大往生
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第三章
第三章
「それはな」
「ううん、やっぱりよくわからないし」
「歳取ればわかるのかな?」
「わかるわかる」
朋英は自分で言った。
「それはな」
言いながら今度は子供達を見る。皆もう老人だ。
「御前達もわかったじゃろう」
「まあそうかな」
「この歳になってやっと」
「何となくだけれど」
「歳を取ってやっとわかることがある」
彼はまた言うのだった。
「そういうことがな。しかしじゃ」
「しかし?」
「何かあるの?」
「一つだけわからんことがあってのう」
腕を組みつつ言うのであった。ここで。
「一つな」
「それって何?」
「まだあるの?」
「こればかりはわからん」
皆に答えずにまた言うだけだった。
「まだな。百歳になっても」
「百歳になってもわからないって?」
「それって何なのかな」
「やっぱり私達にもわからないよ」
「当然わしにもわからん」
朋英も自分で言う。
「それはな」
「でさ、親父」
子供の一人が彼に問うてきた。髪の毛がもうなくなった老人である。
「それって何なんだよ」
「それか」
「そうだよ。まずそれを言わないとさ」
「ねえ」
「わからないよな」
子供達は顔を見合わせて言い合う。やはり皆もう老人である。男も女も。
「親父それが何か言わないし」
「そもそも」
「まあ今は内緒じゃよ」
これについては言おうとしなかった。
「今はな」
「何か煮え切らないよ、それって」
「ここまで来て言わないなんて」
「まあ少なくとも満足はしておるよ」
彼はこういうだけだった。
「生きておってな」
「まあそれはいいけれどね」
「満足しているんならね」
皆それはいいとした。それは。
「けれど。百歳か」
「本当にね。長生きだよね」
「めでたいめでたい」
またしても自分で言う朋英だった。
「とまあ今はじゃ」
「うん」
「楽しくやろうな」
穏やかな笑顔をまた見せての言葉であった。
「これからもな」
「わかってるよ。じゃあひいお爺ちゃん」
曾孫娘の一人の言葉だ。
「ずっとずっと長生きしてね」
「よしよし」
彼女の言葉に笑顔で頷く。こうして彼は百歳の正月を楽しく過ごした。それから数年後。
彼は遂に動けなくなった。老衰になろうとしていた。その横にはあの女房もいる。彼女もまた老衰であった。
「いや、二人並んでなんて」
「また変な縁ですよ」
「全くじゃ」
二人枕を並べて言い合うのだった。
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