大往生
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第二章
第二章
「あっさりとな」
「あっさりとかよ」
「ああ。苦しまずに一瞬でな」
こうも言った。
「死にたいもんだよ。自殺でなくてな」
「そうだなあ。そういう死に方ってな」
「何かあるか?」
「あるんじゃないのか?」
皆朋英の話を聞きつつそれぞれ話すのだった。
「探せばな。一つ位は」
「そりゃ人間生きてりゃ死ぬしな」
「それはな」
生きているからには絶対に死ぬ。これだけは確実だった。生があれば死があるのは絶対だ。だが問題はそれがどういったものか。今話されているのはそこであった。
「けれどなあ。苦しまずにあっさりか」
「あるかね?そんなの」
「とにかくあったらそれでいい」
朋英はまた言う。
「それでな」
「まあよ。とりあえず死ぬ時にまでそれを見つけたらどうだい?」
「そうだよな」
皆結論は出なかったがそれでも言い合うのだった。
「どうせ死ぬんならな」
「いい死に方をな」
「そうだな。まあ気長に考えるか」
朋英もまた腕を組んで考える顔になって述べた。
「その辺りはな」
そんな話をしたのが若き日だった。まだ大学に入りたてで前途洋々の歳だった。やがて歳を取り就職し結婚して子供ができて様々なことを経験し。気付いた時にはもう皺がれた老人になっていた。幸いその時まで健康で大きな病気も事故も何一つ経験してはいなかった。
そしてその歳になっても考えていたのだった。いい死に方とは何かを。
今は長年連れ添った女房や子供達だけでなく数多くの孫達にも囲まれている。曾孫達もいてそれもかなり大きい。丁度正月で皆彼を囲んで新年を祝っているのであった。
「ねえお爺ちゃん」
「何じゃ?」
孫の一人の言葉に温和に応える。今はその皆でおせち料理を食べている。
「お爺ちゃん今幾つだったっけ」
「もう百歳じゃかな」
「もう百歳なんだ」8
「そうなるのう」
とりあえず頭の中で自分の歳を数えてみる。まあそんなところだと思った。
「まさかここまで生きていられるとは思わんかった」
「凄いよな、百歳なんて」
「そうだよな。しかもこの歳になってもしっかりしているし」
「うん。歳を取っていればいいことも一杯あるぞ」
彼は穏やかな声で周りにいる子供や孫や曾孫達に対してまた述べた。
「こうして皆に囲まれるしのう」
「お年玉せびられても?」
「それでも?」
「そえはそれ、これはこれじゃ」
こう言うのである。
「よいものじゃよ」
「お金がなくなってもいいって」
「そんなものなんだ」
「そうじゃよ」
朋英は声をさらに穏やかなものにさせていた。
「充分のう」
「ううん、よくわからないや」
「俺も」
「私も」
孫達と曾孫達は今の彼の言葉には首を捻るだけであった。
「そんなもんなの?」
「本当によくわからないけれど」
「まあそれもおいそれわかるうものじゃ」
今はこう言うだけの朋英だった。そのうえで長年連れ添った女房に顔を向ける。もうダイアモンド婚まで経ているし付き合いはそれこそ親子以上である。
「のう婆さんや」
「ええ、確かに」
その女房も笑顔で答えるのだった。
「その通りですねえ、お爺さん」
「そういうものじゃよ」
そうしてまた周りの家族に声をかけるのだった。
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