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家族

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第二章


第二章

「そうなるわ。いきなり一人になったんやから」
「もう結構経つけれどな」
「時間の問題やあらへんわ」
 修治は女房にそう告げた。暗い顔で。
「家族が皆おらんようになったんやからな」
「そやな。ホンマに皆」
「敵もえげつないことしよるわ」
 修治は忌々しげにそう述べた。
「空から爆弾落として焼き払うんや。武器持たへん人間をな」
「それがアメリカのやり方やねんな」
「そや。あいつ等はそうするんや」
 実は彼はそれなりの学識がある。家が豊かだったので学校を出ているのだ。それも大学までである。そうして今は家を継いでここにいる。平たく言うと庄屋様である。広い土地の他に酒屋も持っている。修一はそうした家を継ぐように言われているのだ、
「容赦せんとな」
「鬼やで、それは」
「それが戦争やって言うたらそれでしまいやけれどな」
 だが彼はそれに納得してはいなかった。
「武器を持たん相手や女子供を狙うて。嫌な話やで」
「いっちゃんみたいな子は他にも一杯おるんやろな」
「それこそ星の数みたいにおるわ」
 また忌々しげに言う。飲んだ酒がまずかった。
「今の御時世な」
「そんなになんか」
「ああ、大阪行ってみい」
 修治はまた女房に告げた。
「北の辺りなんかな。それこそ」
「空襲のせいか」
「戦争や」
 修治は俯いて寂しげな声で言うのだった。
「仕方ないわ。けれどな」
「けれど?」
「幾ら何でも。武器を持ってへん相手に攻撃を浴びせることはあらへんやろ」
「そうやな」
 恒子も同意だった。皆戦争とは武器を持つ者同士の戦いだと思っていた。しかしそうではなくなっていたのだ。それがこの時代だった。もっと言えばそれがアメリカの戦争だった。日本人はそれを知らなかった。不幸なのはそのことだったのだ。
「それでいっちゃんも」
「ここらも気をつけるんや」
 修治はまた忌々しげに女房に告げた。
「ここらもか?」
「出たらしいわ、グラマンが」
「グラマンが」
「ああ」
 アメリカ海軍の艦上戦闘機グラマンF6Fヘルキャットである。日本海軍の零式艦上戦闘機をその出力と耐久力で退け圧倒的な数で日本近海にまで来ていたのだ。彼等は日本上空まで来てしきりに機銃掃射を仕掛けていた。これにより多くの一般市民が命を落としている。これもまた日本人には考えの及ばない戦争であった。
「だからや。祖と出歩く時は気をつけるんや」
「こんなとこまで来るんやな。アメリカってのは」
「けったくそ悪いわ。それでや」
「まだ何かあるんか?」
 亭主の言葉に沈んだ顔を向ける。
「あるわ。負けたらや」
「ちょっと」
 これについて言うのは禁じられていた。敗戦は言葉に出してはいけなかった。そうした世相だったのだ。言葉に対する信仰がそこにはあった。
「それを言うたら」
「二人だけやろが」
 だが修治はそう言って妻を抑えた。
「だからええやろ?」
「そやったらええけど」
「アメリカはな、負けた相手には容赦ない」
 そう妻に告げた。
「何が何で悪党にしよるんや、相手を」
「そうなんか」
「ああ。だからこれからうんと酷いことになるで」
 酒がまずくなっていた。それは決して元々まずい酒だからではない。修治が丹精込めて造った自信作だ。それがまずく感じられるのは心のせいであった。
「死んだ人も。これから死ぬ人も」
「難儀なことになんねんな、ホンマに」
「ああ。長い間な」
 そんな話をしていた。修治も恒子も沈んだ心になってしまっていた。それは修一も同じで毎日行く場所が決まってしまっていた。そこはお墓だった。
 一人でそこに行く。そこには彼の家族のお墓がある。毎日一人でそこに参って寂しく泣くのだ。それは誰にも言えない。だがそれでも行っていた。
 修一も修治夫婦も沈んだ日々を送っていた。そうして八月になった。今度は広島と長崎に新型爆弾が落ちたとの話が伝わった。
「また。ようさんの人が亡くなったそうや」
「またかいな」
「ああ。たった一発の爆弾やったらしいけれどな」
 修治は軒先で恒子、修一と一緒に西瓜を食べていた。やはりいつもは甘い西瓜もすこぶる味がしない。まるで変な胡瓜を食べている気持ちになっていた。
「それで何十万もや」
「武器を持たん人がか」
「そや。またな」
 修治は辛い声で述べる。
「ようさん死んだわ」
「このままずっと死んでくんかいな」
「かもな」
 修治は女房の言葉に暗く沈んだ声で応えた。夏の暑い盛りだというのに全く暑くはならない言葉だった。まるで冬の蔵の中のようだった。
 
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