フェアリーテイルの終わり方
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十幕 Lost Innocence
1幕
前書き
妹 と 姉 に 降る しずく
ルドガーの力がエルを介しての契約によるものだと分かってから、一行はディールで宿を取った。
ウプサーラ湖からディールの町に戻るまでに、しとやかだった雨は豪雨へと変わっていた。雷も、遠くで鳴っている。しかし、宿に入る前も後も、エルはぴくりとも反応しなかった。
宿で男女に分かれて部屋に入ってから、フェイはまずエルをシャワーに連れ込んだ。ディールに戻る間に雨で濡れてしまった体を暖めるためだ。
姉妹で同じ風呂に入るのは初めてだったが、それをウキウキしていられない現状なのが残念だった。
「お姉ちゃん、熱くない?」
「……ヘーキ」
エルの背中は一面真っ黒に染まっている。
(お姉ちゃんの肉体はルドガーの時歪の因子化を引き受けて冒されてる。時歪の因子化を治すか、それとも時歪の因子化してる体ごとごっそり入れ替えるかしなくちゃ、お姉ちゃんは助からない)
充分に泡立った蜂蜜色の髪を梳いたところで、シャワーを取って髪の泡を洗い流した。
「終わったよ。出よう」
「ん……」
バスタオルを取ってエルの体を先に拭いてやる。ていねいに。玉の肌が荒れないように。
胸の谷間にエルの頭がある。拭きながら頭頂を見下ろし、撫でようとして、フェイは躊躇した。父の手に染まった両手は、果たして姉に触れる資格を持つのか。
(もう少しだけ。わたしが までの間だけだから。どうか神様、それまでお姉ちゃんに触れるのを許して)
フェイは姉の小さな体を、バスタオルでやわらかくくるんで、湯船から出した。
「先に出て着替えてて。フェイも拭いたら行くから」
エルは無言で肯いて浴室を出て行った。
改めて鏡の中の自分を見つめる。赤眼と白いロングヘア。不健康そうな青白い肌。そのどこにも呪いの刻印はない。
(時歪の因子化を治すか、それとも時歪の因子化してる体ごとごっそり入れ替えるか)
考え込んでいるとくしゃみが出た。
フェイは思考を中断し、バスタオルで体と髪を拭いて、そのバスタオルで体を巻いて部屋に戻った。
客間に出ると、エルが無言でベッドに座っていた。
買ってきた着替えをエルはちゃんと着てくれていて、フェイはほっとした。
フェイもバスタオル一枚で部屋に上がり、乱れた買い物袋からもう一着の着替えを出してバスタオルを落とし、袖を通し、足を通した。
フェイがごそごそと着替える間、エルはぴくりとも動かなかった。
フェイはエルの隣に腰を下ろし、横から小さな姉を抱き締めた。いつもなら応えてくれるエルは、微動だにしない。それでもフェイはハグをやめなかった。
「ダイジョウブ、お姉ちゃん。思い出して。お姉ちゃんにはルドガーがいる」
無気力だったエルの睫毛がぴくんと震えた。
「ル、ドガー」
「そう、ルドガー。お姉ちゃんのアイボーのルドガー。あのひとは強い。それにお姉ちゃんをだーい好きよ。お姉ちゃんを置いてったりするわけない。絶対」
全部の保証ができずとも、音にしてくり返し聞く内に本当のような気がしてくる。〈温室〉にいた頃にマルシアが言っていた。
「ルドガー、は、エルを、置いてか、ない」
「そう。ダイジョウブ。もうダレもお姉ちゃんの前から去ったりしない。だから、ダイジョウブよ」
フェイはエルに「ダイジョウブ」の呪文をかけ続けた。休みなく、笑みを絶やさず。
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