・声を掛けてもボーっとしてるし・・・」
まさか。
ギルドにいた全員の脳裏に、その3文字が浮かんだ。
酒を飲んでたマカロフやケーキを食べていたエルザ、シャルルに魚を差し出していたハッピー、それを拒否していたシャルル、それを見ていたウェンディ、アラン、ココロ・・・老若男女、全員の脳裏に、だ。
まさか、の次にくる言葉も、偶然の一致。
(まさか、あのティアが恋だって・・・!?)
ギルドの古株であるティア。
が、それより前に加入していたメンバーも、それ以降に加入したメンバーも、同期も皆聞いた事がない。
『ティアが誰かに告白された』ならしょっちゅう聞いているが『ティアが誰かに恋をした』なんてギルドの今年1番の大事件になりかねない。
「そ・・・そんな・・・まさか・・・」
驚愕で固まるギルド。
そんな中、1人プルプルと震えている奴がいた。
「姉さんがっ・・・恋だなんてええええええええええええええっ!」
クロスである。
青い髪をぐしゃぐしゃっと乱し、磨いていた剣はぐさりとテーブルに突き刺さり、その顔色は髪や瞳と同じように青く、有り得ない物を見るようにその瞳を揺らしている。
「そりゃ姉さんが恋をするのは自由だ・・・自由だがっ!それで姉さんがあの美しい鋭さを失ってしまうのなら俺は恋する相手を八つ裂きにしてやりたいっ!俺の完全無敵超完璧冷静冷淡冷酷鋭利姉さんから鋭さを奪うなど、神が許しても俺が許さん!姉さんの弟であるこの俺がああああっ!」
「もうクロス君見てられないよ!最近変な方向に走ってる!」
「主ーっ!落ち着いてください!」
「おいライアー!お前も止めろ・・・」
「・・・」
「ウソだろオイ!ライアー気絶しちまってる!」
「放せお前達っ!このままでは姉さんが魔手に掛かる!そしてあの惚れ惚れするような鋭さを失ってしまう!そんなの認めんぞおおおおっ!」
「クロス君落ち着いてーっ!落ち着かないなら、力を貸して!召喚!アイゼン・・・」
「サルディアやめろーっ!」
今にも暴走しそうな(もう暴走してるけど)クロスをサルディアとヒルダが慌てて抑える。
スバルはライアーに目を向けるが、ライアーは椅子に座ったまま気を失っていた。
どう抑えても止まらないクロスを見たサルディアが魔法陣を展開させ、ライアーの肩を揺らしていたスバルが慌てて止める。
「アイツ大丈夫なのか?」
「でもティアが恋なんて僕も嫌だよう・・・一匹狼ティアがいなくなっちゃうぅ・・・」
「ヴィーテルシア、お前は?」
「・・・」
「オイそこ、明後日の方見て現実逃避すんな」
しゅん、とルーが項垂れる。
アルカがヴィーテルシアに声を掛けると、ヴィーテルシアは明後日の方を見て遠い目をしていた。
「でも、ティアが恋したってだけでここまでになる?」
「なるんだよ、ティアだから」
「え?」
ルーシィの呟きを耳で拾っていたアルカが答える。
「アイツは絶対に人に心を許さない。で、誰にも開けられねぇ。何重にも鍵かけて、絶対誰にも解けねぇパスワード付けてるみてェにな。だからオレもルーも近づけねぇし、近づかない。近づいてほしくねぇってのが解るからだ」
珍しく真剣な表情で語るアルカの言葉を、ルーシィは黙って聞いていた。
この3人には、何かがある。
ルーシィ達と繋がる絆とは何かが違う、もっと強くて決して潰す事が出来ない何かが、3人を繋げている。
「これはオレだけかもしれねぇが、好きな相手には出来る限り自分の全てを知ってもらいてぇモンだ。オレだってミラにゃ知っててほしいし、ミラの事をもっと知りたいとも思ってる。つまりよ・・・ティアが誰か好きになったとしたら、その相手は知ってるって事だ」
「知ってるって、何を?」
ルーシィは問う。
そして、目を見開いた。
その時のアルカの表情を、忘れる事は出来ないだろう。
真剣で、辛そうで、悲しそうで、寂しそうで、脆く歪んでしまいそうな、愁い。
「オレやルーだってカケラも知らない、ティアの過去を」
過去。
それはルーシィも知らなかった。
まだギルドの中では新人の類に入るルーシィだが、ティアと行動する事は多い。
だが・・・ティアの過去は知らない。
ティア同様に多く行動するナツやグレイ、エルザ、ルーの過去は知っていても、ティアは何も語らず。
それはアルカにも言える事なのだが―――ルーシィは何故か、思っていた。
目の前で愁いを浮かべる赤髪の青年は、その口を決して開かないと。
「別に知りたいとは思わねェ。それでアイツが傷つくなら黙っててもらって構わない。生憎、オレには女を泣かせる趣味はねぇからな」
愁いが消える。
からからと笑うアルカの笑顔は、どこか遠くにあるように感じた。
「だけどな・・・少し嫉妬しちまう」
「嫉妬?」
「その相手がどれだけの期間ティアといたかは知らねぇが・・・オレはその相手がティアの全てを好きだとは思えねェ」
「え?」
その声に、棘が混じる。
その瞳に、鋭さが宿る。
そこにいるのはアルカのはずなのに、別人に見えて。
ルーシィも、恋人であるミラも息を呑んだ。
「当然だろ?」
一旦区切り、アルカは呟く。
「言ったじゃねェか。ティアの心にゃ何重にも鍵がかかってて、誰にも解けねぇパスワードも付いてるって。10年一緒にいるルーにも、9年一緒にいるオレにも踏み込ませねぇ事を、そんな簡単に教えるなんて有り得ねぇ」
それがティアだから、と。
アルカはそう言った。
「だからだよ、嫉妬すんのは。オレもルーも“家族以外で1番ティアを知ってる”と思ってる。なのにそこに全く知らねぇ奴が割り込んでくるんだ。しかもそいつはティアを心を掴んでる・・・嫉妬せずにはいられねぇな」
笑みが浮かぶ。
ただ口角を上げただけの、表面上の笑み。
その目は決して笑っていない。
その声は決して楽しそうじゃない。
アルカンジュという青年を構成する全てが・・・笑っていない。
「・・・はぁ」
すると、小さくティアが溜息をついた。
それを聞いた全員の視線がティアに向く。
頬杖をついていたティアは目線をこっちに向け、呆れたように肩を竦めた。
「さっきから黙って聞いてれば私が恋をしただの何だの・・・バカじゃないの」
『え?』
「!」
声が重なる。
ライアーの目が開いた。
クロスがおずおずと尋ねる。
「姉さん・・・恋、してないのか?」
「ええ」
回答に時間は必要なかった。
1秒と掛からず、ティアは答える。
その瞬間―――
「よかった・・・!これで俺はまだ生きていられる!」
「えっ!?」
クロスが泣いた。
瞳をキラキラと輝かせ、感激の涙を流す。
思わずヒルダが目を見開いた。
「あ、ライアー起きた」
「聞いたかライアー!ティア恋してねぇってよ!」
「・・・そうか」
言葉は短いが、ライアーの表情は嬉しそうだ。
サルディアとスバルは顔を見合わせ、やれやれというように首を振る。
素直にもっと喜べばいいものを・・・クロスほど素直でも困るが。
「なーんだ、びっくりした」
「ま、そりゃそうか」
「あのティアだしなー」
ギルドメンバーもそれぞれ会話を再開する。
「おっしゃあ!いくぞグレイ!」
「来いやぁ!」
「・・・うるさい」
「「あい」」
喧嘩を再開させようとしたナツとグレイだったが、どうやら本調子を取り戻したらしいティアの眼光には勝てなかった。
ティアは2人から目線を外すと、ミラに目を向ける。
「ミラも変な勘違いしないで」
「ごめんね。でもこの間ティア宛に凄く綺麗な封筒で手紙が来てたから、ラブレターかなって。それ繋がりかもって思っちゃった」
「え?あー・・・あれね。違うわ、あれはこの間の仕事の依頼主から。長々と礼が書いてあっただけ」
「そう。本当にごめんね」
「別にいいわ」
注がれたアップルティーを啜り、ティアは本を開く。
これでギルドの違和感は消え去った。
すると――――――
「マカロフさん!」
少女の声。
ギルドのメンバーは皆「マスター」や「じっちゃん」、「じーさん」と呼ぶ為、ギルドの人間ではない。
入り口付近に立つ少女を見て、マカロフは笑みを浮かべた。
「メープルか、どうした?」
「先生に頼まれてお使いです。今はその帰りで、久しぶりに寄りたくなっちゃって」
えへへ、と微笑むメープルは手作り感満載のパッチワークバックを荷物で膨らませている。
先生、というのはマカロフの古い友人ポーリュシカの事で、彼女は治癒魔導士見習いなのだ。
「おー、シロップ!」
「メープルだろ」
「シロップでもいいですよ。近所の友達もシロップって呼びますから」
ナツの言葉にアルカがツッコみ、メープルは笑う。
すると、彼女の目にグレイが映った。
その瞬間、メープルはあわあわと慌て始める。
「え、あの、その・・・」
「ん?」
「グレイ、お前また何かしたのか?」
「あんまりメープルいじめんなよ」
「いじめてねぇよ!」
「恋敵・・・」
「ジュビア、安心なさい。違うから」
明らかにナツと接する時とは違う。
その様子にマカオとワカバがグレイを茶化し、グレイが喚き、ジュビアが睨み、ティアが肩を竦めた。
「ごめんなさいっ!」
「・・・は?」
すると、突然メープルは頭を下げた。
喚いていたグレイの動きがピタリと止まる。
視線を下に下げおどおどとしたまま、メープルは口を開いた。
「その・・・この間はごめんなさい。私、その・・・えっと・・・」
「いや、気にしてねぇけど・・・」
突然の謝罪にグレイも動揺する。
ガシガシと髪を掻きむしりながら答えると、メープルが顔を上げた。
そして――――
「はわあああああああああああああっ!」
絶叫。
それと同時に両腕を顔の前に持ってきてガードし、体を震わせる。
そして、
「グレイ・・・」
「何もしてねぇよ!?」
グレイは白い目で見られてしまう。
ガクガクと震えるメープルは、ゆっくりと口を開いた。
「あ、あの・・・」
「!」
「言いにくい、ですけど・・・」
しばらく躊躇うように目線を逸らしていたメープルだが、意を決したように小さく頷く。
そして、叫んだ。
「その“十字架”、外してもらえませんかっ!?」
静寂。
あわわわ、言っちゃった・・・と慌てるメープルだが。
「十字架?」
こっちは解っちゃいなかった。
首を傾げ頭に?を浮かべるグレイにヴィーテルシアが近づく。
「ヴィーテルシア?」
「それだろう。首から下がってる銀色の」
「ん?あ、これか」
ヴィーテルシアに言われてグレイが持ち上げたのは、グレイが付けているネックレスだった。
レイヴと呼ばれる十字架型の石。
それをメープルは外してほしいと言っている、が。
『何で?』
全員の声が揃った。
メープルはあうう・・・と小さく呟きながら、申し訳なさそうに呟く。
「私・・・吸血鬼って魔法を使うんです。鍵を使って吸血鬼を呼ぶ、星霊魔法の吸血鬼バージョンなんですけど・・・だからか解りませんが、その・・・“十字架が怖い”んです」
吸血鬼の弱点は十字架とニンニク、銀。
そしてその吸血鬼を呼ぶメープルも、吸血鬼と似た体質だという事だ。
「だからグレイさんが怖い訳じゃないんです・・・でも、グレイさんってよく服を脱いでてその十字架が見えて・・・しかも銀で・・・あうううう・・・」
因みに今もグレイは上半身何も着ていない。
いつからか、と言われれば、冒頭からだ。
「それに銀もダメで・・・銀色も苦手なんです。それからニンニクも・・・すいません、いつも悲鳴ばっかり上げちゃって」
「じゃあクロスはどうなんだろうな?」
「はうあっ!十字架ですか!?」
「いや、俺の名前だ」
「あ・・・名前なら何とか・・・」
おどおどと瞳を揺らすメープル。
すると、バックの中で軽い音楽が響いた。
「魔水晶が・・・すいません、ちょっと失礼」
バックから小型の通信用魔水晶を取り出す。
小さい魔法陣が展開し―――――
『メープル!アンタどこほっつき歩いてるんだい!さっさと帰ってきな!』
「は、はい先生っ!今すぐ帰りますぅっ!」
凄い剣幕のポーリュシカの声が響いた。
ビクゥ!と大きく震えたメープルは魔水晶をバックに戻し、肩から掛ける。
そして頭を下げた。
「すいませんっ!先生に怒られてしまうので・・・それではっ!」
怒られてしまう、というかもう既に怒っているのだが、メープルは慌てて走って行く。
静まり返ったギルド。
その静寂を打ち破ったのは――――
「お腹空いたー」
『今言うかそれ!?』
空気クラッシャールーだった。
全員のツッコミが入った瞬間、ぐぅーっとお腹が鳴る。
「アルカー、今日の夕飯何ー」
「そーだなー、何にすっかー」
呑気な会話を繰り広げるルーとアルカ。
そのアルカはいつも通りの、どこにでもいるような青年へと戻っていた。
平和そのものの会話。
――――――だから、気づかない。
その平和を砕こうとする魔手が、ゆっくりと、確かに伸びてきている事に。
この時は、誰も気づかなかった。
これから、激戦が始まるとは、誰も思っていなかった。
そして――――――
その戦いに勝とうが負けようが――――――
――――――――確実に、巫女は傷つく。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
はい・・・自分でも何書いてるか解んなくなりました。
とりあえずメープルが怯える理由をやっておかないともう出来ない気がしたのでやって、過去編関連でやって・・・合体して、こうなった。
そして引き。
次回から過去編!わーっ!
・・・でも、次回はプロローグっぽいのになるかも知れない。
解らないけど。
感想・批評、お待ちしてます。
元素たちの過去が今、紐解かれる!
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