フェアリーテイルの終わり方
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十幕 Lost Innocence
2幕
前書き
少年 は 憂う
ジュードはエルとフェイの客室をノックした。ルドガーが宿の厨房を借りて夕飯を作ったので、姉妹を呼びに来たのだ。
ドアが開く。出たのはフェイだった。
フェイの服装はスポーツウェアとパンツジャージ。白いブレザーでないフェイが初めてだったジュードは、しばし言葉を失った。
「なあに?」
「っ、あの、ルドガーが夕飯作ったから、食べに来ない? エルも一緒に」
「ちょっと待って。――お姉ちゃん」
フェイが部屋の中に引っ込んだ。
ジュードは半開きのドアの中を覗いた。エルはベッドに座って悄然としている。フェイと同じく風呂上りらしく、髪は下ろしたままで、長袖のシャツと緩い半ズボン姿だ。
話している内容は聞こえなかったが、エルが憔悴していることはジュードにも見て取れた。
やがてフェイは一人で廊下に戻ってきて、ドアを閉じた。
「ゴメン。お姉ちゃん、ごはんイラナイって。お腹空いてないわけじゃないと思うから、後で持ってってあげて?」
「分かった。ルドガーにお願いしてみよう」
答えてから、ジュードはじっとフェイを見つめる。学者のさがか、こんな時まで分析してしまう。
ヴィクトルを――父親をその手で殺してから、フェイの中にあった頼りなさは鳴りを潜めた。ジュードには逆にそれが不安だった。
(フェイはあの瞬間から、大事なものと引き換えに、取り返しのつかない覚悟を決めてしまった。そんな気がする)
「ジュード?」
「……ごめん。ぼーっとしちゃった。行こうか」
フェイを後ろにジュードは階段を降りた。
ちょうどルドガーが寸胴鍋をテーブルに置いたところだった。
ジュードがエルのことを話すと、ルドガーは黙って、調理場からパンの載ったトレイを持ってきて、そこにスープ皿を載せて、2階へ上がって行った。
入室できたところを見るに、エルもルドガーを拒むほど参ってはいないのだと知れて、ジュードはほっとした。
「私たちも頂こう」
「せめてたくさん食べて英気を養わねばいけませんね」
ルドガーとエルを除いたメンバーでテーブルに就く。それぞれの前にはルドガーが注いでいったスープの皿。中央にはパンが入ったバスケット。普段なら少ないくらいだが、今はこのくらいがちょうどいい、とジュードは思った。
「イタダキマス」
フェイが一番に手を合わせ、スプーンでスープを掬って飲み始めた。所作も表情も平静そのものだ。第三者に、彼女は父親を殺した直後だ、と言っても信じるまいとジュードが確信できるほどに。
カチャン。ジュードはスプーンを下ろした。正面に座るフェイが首を傾げる。
「……フェイ、本当にあれでよかったの? お父さんの、こと」
ミラが、ローエンが、驚いたように自分を見たのが分かった。
いつもならジュードとて終わったことにネガティブな意見を述べることはない。
それを今回口にしたのは、ジュード自身がフェイの片棒を担いだから。ああしなければ、もしかしたら、フェイとヴィクトルに和解の余地があったのでは、という思いが捨てきれないから。
「本当にアレでヨカッタよ。気にしてくれてアリガト」
フェイは微笑んだが、目は笑っていなかった。
明らかにフェイは気にしていると、傷ついていると分かるのに、ジュードにはかける言葉が見つからなかった。
食卓には、ひたすら沈黙だけがのしかかっていた。
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